Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2020年04月20日

カリフォルニアのケース:州知事のリーダーシップ

Vol. 235



カリフォルニア州では自宅待機生活も5週間と、新しい暮らしのリズムにも少しずつ順応してきたところです。今月は、州の対策を中心にカリフォルニアの近況をお伝えいたしましょう。

<州政府の迅速な対応>

先月号では、すでに3月17日にはサンフランシスコ郡や「シリコンバレー」と称されるサンタクララ郡で自宅待機命令(Shelter-in-Place order)が出され、2日後には州全体にも待機命令(Stay-at-Home order)が発動されたことをお伝えしておりました。

基本的には、買い出しとお散歩に出る以外は、家から外出してはいけない、との命令です。街中ではスーパーマーケット、薬屋、クリーニング店、ガソリンスタンドと、ごく限られた業種しか営業できませんし、レストランはデリバリー(宅配)かテイクアウトのみの営業となります。通勤・通学を含めて、ほとんどの日常行動が「不要不急」と定められています。

このお達しは「今日の真夜中から施行!」というほどの緊急発令で、ちょうどサンノゼ市の日本街にある日系スーパーに買い出しに行っていたわたしは、これが最後の街中への外出となりました。感染リスクを減らすために、買い出しは連れ合いに代表してやってもらっているので、わたし自身が外へ出るのは、近所のお散歩のときだけなのです。



それから5週間が過ぎ、カリフォルニア州の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染症例(COVID-19)は、まだまだ少しずつ増加しています。が、感染拡大が著しいニューヨーク州など東海岸の州に比べると、カリフォルニアの増加率は実に緩やかに収まっています。いわゆる「拡大のカーヴを緩やかに保つ(flatten the curve)」ことに今のところ成功しているのです。

それはひとえに、州政府の新型ウイルス対策が迅速だったからだと思っているのです。



上記のように、3月中旬には州全域に自宅待機命令が出されていたわけですが、これに甘んじることなく州政府は地道に対策の拡充に努め、4月に入って、州知事は次から次へと具体的なプランを州民に向けて発信し続けています。

「州民には知る権利がある」との根本姿勢に基づき、毎日正午には、州都サクラメントからギャヴィン・ニューサム州知事のテレビ会見生中継が定番となっています。

まず手始めに、感染対策プランを「フェーズ1」と「フェーズ2」に分けて、病床と人工呼吸器の確保に努めていることを発表。「フェーズ1」では州内4千万人に対し5万病床と4250台の人工呼吸器を目標とし、さらに「フェーズ2」では6万6千病床と1万台の人工呼吸器に拡充すると明示。

この中には、大規模な商品見本市が開かれるコンベンションセンターや州立大学の寮などにベッドを運び込み、急ごしらえの病棟として軽症・中等症の患者を入院させるプランも含まれます。

すでに4月初日には、サンフランシスコの有名な『モスコー二・コンベンションセンター』や周辺のイベント会場は、前線病院として受け入れ態勢が整っています(写真は、「サージセンター(surge center、急ごしらえの前線病棟)」に指定されたサンマテオ郡のコンベンションセンター)。



また、人工呼吸器の手配には州の予算をふんだんにつぎ込み、4月第2週には「フェーズ2」の目標値だった1万台を超え、11,747台を確保したと表明(4月9日州知事テレビ会見)。

わずか2、3週間で7千台から1万台超に増えた背景には、新たに購入した機器に加えて、州内の工場で修理したもの(refurbished ventilators)が含まれるとのこと。

この時点では3割ほどの人工呼吸器のみが使用されていたので、500台はカリフォルニアから国に貸与。国からニューヨーク州、ニュージャージー州、イリノイ州、その他4州に貸与され、重症患者の治療に役立てられています。

人工呼吸器に加えて、手袋や防護服など医療従事者を守るPPE(personal protective equipment、個人用防護具)の確保にも努めていて、「N95マスク」は2億枚超を確保。すでに4200万枚は医療関係者に配布されたそう。

先を見越して、1月の時点から中国からの輸入を拡大しPPEの確保に努めていたことに加えて、FDA(アメリカ食品医薬品局)の認可を受けた南カリフォルニアの工場でマスクを洗浄・再利用することで枚数の確保が可能になっているとのこと。



病床やPPEが確保されたとしても、医療従事者が足りなければ感染患者の治療はできません。そこで、カリフォルニア州はボランティアを募るウェブサイトを作成。4月6日には、わずか数日で8万1千人の応募があったと発表。これは退職した医師や休職中の看護師と医療専門職の方々ですが、州内の病院の状況を鑑み、順次採用を始めるとのこと。

