ギリシャのサントリーニ島
サントリーニのエッセイでもご紹介しましたが、サントリーニの特産品はワイン。島じゅうにぶどう畑が広がります。
ここのぶどうはちょっと変わっていて、栽培するために水など撒きません。土中の水分を自然に吸い上げるので、ぶどう自体も地を這うように育ちます。カリフォルニア・ナパバレーのぶどう畑とは違った光景です。
水気が少ないので、糖分がぶどうの実に凝縮します。だから、この島は、糖度とアルコール度の高いデザートワインでも有名なのです。
よく知られたワイナリーは、3つ。サント(Santo)、アントニオ(Antonio)、ブタリ(Boutari)と、島の中心部に並びます。ブタリのワインは、アテネなどでもよく見かけます。
そして、これらのワイナリーに、島で最古のカナヴァ・ルーソス(Canava Roussos)が加わります。ここでは、19世紀初頭から稼動する古い貯蔵庫を見学させてもらえます。
この島で試してみたのは、サントのワイン。一晩めは、レストランの人に勧められた白ワイン。アシルティーコス(Assyrticos)という古代種から作ったワインです。りんごのブランデー、カルヴァドスみたいな独特な香りがあります。そして、白ワインには珍しく、エージング(熟成)に向いているそうです。
二晩めは、同じくサントの赤ワイン。こちらは、ヴードマート(Voudomato)という古代種。色は薄めですが、ちょっと渋めで、独特の香りがあります。けれども、酸化するとまろやかになり、ドライで軽めの飲みやすいワインなのです。スパイシーな料理にも最適です。
アテネで飲んだブタリのワインも、軽めで飲みやすい白ワインでした。おもしろいことに、一晩めと二晩めは、ブタリの同じワインをレストランの人たちに勧められました。なんでも、昨年、この白ワインは賞をいただいたとか。
それから、この島のもうひとつの名物は、ロバと猫。
猫は、どうして多いんだか?ホテルの部屋にも、必ず猫ちゃんが尋ねて来ます。バルコニーで食べていると、静かにすり寄ってくるのですが、何もあげないと、すぐにどこかへ行ってしまいました。
車の使えない、やたら階段の多い集落では、ロバは必須。新しい家を建てるのでも、レストランにワインを運ぶのでも、重いものはロバさんが運びます。ロバさんは、実におとなしく、人間様の言うことをきくのです。
昔は、古い港への上り下りも、全部ロバさんが担当していたそうです。今では、旧港にはケーブルカーが通っていますが、ロバさんたち、観光目的でいまだに現役です。石畳の階段を、重い人間を背負いながら一生懸命に登ります。
ロバさんが使えないとなると、最終手段は、人力。ホテルでは、泊り客の重い荷物を運ぶのも、毎朝ごはんを部屋に運んでくるのも、全部人の力です。ホテルには、どれだけの階段があるか知れません。それを、重いものを担ぎながら、寡黙に軽やかに上り下りします。
サントリーニを離れる朝、朝ごはんを下げてくれた人にこう言いました。「とってもおいしい朝ごはんだったよ」と。すると、彼が言うのです。「そういう言葉を聞くと、ほんとに嬉しいよ」って。ホテルは満杯だから、足が4本必要なくらい忙しいんだけど、そんなことよりも、この階段には閉口するよねぇと。
ホテルの泊り客はアメリカ人がほとんどでしたが、その中に、フィギュアスケーターの女性がいました。お顔は存じませんでしたが、ベテランのスケーターらしく、彼女のひざはボロボロ。最近、ひざの軟骨を摘出し、それを実験室で再生中だそうで、近く移植手術をするそうです。
軟骨のないひざで階段の上り下りなんて、ちょっと想像ができません。なんだか拷問のような。
どうして、ワインから軟骨の話になってしまったのか?
話を戻しますと、サントリーニ島は、風景はいいし、建物は映画のセットのようだし、とってもいい写真が撮れる場所です。
けれども、あそこに立ってみて、海を望み、風を受け、街を歩き、息を切らしてみて、初めて見えてくるものもあるのかもしれません。
この島を離れる朝、ホテルの部屋でこう誓ったのでした。いつか、海の見える場所に住もうと。