サンフランシスコの風を読む
ご存じのように、サンフランシスコという街は港で栄えたところなので、海とは切っても切れない縁があります。
海には、いつも風が吹き、波が立ち、潮の流れがあります。
でも、今までは、風や波、潮の満ち引きにこれといって注意を払ったことはありませんでした。
ただ、「なんとなく今日は波が高いなぁ」とか「今は潮が満ちているなぁ」と漠然と思うだけ。
それが、先日ご紹介したヨットレース「アメリカスカップ」をテレビで観ていただけで、風や波の変化にも気を配るようになりました。なぜなら、同じコースでレースをやっていたのに、一日たりとも「同じコンディション」ということがなかったからです。
穏やかなサンフランシスコ湾に見えても、風が強くて、アメリカスカップの練習中にヨットが転覆したこともあります。不幸にも、スウェーデン・チームのメンバー(イギリス人のアンドリュー・シンプソン氏)が亡くなっています。前年、アメリカ・チームのヨットが大破したこともあります。
逆に、風が弱過ぎてスピードが出ず、レースが無効になったこともあります。いつもは30分とかからないレースコースで、制限時間の40分を越えてしまったからです。
そして、風の吹く方向が悪くて、レースが中止になったこともあります。220度近辺の風を待っていたのに、いつまでも190度だった・・・と、暗号のような説明をしていました。
通常、サンフランシスコ湾には、西から東に風が吹いています。
西は外海の太平洋、東は内海のサンフランシスコ湾。風は、太平洋からゴールデンゲートブリッジ(金門橋)のかかる金門海峡(the Golden Gate Strait)を通って吹いてきます。
とくに夏は、東の内陸部の気温が高くなり、上昇気流が激しくなるので、この暖気団に向かって太平洋から冷たい空気が勢いよく流れ込み、サンフランシスコ湾にも風がバンバン吹くようになります。
でも、湾に吹く風は、狭い金門海峡をくぐらなければなりません。ですから、狭い海峡をくぐった風は、もともと複雑な地形の湾では、予測できないくらいに動きまわるのです。
そして、9月に入ると、内陸部の気温が低くなり始め、上昇気流もそれほど激しくなくなるので、風のない日も出てきます。
「アメリカスカップ」が開かれたのは、まさに、その移行シーズン(transition season)。ですから、晴れ上がって風が安定しているときもあれば、曇って無風状態のときもあるし、さっきまで晴れていたのに、急に霧が出てきて、風の流れが変わることもある。
なんでも、ヨットレースのチームには、専属の天気予報士が張り付いていて、明日のお天気は? なんて悠長な話ではなく、それこそ「10分後の天気と風は?」といった「今(now)」を予測していたそうです。
だから「weather forecasting(天気予報)」ではなく、「now-casting(ナウ・キャスティング)」なんだとか。
ヨットを動かす燃料は、風。その風を自分の味方に付けるためには、コースのどこをどうやって走るのか、天気予報士のインプットが重要になってくるのです。
(オラクル・チームUSAの天気予報士、クリス・ベッドフォード氏の談話を参照)
ま、船に乗らないかぎり、そんな詳しいことまで知っておく必要はありませんが、サンフランシスコのお天気で気をつけなければならないこと。それは、「真夏は天気が悪い!」ということでしょうか。
そうなんです、真夏の7月、8月は霧がかかりやすく、肌寒くなりますね。
街を歩いていても、目の前は白くぼんやりしているし、冷たい霧の粒が顔に当たったりするので、カッと照りつける夏の太陽が恋しくなってしまうのです。
この時期にゴールデンゲートブリッジの辺りに行くと、太平洋の方から急に霧がかかり始めて、寒い思いをすることがあります。今までカラリと晴れていたのに、一転して「真っ白の闇」になったりするので、ジャケット(もしくは防水ウィンドブレーカー)は必需品でしょうか。
だいたい真夏にいらっしゃる方は、「霧で肌寒い」という言葉を信用できずに軽装でいらっしゃって、後悔する傾向にありますね。だから、観光地のショップでは厚地のスウェット(San Franciscoのロゴ入りのもの)が人気商品となるのです。
逆に、9月から10月上旬は、街は「インディアン・サマー(Indian Summer、秋口にやって来る夏)」となりますので、観光にはお勧めの季節となります。
そして、11月になると、そろそろ雨季に入って雨の日も多くなるし、風も、西の太平洋からではなく、東の内陸部から吹いてくることもあるのです。
というわけで、サンフランシスコの風。
船は苦手なわたしだって、一度くらいは、サンフランシスコ湾で船遊びをしてみたいと思うのです。まあ、ちょっと難しいかもしれませんが・・・。
いえ、港街で育ったわたしには、小さい頃、嵐の海原に船で乗り出し、木の葉のように波にもまれた経験があるんです。
だからこそ、海の恐さは知っているつもりですし、漁師さんや船乗りさん、海のスポーツにチャレンジする方々を尊敬してしまうんです。
海原にひとりでいると、突然、自分のすべてをコントロールできるようになる。そう、自分自身の運命をコントロールしてるんだ。
When you are out there on your own, all of a sudden you are in complete control. You are in control of your own destiny.
(Excerpted from the interview with Sir Ben Ainslie by Neil Tweedie, The Telegraph, October 2nd, 2013)
これは、「アメリカスカップ」でオラクル・チームUSAの逆転優勝に貢献された、ベン・エインズリー卿の言葉です。
海原に乗り出し、風を読み、自分の運命をあやつる。ヨットというものは、そんな厳しいスポーツなのでしょうか。
風をうけると、グググッとマストがきしむ。まるで貨物列車みたいな重い響きは、自分を支えてくれている聴診音なのかもしれません。