遠く海外や州外から赴任する方々には、航空会社ユナイテッドをはじめとして、主要な航空会社すべてが往復航空券の負担に協力してくれるそうです。



「病床、PPE、人」と三本柱をしっかりと整えて、初めて感染拡大に立ち向かうことができる。それが州知事の初期のメッセージでしたが、日を追うごとに対策の話題は変化していきます。

家でじっとしているとストレスがたまる。子供や家族に辛く当たることもあるし、ドメスティックバイオレンス(DV)の被害も増える。自殺を考える人も増えてくる。そこで州は、24時間対応の電話相談ホットラインを開設。電話ができない状況にいる人々のために、通話を必要としないスマホのショートメッセージやパソコンのチャットでも対応しています。

「自宅待機というのは、ひとりぼっちで生きることではない」と力説する州知事は、家族や友人だけではなく近所の高齢者にも声をかけてくださいと住民に促します。



そして、失業の問題。自宅待機命令が出て、カリフォルニア州だけで実に310万人の人たちが失業保険の申請をしています(4月17日現在)。

オンラインで申請しても、手続きには役所の担当者との電話インタビューも必要。ですから、州政府の他部門から担当者の配置換えをして、失業者の対応にあたらせているとのこと。担当者の側も緊急性は十分に認識していて、復活祭(イースター)の休日にも、500人が休日出勤を申し出て処理にあたったとか。電話相談窓口も時間を延長して、朝8時から夜8時まで12時間対応しているそう。

また、カリフォルニア州は登録されていない移民(いわゆる「不法滞在者」)が労働者の1割を占めています。ですから、表立って申請できない労働者への援助も必要となっていて、一人当たり500ドル(約55,000円)、一家族1000ドル(約11万円)の手当てを確約。これは州の予算と寄付金で賄われ、上限は約140億円となっています。



州全体では、すでに5.3パーセントの失業率となっていて、これは、過去数年にわたり平均年率3.8パーセントを記録した州の経済成長を脅かす勢いです。

また、全米では2200万人が失業保険を申請。加えて連邦小企業庁では、小規模ビジネス向けローンの申請書は過去14年分(およそ160万件)を処理、と厳しい状況が続きます。



<住民の反応は?>

どこを向いても厳しい状況が続いていますが、心の根っこの部分はずいぶんと明るく、余裕すらあるアメリカ人です。

たとえば、感謝の気持ちは忘れていません。サンフランシスコでは、ダウンタウン地区のマンションやヴィクトリア朝の家々が並ぶ住宅街で、午後7時から医療従事者に謝意を示して拍手をする動きが広がっているよう。ご存じのように、これは現場で大変な思いをされている医療従事者に対して感謝を伝えようとヨーロッパから広まったものですが、サンフランシスコ・ベイエリアでも拍手を習慣化しようじゃないかという動きが出ています。

また、州内のあちらこちらでは、警察官や消防士の方々が病院の前にパトカーや消防車を待機させて、医療従事者が目の前を通るたびに拍手とピカピカ光る赤や青の回転灯で謝意を伝えるイベントを開いています。(写真は、ロスアンジェルス近郊の病院で開かれた感謝イベント。こんなにお腹が大きい看護師の方も働かれているんですね:Photo by Robert Gauthier / Los Angeles Times)



アメリカでは、医療従事者や警察官、消防士などの緊急対応者(first responders)は、社会の「ヒーロー」としてリスペクトされています。ですから、一般市民の側でも、病院に詰めて治療に専念している方々や、緊急対応で感染リスクにさらされている消防士や警察官の方々に食事をタダで届けるレストランもあります。こういったレストランには、寄付やクラウドファンディングを通して自然とお金が集まってくるので、レストランの側でも「資金が続く限り」がんばっていらっしゃるようです。

サンフランシスコで始まったこのような動きは、『フロントライン・フーズ(Frontline Foods)』として組織化され、全米各地へと広まっていて、今では46都市で累計700万食(うちサンフランシスコ近郊では200万食)を届けたとのこと。

また、自分たちが仕入れた食材を無駄にしないためにと、路上生活者の施設にタダで食事を届けるレストランもあります。普段は有名シェフの料理など口にしたことのない方々も、味の違いに気づいていらっしゃることでしょう。

こういった慈善事業を行う余裕のない小さな飲食店も、デリバリーやテイクアウトに特化して、なんとか営業を続けようとがんばっています。

サンフランシスコの三つ星レストラン・ベニュー(Benu)でも、テイクアウトを始めたそうです。こちらは、韓国系アメリカ人シェフ、コリー・リーさんのアジアンテイストのコース料理で有名な店ですが、三つ星のテイクアウトってどんなものだろう? と興味津々なのです(写真は必見のデザート、箸で食べる折りたたみ式ミルクアイスクリーム)。



