役所で結婚式を挙げましょう
前回の「ライフinカリフォルニア」のコーナーでは、結婚証明書の話題を取り上げました。
アメリカで結婚した人が婚姻関係を証明するには、役所が発行してくれた結婚証明書(marriage certificate)を見せるのが一番手っ取り早い方法ですよ、というお話でした。
そのときに「追記」の部分で、カリフォルニア州の結婚の流れをちょっとだけご紹介しておりました。
カリフォルニア州では、18歳以上の未婚の大人なら誰でも(同性の二人であっても)結婚はできますが、
教会で式を挙げるか、役所で式を挙げるか、式はしないか、いずれの場合でも、郡(county)の役所に二人そろって書類を提出して、結婚許可書(marriage license)を出してもらいます、と。
ここで、あれ? と思われた方もいらっしゃるでしょう。
まずひとつ目は、「結婚許可書」という言葉。
そうなんです、カリフォルニア州や多くの州で結婚する場合、結婚許可書を出してもらって、はじめて結婚式が挙げられます。
無事に挙式が済んだら、式を執り行った責任者(司式者、officiant)と少なくとも一人の証人が許可書に署名し、それを10日以内に役所に提出して、めでたく婚姻の手続きが完了します。
そんな背景があるので、アメリカの信心深い地域では、「結婚って、神が二人を結びつける儀式なのに、どうして役所の許可が必要なのさ?」と、いぶかしく思うキリスト教徒も多く、婚姻の申請・届け出に関しては、全米で足並みがそろっているわけではないようです。
そして、もうひとつ「あれ?」と思われた部分があるかもしれませんね。
教会で式を挙げるか、式はすっ飛ばして二人で暮らし始めるというのはわかるけれど、「役所で式を挙げる」というのは、あんまり日本では耳にしない習慣ですから。
というわけで、今日は、役所で挙げる結婚式のお話をいたしましょう。
10年前のヴァレンタインデーにもご紹介したことがありますが、アメリカでは、役所で結婚式を挙げるカップルも少なくありません。たとえば、こんなケースが考えられるでしょうか。
ごくシンプルに、少数の身内と友人に囲まれて式をしたい場合。
結婚式(wedding ceremony)を挙げて、そのあと披露宴(wedding reception)というのは、経済的にゆとりがない場合。
そんなに信心深くはないので、教会式で宗教色を出したくない場合。
もしかすると、カトリックとプロテスタントと育った宗派が違うので、もめそうな場合もあるかもしれません。
そういうときには、カリフォルニアの郡(county)の役所で、担当者に結婚式を挙げてもらうことができます。
こういう結婚式は、civil marriage ceremony と呼ばれます。「民事婚式」と訳すこともできますが、いわゆる「人前結婚式」ですね。
もともと結婚の申請をして、許可書を出してくれるのは郡の役所ですので、ついでに式まで挙げてもらいましょう、といった便利なサービスでもあるのです。
普通は、いくつかの市が集まって郡を形成しますが、サンフランシスコの場合は、市が郡を兼ねているので、市役所(City Hall、写真)で結婚式を挙げてくれます。
10年前のお話では、ヴァレンタインデーの日にはプロポーズする人ばかりではなく、役所で式を挙げる人もぐんと増える、ともお伝えしました。
やっぱり「愛の日」ですので、末長く二人の愛が続けばいいな! と願いを込めて、この日を選ぶんですよね。
普段は、役所というと土日の週末はお休みですが、昨年(2016年)のヴァレンタインデーは日曜日だったにもかかわらず、「営業」してくれた役所がありました。
そうなんです、「シリコンバレー」と呼ばれるサンタクララ郡の北にサンマテオ郡(San Mateo County)というのがあって、ここの役所は、結婚式を挙げてあげましょうと日曜日に営業していたんです。
役所の方々はボランティアで出勤したんですが、それを「なかなか粋なことをしてくれるねぇ」と、サンフランシスコの放送局KPIXが紹介していました。
白いウェディングドレスとダークスーツ姿で、ピシッと登場です。
まずは、役所のカウンターで結婚の申請をします。ここにもスタッフがボランティアで出勤していて、にこやかにテキパキと書類を受け付けてくれます。
無事に手続きを済ませたら、いよいよ役所の中にあるチャペルに向かいます。
ここには、担当部署の司式者(a county deputy marriage commissioner)がいらっしゃって、式を執り行ってくれるのです。
この方も、赤いポケットチーフに胸にはお花と、華やかな雰囲気ですよね。
司式者は「結婚とは」といった心構えなどもお話しなさるのでしょうけれど、一番大事な部分は、二人の誓約(wedding vows)です。
文言がきっちりと定められている教会式でないかぎり、誓約に決まりはないようですが、「どんな逆境にあっても二人で共にがんばっていきます」というような誓いの言葉でしょうか。
よく映画やドラマでは、指輪を託された人が「あ、指輪を忘れちゃった!」とあわてるシーンがありますが、そんなことは滅多にあるものではないでしょう。
もしかしたら、新婦のブリアンナさんは、お腹に赤ちゃんが?
