2003年はどんな年?:メトロセクシュアルな一年です
- 2003年12月24日
- 社会・環境
Vol.53
いろいろあった2003年ももう終わりとなりますが、今回は、一年をちょっと振り返ってみたいと思います。
<師走>
残念ながら、今年は景気も思ったほど回復せず、まだまだ人々の心はすっきりと晴れません。イラク戦争のつけもあり、国の財政赤字は5千億ドルにも膨らんでいます。
ただ、企業の調子が少し上向いて来たとか、失業率の悪化は多少緩和されたようだとか、ほんの少し明るいニュースも聞こえており、来年に期待を寄せているところでしょうか(11月現在、全米の失業率は5.6%、シリコンバレーでは7.2%となっており、最悪の状態はどうにか脱したようです。業績に少しは希望が持てると、"cautiously optimistic" といった表現も頻繁に耳にします)。
そういった心理を反映してか、年末商戦の幕開けとなったサンクスギヴィングの翌日、全米の売上は、去年よりは5%ほど良かったようです。以前お話したように、感謝祭の翌日の金曜日は、黒字を表す "ブラック・フライデー" と呼ばれ、クリスマスのプレゼントを求め、人々がお店に殺到する日なのです。この週末、消費者の7割はショッピングに出かけたと推定されています。
特に、何でも揃っている大型ディスカウントチェーンのWal-Martでは、ブラック・フライデー一日の売上が、15億ドル(約1600億円)を越えました。この日、全米の売上の5ドルに1ドルは、Wal-Martでの消費という計算になります。
そのお陰で、年末に息を吹き返すトイザラスなどのおもちゃ屋は、今年の業績は思わしくないと見られています。中でも、140年の歴史を誇るおもちゃの老舗FAO Schwartzは、今年4月に引き続き、2度目の会社更生法の適用を申請しました。今回、買い手が現れなければ、すべての店を閉じることとなります。
一年の行事として、FAO Schwartzみたいなお気に入りの店には行ってみるけれど、実際買う段になると、Wal-Martなどのディスカウントストアに出向く。これが最近の消費のパターンになりつつあるようです。
近頃は、大型ストアの"Wal-Mart化"も進んでいて、ついこの前まで洋服屋だと思っていた大型店が、インテリア製品も扱ったりしています。こういった大型店の "略奪的な価格付け(predatory pricing)" という言葉まで耳にするこの頃です。質より価格を重んじるアメリカでは、安い値段には誰も勝てないようです。
<流行語大賞>
アメリカで今年一押しの流行語といえば、何と言っても "メトロセクシュアル(metrosexual)" でしょう。これは、ある程度地位もお金もあり、ストレートな(同性愛ではない)男性が、自分の身の回りを気にし、おしゃれにすることを意味します。
"セクシー" という言葉がありますが、これをもうちょっとインテリっぽく、都会的にした感じで、自信の表れも含んでいます。"メトロな洗練" とでも言いましょうか。もともとイギリスで流行った言葉だそうですが、あちらのベッカム選手などが筆頭に挙げられるそうです。
メトロセクシュアルな男性は、高級エステでマッサージに美顔、マニキュア、ペディキュアを堪能し、美容院ではカットと部分染めでスタイルを完成し、足元はスニーカーなんぞではなく、Bruno Magliの靴で固めます。顧客にも気持ちよく対応できるし、女性の受けも大層良いそうです。サンフランシスコのNob Hill Spaなどは、メトロセクシュアルたちが4割を占めています。
以前、2001年6月に、お子様やお父さんたちのエステ通いのお話をご紹介したことがありますが、バブルがはじけて久しい今、どうやらエステ通いやブランドショップ通いが復活して来ているようです。身の回りに気を配る余裕が出て来たのでしょうか。それとも、"機会あらば、我も行かん" という気持ちは、誰もが持っているものでしょうか。
それにしても、バスローブをまとった男性たちが、ずらりと並んで両足をバラの香りのお湯に浸しているところなどは、あまり気持ちのいい光景ではなさそうです。
実は、このメトロセクシュアルの大流行には、今年流行ったある番組が火付け役となったとも言えなくもありません。ケーブル・チャンネルのBravoが放送している、"Queer Eye for the Straight Guy" という番組です。Queerとは、ゲイを指し(おもに男性の同性愛の人という意味で、別に女装をしたり、女性言葉を使ったりするわけではありません)、Straightとは、先述の通り、ゲイではない人を指します。つまり、かしましいゲイの5人組が、寄ってたかって、むさくるしい男性をおしゃれに改造し、彼女とのデートに備えるという番組です。5人組には各自、ファッション、ヘア・身づくろい、エチケット、グルメ、インテリアの担当があり、毎回それぞれの持ち場で最大限の力を発揮します。
