兵隊さんの差別をなくそう!
前回は、「11月11日は Veterans Day」と題して、「ベテラン(退役軍人)の日」のお話をいたしました。
この日は、いままで戦争に参戦して帰還した兵士たちや、現在、戦地で戦っている兵士たちに思いをはせ、感謝する、という一日なのでした。
そして、先日の12月7日は、パールハーバー(Pearl Harbor、真珠湾)の記念日でした。
1941年12月7日の早朝(現地時間)、日本の帝国海軍が、ハワイ・オアフ島パールハーバーにある米海軍基地を奇襲攻撃し、日本とアメリカの間で太平洋戦争が始まったという日ですね。
このときは、2千人以上の方が犠牲になりましたが、今でも4千人ほどの生存者がいらっしゃいますので、中には、毎年ハワイで開かれる式典に「退役軍人」として列席なさる方もいらっしゃいます。
その一方で、そんな式典など一度も出席したことはない、生存など決して名誉なことではない、という方もいらっしゃいます。
きっと、戦争という出来事がひとりの人生に与える影響は、想像を超えるほどに大きなものなのでしょう。
そんなわけで、今回は、もう少し兵士のお話をいたしましょう。
前回のお話では、路上生活をしている退役兵のために、古いビルを改築して、キッチン付きの個室にしようというプランをご紹介しました。
戦地から帰還すると、軍隊以前の生活に戻ることが難しくなるので、仕事も続かず、住む所もなく、路上生活を余儀なくされる元兵士も多いのです。
そして、今まではあまり問題にされていなかったのですが、実は、男性の兵士よりも、女性兵の方が、戻って来てからホームレスになる率が高いのだともいいます。
なんでも、平均すると、連日10万人の帰還兵が全米の路上で生活していることになるそうですが、そのうちの5パーセントは女性兵だということです。
過去10年間、アフガニスタンとイラクに派兵された女性は25万人を超えていて、今やアメリカ軍の14パーセントは女性兵とも言われています。
ですから、今後、女性の帰還兵が占める路上生活者の率は、確実に増えていくことでしょう。
(写真は、12月3日、アフガニスタンのバグラム空軍基地をおしのびで訪問したオバマ大統領を歓迎する兵士たち。やっぱりオバマさんは、女性兵に人気のようですね。)
このような女性兵の問題は、ひとえに、彼女たちをサポートするシステムが不足しているからのようです。
前回ご紹介したように、アメリカには「退役軍人管理局(the Department of Veterans Affairs)」という国の役所があって、ここが退役兵のサポートをすることになっています。
たとえば、怪我を負った兵士たちは、軍人病院(VA Hospital)で治療をしてもらいますし、戦地から帰還し、学校に戻って勉強をしたいという人には、奨学金の制度もあります。
職業訓練や職業カウンセリングの制度や、住宅ローンの補助制度と、国を代表して戦った人たちには、いろんな優遇措置が設けられているのです。
けれども、いかんせん、そのような各種プログラムが男性を念頭につくられていて、女性が恩恵をあずかろうと思っても、なかなかスムーズにいかないらしいのです。
たとえば、退役軍人管理局からは、夫の名前で案内が送付される。夫は兵士ではなく、民間人であるにもかかわらず。そして、女性兵が自分の名前で住宅ローンを借りようと思っても、なぜだか名義は夫に変更されている。
職業訓練の内容も女性には不適切なものが多いし、軍人病院で診察を受けようと思っても、「おまけ」でつくられた女性の診察室は、込み合った受付ホールに面していてプライバシーのかけらもない。
彼女たちの中には、戦地で上司や同僚に性的いやがらせを受けた人も多いし、それをトラウマとして抱えている人も多い。そして、戻って来てからも、なんとなく元の生活に馴染めずに、孤独を抱えている人も多い。
けれども、そんな心の悩みを打ち明けようと思っても、相談にのってくれるカウンセラーも少ない。
そして、そのような「冷遇」を受けていると、次第にそれが当たり前に感じられて、問題を抱えていたにしても、相談するのもバカらしい、ということになりかねないのです。
そんな彼女たちは、誰かに聞いてほしくても、泣き寝入りするしかない・・・と、貝のように心を閉ざしてしまうのです。
(写真は、陸軍予備軍に所属するレベッカ・マーガ大尉。イラクには2回派兵されていて、戦地から戻って来くると、自分の状況を誰も理解してくれない孤独を感じると、サンノゼ・マーキュリー紙に語っていらっしゃいます。)
おかしなことに、アメリカの軍隊には、女性は直接的な戦闘(direct combat)に参加してはならない、という規則があるそうです。
けれども、実際には、ゲリラ戦になった場合など、どうしても戦闘に参加しなければならない状況はたくさんあります。だって、「やるか、やられるか」の瀬戸際に立って、わたしは武器を使ってはいけないなんて悠長なことも言っていられないでしょう。
けれども、規則上は、直接的に戦闘には参加しないことになっているので、「参戦しない女性は、昇進も遅い」というのが現実なんだそうです。
そして、この女性兵のジレンマと同じようなジレンマは、ゲイやレズビアンの方々も味わっているのです。
それは、同性愛の者は、軍隊に入隊できない、という規則。
こちらの問題は、さらに歴史が古く、どうやら第二次世界大戦あたりには明言化され規則となっていたようです。理由は、軍隊の士気が下がるからというもの。
けれども、1970年代から、そんな差別が許されていいのかと社会的な気運が高まってきて、規則の撤廃を主張する側と固辞する側が対立してきたのでした。
