小鳥の離婚
中庭の八重桜も満開になったころ、朝早くに「ドリル」の音で目が覚めました。
まるで道路に穴を開けているような、トトトトトという、金属的なスタカート。
でも、これは、道路工事じゃないんです。
犯人は、ベッドルームの窓枠に穴を開けようとした、キツツキ(woodpecker)。
春(3月から5月)になると、巣づくりをしようと、人の家の軒下にやって来ては、トトトトトと「試し掘り」をやるんです。
マシーンガンみたいにトトトとつっついて、中が柔らかくて巣づくりに適しているかどうか、吟味しているんです。(Photo of a Nuttall’s woodpecker by Bruce Finocchio)
「あ、またキツツキだ!」と気づいたわたしは、窓ガラスをトントンと叩いて追い払ったのですが、そのまま彼らの行動を許していたら、窓の周りに立派な穴ができあがったに違いありません。
そうなんです、こんな苦情は、我が家のまわりでは日常茶飯事。こちらは、ご近所さんのガレージの軒下にできた、巣づくりの穴。
キツツキのシワザかどうか定かではありませんが、この穴を入り口として、中にはフカフカの「赤ちゃんベッド」が置かれていることでしょう。
キツツキの中には、雨粒が入らないようにと、わざわざ木の枝の下側に入り口を開ける仲間もいるらしいので、こちらの穴もキツツキの芸当かもしれません。
こんな風に器用なキツツキの巣穴は、他の鳥からも重宝されていますので、そのまま放っておくと、巣穴を好む別の鳥たち(cavity nesting birds)が、ここで子育てを始めるかもしれません。
たとえば、ツバメやブルーバードの仲間も、巣穴を利用することで知られていて、立派な「穴」の争奪戦は、かなり熾烈だそうですよ。
こちらのブルーバード(Eastern Bluebird)などは、ヨーロッパからやって来たスズメの仲間にどんどん巣を奪われたばっかりに、1970年代には、アメリカ国内で絶滅の危機にさらされたこともあるとか。(Photo by William H. Majoros)
そう、自然界は、生存競争が激しいのです。ですから、もしも自宅の軒下に巣穴を見つけたら、ひな鳥が巣立ったことを確認したと同時に、きちんと修理しないと、また再利用されちゃいますよね!
それで、表題になっている『小鳥の離婚』。
なんとなくふざけているようですが、案外、科学的なお話なんです。
一般的に、鳥のつがいは、一生添い遂げるような感じがしますよね。
「おしどり夫婦」という言葉にもなっているように、オシドリなどは、いつも一緒に仲良く池を泳いで、「死ぬまで一緒」というイメージがあるでしょう。
ところが、ちゃんと「添い遂げる」のかどうかは、鳥の種族によってまったく違うらしいんです。
そもそも、鳥の「離婚」とは、次の世代を産んで育てる繁殖期(breeding season)を超えてしまうと、さっさと別れて、二度と同じ相手とは過ごさないことをさすそうですが、この「離婚率」は、鳥によってさまざま。
たとえば、水辺に住む大型の鳥、オオアオサギ(great blue heron)などは、毎年、繁殖期を過ぎるとさっさとペアを解消するそうです。
サギの仲間(heronまたはegret)は、日本の水辺でもよく見かけます。こちらは、大分県湯布院の清流で見かけた白サギですが、こんなに美しく、気品のある鳥なのに、離婚率が高いなんて意外です。
もしかすると、「孤独」を愛する、孤高の生き物なんでしょうか。
そして、世界中で人気の皇帝ペンギン(emperor penguin)も、9割近くのペアが、子育てが終わると離婚するそうですよ!
あの極寒の南極大陸に住み、みんなで輪になって必死に子供たちを暴風雪から守る姿からは、ちょっと想像できないですよね。
皇帝ペンギンが出てくるドキュメンタリー映画やアニメ映画は大人気ですけれど、「家族みんな仲良し」のイメージが崩れてしまいそうな・・・。(Photo by Ian Duffy)
そんな離婚率の高い鳥たちと比べて、マガモ(mallard duck)は、離婚率わずか1割と、仲が良いそうです。
こちらの写真では、真ん中の緑色の頭をしたのが、マガモのオスです。頭全体が緑で、くちばしが黄色とオシャレなので、木彫りのカモのデコイ(模型)といえば、まずマガモを思い出します。
見た目が鮮やかでハンサムなわりには、忠実な鳥なんですねぇ。
一方、「おしどり夫婦」の由来となったオシドリ(mandarin duck)の方は、わりと簡単に別れてしまうみたいですね。
なんでも、オシドリのオスは、木の巣穴でメスが卵を抱いているときでも、「代わってあげようか?」なんて卵を抱くこともないそうで、卵を産んでからの子育ては、もっぱらメスのお仕事。(Photo by Francis C. Franklin)
う〜ん、同じカモの仲間でも、マガモとオシドリはずいぶんと態度が違うようです。だったら、「おしどり夫婦」という言葉は、どこから来たのでしょうか?
そして、あっぱれなのは、アホウドリ(albatross)。彼らは、ほとんど例外なく、一生同じ相手と添い遂げるんだとか!