たとえば、ファッション担当がこの野暮ったい男に似合う服を探してあげている間、インテリア担当は、彼の家の改造にいどみ、グルメ担当は、おいしい生牡蠣を調達してあげます。見違えるようにおしゃれになった男は、やはり見違えるほどの家に彼女を招き、生牡蠣の前菜で食事を楽しみ、キャンドルで灯されたパティオでは、バーナーの火でデザートのcreme bruleeを仕上げ、彼女を驚かすというミッションを達成します。
このショーのあまりの人気に、来年は、女性を改造する姉妹番組も登場するという話です。今まで、真面目な芸術番組や、大受けはしないものの、渋い映画を放映していたBravoは、これで一気にメジャーなチャンネルになってしまいました。
この5人組の人気も上昇中で、さまざまな雑誌やテレビ番組に引っ張りだこのようです。リーダー格であるファッション担当の"Yummy!" という黄色い声も、何となく耳に残ります。(本来Yummyとは、味がおいしいという意味ですが、この男性は "おいしいわー!" つまり "まあ、素敵!" という意味で連発しています。ステレオタイプ化するわけではありませんが、服飾業界には、女性っぽい話し方の男性も多いようで、いつかRalph Laurenで応対してくれたおしゃれな彼が、"このシャツは、あたしたちみたいな細身の人用にできてるのよ" と英語で言っているように聞こえました。実は、番組のYummy氏も、昔はRalph Laurenで働いていたそうです。)
ちなみにひとことご忠告ですが、queerという言葉は、侮蔑的な意味合いが強いので、実生活では使わない方が無難です。また、女性の同性愛の人をゲイと言うこともありますが、"男性的な" 女性のゲイを指すdykeという言葉も、軽蔑を含む単語なので、口にするのはタブーです。まあ、誰が誰を好きだからって、一向に構わないではありませんか。
それにしても、"Queer Eye" という表現がメジャーに受け入れられるようになったとは、まさに隔世の感があります。
<失言大賞>
日本でもよく、大臣級の政治家の失言がアジア諸国に迷惑をかけたりしていますが、ユーモア好きのイギリスでは、毎年こういった有名人の失言に賞をさしあげるのが恒例となっているそうです。12月初旬に発表された、2003年 "Foot in Mouth"賞では、アメリカのラムズフェルド国防長官が栄えある一等賞に選ばれました。
今年2月12日の記者会見の席で、イラクとテロ組織の関係を質問された際、ラムズフェルド氏がこう答えたのが、主催者であるPlain English Campaignのお気に召したようです。
"何もなかったとするリポートは、私にとってはとても興味深い。なぜなら、我々も知っているように、我々が知っていると知っているわかっている(既知の)こともあるし(known knowns)、我々が知らないと知っているわからないこともある(known unknowns)。しかし、また、我々が知らないことを知らないわからないこともあるからだ(unknown unknowns)。"
何やら、やけに哲学的で、結局何が言いたかったのかは釈然としませんが、受賞理由もどうやらそこにあるようです。主催者は、"我々は、彼の言っていることはわかっているつもりだが、本当にわかっているかどうかはわからない"と述べています。
ちなみに、このちょっとお茶目な、とぼけたラムズフェルド氏と一等賞を争ったのは、あのシュウォルツネッガー現カリフォルニア州知事です。ご存知の通り、彼はオーストリア生まれなので、英語が若干怪しく、いろいろな珍回答で世間を楽しませていますが、その中にこういうのがあったそうです。
"僕は、ゲイ結婚(gay marriage)というのは、男と女の間で行われるべきだと思っている。"
エッ?何?ちょっとちょっと、ちゃんと事情わかってます?
それにしても、あなたが財政建て直しにもたもたしてるから、Moody’sの公債格付けで、カリフォルニアは50州のビリになっちゃったじゃない。これから州の借金も、利子がうーんと上がりますよ。
<広告大賞>
まったく独断と偏見に満ちた、筆者が選ぶ広告大賞です。車メーカーのホンダ・アメリカに差し上げたいと思います。特定の機種ではなく、ホンダのメーカーとしてのイメージを売るCMが、広告にはちょっとうるさい筆者の心に深く残ったのでした。
オルゴールのかわいらしい音楽にのり、左半分にホンダのいろいろな車種、右半分に持ち主たちが次々と映し出されます。何組目かでふと気が付くのですが、車と持ち主がどことなく似ているのです。鼻が高い彼には、鼻先の長いスポーツカー、伏し目がちの彼女には、斜め上から眺めたボンネット、耳が大きいそばかすの君には、扉を開けたところ、角刈りの若者には、四角いSUVを後ろから眺めたところ。全部で10組くらい出てくるのでしょうか、最後ににんまりと笑った男性と愛車が出てきた後に、こういったメッセージが写し出されます。"It must be love."
