サンフランシスコの風の道
サンフランシスコには、「風の道」があると思うんです。
それは、だいたい西から東に流れていて、
西の太平洋から、東のサンフランシスコ湾へと流れていきます。
とくにベイブリッジの下に立つと、あ~、ここだってわかるんです。
太平洋側(左)から吹いてきた風が、谷を渡って丘を乗り越え、ここに集まってきて、
ここから湾を渡って、向こう岸(右)へと流れていきます。
そして、この「風の道」は、自然と海を渡る道となりました。
ここから東へ、対岸のオークランドやバークレーへと海を渡る道です。
ここに立派なベイブリッジが開通したのは、戦前の1936年のこと。
翌春には、同時に着工したもうひとつの橋、ゴールデンゲート・ブリッジ(金門橋)が開通しています。
以前もご紹介したように、ベイブリッジは「2階建て」です。
1989年の地震で一部が壊れて、現在は、途中に浮かぶイェルバブエナ島(Yerba Buena Island)からオークランドの箇所は架け替えられて平面構造となりましたが、サンフランシスコ側は、昔のままの2階建てです。
どうして2階建てなのかって、この橋には、もともと列車が走っていたからです!
今では、橋の下段は、サンフランシスコから東へ向かう一方通行の道路となっていますが、ここには線路が敷かれていて、「キーシステム(Key System)」という鉄道が走っていました。そう、ちょうど東京湾にかかるレインボーブリッジに「ゆりかもめ」が走っているみたいに。
こちらの写真は、まさに試運転の様子。1938年、当時の州知事が乗り込んで、試運転をしたときのワンショットだそうです。「お祝い」の意味で、先頭には小さな旗が飾られています。
車両の上には立派なパンタグラフが付いているので、電車なんですね。天井(橋の上段)には、電線がはりめぐらされているようです。
それで、出発点はどこかと言うと、「トランスベイ・ターミナル」というターミナルビル(写真左の建物)。
「トランスベイ(Transbay)」というのは、文字通り「湾を渡る」という意味ですが、サンフランシスコ湾を渡って、対岸のオークランドやバークレーと行き来するために、このターミナルから鉄道やバスを走らせたのでした。
対岸から橋を渡ってターミナルに着いたら、目の前のストリートカー(路面電車)に乗り換えて、サンフランシスコの街中を便利に行き来できるようになっています。戦後の1947年の撮影ですが、なかなか活気がありますよね。
こちらは、対岸からベイブリッジを渡り終わったあと、ターミナルに向かって北上中の電車。
向こう側の丘の上に「コイトタワー(Coit Tower)」が見えているので、1番通りと2番通りの間を北西に向かって走っているようです。
1954年の撮影なので、金融街を中心とするダウンタウン(写真の右側)の様相が、今とは大きく異なりますし、今となっては、ここには電車は走っていません。
こちらは、1964年のトランスベイ・ターミナル。アールデコ調の建物で、20世紀前半のモダニズム様式なのでしょう。
この頃までは、建物のまわりに電車の電線がはりめぐらされているようですが、実は、1958年には、ベイブリッジから鉄道は撤去されて「橋は車だけ」の通行となりました。
その翌年には、ターミナルも「バスだけ」の利用となり、それ以降、ベイブリッジを渡るバスとともに、グレイハウンド(Greyhound)のような長距離バスが発着するようになりました。グレイハウンドというのは、大陸横断にも利用するような長距離バスラインですね。
ですから、わたし自身は、ここは「長距離バスのターミナル」というイメージを持っていました。ちょうど日本領事館が入るビルの近くにあるんですが、昔の「交通の要所」の活気は失われているし、灰色のコンクリートの外壁は、「カワイげのないターミナル」といったイメージでした。
もう数年になるでしょうか。古いターミナルがすっかり壊されて、そこに懸命に穴掘りを始めてから。
なんでも、地下2階、地上2階(と屋上庭園)の新しいターミナルができるそうで、地下を掘り起こすだけでも2年くらいはかかったんじゃないでしょうか。
そこから巨大な鉄骨を地下にはりめぐらせて、上に向かってコツコツと骨組みを積み上げて行って、ようやくビルの格好を呈してきました。
こちらは、昨年秋の様子ですが、ビルの骨格だけではなく、この新ターミナルに向かう高架道路が姿を現しています(写真の真ん中に走っている高架橋)。
なんでも、この空中道路は、バスがターミナルの2階に入ってくるルートだとか。
建物の外観もかなりでき上がってきて、「ターミナル」の感じが出てきましたよね。
とっても横に長い建物なので、なかなか全体をとらえることはできないんですが、建物の中央部が高架橋になっていて、今まで通りに車が建物の下を通れるようになっています。
すでに外壁の一部には、こんな風な「服」が着せられていて、陽光で真っ白に輝く「レース」の壁は、なかなか芸術的でした。
なんでも、こちらの模様は、イギリスの数理物理学の先生、ロジャー・ペンローズ博士に依頼してつくってもらったんだとか。言われてみれば、「丸」にも「星」にも「花」にも見えるような、なんとも複雑な模様ですね。
というわけで、サンフランシスコの「風の道」がベイブリッジという橋になり、
橋を渡る電車がやってきた昔のトランスベイ・ターミナルが、
屋上庭園もあって街の目玉ともなるような、新しいターミナルに変身しつつあります(下は完成予想図)。
なんでも、将来的には、新ターミナルにも「カルトレイン(Caltrain)」をはじめとして、列車が入ってくるようになるそうです。
カルトレインは、サンノゼ市やパロアルト市など、サンフランシスコ半島の諸都市とサンフランシスコを結ぶ列車です。
現在は、サンフランシスコ・ジャイアンツのホーム球場の辺りが終着駅になっていますが、そこからトンネルを掘って、新ターミナルにやってくるとか。
サンフランシスコという街には、人を運んだり、貨物を運んだり、いつも列車が走っていました。
ベイブリッジの足元にも、こんな線路が残されていて、ふと過去を垣間見る気分にもなります。
車が便利だからと「市民の足」ではなくなった鉄道ですが、今また、堂々と復活してきているようですね。
写真出典: 昔のターミナルと電車の写真、そして新ターミナルの想像図などは、トランスベイ・トランジットセンターのウェブサイトより(Archived photos and artist renditions from the “Image Gallery” section, Transbay Transit Center’s Website)。
最後の線路の写真は、ベイブリッジの足元にある「ピア24」の脇に残る昔の線路。貨物ライン「ベルト鉄道(Belt Railroad)」が、街にたくさんにある埠頭を結んで走っていました。