おかえりなさい、羊さん
近頃は、だいぶ日の出が早くなって、6時くらいには日が昇ります。その少し前、薄明るくなりかけた5時半くらいに、裏庭にやってきては鳴き始める小鳥さんがいるんです。
それが、どうやら若い小鳥さんのようで、あんまり歌がお上手じゃない。
どうしてそう思うのかって、この種の小鳥さんの歌はよく知っているから。姿は見たことがないけれど、きれいな声にいつも聞き入っているから。
かなり複雑なメロディーラインで、五線紙に音符を置くと、ちょうど平仮名の「し」のような流れでしょうか。最初にクイッと一音上げたあと、一気に音程を下げていって、最後にグイッと持ち上げる感じ。
それだけでも難しいのに、最初から最後まで「こぶし」を利かせるかのように、喉をコロコロとうならせるのです。そう、決して一本調子のピーピーピーではありません。
小鳥さんの歌を文章で表現するのは、なんとも難しい限りではありますが、我が家のまわりにいる何十種もの鳥の中では、もっとも複雑な歌を歌う小鳥ではないかと感心しているのです。
そんな複雑な歌を、なかなか歌えない若鳥がいるんですよね。
この小鳥さん、うまく全部を歌えないので、出だしのところから半分まで、そして最後のクイッと持ち上げるところだけと部分的に練習してみるのですが、全体を通してやってみると、やっぱりダメ。節まわしとこぶしが両立できなくて、かなり悩んでいるようです。
だから、ときどきヤケになって、ピヨピヨピヨと真ん中の音階だけを練習してみるのですが、しまいには喉に力を入れ過ぎて、もう「ダミ声」になっていましたよ。
おまけに、練習を続ける忍耐力に欠けるのか、すぐにプイッとどこかに飛んで行ってしまいました。
ひと月くらい前にも、同じような若鳥がいましたっけ。うまく音階に乗れないので、ふてくされてキョロキョロキョロと真ん中だけを歌っている若鳥が。
聞いているこちらは、「ちょっと教えてあげましょうか?」と声をかけたくなるのですが、もしかすると近頃は、そういった若鳥が増えているのではないか? と少々心配になっています。
けれども、一週間たった今朝、先日の小鳥さんが戻ってくると、だいぶ上達しているようでした。まだまだ節まわしはヘタクソで、見事に歌いあげることはできませんが、少なくとも力は抜けて、ダミ声になることはなくなりました。
やっぱり小鳥さんも、練習しないと歌がお上手にならないんですね。
羊さんといえば、以前もご紹介したことがありますが、年に一回我が家の近くには、羊さんの部隊が登場するのです。
何をするのかといえば、草を食べてくれるのです。
この時期になると、さすがに雨季も去り、草むらが茶色に変わる季節となります。そう、雨季が終わると一滴も雨が降らなくなるので、とたんに草は枯れ、山や丘が「金色」に輝くのです。
この金色の丘から、カリフォルニアの「ゴールデンステート(Golden State)」というニックネームが生まれたともいわれますが、カラカラに枯れた草原も「ゴールド」などと呼ばれると、ちょっとオシャレに聞こえますよね。
こうなってくると、伸びきった金色の草を刈らないと、火事の原因にもなってしまいます。そこで、住宅地のまわりには、羊さんが登場!
羊やヤギの動物を使うのは、ひとつに丘の傾斜が激しかったりして、人の作業が危険なことがあります。また、作業に使う草刈り機(mower)から火花が散って、火事の原因になるのを防ぐ意味もあります。
羊さんにとっては、伸び放題に成長した草をたらふく食べられるので、何も不足はありません。水さえ与えてもらえれば、あとは自由な生活。
日がな一日、斜面にたむろしては、草をムシャムシャ。野生のムギもありますし、黄色い花の散ったマスタードの茎もあります。お腹がくちくなると、木陰でひと休み。そしてまた、お食事の時間。
「羊さんが通ったあとは、何も生えない」というくらいに、きれいに食べつくしてくれるのです。
文字通りお腹がふくれて、胴回りが大きくなった羊もたくさんいますが、ときどき運動がしたくなるのか、突然ダッシュをしかける羊さんもいます。
やはり若い羊さんの方が運動量も多いようで、一匹が走り出すと、もう一匹があとを追って走り出す。もしかすると、追いかけごっこをして遊んでいるのでしょうか。
若い羊さんは、興味も深々です。人間に警戒心を持たないのか、写真を撮ろうと近づくと、向こうの方から寄ってきて、「ねえ、いい写真を撮ってよ」と言わんばかりにレンズを覗き込むのです。
そんな羊さんを世話する方が、遊歩道で働いていらっしゃいました。
羊さんが逃げないようにと、セクションを区切って右から左へとフェンスを張っていくのですが、弱電流が流れるようになっているので、丸めたフェンスがからまって一人では作業がしにくそうでした。ちょうどクリスマスの電飾コードみたいに、束ねるとからみやすいのです。
こういう羊飼いさんは、丘のふもとにキャンピングカーを置き、そこで寝泊まりしています。羊さんの作業の程度によって、次のセクションへと導かないといけませんので、常にそばで見守るのも仕事のうちなんです。
最初に羊部隊を見かけたときから二週間、全長数百メートルの丘は、すっかり刈られてしまいました。
こちらが、羊さんが去ったあと。ほら、きれいに草がなぎ倒されているでしょう。
草刈り機よりも時間はかかるかもしれないけれど、よっぽどお上手かもしれませんね。
州都サクラメント近くの住宅地で、やはり羊さんが「草刈り部隊」として雇われていたそうです。
ところが、ある家の裏庭にめぐらせた板塀のドアが開いていて、そこから大挙して羊が侵入してきたのです。
だって羊さんには、一匹が方向転換をすると、ドッとみんなで付いて行く習性がありますものね。
ロッソさん一家の裏庭は、100匹を超える羊で埋まってしまったから、さあ、大変!
どうしましょう! とパニックになったものの、さすがは百戦錬磨のお母さん。娘さんのトランポリンに乗っかって、タンバリンをポンポンと叩きながら、シッシッと大きな声で追い払います。
その音に驚いた羊さんたちは、くるりと回れ右。来た道を戻って、みんなでおとなしく裏庭の外へと出て行ったのでした。
めでたし、めでたし。
というわけで、今日は小鳥さんと羊さんが登場しましたが、まわりに生き物がいるのは、なんとも嬉しいものですよね。
たとえばツバメは、外敵から身を守るために家の軒先に好んで巣をつくりますし、ハトやスズメは、人の往来の激しい場所にもうまく溶け込んでいます。
人間だって、まわりの生き物を身近に感じながら、うまく共存できばいいなと思っているのです。