残念ながら、アメリカ人にはあまり受けなかったようで、すぐにオフエアーとなりましたが、やたら暴力的な、奇をてらったCMが多い中、その素朴な広告制作の姿勢は、とても好感が持てました。今は、メルセデス・ベンツやBMWの宣伝にも、怪獣や戦士のような天使が登場する時代です。CMとは、"どんな手段を使ってもいいから、いかに短い時間で、視聴者の注意を引くか" という媒体になってしまっています。でなければ、集中力を持続できない視聴者にチャンネルを替えられてしまうのです。
ホンダのような素朴なCMが影を潜めるのは残念至極ですが、そう嘆いているのは、実は少数派なのかもしれません。(ちなみに、筆者自身はホンダの持ち主ではありません。あしからず。)
<最高裁の判断>
ちょっと真面目なお話です。今年は、連邦最高裁判所から、重要な判決がいくつか下された年でもありました。その中から、ひとつは人種・民族に関するもの、もうひとつはゲイに関する判決をご紹介しましょう。
まず、6月下旬に下された判決では、人種的少数派を社会的に優遇する措置 "affirmative action" が守られることとなりました。これは、市民権運動が盛んだった1960年代に生まれた、有色人種の企業や学校での受け入れを優先する措置ですが、今回問題となっていたのは、ミシガン州立大学の法律学校の入学者選抜に際し、同等の実力を持つ黒人学生を人種という点で優遇したばかりに、白人学生が受け入れられなかったという訴えでした。
最高裁がこのミシガン大学の措置を合憲としたのは、"ひとつの国家という夢を実現するためには、すべての人種・民族の社会への有効な参画が不可欠である" という理由です。つまり、人種の多様性(diversity)を狙った、ある種の優遇措置がなければ、すべての人種が等しく社会に参画はできないであろうということです。
単純に考えると、理想はあくまでも、人種・民族を気にしなくてもいい "colorblind社会(肌の色の見えない社会)" の実現です。しかし、それに至るまでの道のりはまだまだ遠いと言わざるを得ません。
たとえば、ブッシュ政権で要職を占める、パウエル国務長官とライス大統領補佐官は、もしaffirmative actionがなかったならば、自分たちはここまでは来られなかっただろうと擁護発言をし、彼らのボスとは一線を画しています。
また、どちらかと言うと頭脳派と分類されるハイテク産業ですが、シリコンバレーのハイテク企業トップ10の人種内訳を見ると、7割近くは白人となっています。これに対し、サンタクララ郡全体では、白人人口は5割を切っています。ヒスパニック系に至っては、郡人口の24%に上るのに対し、ハイテク企業従事者の7%のみとなっています。もし大企業の努力がなければ、もっと傾いた状況となっているでしょう(企業の人種内訳は、米労働省に提出された2000年のデータを基に、サンノゼ・マーキュリー紙が集計した結果。郡人口の内訳は、2000年国勢調査データ。"人種(race)" や "ヒスパニック系(Hispanic)" についての議論は、別の機会に譲ります)。
今回の最高裁の判決では、法律学校での個別の選抜優遇措置は認めるものの、ミシガン大学の学部学生に対する、人種に基づく自動的な入試点数加算の方法や人種構成の割り当て制は認めていません。また、affirmative actionは、今後25年で終わりにすべきとも条件を付けています。
大方の見方は、最高裁の判断を良しとするものですが、あと四半世紀で撤廃できるものかは、疑問の残るところではあります。
一方、上記の裁決の3日後に下された判決は、ゲイ同士の性行為を禁止する法律(anti-sodomy law)をひっくり返すこととなりました。ちょっとびっくりですが、実際にテキサス、オクラホマ、カンザス、ミズーリの4州には、そういった法律があるのです(性別を特定せず、一部の性行為を禁止した法律があるのは、アラバマ、ミシシッピ、ユタなど9州です。カリフォルニアは、1976年に同種の法律を撤廃しています)。
事の発端は、1998年にテキサス州で、ふたりの男性が自宅に踏み込んだ警察に捕まったことにあります。"同性の者との逸脱した性行為" を禁止した州法に違反したという理由です。テキサス州の裁判所は、いずれも警察を支持する判決を下したわけですが、今回、連邦最高裁判所は、同性の者同士であろうと、男女間と同等の権利が与えられるべきであると判断したわけです。
世界的に見ても、ゲイの権利を認める動きが強まっており、オランダ、ベルギーなどのヨーロッパ諸国に引き続き、カナダでも今年、同性結婚が国会で認められています。アメリカでも、マサチューセッツで、州最高裁が同性結婚を認める判決を下しています。英国国教会派の米国Episcopal教会では、ニューハンプシャーの主教にゲイの牧師が選ばれています。
そういった追い風の中、同性パートナーの多いサンフランシスコでは、今回の最高裁の画期的な判決に、大歓声が上がったというのは言うまでもありません。
