夏の祭り〜お尻がいっぱい!
<エッセイ その193>
いつの間にかお盆も過ぎて、8月も終わろうとしています。
そこで、今日は、日本の夏祭りのお話にいたしましょう。
一昨年初頭に始まったコロナ禍で、日本じゅうの夏祭りが中止を余儀なくされていましたが、今年は、列島各地で3年ぶりに再開されたお祭りが多かったですね。
たとえば、秋田の『竿燈まつり』や『仙台七夕まつり』とともに東北三大祭りと称される、『青森ねぶた祭』。個人的にも、夏祭りと聞くと真っ先に思い出す、印象深いお祭りです。
美しくも、迫力のある「ねぶた」の行列。ラッセラー、ラッセラーの掛け声とともに、シャンシャンと鈴の音を響かせながら跳ねる「ハネト」たち。
3年ぶりのねぶた開催に、みなさん例年よりも掛け声も大きく、張り切って街じゅうを跳ねたことでしょう。
たった一度だけ見学したわたしにも、そのはじけるような喜びは容易に想像できます。
ドンドドドン、ドンという野太い大太鼓に甲高い笛のお囃子、間合いをとる鉦やシャンシャンという小気味よい鈴の音。祭り好きのわたしの耳には、あの独特のお囃子や見物人の歓声が聞こえてくるようです。
沿道の祭り装束の女の子からいただいた鈴は、今でも大切にしていて、それを見るたびに、青森の短い夏を彩る、盛大なお祭りを思い出します。
青森ねぶた祭は、ぜひもう一度見てみたいお祭りですね。
そして、この夏、福岡市で祭り解禁となったのは、有名な『博多祇園山笠(はかたぎおんやまかさ)』。(九州では一般的に、「やまかさ」などと濁らない音が多いですね)
わたし自身もそうだったんですが、日本各地の方々も、名前は聞いたことがあるものの「どんなお祭りだろう?」と知らない方が多いことでしょう。
博多祇園山笠は、その名のとおり、福岡市の古い商人街「博多」で開かれる、博多の総鎮守・櫛田神社(くしだじんじゃ、通称お櫛田さん)に山笠を奉納するお祭りです。神社に奉納するのですから、神事ということになりますね。
なんでも、770年以上前に疫病退散を願って始められた神事で、国の重要無形民俗文化財やユネスコ無形文化遺産にも登録されています。
ひとくちに「山笠」といっても、山笠には2タイプあって、街に展示される10メートルもある美しい「飾り山笠(かざりやま、飾り山)」と、男たちが担いで街を走りまわる「舁き山笠(かきやま、舁き山)」があります。そう、山笠を担ぐことを「舁く(かく)」といいます。
祭りの開催は、7月1日から15日までの15日間。昔から、山笠が終わると、梅雨も明け、本格的な夏がやって来るといわれてきました。
期間中、豪華な飾り山笠は、市内13カ所に飾られます。
それぞれの題目に合わせて勇壮であったり、流麗であったりと、人形師たちの個性が光ります。芸術性に優れ、あちらこちらを巡っても飽きることはありません。
たとえば、こちらは博多リバレインという商業施設に飾られた飾り山笠。『西国無双忠節誉(さいごくむそうちゅうせつのほまれ)』との標題で、島津軍の侵入を退け、秀吉の九州平定を助けた「西国一の強者」、初代柳川藩主・立花宗茂の活躍を描いたもの。
白馬に乗った武将が、実に立体的に躍動感あふれる姿で再現されています。
そして、表と見送り(裏)はテーマが違うので、正面のあとは後ろにまわって見上げなくてはいけませんよ。
上でご紹介した飾り山笠の後ろは、桃太郎さんの鬼退治。コロナ禍を鬼に見立てて、疫病退散を願っています。が、いつも歴史的な題材ばかりとは限りません。
たとえば、こちらは天神デパート街のお隣、新天町の飾り山笠。福岡で少女時代を過ごした漫画家・長谷川町子先生の『サザエさん』です。サザエさんと家族一人ひとりが、とても楽しそうに愉快に描かれています。
プロ野球ソフトバンク・ホークスの本拠地PayPayドーム周辺にも、チームをフィーチャーした飾り山笠が置かれます。
昨年はドーム前に設置されましたが、今年は雨の影響を受けないようにと、ドームお隣の商業施設マークイズにお目見えです。