そう、どこにいても食べることは欠かせません。ですから、学校に行けなくなった子供たちがちゃんと食事にありつけるようにと、自治体も昼食の援助を始めました。学区によっては毎日のランチ(school lunch)だけではなく、朝食と合わせて1日2食を配布しています(写真は、各学区のランチ配布情報を英語、スペイン語、ヴェトナム語で伝えるサンノゼ市のパンフレット)。

加えて、プロバスケットボール(NBA)ウォーリアーズの人気選手ステッフ・カリーさん夫妻のように、地元オークランドの子供たちと家族を対象に100万人分の食事を寄付した著名人も出ています。やはり、しっかりとした栄養は学校でしか摂れない子供たちも多く、学校に行けなくなった生徒の教育のみならず、食育のことも考えなければなりません。



子供たちといえば、毎日家でオンライン学習(distance learning)を余儀なくされていますが、高速インターネットやパソコンには縁のない世帯も多く、デジタル格差(digital divide)が浮き彫りになっています。これに対し、企業側からもWiFiホットスポットを10万箇所に設置(グーグル)、タブレットパソコンを1万台寄付(アップル)と、援助の手が差し伸べられています。

また、これを良い機会として、社会貢献を学ばせる親もいるようです。たとえばこちらは、宅配の配達員やスーパーの店員と最前線で活躍する方々にマスクを作ってあげるプロジェクトを立ち上げた子供たち。ご近所さんが紹介していたものですが、ちゃんとミシンも上手に支えているようです。

マスクといえば、欧米人にはマスク着用の習慣はないので、着用が義務付けられつつある今は、カラフルな布製マスクやバンダナ、スカーフで鼻と口を覆っている人も多いです。日本と同様、N95マスクはおろか普通のマスクも手に入らない状態なので、手作りマスクがおしゃれの自己表現となっているようです。



<リーダーシップと人間味>

自宅待機が続いても、感染拡大は完璧には防止できていないし、社会問題は日々深刻化しています。が、カリフォルニアは州政府のリーダーシップのおかげで、住民はひとつにまとまっている感があります。

そのリーダーシップに州民が改めて気づいたきっかけは、NBAサクラメント・キングスのオーナー、ヴィヴェック・ラナディヴェ氏のテレビ挨拶かもしれません。

4月6日、いつものようにニューサム州知事はテレビ会見を開きましたが、背景はだだっ広いアリーナ。どうやらキングスの旧アリーナを前線病棟に指定して、患者の受け入れ態勢を整えようという光景。オーナーのラナディヴェ氏は、「この国の移民として、カリフォルニア州民として、あなたが州の代表者で本当に良かった」と、州知事が感染対策をうまくリードしていることに謝辞を述べました。



わたしも連日のテレビ会見で州知事のリーダーシップを漠然と感じていましたが、同時に人間味も垣間見たような気もします。

自身がシングルマザーに育てられた経緯から、早い段階から「世の中のお母さんたちに感謝します」と明言し、家庭をやりくりしながら時には教育者となり、時には介護者にもなる世の女性たちに熱い謝意を伝えています。

また、「うちの娘がかんしゃくを起こして、ベッドをひっくり返しちゃったよ」と、厳しい状況下では誰もが精神的ストレスに陥りやすいことを吐露しています。(写真は、娘の母である州ファーストパートナー、ジェニファー・ニューサムさん。ジェニファーさんも遠隔教育の話題で会見に参加しています)



記者団の質問にも、頭に叩き込んだ数値でよどみなく答える州知事ですが、こういった身近なエピソードが、単なる数字の羅列に終始することなく、リーダーとしての才覚を表しているのかもしれません。

ニューサム知事は、サンフランシスコの市長(郡長)に就任した2004年のバレンタインデー、全米に先駆けて同性カップルの結婚式を執り行ったことで有名な御仁。その後、同性婚が法的に認められるまでには法廷での争いが続きましたが、なにかしら違ったことを「やらかしてくれる」のがニューサム氏かもしれません。(写真は、州最高裁が同性婚を認めた2008年6月、市庁舎で結婚パーティーを開くニューサム市長(当時))



というわけで、自宅待機はなかなか解除されない今日この頃。わたし自身は、近くのゴルフ場の散歩が許されるようになって、毎日3キロは歩くようになりました。いつもよりもかえって運動量が倍増し健康管理に役立つという、ちょっと皮肉な展開でしょうか。



連れ合いは、うっかりパジャマ姿でテレビ電話会議に出席してしまって、「そこまで心を許していただいて光栄です」と、お相手からオトナの対応をしていただきました。



そんなエピソードも、早く過去の笑い話になってほしいと願っているところです。



夏来 潤(なつき じゅん)



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