<師走に追われることなかれ>
ホリデーシーズンになると、楽しいと思っているのは子供ばかりで、アメリカの大人たちは、多かれ少なかれストレスを感じる季節です。プレゼント選び、クリスマスの飾り付けやカード書き、親戚が会するディナー、仕事の締め切り、そして、年末の税金対策。
最近は、クリスマス直前の一週間が一番の書き入れ時だといわれるように、アメリカ人の物事の先延ばし傾向も強まり、ぐずぐず屋の "procrastinator(先延ばし屋)" だと自負しているようでもあります。
しかし、先延ばしする悪い癖は、何もアメリカ人に限ったことではなく、"そう自分を責めないで" と肩を叩いてあげたくもなるのです。
皆さまも、ストレスを感じることなく、どうぞ良い年をお迎えください。
夏来 潤(なつき じゅん)
消費者待望の日:番号ポータビリティーの実現
- 2003年11月28日
- 業界情報
Vol.52
アメリカでは、先月に引き続き、今月も話題沸騰の出来事がありました。まずは、そのお話から始めましょう。その後は、ごく庶民的な話題がふたつ続きます。
<番号ポータビリティー>
近頃、日本でも話題になっていますが、携帯電話の番号ポータビリティー(number portability)が、11月24日に全米の主要100都市で始まりました。これは、今までキャリアから宛がわれていた携帯番号を自分の物として、他のキャリアに持って行くことを指します。
これまで自分の携帯サービスに満足できなくても、番号を変えるのが面倒だったり、ビジネスを失ったりするので、他のサービスに移行できない人がたくさんいました。しかし、ポータビリティー開始後は、番号を変更せずに、自由に他社のサービスを選べるようになります。
1996年、連邦議会は、従来の電話(landline phone)の番号ポータビリティーを決定しました。それを受け、連邦通信委員会(the FCC)は、1999年6月までに、携帯番号のポータビリティーを始めるようにと、キャリア各社に指示していました。ところが、キャリア側は、数億ドルの費用が掛かると反発し、期日はこれまで、3回も延期されていました。そして、11月24日、消費者にとっては、待ちに待った、嬉しい日の到来となったわけです(主要100都市以外の地域では、来年5月24日の施行となります)。
現在、1億5千万と言われるアメリカの携帯加入者数ですが、毎年、約3分の1は、キャリアを変更しています(業界では"churn"と言われ、かき回すことを意味します)。この"churn"率は、これから数ヶ月間、非常に高くなると見られていますが、それに備え、キャリア各社は必死です(現在、アメリカの携帯大手6社は、ヴェライゾン・ワイヤレスとスプリントのCDMA陣営、シンギュラー、AT&TワイヤレスとT-MobileのGSM/GPRS陣営、そして、独自路線のネクステルと、テクノロジーが分かれているので、他のテクノロジーを採用する会社に移行する際は、携帯端末を購入しなおすという障壁はあります)。
たとえば、業界最大手のヴェライゾン・ワイヤレスは、番号ポータビリティーが始まるひと月ほど前から、長期の顧客に向けハガキを送っています。"あなたは大切なお客様なので、新しい端末に買い換えることなく、もっとお得なプランに変更できますよ" というお誘いです。業界2番手のシンギュラーは、400人規模の "顧客保持センター" を開き、ユーザーに対応する体制作りをしています。2社に追いつきたいスプリントやT-Mobileは、夜間割引を夜7時からに早めたり、ウィークエンド割引を金曜日にも適用したりしています。
いずれの場合も、現在の顧客に対し、いかに満足のいくサービスを提供し、彼らを保持するかがミッションとなっています。各社とも、顧客を失いたくないのは、収入面で当然のことですが、新規ユーザーの契約には、一人当たり200ドル以上の経費が掛かり、痛い出費となるのが恨めしいわけです。
筆者などは、そういった隠された動機を十分に承知しつつ、キャリアに電話し、より安く、よりたくさん話せるプランに変更させてもらいました。今後一年以内に、キャリアとの契約を打ち切れば、270ドルの罰金となりますが、もともと今のキャリアから変更する気はないので、得した気分でした。広いアメリカです。筆者にとっては、通話可能なサービス範囲が一番重要なのです(連れ合いの利用するキャリアなどは、携帯を購入した代理店自体が、サービス範囲から外れていたそうです)。
一方、番号ポータビリティーのシステムでは、今使っている携帯番号だけではなく、自宅の電話番号も、携帯の番号として移行できます(ひとつの番号を自宅と携帯に両用はできません)。そのため、今後、電話は携帯ひとつに絞ってしまう人が増え、地域電話会社のベビーベル達は、苦戦するとも言われています(現時点では、アメリカ人の約2パーセントが、"ケータイ一本"となっているそうです)。
