サンフランシスコのもうひとつの三つ星 Benu
前回のフォトギャラリーでは、先月、2015年版ミシュランガイドで「三つ星」に昇格したフレンチレストラン Saison(セゾン)をご紹介しました。
このとき、サンフランシスコでは「三つ星」が同時に二店誕生したのですが、もうひとつ三つ星に昇格したのは、Benu(ベニュー)というフレンチレストランでした。
この二店には共通点がいくつかあって、まずは、お店のロケーション。
前回もご紹介した通り、Saison は、サンフランシスコ・ジャイアンツのホーム球場 AT&Tパークの向かい、表通りから一本裏手にあります。
そして、Benu は、テクノロジー企業が展示会場に利用する Moscone Center(モスコーニ センター)の近くにあって、どちらも SOMA(ソーマ:サウス オヴ マーケット)と呼ばれる再開発地区に位置します。
SOMA というのは、サンフランシスコのメイン通りマーケットストリートの南側の地区という意味ですが、モバイル/ソーシャルアプリなどのテクノロジー系スタートアップがひしめきあう、オシャレで、若い人たちが集う地域となっています。
そして、もうひとつの共通点は、アジアの影響でしょうか。
前回もご紹介したように、Saison は「和」の影響を受けたフレンチで、まさに和洋折衷のコース仕立てでした。
一方、Benu は「韓・中」を取り入れたフレンチで、見た目も中華料理に近い印象です。
それもそのはず、Benu のシェフ、コリー・リーさんはニューヨーク生まれの韓国系アメリカ人で、たぶん子供のころは、お母さんの韓国料理を食べて育ったのではないでしょうか。
それでも、フレンチシェフとして秀でた方で、サンフランシスコ/ナパバレー初の三つ星レストラン The French Laundry(フレンチ ランドリー)で7年間修行した経歴をお持ちです。
The French Laundry のトーマス・ケラー氏といえば、「アメリカで最も有名なフレンチシェフ」との呼び声高く、この方の元で修行されたとなると、誰もが一目置く存在なのです。
こちらの Benu は、我が家のサンフランシスコの滞在先から目と鼻の先にあるので、2年前、昨年、今年と、3回お邪魔したことがあります。
ご紹介している後半の写真数枚のように、昨年までは「アラカルトメニュー」がありましたが、今年お邪魔したときは「おまかせコース」のみになっていました。
コースはデザートも入れると20品ほどあって、最初に説明を聞くと「え~っ、そんなにあるの?」と驚くのですが、実際に食べてみると、ひとつずつが小さいので、全部ペロッとたいらげられるのです。
なにせ、最後に食べたのは半年以上前のことですし、品数が多いゆえに、「おいしい!」と舌鼓を打ちながら中身はほとんど忘れてしまっていますが、いくつか印象に残っているものがあります。
わたしは牡蠣もキムチも苦手なのですが、豚バラと一緒に砂糖菓子みたいなカリッとした衣に包まれた一品は、とってもおいしくいただけました。もちろん、パクッと一口で。
イカせんべい(salt and pepper squid)は、日本の「えびせん」みたいな香ばしさとサクッとした歯ざわりで、アジア人には懐かしいお味となっています。
フカヒレ風スープ(“shark’s fin soup”)は、このお店の特徴的な一品(signature dish)と言われますが、フカヒレやフォアグラが禁止のカリフォルニアで、これだけ深い味わいを出すのは、さすがだと思うのです(英語の名前にクォーテーションマークが付いているのは「ホンモノではありませんよ」という意味です)。
お料理のネーミングにも奇抜なものがあって、「樫の木からもらった乞食の宝袋(beggar’s purse of treasures from the oak)」は、魚のすり身の包み揚げだったと記憶しています。きのこや野菜が入っていて和風っぽくもあり、親しみのわく一品です。
