ロンドンの景色
わたしの誕生日に乗った「オリエント急行」が到着した先は、ロンドン。夕暮れ時のヴィクトリア駅からホテルに向かい、ここでは3泊いたしました。
実は、ロンドンは初めてではないのですが、実際には初めてのようなものですね。
今から10年ほど前、シリコンバレーの会社から「ロンドン一泊出張」に行ったことがあるのです。いえ、ほんとに一泊旅行だったんですよ!
サンフランシスコ空港を昼頃に飛び立ち、朝6時にヒースロー空港に到着。すぐにホテルにチェックインしてシャワーを浴び、ミーティングへと向かいます。
夜はビジネスディナーのあと、翌日には、サンフランシスコに舞い戻るという過密スケジュールでした。
帰りのフライトでは、隣に座っていた上司が意識を失って倒れるというハプニングまであって、それは、それは、印象に残る一泊出張となりました。
そんなスケジュールではありましたが、ミーティングの相手の方がとってもいい方で、「車でロンドンを案内してあげましょう」と、夕刻にロンドンの名所をまわってくれたのです。
もちろん、車から降りる時間はないので、窓から眺めただけですが、ビッグベンにトラファルガー広場、ビートルズのLPジャケットで有名な「アビーロード」に、名探偵シャーロック・ホームズの(架空の)下宿先「ベイカーストリート」と、有名なものはほとんど網羅していただきました。
けれども、やっぱり車から眺めるのと、歩いて名所をまわるのとは違いますよね。自分の足で歩いてみると、人の住む「街」を感じることができるのです。
11月初めのロンドンは、毎日どんよりとしたお天気です。けれども、雨に降られることはなく、最終日には、ようやく太陽が雲間から顔を出してくれました。
お天気がいいと、時計台ビッグベンの装飾や、国会議事堂の尖塔が、美しく際立つのです。
そして、バッキンガム宮殿の近衛兵(このえへい)の交代も、威風堂々と迫力に満ちて見えるのです。
実は、この兵隊さんの交代は、わたしがロンドンで一番見てみたかったイベントでした。だって、ロンドンといえば、彼らがお守りする女王さまエリザベス2世がいらっしゃるところですものね。
交代式は、夏場(5月~7月)は毎日やっているのですが、冬場は一日おきになりますので、要注意なのです。それに、宮殿内部の公開は、冬場はやっていないので、どうしても中を見てみたい方は、夏に行かれるといいでしょう。
わたしは、「ベストポジション」といわれる宮殿の正門からは離れたところで見ていたのですが、門内で行われる交代式は見られなかったものの、目の前を衛兵たちが歩いて行ったので、結構おもしろかったですよ。
そうそう、ひとくちに衛兵の交代といっても、いったいどこを通るのかとか、何をするのかって、わたしにとっては謎だったんですよね。
そもそも、女王さまをお守りする兵隊さんには、お馬さんに乗っている騎馬連隊(the Queen’s Life Guard)と、自分の足で歩く歩兵連隊(the Queen’s Guard)があって、それぞれ守っている場所が違うんですね。
両方とも、イギリス陸軍の近衛師団に所属する兵隊さんですが、騎馬連隊の方は、バッキンガム宮殿の向かいにあるホースガーズ(Horse Guards)という建物にいて、バッキンガムと近くのセント・ジェームズ両宮殿に通じる入り口をお守りしています。
セント・ジェームズ宮殿というのは、もう200年ほど王さまが住んでいませんが、今でもこちらが正式な「王のお住まい」なんだそうですよ。
そして、もうひとつの歩兵連隊の方は、両宮殿をお守りする役目ですが、バッキンガムに向かって左手にあるウェリントン兵舎(Wellington Barracks)が詰め所となっています。
それで、交代の時間になると、今まで任務に就いていた衛兵は、一部がセント・ジェームズ宮殿からバッキンガムに行進して来て、ここでバッキンガムの衛兵とともに交代要員を待ちます。
一方、新しい交代要員は、軍楽隊を先頭にして、ウェリントン兵舎からバッキンガムに向かって行進して来るのです。
今まで任務に就いていた衛兵(向かって左)と交代要員(向かって右)がバッキンガムの前庭に勢揃いして、ここで交代式が行われます。わたしは遠過ぎて見ることができませんでしたが、兵隊さんの持つ武器を確認したり、宮殿の鍵を受け渡したりと、そういった儀式なんだそうです。
儀式の間は、兵隊さんや見物人の方が飽きないようにって、軍楽隊の方々がずっと演奏なさっています(サービス精神旺盛なこと!)。
儀式が終わると、交代要員の一部はセント・ジェームズ宮殿に配置されるので、この衛兵たちが、バッキンガム正門に向かって右側の「ザ・マル(The Mall)」を通って行くのです。ですから、ここで待っていると、衛兵たちと一緒に行進もできるんですよ。
もちろん、彼らの中に入ることはできませんが、後ろについて早足で歩くんです。子供だけじゃなくって、大人だって(わたしだって)一緒に歩きましたよ!(かなり早足なので、ちょっとびっくりでした。)