ただ、ADSLブロードバンドサービスに加入している人は、自宅の電話をキャンセルするわけにはいかないので、"通話、特に遠距離通話は携帯で、高速インターネットアクセスは従来の電話で" という住み分けができるのかもしれません。
しかし、状況は更に複雑化し、インターネット上で通話ができるテクノロジー、VoIP(Voice over Internet Protocol)のサービスも、一般家庭に徐々に広がりつつあります。この新サービスの台頭に対し、ベビーベルからは "VoIPプロバイダーを電話会社として取り締まれ!" という嘆願がFCCに出され、検討中となっています。また、携帯キャリア側にしても、インターネットを利用できるホットスポットの広がりで、VoIP勢力が力を得るのが不気味なわけです。
今回の番号ポータビリティーを契機として、携帯電話会社、従来の電話会社、そして、VoIPプロバイダーは、熾烈な三つ巴の戦いを繰り広げることになりそうです。
<銀行あれこれ>
友人の結婚式に出席するため、またまた日本に行って来ました。そこで痛感したのですが、父親譲りで、どことなく浮世離れしたところのある筆者は、日本の銀行に行くのが苦手なのです。
第一、どの銀行がどことどこの合併だったかもわからないし、窓口やATM(現金自動預け払い機)がいつ開いているのかもわかっていないのです。最近は、コンビニも銀行の代行業をやっているようなので、状況は複雑怪奇です(カリフォルニアでは、スーパー内に銀行の支店があったりしますが、近頃、一部のセブンイレブンにATMが置かれたことが話題になりました。コンビニのATM設置には、治安の問題が大きな障害となるようです)。
さて、筆者が日本の銀行に行くとなると、とにもかくにも、まず、フロアにいる案内係に指示を仰ぎます。業務別に窓口が分かれているし、番号札を取るなどの小技が必要だからです(口座の新設時を除いて、アメリカの銀行は、とりたてて窓口が業務内容で分かれていないし、一列にずらりと並ぶので、番号札などはありません。待つ間のソファや雑誌などは、日本独特のサービスです)。
一方、ATMともなると、相談相手がいないので、必ずヘンテコなことをしでかします。たとえば、現金を引き出そうと思い、カードと通帳を入れると、"この通帳は使えません" と表示が出てきます。どうしたのかと、近くにいる警備のおじさんに聞いてみると、"じゃあ、ここで一緒にやってみましょう" と言います。そこで、先に現金だけ下ろして、次に通帳記入をしようとすると、彼は "そのページじゃダメですよ" とアドヴァイスをくれます。どうも、筆者が開いているページが、記入できないところだったようです。(こういう時、"いつもは、お手伝いがやってくれるもので" という嘘は、咄嗟にはなかなか出て来ないものです。)
言い訳するわけではありませんが、通帳というものがないアメリカでは、"通帳記入" なるものもないわけで、ATMでの操作は単純そのものです。現金を引き出すか、現金や小切手を預け入れるしかありません。誰かの口座に振り込むということもありません。その場合は、自分の口座から小切手を書き、郵送するか、オンラインバンキングで小切手を自動郵送してしまうからです。保険料の年払いなどは、クレジットカードでも支払えるので、電話一本で済みます。
また、現金の引き出しは、銀行のATMに限らず、スーパーのキャッシャーでもできます。銀行発行のデビットカード(debit card)で支払うと、"Cash backは必要ですか?" と聞かれるので、"100ドルお願いします" と言えば、手元に100ドル引き落とせることになります(デビットカードとは、クレジットカードと違い、自分の銀行口座に残る範囲内で買い物ができるシステムです。小切手のカード版です)。
ところで、アメリカで通帳が存在しないのは、自分で管理するのが原則だからと思われます。小切手用のチェッキング口座(checking account)も、貯金用のセービング口座(saving account)も、手続きごとに、日付、支払い先、金額や残高を、銀行から渡された記録冊子に書き込み、何に使ったかを明確にしていきます。しかし、それは日々自分で行うもので、銀行からは、月末にひと月分の明細書が送られて来るだけです。これは、あくまでも銀行の把握に間違いがないか、検証する目的にあるのです。
算数の苦手な人が多いアメリカでは、口座の残高計算をすること(balance the checkbook)は大仕事とも言え、それゆえに、Quickenなどの、パソコン上の口座管理ソフトウェアが流行ることになるのです。以前何回かご紹介した税金計算ソフトウェアが流行るのと、同じような理由です。
ごく自然の成り行きで、オンラインバンキングも流行って来るわけです。もともとパソコンを金額計算に使っているのですから。オンラインを利用すると、リアルタイムに口座内容を把握でき、月末まで明細書を待つこともなくなります。物理的に小切手を書いたり、郵送したりする手間が省けるのも、嬉しい得点です。
