災害からよみがえった二つ星 Manresa
今日ご紹介しているレストランは、ロスガトス市(Los Gatos)にある Manresa(マンリーサ)。
「シリコンバレーで最も有名なレストラン」と言っても過言ではありません。
と言いますのも、サンフランシスコ・ベイエリアには「ミシュラン二つ星」が6店ありますが、シリコンバレーでは、こちらの Manresa とパロアルト市の Baumé が「二つ星」の栄光に輝くだけですから。
しかも、ミシュランが初めて『サンフランシスコ・ベイエリア/ワインカントリー2007年版』を発行して以来、9年間「二つ星」をキープし続けているのは、ここだけです。
そして、Manresa は、我が家にとっても縁の深いお店です。
ひとつに、10年ほど前から「お祝いごと」で楽しむようになり、お店の変遷をつぶさに見てきたことがあります。
2002年にオープンした Manresa は、以前は、お料理もインテリアも「クラシック」な雰囲気でしたが、2、3年前に全面的にお店をリフォームしてからは、店内もメニューも「モダンで斬新」なイメージに生まれ変わりました。
そして、Manresa のオーナーシェフ、デイヴィッド・キンチ氏とは、連れ合いが東京のレストランで隣り合わせて以来、メールのやり取りをするようになったのでした。
麻布十番の かどわき という割烹のお店でしたが、こちらのカウンター席には世界各地からいろんな方がいらしていて、アメリカでは「セレブリティ・シェフ」の誉れ高いデイヴィッドさんも食べ歩きにいらっしゃったのでした。
そんな Manresa は、お祝いムードの漂う昨年7月独立記念日の直後、キッチンを中心に「ほぼ全焼」という災難に遭ったのです。
が、市や近隣の協力もあって急ピッチで復旧工事が進められ、半年後の昨年の大晦日には、めでたく再オープンを迎えました。
やはり、ロスガトス市にとっても、近隣コミュニティーにとっても、名物レストランが休業するのは痛手ですので、街全体が協力態勢で「復興」に臨んだようです。
お店のスタッフも、ひとりも欠けることなく戻って来られたそうですが、待ち遠しい「再開」の様子は新聞やローカルニュースでも報道され、7月の火災に心を砕いた地元っ子たちもホッと胸をなでおろしたのでした。
お店に戻ったスタッフの方以上に、きっとお客さんが喜んでいることでしょう。 そして、3月中旬の木曜日、我が家も再開を祝して足を運びました。
お店に向かうアプローチも店内も以前と同じ雰囲気で、災禍をまったく感じさせません。なんでも、レストランホールは被害が少なかったので、以前のリフォームの図面を使って、同じ風につくり直したそうです。
通されたのも、前と同じ角の席。そして、シェフのおまかせコースも、同じようにおごそかに始まります。
そう、テーブルにはメニューらしき紙が置かれていますが、これは、素材を列記したもので、「苦手なものがあったら、言ってくださいね」という趣旨のもの。メニューは「おまかせコース(Tasting menu)」一種類で、何が出てくるかは、そのあとのお楽しみ。
ワインペアリングは2コース用意されていて、ワイン好きの方ならば、「プレミアムペアリング」で世界中のワインを堪能されるのも楽しいでしょうか。
が、前回と同じに思えたのは、そこまで。コースが進むにつれて、連れ合いとふたりで「デイヴィッドは、腕をあげたよね」と顔を見合わせたのでした。
たとえば、わたしは牡蠣が苦手なのですが、「あこや貝(パールオイスター)」のお料理は、最も印象に残ったひとつです。
真珠貝の貝がらにカモミールとマンデロの果汁のクリームソースがたっぷりと入っていて、身の上には、真珠に見立てた黄色い実がかわいらしく飾られています(マンデロは、マンダリンオレンジとポメロの交配果実)。
見た目の美しさに加えて、くさみもない優しいお味に、思わずにっこり。一緒に「わかめ入り」の黒パンも運ばれ、ソースは全部パンですくっていただきました。
そして、お次の「カブのコンソメ」は、口に運んでみてびっくり。グラスに入ったスープは冷製かと思えば温かく、カブの下には、地元の冬の味覚ダンジェネスクラブが隠されています。
コンソメは野菜のお味がしっかり出ていて、蟹の身も、それに負けないくらいに「海の香り」をかもし出しています。「今晩で終わりなんです」というカブのコンソメは、「ラッキーだった!」と客を喜ばせる実力を感じます。
メインディッシュの一つ目、淡水魚ブリームには、カリカリに焼いた春キャベツと煮込んだキャベツを添え、アサリのスープでまとめてあります。こちらは、魚の風味がきわだつ一品です。
そして、「デイヴィッドは腕をあげたよね」と連れ合いと顔を見合わせた理由は、全体の構成にもありました。
一年前に訪れたときは、以前にも増して「和」の影響が見られたのですが、なんとなく、それがこなれていない感じ。が、今回は「自分の表現のひとつ」として使われていて、決して「感化」には終わっていません。
15歳の頃からキッチンに立っていたデイヴィッドさんは、もともとフランスやスペインのお料理を基本とするシェフですが、近年、日本にも足繁く通って「和」の影響を受けています。
以前ご紹介したサンフランシスコの三つ星 Saison(セゾン)もそうでしたが、フレンチと和の融合は、近年カリフォルニアのレストランでよく見かける傾向です。
が、デイヴィッドさんは技法をそのまま使うのではなく、和の「素材を活かす心」を体現されているようにも感じます。たとえば、魚はちゃんと魚の味がするし、野菜は野菜の味がする。それが、「和の心」じゃないかと思うのですが、彼なりの「和」になっているような気がするのです。
お料理をいただきながら、少し前に訪れた Quince(クインス)を思い出したのですが、デイヴィッドさんも Quinceのマイケルさんも、まさに「seasoned(熟練した)」という形容詞がぴったりのシェフとお見受けいたします。
今回、わたし自身はデイヴィッドさんにお会いするのは初めてでしたが、「お店で待ってるよ」とおっしゃった通り、歓待していただきました。
最初に挨拶に来られただけではなく、メインディッシュが始まる前に「楽しんでる?」と聞きに来られて、デザート三種が終わった頃合いに「10時だから、僕はもう失礼しますよ」と挨拶に来られたのでした。
その時に、「じゃあ、キッチンを見においでよ」と案内していただいたのですが、まあ、名高いシェフのわりには、まったく気取りのない、気さくな方だなぁと思ったのでした。そう、なんとなく、初めて会った気がしないような。
キッチンでは、「ここは行ってみた?」と東京のレストランの話もなさっていましたが、ひとつは三田の日本料理 晴山(せいざん)、もうひとつは赤坂の日本料理 松川 でした。
我が家はどちらも経験はありませんが、一流シェフお勧めの店とは、どんなお味なのか? と興味がわきます。
というわけで、お料理の話をするときには、まるで少年のように目を輝かせるデイヴィッドさん。
彼が心血を注ぎ、起きている時間のほとんどを過ごす Manresa は、素材にこだわるカリフォルニア・キュイジーヌの代表格です。
シリコンバレーに立ち寄られた際には、ロスガトスの静かな夜を楽しむのもオツなものではないでしょうか。