Essay エッセイ
2009年05月29日

韓国の祈り

前回のエッセイで、韓国に初めて行ってみたけれど、いったいどんな国だったのかは、わからず仕舞いに終わったような気がすると書いてみました。

やはり、首都ソウルという一都市に3泊滞在したくらいでは、国を語れるほど現地の文化や歴史に接していないような気もするのです。

けれども、そんな短い滞在にも印象に残ることはいくつかありまして、中でも、韓国の人たちの「祈り」に接したことは非常に光栄なことだったなと思うのです。


ソウル観光第一日目には、日本語のできるガイドさんに車で市内を案内してもらいました。
 午前中は、ソウル観光の筆頭にも挙げられる、朝鮮王朝時代最初の宮殿・景福宮(キョンボックン)と敷地内にある国立民俗博物館を見学したあと、午後からは、伝統工芸品のお店が並ぶ仁寺洞(インサドン)を散策し、そこからソウル全土が見渡せるNソウルタワーまで足を伸ばしたのでした。

まず、最初の景福宮は広大な敷地を持つ宮殿でしたし、自家用車禁止のソウルタワーには、バスに乗ったあと勾配のきつい坂をえっちらおっちらと登らなければならなかったので、ソウルタワーを下り地上に戻ってきた頃には、えらく疲れ果てておりました。

このままでは倒れるのではないかと思うほど、急に脱力感に襲われてしまったので、どこかゆっくりと休める所に連れて行ってほしいとガイドさんにお願いしたのでした。

すると、何を思ったのか、ガイドさんが案内してくれた場所は、ソウルタワーがそびえる南山公園近くの仏教寺院だったのでした。

こちらは、どこか静かなカフェにでも連れて行ってくれるのかと思っているので、車が寺院の駐車場に止まったときには、まさに意表をつかれた状態でした。

けれども、そのうちに、「韓国の仏教寺院なんて日本とどう違うのかな」とがぜん興味が湧いてきて、気が付くと車のドアをさっさと開けていました。


まず、寺院の山門を見上げてみてびっくりです。ずいぶんとカラフルではありませんか。

日本のお寺となると、木の茶色というイメージですが、韓国のお寺は細部まで彩色が施され、使われる色も赤、黄、青、緑と鮮やかです。

そして、お寺をもっとカラフルに見せているのは、これまたカラフルな提灯(ちょうちん)の列。どうして提灯が並んでいるかって、もうすぐお釈迦様の降誕を祝う「花祭」だから。

そう、花祭といえば、日本では新暦の4月8日にお祝いしますが、韓国では旧暦に従って祝うものなので、毎年日付が変わります。今年は5月2日でした。
 韓国では新年も旧暦で祝うそうなので、まだまだ昔ながらの風習が根強く残っているのでしょう。

もうすぐやってくる花祭を控えて、熱心な仏教徒の方々は、寺院に詣でるのが習慣になっているようです。


さて、山門のカラフルな提灯も目を引くものでしたが、門をくぐってもっとびっくり。

見渡す限りの提灯の列!

最初は、赤い提灯ばかりが並んでいましたが、そのうちに、黄色やピンクも混じります。

みな紙でできた、かわいらしい提灯ですが、これだけ揃うと「圧巻」のひと言です。

そして、ご本尊を安置してある本堂の前になると、紫やら緑やらオレンジやらと、もっとカラフルな、もっと立派な提灯が吊るしてあります。
 こちらはしっかりと布製ですし、吹き流しも付いています。そして、全体にきれいな模様が施され、型もひとまわり大きいようです。

実は、この提灯の群れは、ご先祖様の供養のために境内に吊るものだそうです。よく見ると、提灯には名札がぶら下がっていて、ここに供養をしたいご先祖の名前を書くようになっているのです。
 けれども、なんとも世知辛いお話ではありますが、この提灯にはランク付けがあって、本堂間近に吊るすことを許されているものは、それなりにお高いという値段の違いがあるそうなのです。(花祭の期間中に吊り下げるだけで、最高級は8万円もかかるとか。)

本堂間近のお高いランクを選ばないにしても、本堂の正面というのは場所が良いとされるらしく、辺り一面びっしりと提灯に埋め尽くされています。

それでも、日本の神社のおみくじと同じように、境内のあちらこちらに提灯を吊るす場所が設けられていて、脇道にそれた静かな場所を好む方もたくさんいらっしゃるようでした。

ご先祖様への提灯に加えて、お釈迦様にお供えするものでしょうか、大きな白いろうそくやピンク色の花の形をしたろうそくもたくさん見かけました。

きっと、ご先祖様の提灯とお釈迦様のろうそくは「ひとセット」になっているのでしょう。だって供養をお願いして、お供えをしないと失礼になりますものね。


本堂に提灯とろうそくをお供えしたあとは、こちらでもお祈りできるようになっております。巨大な仏像の前には、御影石(みかげいし)の台がしつらえてあって、ここでひざまずいてお祈りするのです。
 石はひんやりと冷たいので、座布団を使ってもいいようです。雨露に濡れないようにと、座布団を収めるガラスケースも両脇に備えられていました。

みなさん立ったり、ひざまずいたり、中には頭を地べたに付けて祈っている方もいらっしゃいましたが、こうなると、仏教というよりもイスラム教の祈りにも似ています。

そして、仏様の方を向いていらっしゃる方に混じって、左の方角を向いている方もいらっしゃいます。イスラム教は聖地メッカの方角を向いてお祈りするそうですが、ここでは何の方角を向いていらっしゃるのでしょうか。

ちょっと意外なことではありますが、境内には若い方もたくさん訪れていました。みなさん熱心にいったい何をお祈りしていらっしゃるのだろうかと、興味をひかれた次第です。


さて、こちらのお寺には、広い敷地の中にいくつか建物があって、裏手にまわると、美しい建物がありました。壁には、なにやら自然の中で修行をしているお坊さんが描かれているようです。

それにしても、今が盛りのツツジの薄紫に極彩色(ごくさいしき)の建築様式。まるで、自然と人のどちらが巧みであるかと競い合っているようでもあります。

初めてソウルを上空から覗いたときは、この街はくすんだ色だと思っていたのに、どうして、どうして、この街はとてもカラフルではありませんか。

そして、お寺からは、遠くに近代的な建物の群れが見えています。

あちら側は、賑やかな現代の生活の場。そして、こちら側は、静かな古代の祈りの場。

この人々の祈りの場に足を踏み入れたら、一日の疲れは、いつの間にかやわらいでいたのでした。

そして、このお寺は、ガイドさんが案内してくれた中で、一番のお気に入りとなったのでした。そう、お決まりコースではなく、ガイドさん自身が選んでくれた、とっておきの場所なのでした。

それに、なんといっても、ここにはこんなにかわいらしいお地蔵さまもいらっしゃったことですしね。

きっとこのお地蔵さまに祈る人は、こうも感じることでしょう。お地蔵さまの穏やかなお顔にも救われるけれど、このお顔を彫られた方も、さぞかし穏やかな心をお持ちなのでしょうと。


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