高い足場を組んで、人形師の指導のもと入念に準備をする様子を見ていると、いよいよ祭りが近づいているなと、こちらもウキウキしてきます。
一昨年、昨年と、飾り山笠だけが街に飾られたので、山笠を舁く姿が見られるのは、3年ぶりとなりました。そして、昨年福岡に引っ越してきたわたしにとっては、ドキドキの初体験です。
10メートルほどの飾り山笠とは違って、男衆が舁く山笠は、小ぶりのものです。が、重さはずしりと1トンはあります。
こちらは、五番山笠・中洲流(なかすながれ)の『八風吹不動(はっぷうふけどもどうぜず)』。大日如来の怒れる化身・不動明王のお姿により、「順風でも謙虚に、逆風でも動ぜず不動の境地で耐え忍べ」という教えを表しているそうです。
お体は黒に見えますが、下地に金を塗って深みを出す、という職人芸が隠されています。
街を走る山笠は、一番から七番まで七つあります。奇数は勇ましい、勇壮な題材、偶数は比較的穏やかな、鎧兜などは使わない題材となっています。
今年の二番山笠・土居流(どいながれ)は、「雷電(らいでん)」というお相撲さんの姿を頂いていました。
そして、唯一「走る飾り山笠」として櫛田神社に奉納されるのが、こちらの八番山笠・上川端通(かみかわばたどおり)の飾り山笠。
飾り山笠ですので、通常の舁き山笠よりもずっと大きいです。さらに、電線に引っかからないように上の部分が伸び縮みしたり、尻尾であるヘビの口から煙を吐いたりと仕掛けが多いので、実に2トンの重みがあります。(源頼政の鵺(ぬえ)退治が題材で、鵺とは、頭がサル、胴体がタヌキ、手足がトラ、尻尾がヘビという化け物だそうです)
驚くかな、これも本番では櫛田神社の精道(せいどう)を走り奉納されます。
「舁き山笠(かきやま)」の日程としては、7月1日から参加区域のお清め、山笠に神を招き入れる御神入れ(ごしんいれ)、安全祈願のお汐井とり(おしおいとり)と一連の神事が執り行われ、10日からは実際に山笠を舁いて、少しずつ肩慣らしが始まります。
自分たちの区域内を走る「流舁き(ながれがき)」や「朝山」から他区域まで走る「他流舁き(たながれがき)」と距離を少しずつ伸ばしていって、12日にはリハーサルの「追い山ならし」、13日には博多から川を渡って福岡市中心部の市役所まで向かう「集団山見せ」で、市民にも華々しく披露されます。
いよいよ15日の最終日、早朝午前4時59分には、祭りのフィナーレとなる奉納神事「追い山笠(おいやま)」を迎えます。この追い山笠では、参加する七つの流(ながれ)の中で、どこが一番速くコースを廻ったのか、そのタイムが競われるのです。(開始が午前4時59分となっているのは、その年の一番山笠が精道旗の前に止まって『博多 祝い唄(博多 祝いめでた)』を歌うためです)
各流が、櫛田神社境内に設けられている円状の精道(せいどう)を回る「櫛田入り」のタイムと、全長約5キロのコースを走る「全コース」タイムで競われます。コースを走り終わったあとには、それぞれの流が全員で「祝いめでた」を歌って、完走したことを称え合います。
ぐるりと110メートルの精道を回る「櫛田入り」は、30秒から30数秒。全コースは30分から30数分といった感じです。ちなみに、巨大な八番山笠(走る飾り山笠)の櫛田入りタイムは、今年52秒55という記録的なスピードでした。
「追い山笠」はあくまで奉納神事ですので、タイムを競り合う陸上競技とは違います。が、タイムを計る以上、ほかよりも速く走りたいと願うのが人情でしょうか。
7月10日以降になると、あちらこちらで追い山笠の練習が行われるので、博多の街を歩いていると、「オイサッ! オイサッ!」と掛け声が聞こえてくるかもしれません。
この掛け声を聞くと、いてもたってもいられずに、山笠の追っかけをやる方もいらっしゃるようですよ。
そうそう、今日のタイトルには「お尻がいっぱい!」とありますが、7月に入ると、山笠の準備のため、博多のあちらこちらで男衆のお尻を見かけるのです!
