イエローストーンの熊さん
前回は『カリフォルニアの熊さん』と題して、「カリフォルニア州の旗」のお話をいたしました。
カリフォルニアの旗には、星とクマさんが出てくるのですが、このクマさんは、他でもないグリズリーベア(grizzly bear)ですよと、ご説明していたのでした。
そう、グリズリーベアは、「熊の王様」ともいえる、立派なクマさん。
大きくなると、3メートルにも達し、威風堂々と灰色に輝く毛皮に身を包んでいるのです。
とはいえ、カリフォルニアではグリズリーは絶滅してしまっている、という悲しいお話もいたしました。
今となっては、カナダやアラスカ、そして、イエローストーン国立公園(Yellowstone National Park)のあるワイオミング、モンタナ、アイダホの辺りに生息しているだけなのです。
このイエローストーン国立公園は、野生のアメリカン・バイソン(American bison)の「最後の生息地」としても有名です。
平原の辺りでは、バイソンがのんびりと群れているのを見かけたりします。
バイソンは社会動物なので、みんなでかたまって草を食べたり、水浴びをしたりするのです。
園内をドライブしていると、バイソンの行列がノソノソと道を横断してきて、ちょっとした「バイソン渋滞」ができたりもします。
すぐそばを大きなバイソンたちが通るのは恐くもありますが、バイソンは、元来おとなしい動物。車を見かけても、知らんぷりで通り過ぎて行きます。
すぐお隣のグランドティートン国立公園(Grand Teton National Park)では、川下りに参加したあと、立派な角のムース(moose)がテクテクと歩いているのも見かけました。
「いや~、ムースが見られるなんてラッキーだねぇ」と、ガイドさんにほめられましたっけ。
川下りのゴムボートからは、アメリカの象徴「ハクトウワシ(Bald Eagle)」も見かけていましたので、この日はラッキーな日だったのかもしれません。
高見から辺りを見下ろすさまは、まさに国の象徴にふさわしい、圧倒的な威厳ともいえるのです。
そんなわけで、ワイオミングやモンタナの辺りでは、豊かな自然が手つかずのまま残っていて、グリズリーベアだけではなく、いろんな動物たちの楽園ともなっているのですね。
そんなイエローストーン国立公園で、つい先日、こんなことがありました。
「グリズリーベアを捕獲するために、わながしかけられた」と。
なんでも、イエローストーン公園内で、59歳の男性ハイカーが亡くなっているのが発見されたのですが、まわりには熊の足跡がたくさんついていて、どうもグリズリーに殺された様子。男性はひとりで行動していたので、目撃者はいませんでした。
検死の結果、彼はグリズリーに襲われた傷で亡くなったことがわかりました。
死因が確認されたあと、すぐにわながしかけられ、もしも捕まった熊が男性ハイカーを殺した熊だとDNA分析で判明すれば、処分する計画だと明らかにされています。
いくら人を襲ったとはいえ、殺してしまうなんてむごいようですが、実は、つい先月も、57歳の男性ハイカーが園内でグリズリーに殺されたことがあったのでした。
このときは、子グマを2匹連れたお母さん熊だったので、ハイカーが近づき過ぎて、子供を守ろうとする母熊を触発したのだろう、と報告されています。
この母熊は「子供を育てる母親で、しかも今まで人を襲ったことがない」ということで、捕獲されたあと、すぐに放されました。
けれども、ふたり目の犠牲者に関しては、この母熊ではないこと以外、詳しい状況がわからないので、「捕獲されれば、すぐに処分」という厳しいお沙汰が下ったのでした。
先の母熊事件は、ハイカーの奥さんがすぐそばで目撃していたという大惨事ではありましたが、実際には、イエローストーンで熊に襲われるなんてことは珍しいそうです。
これが、実に25年ぶりの「遭遇事故」だったそうです。
そして、先のケースも、今回のケースも、ハイカーたちは山奥のハイキングコースで熊に遭遇したのでした。
普段は、あまり人が訪れないような、「けもの道」みたいなコースです。
実際、二度目の遭遇事故が起きたハイキングコースは、グリズリーが頻繁に姿を見せることで知られていました。
春先には、冬の間に死んだバイソンを狙ってグリズリーが出没するので、3月から6月は閉鎖されているコース(the Mary Mountain Trail)だそうです。
そんな場所なので、グリズリーも人を見かけてびっくりしたのかもしれません。
このイエローストーンだけではなく、カリフォルニアのヨセミテ国立公園(Yosemite National Park)、ネヴァダ州との境にあるタホ湖(Lake Tahoe)、そして、カナダに近いワシントン州と、アメリカには熊の密集地帯がたくさんあります。
いずれの場所でも、奥地に分け入るときには、「熊用の催涙スプレー(bear pepper spray)」を携帯するようにと、専門家は警告を発しています。
今年、アメリカやカナダは、全般的に乾燥しているので、山から下りて来た熊と人間が出くわすケースが増えているそうです。食べ物を求めて民家に現れるケースもたくさん報告されています。
遭遇が起きると、ほとんどの場合、殺されるのは熊さんの方。
人が熊を恐れるように、ほんとは熊さんだって人間が恐いのです。できることなら、人に遭いたくないのです。
ですから、熊の密集地帯では、熊さんを呼び寄せないように、人の配慮が必要ですよね。
食べ物やゴミは、頑丈な金属の箱に保管する。
ハイキングをするときには、「人間が歩いてますよ」と警告を発する意味で、おしゃべりをしたり、歌をうたったり、荷物に鈴を付けておいたりと、できるだけ音を出す。
そして、万が一、熊さんと顔を合わせることになったら、催涙スプレーで我が身を守る。
もちろん、実際に野生動物に遭遇すると、恐怖で身がすくんでしまうことでしょう。けれども、普段、頭のかたすみで予行演習しておけば、少しは助けになるのではないでしょうか。
それが、人が自然に分け入る、最低限のエチケットなのかもしれません。
そして、そんなエチケットを守れば、旅だってもっと楽しくなるのでしょうね。