ロブスターの小籠包(しょうろんぼう、xiao long bao)は、まさに「中華」ですが、誰もが大好きなコリーさんの定番のひとつだと思います。
こちらでご紹介したのは、今年4月に楽しんだ「おまかせコース」と昨年6月の「アラカルトメニュー」ですが、とくに今年のテーブルは中二階のライティングを落としたセクションにあって、フラッシュ無しの写真が暗く(ときにピンぼけで)写っているのがとても残念です。
そして、2年前と比べてみると「おまかせコース」も変化していて、今年は、全体にシンプルになった印象でしょうか。
たとえば、あん肝(monkfish liver boudin: boudinはソーセージ状に調理したものの意)にかかったソースは、2年前のXO醤風のものから、すっきりとしたフレンチの泡ソースに変わっています。
前回登場したお店 Saison のサラダも、シェフのジョシュア・スキーンズさんが4年かけて進化させた一品でしたが、いくつかあるコリーさんの定番のお皿も、2年の間に進化しているように感じます。
10月に「三つ星」の栄誉に輝いてからは、何かしら新しい進化を遂げているかもしれませんね。
こちらの Benu も、前回の Saison も、週に5日間(火曜日~土曜日)夜だけ営業していて、あくまでも「手を広げすぎない」ことがモットーのようです。
Benu のコリーさんは、「スタッフは週に70時間から80時間働いている」とインタビューでおっしゃっているので、これ以上営業時間を増やせば、質を保てないことを恐れていらっしゃるのでしょう。
お店のあるホーソーン通りを歩くと、開店の何時間も前からシェフたちが懸命に働いているのが窓越しに見えるのです。
それで、コリーさんも、Saison のジョシュアさんも、何かしら新しいものにチャレンジしたいと思い立ったら、新たにお店を開くというアプローチを採っていらっしゃるようです。
コリーさんは、モダンフレンチビストロ Monsieur Benjamin(ムッシュ ベンジャミン)を開いたばかりですし、ジョシュアさんは、2015年初頭に Fat Noodle(ファット ヌードル)という中華麺のお店を始めるそうです(Monsieur Benjaminは市庁舎/劇場近く、Fat Noodleは金融街近くになります)。
名前を聞くだけで楽しそうなお店ですが、一流シェフがカジュアルなお店を開くと、どんな風になるのかな? と興味を引かれています。
というわけで、「三つ星」に仲間入りした Benu。
コリーさんご自身は「まさか自分がヨーロッパの有名シェフと肩を並べるなんて、信じられない」と驚きを隠せませんが、格上げされてからは、お店の予約がボンと増えたともおっしゃっています。
こちらとしましては、なかなか予約が取れなくなって、ひどく残念ではあるのです。
余談ではありますが: こちらの Benu でも、おまかせコースに合わせてワインペアリングを楽しむことができます。
ワインペアリングは、どちらのお店でもお料理すべてに合わせてもらったり、前菜にひとつ、白ひとつ、赤ひとつと構成してもらったりと、自由に頼むことができます。
それで、Benu では、連れ合いがコース全体に、わたしが数を減らしてペアリングしてもらったのですが、メインディッシュのビーフに合わせてあった赤ワインを味見したわたしは、「パーフェクト!」と感嘆の声をあげたのでした。
なしの果汁で煮込んだビーフには、とろっとしたコクのあるソースがかかっていて、それが「角煮」のような濃厚な香りをかもし出していたのですが、その甘みに赤ワインの甘みが完璧にマッチしていたのです(と、わたし自身は思ったのでした)。
どんなに優秀なプロがワインペアリングを担当していても、なかなか「パーフェクト」なマッチングには出会えませんが、食事が終わって、ワイン担当の方に「ビーフの赤ワインは完璧だった」と告げると、「そうでしょう?!」と嬉しそうな表情を見せていらっしゃいました。
このお料理とワインの出逢いも、地元のお店で楽しめる「世界探訪」なのかもしれませんね。