大の男たちのお尻が丸出しなので、慣れないと、どこに目をやっていいのやら困ってしまいます。
そう、山笠を舁く時には、締め込み(ふんどし風の祭り装束)に水法被(みずはっぴ)と呼ばれる短い法被を着るのですが、その出で立ちで誇らしげに街を闊歩されるので、そのうちにこちらも「なるほど、ほかの街では顰蹙を買うかもしれないけれど、この街では誇らしい姿なのね」と納得するのです。
このお尻を目当てにスマホを向けるレディーたちもいらっしゃるみたいだし、「あのキリッとしたお尻がいいのよねぇ」とおっしゃるおばあちゃまもいらっしゃいます。
水法被が山舁きの出で立ちなら、それ以外の山笠の行事では、白いステテコに長法被(ながはっぴ)と呼ばれるひざ丈の法被という装束です。なんでも、この久留米絣(くるめがすり)の長法被は、冠婚葬祭にも着られるという正装だそうです。
と、おおざっぱに山笠をご紹介しましたが、はっきり申し上げて、この祭りは自分で見てみないと理解できないだろうと思っています。
なんと言っても、1トンもある山笠を26人の舁き手と後ろから押す「後押し(あとおし)」だけで走りまわるのですから、どれほどの速さで動くのかと思いきや、あまりのスピードと流れるような動きにびっくりするのです。
わたしが初めて動く山笠を見たのは、東流(ひがしながれ)の肩慣らしとなる11日夕方の他流舁き(たながれがき)でしたが、その速度とスムーズな動きに「まるで流星のようだな」と感動しました。
東流はスピードを誇る流だそうですが、それにしても、速い! そして、なめらか!
東流は、まっすぐに立って舁く流儀であるのに対して、今年は一番山笠を務めた恵比須流(えびすながれ)は、舁き手が前傾姿勢を保ち、山笠を引っ張るようなスタイル。各流が、伝統的に培ってきた「ベスト」があるのですね。(山笠のまわりにはたくさんの舁き手が併走していますが、これは山笠のあまりの重さに1分ほどで舁き手を交代するためです)
また、ニュース映像などを見ると、山笠は男衆の荒っぽい祭りかと思いきや、実際はそんな印象はありません。
たとえば「櫛田入り」の誉れを手に入れようと、「棒競り(ぼうぜり)」で舁き手同士が競い合うとも聞きますが、山笠はあくまでも神事。ですから、ひとたび各々の役目が与えられると、黙々と役割を遂行するひたむきさが目立ちます。
赤い手拭いを頭に巻いた方は、「赤手拭(あかてのごい)」と呼ばれ、経験の浅い若手社員に目を配る、課長さんみたいな役職。上役と平社員のコミュニケーションをとる役目もあるそうです。
肩から斜めに掛けた襷(たすき)は「ねじねじ」と呼ばれ、山笠運行の役割を示します。こちらの写真の青と白は、「鼻取り(はなどり)」と呼ばれ、山笠の先端につけられる縄を引き、進行方向を導く重要なポジション。これが緑と白のねじねじだと、参加者や見物人の安全を確保する交通係となります。
このように組織化された祭り全体に、わたし自身は、「内に秘めた情熱、統制の取れたエネルギー」を感じるのです。
本番直前、「舁き手の目を見て櫛田入りのメンバーを決める」のが千代流(ちよながれ)の決め事だそうですが、内に秘めた情熱というものは、きっと目に現われるのでしょう。
そして、山笠に参加できるのは、原則として男性のみ。女の子は「月のもの」を見ない10歳くらいまでは参加できますが、それ以降はご法度。ですから、「男尊女卑の祭りだ」といった声もちらほら聞こえます。
けれども、日本各地には男が主役の祭りがあって、女が主役の祭りがある。たとえば、沖縄のおばあたちが営む男子禁制の祭りもあることだし、全体的には辻褄が合っているのではないでしょうか。
それに、主役の男たちを送り出すのは、家にいる家族。ですから、博多の祭りは、女たちの理解の上に成り立っているのです。というよりも、女たちの手綱の元に成り立っているのかもしれませんね。そして、そんな祭りを応援するのは、沿道の老若男女です。
山笠を舁く舁き手にかける勢水(きおいみず)は、舁き手の熱を冷ます役割もありますが、神が宿る山笠から落ちる水で街を清める意味もあるそう。祭りとは街のみんながつくり、みんなで育てていくものなんでしょう。
というわけで、山笠が終わり、お盆が終わり、夏も過ぎようとしています。
追い山笠が終わった翌日から、来年はどんな山笠にしようかと、人形師や流の方々は大いに悩まれることでしょう。
<謝意>
わたしにとっては初体験の博多祇園山笠。まったく事情もわからぬまま、東流の他流舁きで、初めて動く山笠を堪能させていただきました。
もうすぐ動からと2時間も待っていましたが、その間、山笠の追っかけのおじさまや、「敵情視察」にいらしていた恵美須流の舁き手の方に、山笠の決め事のいろいろを教えていただきました。
また、櫛田神社の境内では、往年のベテラン舁き手の方に「櫛田入り」の誉れを教えていただいたりして、ほんの少し「山笠とは何たるか?」を理解できたような気がいたします。
そんな山笠を愛する地元の方々に、心より感謝いたします。そして、来年もまた(男衆のお尻も含めて)祭りを楽しみにしております!