2020は「20/20ビジョン」の年
<エッセイ その181>
時が流れるのはあっと言う間で、いよいよ2020年の幕開けとなりました。
12月中旬まで三週間を日本で過ごし、アメリカに戻ってバタバタしていたら、もう年が明けた、という感じでした。
サンフランシスコで迎えた新年は、ピリッと肌寒くも穏やかなもの。元旦は、おせち料理を重箱に詰めて、お屠蘇で乾杯。お酒が入ると食欲も増して、パクパクといただきました。
意外なことに、我が家のおせち料理は、連れ合いが作るのが慣例となっています。
こちらの写真は、そんな連れ合いの力作ですが、「かまぼこ」とその左の「おつまみ」、そして「昆布巻き」以外は、すべて自作なんです。そう、「伊達巻」や「錦玉子」、「黒豆」や「たづくり」、「煮しめ」や「角煮」にいたるまで、すべて手作りです。
とくに、毎年「黒豆」にかける情熱は大変なもので、まず、材料となる黒豆は日本で購入してアメリカへ。そして、豆は前日から水に浸け込んで、翌日は半日かけて細心の注意を払いながら、コトコトと煮る。
今年は、黒豆300グラムといつもより量が多く、水や砂糖の加減が違って感が鈍った! と不満顔。でも、お店で買ってくるよりも甘さ控えめで美味しいし、お正月が過ぎてからも何日も楽しめました。あのトロッとした蜜のような汁が、また絶品なんですよね。
いえ、わたしもおせち作りは手伝いますが、なかなか重要なパートは任せてもらえません。自分では料理はまあまあだと思っているのですが、それよりも、連れ合いの料理に対する情熱に負けてしまって、「わたしに作らせて!」と包丁や鍋を奪い取ることができないのです。
そんなわけで、わたしの元旦のお仕事は、父方の祖父母が大事に使っていた重箱にできあった料理を詰めること。「料理は目でいただく」とも言われますので、それも重要なミッションなのです!
お腹もくちくなり、夕方にはお散歩に出かけました。前夜は「New Year’s Eve(大晦日)」のお祝いで、海ぎわからこの辺まで賑わっていたのに、この日はまったく静かなもの。
道すがら、こんなものを見つけました。こちらは「Happy New Year(新年おめでとう)」と書かれた、髪飾り。
道端に落ちていたものですが、なんとなく「兵もの(つわもの)どもが 夢の跡」という芭蕉の句を思い出して、栄華が過ぎ去ったあとのわびしさすら感じます。
ちょっと静か過ぎるなぁ、いつものサンフランシスコとは違うなぁと思いながら海ぎわまで歩いて行くと、ベイブリッジが美しく輝いています。
この日はサンフランシスコ湾も穏やかで、対岸のオークランドやバークレーに向かうベイブリッジのライティングが、水面に映ってきれいです。前夜に上がった花火とは対照的な、音も動きもない静けさなのです。
フェリービルディングの近くまで行くと、いた、いた! 元日もシャカシャカと走っている人が。
そう、毎年アメリカ人も「新年の抱負(New Year’s resolutions)」というのを掲げるんですが、その中でもっとも人気があるのは、「今年は痩せるぞ!(lose weight)」。
でも、ジョギングをするにしても、ジム通いをするにしても、だいたいは三日坊主で終わってしまいます。そんな中、元日に走っているこの青年は、ずっと行けそうな予感ですよね。
そして、今年は「子(ねずみ)」年。
昔から日系、中国系、ヴェトナム系とアジア系住民が多いカリフォルニアでは、旧暦の正月(Lunar New Year)も大事に守っていて、街のあちこちで今年の干支「ねずみ」の飾りを見かけます。
こちらは、昨年いったんお店を閉じたものの、年末になって別の場所で再開した老舗の小売店。おもに輸入家具やテーブルウェア、服や宝飾品を扱う高級イメージのお店で、歳末商戦のショーウィンドウには、とくに力を入れています。
今年は、ねずみのバレリーナが左右のショーウィンドウを飾っていて、明るいスポットライトを浴びながら、満足げなご様子。踊ったあとは、シャンペンで乾杯よ! とばかりに気取った表情が、道ゆく人たちの目を引きます。
「ねずみ」と「バレエ」といえば、チャイコフスキー作曲のバレエ『くるみ割り人形』を思い浮かべますが、「あんな悪いネズミたちとは関係ないわ!」と、すまし顔の彼女。
そして、こちらは、サンフランシスコに本社のある銀行のネオンサイン。
「Welcome to the Year of the Rat(子年にようこそ)」と書かれています。
中国語で「喜迎鼠年」とも書かれていますが、サンフランシスコは、旧暦の正月を祝う中国風パレードでも有名な街ですね。そう、「この街にはお正月が二回やってくる」という、おめでたい現象なのです。
お散歩から戻ってくると、ビルのフロントデスクの方が、こんなあいさつをしてくれました。
今年は2020年だから、「20/20ビジョン」の年。だから、しっかりと目を見開いて、物事をちゃんと見通さなければいけないね! と。
この「20/20ビジョン(20/20 vision)」というのは、視力に関する表現。「トゥウェンティー・トゥウェンティー ヴィジョン」と発音しますが、なんの問題もない「標準視力」のことです。
日本語の「1.0」の視力らしいですが、目が悪い方でも、ここまで矯正すると問題のない見え方。
ですから、彼は「20/20ビジョンの年」と表現することで、しっかりと物を見据えて、物事の本質までちゃんと見抜いていこうよ、と言いたかったのです。
2020年は、アメリカでは4年に一度の大統領選挙(Presidential Election)があります。共和党は、現職のトランプ大統領の出馬が決まっていますが、対する民主党は、現在複数の候補者がしのぎを削っているところ。いよいよ2月に入ると、アイオワ州を皮切りに、本格的な候補者選びのプロセスが始まります。
全米最初のアイオワ州は2月3日に党員集会(Caucus)を開きますが、カリフォルニア州では、3月3日に予備選挙(Primary Election)が行われます。例年は6月の予備選挙でしたが、その頃にはもう候補者が決まっている。今年はカリフォルニア州の意見が主導権を握れるように! と、3月に早めたのでした。
そんなわけで、フロントデスク担当の彼は、「今年は大事な年だよね!」と、あいさつがわりに確認しておきたかったのです。
視力といえば、わたし自身は、新年に入ってすぐ目の手術を受けました。まだ回復中ではありますが、以前よりも、ずっと良く見えそうな予感がしています。
アメリカ人がみんな、ちゃんと目を見開いて、物事を見極めて欲しい! と願っているところなのです。