こちらの写真は、日本の鳥島(とりしま)にいるアホウドリです。(Photo of short-tailed albatrosses by Tui De Roy / Minden Pictures)
鳥島は、東京から600キロ南の伊豆諸島南端にある火山島で、アホウドリの棲息地として有名なところ。江戸時代には、上空に舞い上がった白い大きな鳥たちが海に立つ柱のように見えるので、「鳥柱(とりばしら)」という名で知られていたそうです。
それほどたくさん棲息していたということですが、明治時代中期から上質の羽毛を採取するため大量に殺されていったので、第二次世界大戦が終わったころには「絶滅宣言」まで出されたそうです。が、奇跡的にごくわずかのアホウドリが生き延びていたのが発見され、その後は、熱心な保全活動が続けられています。
この保全活動の一環として「デコイ(模型)作戦」というのが使われていて、これは、人間を恐れて危険な急斜面に巣をつくるようになったアホウドリを、斜面のゆるい安全な場所で繁殖させようと、お引っ越しをさせる作戦です。
アホウドリは、生まれて数年(3〜5年)は海の上で過ごしたあと、島に戻って1、2シーズンは、巣づくりの場所と人生のパートナーを探すのに費やすそうです。その若鳥たちが、火山噴火の危険性が低く、ゆるやかな斜面の安全な場所を巣に選んでくれるようにと、アホウドリのデコイと鳴き声の録音を使って、おびき寄せるんだそうです。
デコイ作戦を展開した山階鳥類研究所によると、「近くを飛び過ぎる若いアホウドリが思わず立ち寄ってみたくなる雰囲気」を目指したんだとか!(写真は、山階鳥類研究所のウェブサイトより)
1995年秋、ひと組のペアが卵一個を産み、翌6月に無事に巣立って以来、この安全な場所(初寝崎)では少しずつペアが増えていって、作戦開始から15年後の2006年には、24組のペアを確認。作戦は成功に終わったそうです。
その後も順調に増えていって、昨年(2017年)には、約800組のつがい、合計4600羽が確認されたとのこと。
10年前からは、鳥島から350キロ南東にある小笠原諸島の聟島(むこじま)でアホウドリの保全活動が続けられていて、一昨年(2016年)からは、毎年ひなが巣立つようになったそうです。聟島に加えて、嫁島(よめじま)と媒島(なこうどじま)でもひなが巣立ったことが確認され、聟島列島では実に80年ぶりにアホウドリが繁殖するようになりました。
ちなみに、このデコイ作戦は、アメリカ北東部のメイン州にニシツノメドリ(西角目鳥、Atlantic puffin)を呼び戻そうと始まった「プロジェクト・パフィン(Project Puffin)」を模しているそうです。
愛鳥自然保護団体のオーデュボン・ソサエティー(Audubon Society)が1973年から進めている活動で、メイン州では乱獲のため絶滅したところを、カナダから若鳥ペアを呼び寄せ、再度アメリカを棲息地に戻した試みです。(Photo of Atlantic puffins by Jan Vermeer / Minden Pictures)
今では、デコイ作戦は、パフィンやアホウドリのような海鳥を保全する方法として、ガラパゴス諸島など世界中の14か所で、42種の海鳥たちを助けているのです。
ひとたび鳥たちが巣づくりを始めたら、あとは、自然の摂理に任せるしかありませんが、人間が意識を高めて、邪魔をしないのが一番なんでしょうね。
おっと、すっかりお話がアホウドリの方へそれてしまいましたが、もともとの話題は、「鳥の離婚」でしたね。
先日、ドイツの研究者が8年間の成果を発表したところによると、アオガラ(シジュウカラの仲間、Eurasian blue tit)の離婚率が高い理由は、体が小さくて成鳥の死亡率が高いので、種の保存のために相手が戻ってくるのを待たないで、さっさと繁殖期に入るから、ということでした。(Photo by Sławek Staszczuk)
でも、上で出てきたサギみたいに、寿命が長そうな鳥だって、離婚率は高いんでしょう。だとしたら、他にも理由があるのではないでしょうか?
これに関して、ひなの数が少なく無事に成鳥になりにくいとか、浮気、性格の不一致だって考えられるよ、と述べる鳥類学者もいらっしゃるそうです。
なるほど、それって、なんとなく人間社会に似ているような・・・。
参考文献:
鳥の離婚率に関しては、こちらの記事を参考にいたしました。
“Bird Breakup: Why do some avians stay together and others part?” by Jason G. Goldman, Scientific American, March 2018, p18
鳥島のアホウドリとデコイ作戦に関しては、公益財団法人・山階鳥類研究所のウェブサイトより以下のページとNHK放映番組を参照いたしました。
「アホウドリ 復活への展望:鳥島とアホウドリの歴史」
「同:デコイ作戦」
『視点・論点:アホウドリ復活へ 保全の成果と課題』(同研究所・保全研究室 出口智広室長、2018年4月19日放送)
(ちなみに、アホウドリの仲間は22種いるそうですが、英語でshort-tailed albatrossと呼ばれるアホウドリは、鳥島と聟島列島、そして尖閣諸島にしかいないそうです。最近の研究では、鳥島由来のアホウドリと尖閣諸島由来のアホウドリは、まるで違う種類のように遺伝的に異なることがわかったそうです。)
そして、「プロジェクト・パフィン」に関しては、こちらのページを参照いたしました。
“Audubon Project Puffin” by Audubon Society
(パフィンもアホウドリも、乱獲のために数が激減しましたが、そのおもな理由は、レディーたちが競って着飾るドレスや帽子の飾りにしたからだそうです。)