ナパバレーのベリンジャー
前回のフォトギャラリー「ナパバレーのオーパス・ワン」に続きまして、もうひとつのワイナリーをご紹介いたしましょう。
先日、英語のお話「Experimental(実験的な)」にも登場した、ベリンジャーというワイナリーです。
ベリンジャー(Beringer)は、ナパバレーで続けて営業するワイナリーの中では一番古く、1876年に設立されました。日本でいうと明治初期になりますので、まさに「老舗」なのです。
創設者は、ドイツから移住してきたジェイコブ・ベリンジャーとお兄さんのフレデリック・ベリンジャー。
ドイツのマインツでワイン造りにたずさわっていたジェイコブさんは、1868年、船でニューヨークに到着します。お兄さんのフレデリックさんが5年前にアメリカに来ていて、手紙でアメリカのいい話をたくさん聞いていたからです。
新天地にやって来たジェイコブさんは、ニューヨークのワイナリーで働いたあと、ドイツワインの配送業を立ち上げます。が、暖かいカリフォルニアの話を耳にして、「よし、西を目指そう!」と、翌年にはナパバレーにやって来ます。
地中海性気候のナパでは、きっと祖国のようなワイン造りができるはずと考えたジェイコブさんは、1875年、ナパに自分たちの土地を買ってぶどうを植え、翌年にはワイナリーを建てるのです。この年に収穫したぶどうの実が「ベリンジャー」最初のヴィンテージとなりました。
ベリンジャーでは、堅い岩盤をくり抜いてトンネルが掘られていて、そのひんやりとしたトンネルが、ワインの貯蔵庫となっています。年中一定の温度というのがワインの貯蔵には最適なのですね。(この辺の岩盤は火山性で堅いので、その利点を生かして、トンネルを貯蔵庫としているワイナリーは少なくありません。)
ワイナリーを崖に面して建てたのには、もうひとつ理由があって、上から下へと重力による自然な液体の流れ(gravity flow)を利用して、ワイン造りをしようという意図があったから。祖国のライン川のほとりでは、この製法でワインが造られているんだとか。
時間があれば、ツアーに参加して、ワイナリーを見学するのもおもしろいと思いますよ。
ゆったりとした敷地内には、予約なしでテイストできるテイスティングルームがふたつあって、ひとつは敷地奥のワイナリーの建物の中。こちらでは、わりと軽めの赤や白、ほんのり甘いロゼなどが味わえます。
そして、重厚なお味を好む方には、ヴィクトリア朝の邸宅「ラインハウス(the Rhine House)」の中にあるテイスティングルームがお勧めです。
こちらのラインハウスは、1884年にフレデリックさんが自宅用に建てた豪邸で、今ではベリンジャーの顔ともなっています。祖国のライン地方を思い浮かべて設計されたそうで、あちらこちらに職人芸が光ります。
建築費用の4分の1はステンドグラスに使われたそうですが、たしかに、ここのステンドグラスは教会のように美しいのです。
そして、ドアノブにまでお花の細工が施されていて、ふと子供の頃に住んでいた大正時代の洋館を思い出しました(オンボロ家屋でしたけれど、「古き良き時代」の家は、なんとなく味があったのです)。
そうそう、英語のお話でご紹介していた「傾いた樫の木(the Leaning Oak)」ですが、こちらの老木は、樹齢200年を超えているそうですよ。なんと、1787年の米国憲法誕生の頃には葉っぱを茂らせていたというから驚きなのです。
今は倒れてしまいましたが、その株は敷地内に残されていて、ラインハウスからワイナリーへと散策する訪問客をお迎えしているのです。
そんな歴史的なベリンジャーは、庭園も美しく、ナパを散策するにはお勧めのワイナリーなのです。
ワインのお味も、とても飲みやすく仕上がっているので、「カリフォルニアワインの入門編」として自信を持ってお勧めできるでしょう。ベリンジャー兄弟の祖国ドイツの味が、そこはかとなく漂っている気もいたします。
そして、ナパバレーを散策したあとは、ナパバレー北端のカリストーガ(Calistoga)まで足を伸ばしてもいいかもしれませんね。
ナパバレーは、200万年前まで火山活動が盛んだったので、今でも熱い蒸気が地下から吹き出る場所があるのです。そんな街がカリストーガなのですが、湧き出るお湯を利用して、「ミネラル・プール」だとか「ミネラル・スパ」「泥風呂」などを売りにしている宿泊施設もあります。
ここには間欠泉(かんけつせん)もあって、定期的にゴーッとお湯が噴き出す泉が名所となっているのです。20メートルの高さまで勢い良く吹き出すんですよ!
「Old Faithful(オールド・フェイスフル)」というネーミングで、ワイオミング州イエローストーン国立公園にある間欠泉と同じ名前になっていますが、「見る者を裏切らず、律儀に定期的に吹き出してくれる」という意味があるのです。
平均して40分おきに吹き出すということですが、わたしたちが行ったときには、ほんの数分間隔で2回も吹き出してくれました。(なかなかサービス精神旺盛なのです!)
イエローストーンの方を先に見てしまうと、「なあ~んだ」とがっかりするかもしれませんが、こちらを最初に見ると、それなりにスゴいですよ!
そんなわけで、ワインに飽きたら間欠泉や温泉と、ナパには楽しみ方がいろいろあるのです。機会がありましたら、ぜひどうぞお越しください(って、わたしはナパ観光協会の人間ではありませんが)。
歴史のこぼれ話: アメリカでは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、キリスト教プロテスタント諸派の働きによって「禁酒(prohibition of alcohol)」の嵐が吹き荒れました。
実際、1919年には米国憲法に「禁酒令」の条項が追加され(憲法修正第18条 Prohibition of Liquor)、1933年にそれが撤廃されるまで(修正第21条 Repeal of Prohibition)、アメリカでは立派に禁酒法がまかり通っていたのです。
そんなわけですので、この禁酒法時代(the Prohibition era)には、多くのワイナリーの先駆者が廃業となり、逆に、酒を密売する地下組織が暗躍するようになったのです。ですから、ベリンジャーのように、禁酒時代を乗り越えて現在まで営業を続けてきたワイナリーというのは珍しいわけですね。
「カリフォルニア州歴史的建造物(California Historical Landmark)第814号」に指定された背景にも、そんな事情があったのでしょうね。
それから、蛇足ではありますが、ベリンジャーの崖に貯蔵用トンネルを掘ったのは、中国人の労働者だそうです。
アメリカでは、1860年代に大陸横断鉄道(the Transcontinental Railroad)が完成したのですが、立ちはだかる岩盤を切り崩し、線路を敷いた多くは、中国からやって来た労働者だったのです。
とにかく過酷な作業で犠牲者も多かったのですが、そんな貴重な経験とスキルを買われてベリンジャーのトンネル掘りを担当したのが、鉄道工事に従事した中国系移民だったというわけなのですね。
トンネルの「のみの跡」ひとつひとつが、彼らの体験を物語っているのでしょう。