考えてみれば、口座管理といい、税金申告といい、アメリカでは自己管理することが非常に多いのです。医療保険や生命保険、住宅ローンや借り換え、投資に老後の蓄えなども選択肢が非常に幅広く、どのプログラムを選ぶかで、負担額、給付内容、投資効果やその他の恩恵など、あらゆる要素が変わってきます。どう判断するかで、消費者はまたまた頭を悩ますことになるわけです。
"お仕着せ" や "おまかせパッケージ" というものが存在しないアメリカ社会では、こういったことは、知らないうちに精神的負担ともなっており、心や体の不調に間接的に影響することもあるようです。
アメリカでは、5人にひとりが、生涯一度は精神の不調を経験すると言います。精神科医やカウンセラーが持てはやされる一因も、実はこの自己管理の多さにあるのかもしれません。人間ひとりが我慢できるプレッシャーなんて、限りがあるはずですから。
<コールセンターあれこれ>
電話で顧客の応対をするのがコールセンターですが、物が壊れ易かったり、使い方がわかりにくかったりするアメリカでは、常に彼らのサポートが必要となります。また、何でも電話で済ませてしまおうとする国民性もあり、コールセンターは大忙しです。電話でのカスタマーサポートとは、企業に対する消費者の満足度の重要な部分を占めるわけです。
最近、多くのアメリカの企業が、そのコールセンターを海外に移管しているというお話をしました。そういった中、パソコンメーカーのデルは、企業ユーザー向けのコールセンターを、インドからアメリカに戻すと発表しました。企業ユーザーは同社の大切な収入源であり、彼らへのテクニカルサポートは、優先事項です。ところが、最近、"君たちのやっていることは、あまり感心しないね"という意見が聞こえ始め、従来通り、アメリカからのサポートに切り換えたようです。
筆者は、個人的には、どこの誰がサポートしてくれようが構いませんが、どんな人が電話を取るかは、大いに気になります。相手が会社名と自らを名乗り、"How can I help you today?(いかがいたしました?)" と口にしただけで、彼らの性格や意欲、そして、どれだけ親身になってくれるかが、手に取るようにわかります。最近は、消費者からの苦情が多いので、アメリカの会社のコールセンターもずいぶん良くなりましたが、たまに、"しまった!" と、電話をかけなおしたくなる時もあります。
サポート内容はともかくとして、意外なことに、アメリカのコール体制が日本よりも優れている点もあります。たとえば、金融機関などに質問がある場合、本人が電話できなくとも、配偶者が簡単に代理となれることです。本人を知っている者かどうか、チェックする機構が確立しているからです。
一般的なのは、住所、氏名、顧客番号に加え、税金やさまざまな金融手続きに使う社会保障番号(Social Security Number)の最後の4桁(last 4 digits)を言わせることです。銀行の場合は、事前に登録してある母の旧姓(mother’s maiden name)を言わせることも多いです。あるクレジットカード会社からは、母の誕生日を聞かれたことがありますが、これは珍しい方です。
日本の金融機関の場合、こちらが国際電話をかけていても、"本人様にしか、お教えできません" などと、とぼけたことを言います。性別の判断はつくものの、どうやって本人とわかるのかは謎です。"欧米のサイン対日本の判子" の論争を思い起こします。
親身になってくれるサポートスタッフが多いのも、アメリカらしいところです。たとえば、ホテルの予約センターに電話すると、いかにして安いレートを提供してあげるかに必死です。さまざまな割引が適用されるので、企業割引のきく会社に勤めていないかとか、AAA(日本のJAFと同様の、自家用車向けお助けサービス)の会員ではないかとか、次から次に質問します。そして、"あ、そうそう、とてもいいウィークエンド割引があったのよ" と得意満面な語り口になります。
遊園地やテーマパークの入り口でも同様です。以前、フロリダのサファリパークで、"コカコーラの缶は持って来た?" と聞かれたことがありました。コーラの缶で割引になるのですが、正規の値段を払うのは、何かおかしいと思っているふしがあります。
これもアメリカらしいところですが、こちらのコールセンターは、かなりの部分が人工的に機械で処理されるので、ネイティブの英語の話し手でない場合、ちょっとギョッとすることもあります。
普通は、口座番号や選択肢を口で言うか、数字キーで入力するかの選択権が与えられます。ところが、携帯キャリアなど、一部の "先進的な" 会社だと、全部話し言葉で済まそうとします。いきなり、"What would like to do?(何をなさりたいですか)" と聞いてきます。こちらが口ごもっていると、"For example, get the balance or bill payment(たとえば、支払い金額を確認するか、支払いをするなどです)" と助けが入ります。
