スペインのガーゴイルと巨大な目
前回は、生まれて初めて訪れたスペインのお話をいたしました。
降り立ったのは、地中海沿いの街バレンシア(Valencia)。
「バレンシア・オレンジ」の産地であるとともに、スペイン料理の代表格「パエリャ」の発祥の地でもあります。
それで、この街は食べ物でも有名なんですが、歴史が古いので、建造物がまた面白いんですよ。
まず、目を引くのが、「新旧」入り乱れた街のつくりでしょうか。
まるで中世に迷い込んだような「旧市街」は、観光の目玉になっていますが、そこから一歩外に出ると、モダンな街並みが広がります。
なんといっても、こちらの「新市街」で目立つのが、芸術・科学都市(La Ciudad de las Artes y las Ciencias)。
20世紀から次世紀へと突入する時期につくられたので、まさに「21世紀の未来都市」をイメージしてデザインされました。
この壮大な一角には、科学館や水族館、文化ホールと、芸術や科学にまつわる建物が並びます。
まずタクシーで連れて来られたこちらのビルは、スポーツパビリオンだそうです。
建物も変わっている上に、目の前の橋が、まるで楽器のハープか、キューピッドの弓矢を連想させます。なんでも「弓矢」の先端は、バレンシアで一番高い地点だとか。
たぶん、真夏ともなると、プールには子供たちの歓声が響き渡るのでしょうけれど、春はまだまだ冷たいので、プールサイドのカフェだけが家族連れで賑わっていました。
右側の「恐竜の骨」みたいな建物は、科学館だそうです。
3階建ての建物は、科学に関する展示や「無重力体験コーナー」「宇宙アカデミー」と、子供たちが科学に興味を持てる場になっています。
こちらは「クジラの骨格」とも言われますが、実際は何を模してデザインされたんでしょうね?
プールの先には、これまたヘンテコリンな建物がふたつ並んでいます。
真ん中は、最初に完成した施設で、プラネタリウムと映画館、レザリアム(レーザーを使った光のショー)を兼ね備えているそうです。
なんでも、「巨大な目」をイメージしてつくられたそうで、銀色の天井部分を開けると、建物の中にある丸い映画館の「瞳」が現れるとか。
「目」の向こうにあるのは、オペラハウス。横から見ると「熱帯魚」のようでもありますが、オペラや舞台、音楽会を同時に楽しめる文化施設になっています。
それにしても、さすがはスペイン!
アントニオ・ガウディにパブロ・ピカソ、ホアン・ミロにサルバドール・ダリといった芸術家を生んだ国は、街角を歩いていても、ふとしたデザインがキラリと光っているのです。
そして、「旧市街」に足を踏み入れると、ごく小さな飾りにまで、必見の価値があります。
普段は見落としそうな細かいところまで、なんだか不思議で、面白い飾りがほどこされていて、いろんな風に想像をかきたてられるのです。
なんといっても、わたしのお気に入りは『ラ・ロンハ』。ユネスコの世界遺産にも登録されている15世紀の建物です。
こちらは、大きな港を誇るバレンシア王国の時代、地元の絹織物を世界に向けて取り引きした絹の交易所(La Lonja de la Seda)。
街が発展するにつれて、絹だけではなく、さまざまな商取引がなされた場(La Lonja de Mercaderes)でもあります。
この建物では、商取引が行われた大広間のゴシック建築が有名ではあるのですが、わたしの関心は、他にありました。
こちらは、広間に隣接したチャペル(礼拝堂)から裁判室に向かうアーチですが、植物の柔らかな感じが、彫刻にうまく表れています。
アーチ上部に十字に組まれた枝葉や、中央に置かれた王冠も、とても写実的ですよね。
ところが、よ~く見てみると、スゴイものがあるんです。
アーチの右側には、こんな彫刻がほどこされていて、じっと観察してみると、
「羊をかかえた修道女」に向かって、「悪魔」が「ふいご」を使って火を焚き付けている光景!
「燃えろ、燃えろ~」とやっている悪魔の左隣には、手毬のように丸まった「悪魔の子分」みたいなのも控えているのです。
そして、アーチの左へと目を移すと、こっちにもいるんです。
まさに人物の表情からは、人の姿を失わんとする驚愕の叫びが聞こえてきそうではありませんか。
もともと、ここは礼拝堂から裁判室に向かう箇所ですから、なにかしら道徳的な「戒め」になるようなモチーフが欲しかったんだと思います。
でも、よりによって、どうしてこんなに不気味な題材を選んだのでしょうか?
さらには、中庭に立って空を見上げると、建物の外壁には、昔の教会にも登場するガーゴイル(雨どいの役目を果たす彫刻)がたくさん張りついているのが見えます。
そのどれもがグロテスクで、なんだってあんなに不気味なもので建物を飾るんだろう? と、大きな疑問符が頭をよぎります。
ひとつひとつが違ったモチーフですが、こちらは、人物(?)が猿を抱えています。
たぶん、遠路はるばる、熱帯地方から船で猿を運んできたことを象徴していて、それは、そのまま「街の繁栄」を表すのかもしれませんが、それにしても、もうちょっと可愛くできなかったのかなぁ? と、作者の美意識を疑いたくもなるのです。
そして、こちらは、一見「普通」ではありますが、神父さんにも見える人物が、今まさに大魚に飲み込まれようとしています!
いえ、大航海時代には、船が嵐で沈没することもあって、多くの乗組員が、文字通り「魚のえじき」となったのは事実だと思います。
けれども、なにもそんな光景を大げさに脚色して、ガーゴイルにしなくってもいいでしょう! と思うのですが・・・。
もともとガーゴイルには、グロテスクさを競い合うようなところがありますが、このシーンには、なにかしら「海の怖さ」を知らしめる意図でもあったのでしょうか?
そんな風に、ひとつひとつを観察していると、その日が暮れてしまうくらい、いろんな「秘密」が隠された古い街並み。
それが、バレンシアの旧市街です。
そして、新市街、たとえば昔の川を緑地化したトゥリア公園(El Jardín del Turia)を歩いてみると、日本とはひと味違ったデザインの遊具を見かけたりもします。
形も風変わりだし、第一、色の選び方が違うような。
そんな異色なものに触れると、スペインの方々にとって、デザインというものは今も昔も「内に秘めた情熱」を発散する言葉みたいなものかもしれないなぁ、と感じたりもするのです。
普段は、礼儀正しくて優しいけれど、なにかしら爆発的なエネルギーを秘めているのかも・・・と。
なんだ、どこの世界でも、イタズラしたいのは同じじゃない! って。
だって、この丸っこさといい、大きさといい、ちょうどいいですもの!