「この子が生まれる前に、ヴァレンタインデーに結婚しましょうよ!」と、二人の背中を押してくれたのかもしれませんね。
ほら、白いバラも飾られ、役所といってもそんなに殺風景ではないでしょう?
ちゃんと列席者のために椅子も用意されていますし、カップルが希望すれば、カメラマンも来てこの日の晴れ舞台を記録してくれます。
今は、誰でもスマートフォンでビデオ撮りができますので、それこそ、いろんな角度から思い出のショットが撮れますね。
残念ながら、出席できない人がいたら、式の様子をインターネットで生中継(ウェブキャスト)もできるそうですよ。
ちなみに、このときのニュース番組では、ブリアンナさんとデイヴィッドさんのヒスパニック系カップルだけじゃなくて、アジア系やアフリカンアメリカンのカップルと、多彩な人種構成が紹介されました。
ちょっと強面(こわもて)の男性が、感きわまって涙をぬぐっていたのが、ひどく印象的ではありました。どんなにシンプルでも、結婚式ができたことが嬉しくもあり、誇らしくもあるのでしょう。
というわけで、サンマテオ郡の役所の結婚式のひとコマでしたが、
面白いことに、身内やお友達だって、一日限りの司式者になれるそうですよ。
こういうのを「一日司式者(a one-time deputy marriage commissioner)」と呼ぶそうですが、事前に身分証明書を持って役所に届け出たら、式を執り行うことができるそうです。
カリフォルニアでは、先住民族のシャーマン(祈祷師)だって、立派に司式者として認められているそうです。
なぜなら、彼ら独自の世界観も、キリスト教やユダヤ教などと並んで「宗派(denomination)」とみなされているからです。
それから、裁判所の判事に式を挙げてもらうこともできます。
こちらは映画でも見かける光景ですが、「式を挙げてくれる裁判官が、まだ現れないよ!」と、みんながやきもきしているシーンを思い浮かべます。
判事に来てもらう場合は、郡にひとつずつある高等裁判所(Superior Court)に申請するとのことです。
ちなみに、役所に置かれるチャペルですが、サンタクララ郡のチャペルは、レンタルもできるそうですよ。
ですから、神父さんや牧師さんに来てもらって教会式風にすることもできます。
10分につき40ドル(およそ4,500円)と短めの結婚式を想定しているようですが、さすがに「レンタル物件」ということで、内装も凝っていますよね!
というわけで、カリフォルニア州の役所の結婚式をご紹介いたしましたが、自分の結婚式を振り返って、ふと思い出したことがありました。
指輪の交換のとき、指輪を相手の右手にするのか、左手にするのか迷ってしまって、冷や汗をかいたんです。
そう、連れ合いが先に指輪をはめてくれたので、両手が目の前に出ていて、だから「どっちだっけ?」と戸惑うことになったのでした。
こっちだよ、と最初から左手をニュッと突き出してくれたらよかったのに・・・と今になって思うのですが、右利きの人だと、向かい合った相手の左手に指輪をはめるのは、難しくもあるでしょう?
追記: まったくの蛇足ではありますが、カリフォルニア州の場合、外国で結婚したという正式な証明書を役所に持ち込んでも、婚姻の届け出をすることはできません。あくまでも、届け出ができるのは「未婚」の二人に限ります。
外国の役所の証明書でも、英訳すれば立派に世の中で通用するわけですが、どうしてもカリフォルニア州から結婚証明をしてもらう事情がある場合には、郡の高等裁判所に申し出て、事後の登録が可能だそうです。けれども、少なくとも日本の戸籍謄本があれば、そんなことをする必要はないと思われます。