勿論、内容によっては、即人間のサポートに切り替わるわけですが、大方のケースは、機械と話すだけで済んでしまうわけです。でも、発音が明確でないと、"クレジットカード" が意外と通じにくいという話も聞きます。
こんな楽しいコールセンターもありました。今年は11月27日がサンクスギヴィング(感謝祭)でしたが、この日のご馳走となる、七面鳥の焼き方をアドヴァイスしてくれるホットラインです。
たとえば、連邦農業省の肉・家禽ホットラインでは、この日、朝5時から11時まで、食品衛生の専門家が待機していました。スペイン語しか話せない人も、耳が聞こえない人も利用可能です。鶏や七面鳥を専門に供給するFoster Farmsでは、24時間体制で、12月1日までヘルプラインを提供しています。
勿論、どのホットラインもWebサイトを持ち、こちらでも情報提供しているわけですが、生身の人間のサポートに勝るものはないようです。
夏来 潤(なつき じゅん)
10月の出来事:お騒がせテレマーケティング
- 2003年10月17日
- 業界情報
Vol. 51
早いもので、今年も残すところ3ヶ月未満となりました。近頃、アメリカでは何かと世の中を騒がせることが起きていますが、今回は、そんな騒動を3つご紹介しようと思います。
<憎まれっ子、テレマーケター>
アメリカに少しでも住まれた方は経験済みだと思いますが、アメリカ独特のマーケティングの手法に、テレマーケティング(telemarketing)というのがあります。一般家庭に向け、電話で物やサービスを売る手法です。長距離電話サービスや生命保険、クレディットカードにバケーション・パッケージと、勧誘の種類は多岐にわたります。カタログ販売やテレビ・ショッピングを発明したこの国では、電話販売も重要な販路です。
自宅の電話番号や携帯番号をどこかの店や金融機関に知らせたら最後、番号リストは次々と転売され、多くのテレマーケターの知るところとなります。ショッピングモールで見かける車の抽選会なども、基本的には、マーケティング目的の個人データ集めだと考えた方が無難です(中には、コンピュータで自動的に組み合わせた番号に、片っ端からかけるテレマーケターもいます)。
こういったテレマーケターは、大部分の国民から嫌われているわけですが、その理由は、一日に何度もかけて来る彼らのしつこさと、かけるタイミングにあります。法律で、朝8時から夜9時までと制限されているのですが、多くの電話は、お昼休みの頃と、夕食時に集中します。仕事から帰って来て夕食の支度を始めた頃から、食後テレビを見ながらくつろぐまでが、彼らのゴールデンアワーとなります。
テレマーケター対策として、筆者などは、電話が鳴ってもすぐには出ず、家族や友人がメッセージを残し始めたところで受話器を取るのですが、そうしているアメリカ人はかなり多いようです。中には、"明日から監獄に入るんだよね" とか "僕まだ11歳なんだ" と言って逃れる人もいます。
押し売り電話に対し、国民の不満の声が高まる中、今年1月下旬、テレマーケティング対策の法案が連邦議会に提出され、電光石火で可決されました。一般家庭の "うちにはかけて来ないでリスト(Do-not-call list)" を作成し、公正取引委員会(the Federal Trade Commission、通称FTC)がテレマーケターの違反を取り締まるというものです。10月1日以降、違反者には、一回に付き1万1千ドルの罰金が科せられます。
これに備え、4月には早々とカリフォルニア州が代理登録を始めたのですが、その時には、あまりの反応にウェブサイトがパンクしたほどです。6月下旬に連邦政府の本番登録が始まった頃には、最初の4日間で、1千万の電話番号が登録されました。現在、リストは5千3百万件以上に膨れ上がっています(自宅の電話や携帯など、ひとりが複数番号登録可。登録は5年間有効)。このDo-not-callリストは、ブッシュ政権が採択した、初めてのいい事とも言えるでしょう。
ところが、いい事というものはスムーズに行く訳がなく、10月1日の施行を目前に控え、オクラホマの連邦裁判所が異議を唱えました。連邦議会はリスト作成の権限をFTCに与えていないので、リストには法的拘束力がないというのです。
この裁定に対し、各方面から非難の声が上がりましたが、翌日、連邦議会が最優先で法律を通し、FTCは無事に権限を譲渡されました。裁判所の決定から実に24時間以内という、驚くべき早技でした。
ところが、事態はまたまた反転し、もっと重大な裁決が、同じ日にコロラドで下ることとなりました。そもそも、このリストには例外が存在し、慈善団体や政党、世論調査会社などは、リスト上の電話番号にかけても良いことになっています。これが、言論の自由を保障した米国憲法修正第1条に違反するというのです。テレマーケターの言論の自由を著しく制限しているという理由です。業界の親玉ATA(the American Teleservises Association)が、自分たちの食い扶持を守ろうと、先に、裁判所に提訴していたのです。この成り行きに、"私たちのプライバシーは一体どうなるの?"と、市民からは怒りの声です。
