年賀状
もう正月の三が日も松の内もとっくに過ぎてしまいましたが、あけましておめでとうございます。
旧年2008年は、何かと大変な一年ではありましたが、みなさまご無事に新年を迎えられたことと思います。
新年を迎えるといつも思うのですが、アメリカに何年住んでいようともなかなか慣れないものに、「お正月」があります。
日本のお正月というのは、静かで、のんびりしていて(初詣に行かなければの話ですが)、いかにも「心を正して新しい年を待つ」という荘厳な雰囲気が立ち込めています。
その一方で、アメリカでは、「何が何でも騒いでやる!」といった感じでしょうか。何が楽しいのやら、みんなでもう大騒ぎなのです。
こちらの新年のカウントダウンや花火の様子は、テレビなんかでご覧になって、よくご存じのことでしょう。
もちろん、新年(New Year)がめでたい(Happy)というのは日本と同じことではありますが、何もあそこまで騒がなくても・・・と思うのです。
それに、元日は営業しているお店も多いですし、お勤めの人にしたって、2日からは普段どおりにオフィスに向かいます。アメリカ人は、頭の切り替えがとても早いのです。
大騒ぎのあとは、紙吹雪を片付けるとともに、新年であることなどはさっさと忘れてしまうのです。
静かなお正月も日本独自のものではありますが、「年賀状」というのも独特の雰囲気がありますね。
もちろん、アメリカでも、クリスマスの前にごあいさつのカードを出すのが慣わしとなっています。クリスマスとそれに続く新年を、どうぞ楽しく健やかにお過ごしくださいと、身内やお友達、それからお世話になった方々に伝えるのです。
けれども、日本の年賀状というのは、受け取ると、もっと嬉しいものなのかもしれません。
それはどうしてかなと考えると、ひとつに、相手の様子を写真ハガキなどで知ることができるからなのかもしれませんね。
こちらでも、家族の写真をクリスマスカードの表紙に使う人はたくさんいますが、日本の方が一般的なようです。毎年、子供たちが成長するのを垣間見ていると、その早さには驚いてしまいます。
それから、アメリカに比べると、日本の方が長い間、親交を暖めているような気もするのです。頭の切り替えの素早いアメリカ人に比べて、日本人の方がいつまでも恩義を忘れないことがあるのでしょうか。
たとえば、アメリカでは、仲の良いご近所さん同士でクリスマスカードを出し合うのを慣習としていますが、果たして遠くに引っ越したときにそれが続くのかどうか・・・
けれども、もちろんそれも、人によるのかもしれませんね。どの国であろうと、いつまでも親交を保ちたいと思う人と、過去はさっさと忘れようという人がいるのかもしれません。
義理堅いお隣さんなんかは、もう何十年も、遠くアイスランドに引っ越したお友達と親交を保っているようではあります。
そして、我が家へのカードには、「あなた方のような素晴らしい隣人を持って幸せよ」と、必ず律儀に書き添えてあります。そんないいことが書いてあるのに、手書きの文章が(自由奔放で)読みにくいのが玉に瑕(きず)なんですが。
昔は、わたしも、年賀状なんて面倒くさいばかりだと思っていましたね。けれども、今になってみると、毎年、多少無理をしてでも年賀状を書くのは、なかなかいいことじゃないかと思えるようになりました。
あちらさんにしたって、普段は音信が途絶えているけれど、年賀状だけは出し合うことをちゃんと承知していて、それがまた、年賀状独特のお決まりみたいで、なかなか便利ではないかと思うのです。「このときばかりは、日頃の音信不通も許される」みたいな大義名分があるのではないでしょうか。
今年は、なぜか我が家の辺りの郵便事情が悪くて、「どうしてあの人から年賀状が届かないんだろう」と気を揉んだりもいたしました。
けれども、ひとたび手にしてみると、「まあ、子供たちが大きくなったこと」とか「奥方は変わらないのに、どうしてダンナさんだけ老けているのだろう」とか、充分に楽しませてもらっているのです(そう、女性はいつまでも変わらないのです)。
キャラクターグッズの王様、サンリオが作ったカードなのですが、なんと、表紙がおせち料理になっているんです!
そればりではなくて、ちゃんと「寿ばし」まで付いているのです。
そして、ちまちまとお盆に盛られた料理の写真をめくっていくと、ひとつひとつ、いろんなコメントが出て来るしかけになっているのですね。
たとえば、なます(酢の物)は、「今年もよろしくお願いしナマス」。
昆布巻きは、「よろコブこといっぱいありますように」。
伊達巻には、「この一年もあなたのお役にダテるといいな」。
ちょっとかわいいのは、かまぼこです。「今年もカマってね」ですって。
アメリカには、ユーモアたっぷりのものや、とても美しいカードなどは掃いて捨てるほどありますが、どれもこれも、この年賀カードには負けてしまうと思うのです。
どなたがデザインされたのかは存じませんが、「さすが日本人!芸が細かい!」と、うなってしまいました。
ついでに、カードの中に添えてあった写真を見て、「あ、ご主人が太った!」と驚いてしまったのでした。
追記: 先日1月11日はお隣さんのご主人の誕生日だったのですが、ふと思い立って、前日の午後、郵便受けの中に誕生日カードを入れておきました。お誕生日は日曜日だったので、多分、月曜日まで郵便受けは見ないだろうと思っていたら、日曜日の礼拝のあと、お隣さんが何かを感じて郵便受けを開けてみて、カードを見つけたのだそうです。
その日、ご主人の体の具合が芳しくなくて、ディナーなどには出かけられなかったそうですが、あなたの誕生日カードが一日を明るくしてくれたのよ(Your birthday card brightened up his day)と、後日、報告してくれました。
たった一枚のカードでも、あんなに喜んでいただけるのであれば、決して「筆不精」になってはいけないものだなと痛感したのでした。
ちなみに、最後に出てきた車型のカードは、車の保険屋さんから来た誕生日カードです。今日は連れ合いの誕生日だったのですが、出張のため本人が不在の間にも、金融機関、車のディーラー、それから保険屋さんと、律儀にカードを送ってくれたのでした。アメリカの商売人も、結構「義理堅い」ところがありますよね。
それから、あとになって気が付いたのですが、「おせち料理」の年賀カードに付いていた「寿ばし」は、おはしの部分を引き出せるようになっているのです!
何気なく触っていたら、おはしがスポッと抜けて、お友達のこんなコメントが書いてありました。
「日本のおせち料理が食べたくなっちゃった?」
幸いなことに、お正月には、黒豆、煮しめ、なます、昆布巻きなど、主要なおせちメニューは食べておりましたので、そこまでホームシックにはなっておりませんでしたが、それにしても、サンリオさんの芸の細かいこと!ただただ恐れ入りました。