そして、衛兵の方々はセント・ジェームズ宮殿の中に消え、先導していた軍楽隊の方たちは、無事に任務を終え、どこかに歩いて行かれました。
ところで、バッキンガムの衛兵って、赤い上着に、フワフワとした黒い熊の毛の帽子で有名ですよね。でも、冬場は、灰色の厚地のコートをお召しになっているんですよ。
わたしはそれを見て、映画『オズの魔法使い』に出てくる「西の悪い魔女」の兵隊たちを思い出してしまいました。あの灰色のコートを着た、緑の顔の兵隊たち。
まあ、きっとあちらの方がバッキンガムの衛兵をまねたのでしょうけれどね。
(ちなみに、騎馬連隊の騎兵の交代式は、ホースガーズの広場(Horse Guards Parade)に行くと、冬でも毎日見られるそうです。ハイドパークの兵舎からコンスティテューション・ヒル、ザ・マルを通ってホースガーズに行進して来て、11時に広場で交代式が行われるということです。)
というわけで、バッキンガムの衛兵の行進も楽しかったですが、わたしにとっては、もうひとつ気に入った場所がありました。それは、ウェストミンスター寺院。
ビッグベンや国会議事堂のすぐお隣にある、王室の教会ですね。
こちらは、日曜日以外は一般に公開されているようです。が、月曜日に見学しようとしたら、どなたかのお葬式が始まるときで、次々と参列者の集う聖堂には入れませんでした。
ウェストミンスターでは、オーディオガイドを借りられるので、それを聞きながら内部を見学するのもいいと思います。けれども、個人的には、もし英語が少しでも聞き取れる方だったら、ガイド(Verger、聖堂番)のツアーに参加なさった方が格段におもしろいと思うのです。
ツアーは、入場料(16ポンド)に3ポンドが追加されますが、それを超える価値は十分にあると思うのです。だって、いろんな逸話を教えてくれますし、普段は入れないところにも、「どうぞ、どうぞ」と入れてくれるのですから。
中でも、聖エドワード懺悔王(St. Edward the Confessor)を祀る祭壇に入れてくれたのには感激してしまいました。といいますのも、ここは、今年4月29日、ケンブリッジ公爵ウィリアム王子とキャサリン夫人が結婚証明書に署名をなさった場所なのです。
おふたりのご結婚をテレビでご覧になった方は、覚えていらっしゃることでしょう。結婚の儀が終わり、おふたりが祭壇の奥に消え、奥で署名をなさった「秘密の場所」です。
もともと、ウェストミンスター寺院は、聖エドワード懺悔王を祀る教会でしたから、まさに寺院の心臓部ともいえる神聖な場所なのですね。(ですから、ガイド付きのツアーでしか入れません。)
まあ、そうはいいましても、自分で勝手に歩いたって、十分に楽しめるのがウェストミンスター寺院でしょうか。
科学者のニュートンやダーウィン、詩人のチョーサーや作曲家のヘンデルと、いろんな有名人が埋葬されているので、そんな方々の墓石や彫刻を眺めるだけでも、とってもおもしろいのです。
寺院内には、全部で3,500人もの方が埋葬されているので、もうスペースがなくなってしまったのですが、最後に埋葬されたのは、無名戦士の方。
1920年、第一次世界大戦で散った身元不明のイギリス兵ですが、この方は、西の正門を入ったところに埋葬されています。国のために命を捧げたのだから、王室の方だって、この墓石を踏むことは許されていません。
その後は、遺体ではなく、遺灰が埋葬されたことがありました。1989年に亡くなった俳優のローレンス・オリヴィエさんです。この方は、映画『風とともに去りぬ』の主演女優ヴィヴィアン・リーさんの夫だった方ですが、シェイクスピア俳優として有名な方でしたので、遺族の希望で、シェイクスピアの記念碑の前に墓碑が置かれました。
そして、ウェストミンスターでは、外壁の装飾にも注目したいでしょうか。
とくに、西の正門を見上げてみると、「あれ? アメリカのキング牧師?」と目を疑ったのですが、実は、それは大正解なのでした。
ここには、「20世紀に殉死したキリスト教徒」として、アメリカの公民権運動の父キング牧師や、日本でもおなじみの聖マクシミリアン・コルベ神父と、10人の世界の殉教者像が掲げられているのです(キング牧師は左から5人目、コルベ神父は一番左です)。
なんでも、500年ほど空いていたスペースをなんとかしようと、5年がかりで彫り上げ、1998年にお披露目された20世紀の記念碑だそうです。
イギリスの教会なのに、どうしてアメリカ人がいるのかな? と不思議に思っていたのですが、さすがに、イギリス人の目はしっかりと世界に向けられているのですね。
というわけで、ウェストミンスター寺院にも、ロンドンの街全体にも、いろんな逸話がキューッとつまっているのです。
きっと、ひとつを知ると、どんどん次が知りたくなって、「もう一度行ってみなくっちゃ!」って感じる街なんでしょうね。
たった3泊なんて、とっても足りませんよ!