そんなわけで、苦肉の策として、クリントン大統領の時代(1993年)に、こんなヘンテコリンな制度ができあがったのでした。「Don’t ask, don’t tell(ドント・アスク、ドント・テル)」。
つまり、「こっち(軍隊)が問わないかわりに、あんた(兵士)も黙っていてよ」という制度。
明らかに同性愛(homosexual)であると主張すれば、入隊を認めないが、黙っていてくれれば、入隊は認めましょう。その代わり、事実が明るみに出たら、すぐに軍隊を辞めていただきますよ、という規則なのです。
こちらは、連邦法(the U. S. Code)の軍隊の項で定められていて、実際、今までに1万3千人以上の兵士が解雇されているそうです。
それで、こんな変な制度は止めましょうよという動きが高まっていて、現在、国の議会で審議されているのです。
オバマ大統領は、選挙公約の中で「Don’t ask, don’t tell(DADT)は廃止する」としていましたので、当然のことながら、オバマ政権は廃止を提言しています。
そして、11月30日、国防総省は、兵士へのアンケートの分析結果をもとに、「廃止しても問題はない」と画期的な意思表示をしています。
なぜなら、多くの兵士は、DADT が廃止されても何も変わらないと思っているし、実際に同性愛と思われる兵士とともに参戦した者の7割は、「グループの働きは良かったし、モラルも問題はなかった」と答えているからです。
防衛長官のロバート・ゲイツ氏は、DADT廃止を推奨する理由として、こう述べています。「わたしにとっては、個人の清廉潔白がもっとも大事なことなのだが、この制度は人々にウソをつかせているところが、どうしても納得しかねる」と。
(写真は、左がゲイツ防衛長官。この方は民間人です。右は、大統領に軍事上のアドバイスをする統合参謀本部の議長、マイク・マレン海軍大将)
この国防総省の意思表示をもとに、連邦上院(the U. S. Senate)で制度の廃止を検討していましたが、12月9日、DADT廃止案は惜しくも通過しませんでした。
背景には、軍隊のトップには、いまだに廃止案に反対する軍人が多いことがあるのでしょう。(写真は、軍のトップの中でも、最も強く反対意見を唱えているジェームス・エイモス海兵隊大将)
そして、上院議員の中にも、ジョン・マケイン氏のように、廃止案に徹底的に異議を唱える人もいて、リーダー格の彼に賛同する議員も少なくなかったのでしょう。(マケイン氏は、2008年の大統領選でオバマ氏と闘った人物。自身も海軍少佐としてヴェトナム戦争に参戦し、北軍の捕虜となった経験があります。)
けれども、その後すぐに、再度、上院で採決に挑戦しようと廃止法案が提出されていて、クリスマス休暇に入る前に、年内の成立を目指しているのです。
そして、今度は、連邦下院(the U. S. House of representatives)でも廃止の動きが活発化していて、今週中にもDADT廃止法案を可決し、グズグズしている上院にプレッシャーをかけようとしているのです。
この法案を提出したパトリック・マーフィー下院議員は、自身がイラク戦争から戻った退役軍人だそうです。
オバマ大統領とゲイツ防衛長官も、「もし年内に議会が法案を通さなければ、裁判所に訴えて、すぐにでも DADT を廃止するぞ」と、議会におどしをかけています。
議会が検討している法案では、「軍隊の準備ができたら廃止を実現する」という但し書きがあるのですが、裁判所から廃止の命令が下れば、軍隊が何と言おうと、すぐに廃止を実行しなくてはならなくなるからです。
まあ、なんとも複雑な展開となっているわけですが、実は、DADT というヘンテコな制度を導入しなければならなかったクリントン元大統領だって、大統領になる前には、軍隊での差別廃止を公約に掲げていたそうです。
そして、オバマ大統領にしたって、来年1月からは、彼に敵対する共和党が下院をガッチリと握ることになるので、彼の意向は議会で通りにくくなるのです。
ですから、年内に法案を可決しないと、DADT廃止は、うんと難しくなってしまうのですね。
女性兵の問題にしても、同性愛兵の問題にしても、軍隊はなかなか変わらないし、変えるのは難しい。どうやら、これは、動かし難い事実のようですね。
追記: 何年か前に、こんなエピソードをテレビで観たことがあります。シリコンバレーのパロアルトにある軍人病院に入院していた女性兵の話です。
彼女は、派兵先のイラクの路上で、敵方の自家製爆弾によって負傷しました。目に見える傷は少なかったので、すぐに隊に戻りましたが、そのうちに上司の命令も忘れるようになって、テキパキと任務をこなすことができなくなりました。
そんな失態から彼女は降格となり、じきにアメリカに戻ったのですが、軍人病院に行ってみて、初めて脳に障害があったことがわかりました。脳というのは、まるでプリンのようにデリケートな器官なのですが、自家製爆弾の爆破の衝撃で、脳の一部が壊されてしまったようです。
イラク戦争突入後、自家製爆弾(improvised explosive device、通称 IED)による脳の障害は、大きな問題ともなっているのです。
そんなわけで、脳に障害があることがわかった彼女は、少なくとも日常生活はこなせるようにと、入院中にリハビリに励みます。そして、少しずつではありますが、記憶も戻って来るのです。
しかし、彼女にはどうしても思い出せないことがあるのです。それは、自分に子供がいるという事実。自分が出産を体験したという事実。そんな特別な体験が、彼女の脳からはすっかり消えているのです。
命を生み、育む女性が、命を奪う戦争に参画する理由はないと、このときに痛感したのでした。