これは危うしと、法律施行の前日、電話業界を取り仕切る連邦通信委員会(the Federal Communications Commission、通称FCC)が、FTCの助っ人として現れました。が、これもコロラドの連邦判事からお叱りを受け、FCCは、肝心の登録リストをFTCから入手できないまま、手足をもがれた状況となりました。テレマーケターも、リストは絶対にFCCには渡さないぞと、がんばっていました。
どんでん返しの結果、今はとりあえず、最終審判が出るまで、FTCが取締りを続けても良いこととなり、国民の溜飲も少し下りました。ATAの方も、組織内のテレマーケターに、リスト上への電話勧誘を自粛するよう、お達しを出しています。筆者の家でも、7月に登録して以来、迷惑電話が激減したのは確かです。FTCの取締り開始後は、いまだ我が家への違反者はいないようです。
"テレマーケターの言論の自由" 対 "一般家庭のプライバシーの権利"。どちらが優先するのか、今後の法廷での裁断が気になるところです。
19世紀にシカゴでカタログ販売が始まった頃は、自分で組み立てる家まで売っていたというアメリカです。テレマーケターに成り代わり、別の奇抜なマーケティング手法が現れたとしても、驚きはありません。
<移民局の統計をどう読む?>
10月と言えば、連邦政府機関の新年度が始まる時でもあります(カリフォルニア州政府などは、7月始まりです)。たとえば、国防総省の年間予算や連邦最高裁判所の開廷期間がこれに当たりますが、外国人に発行される労働ビザの年間割り当ても、10月1日から仕切りなおしとなります。
国土安全保障省所轄の移民局が発行するH-1Bは、ハイテク業界などで働く外国人技能者に出される労働ビザですが、その枠は今年度から大幅に縮小され、各方面に波紋を投ずる模様です(3年間有効のビザで、その後3年間のみ延長可能。コンピュータ関連に限らず、建築士、会計士、弁護士、医師、ファッションモデルなどにも広く適用。雇い主がスポンサーとなり、身元を保証する必要があります)。
ハイテク・バブルの影響で、2000年10月から今年9月までの3年間、H-1B発行枠は、過去最高の19万5千となっていました。しかし、景気不調が続く中、労働ビザ・プログラムに批判的な声が高まり、今年度から6万5千と、大幅な縮小となったのです(実際のところは、"枠とは何か" の定義が複雑な部分もあります。たとえば、3年間の延長申請分や、大学・研究機関での発行申請など、枠内には数えられないものもあります)。
枠がどうであれ、テクノロジー業界でのH-1B新規発行数は、近年激減しているのは確かなようです。9月下旬の移民統計局の発表によると、一昨年度は11万件だったものが、昨年度は2万6千件にまで減っています。H-1B全体への比率にすると、コンピュータ関連は、55パーセントから25パーセントに減少しています。サンタ・クララに本社のあるIntelでは、2000年から昨年にかけ、新たに雇用したH-1B保持者は、6割も減少しているそうです。
これを受け、ハイテク企業を代表する米電子業協会(AeA)は、"職を失った人は、H-1Bビザを批判するけれど、この統計を見れば、他のみんなと同じように、景気の悪影響がビザ取得者にも出ているのがわかるだろう" と主張しています。また、H-1B取得者の半数近くは修士号・博士号を持っており、アメリカに不足している部分を補っているとも弁明しています。
しかし、統計に見られるH-1B発行数の減少は、まったく別のことを意味しているのかもしれません。すなわち、風当たりの強い外国人労働者をアメリカに招聘するよりも、現地で人を雇ってしまえ、という企業側の姿勢です。
前号で触れたように、海外に業務移管する米国企業は年々増えています。前述のIntelは、昨今インドやロシアでの活動を拡大しています。中国に開発センターを開いたOracleは、インドでも現地スタッフを増員しています。そんな中、インドのある人材派遣会社などは、H-1B発行枠の引き下げは、歓迎すべき状況かもしれないと述べています。米国企業のインドへの業務移管に拍車が掛かると見られるからです。
実際、移民統計局のデータで見ると、インド国籍へのH-1B新規発行数は、一昨年度9万件だったものが、昨年度は2万1千件に減っています。これは、全数の45パーセントから20パーセントへの減少です。インドへの発行数が激減したことで、2位の中国、3位のカナダ以下、他の国の比重が若干増えています(昨年度、中国は11パーセント、カナダは8パーセント、3位のフィリピンは6パーセント。ちなみに、7位の日本は、3千件弱で3パーセントを占めています)。
興味深いことに、1990年代中頃から、ハイテク企業の業務移管先として人気を博して来たアイルランドは、近頃、失業率の上昇を経験しています。人口4百万弱のこの国は、若い世代の人口比率が高いうえに、教育レベルも高く、おまけに法人税が低いこともあり、人気が高かったわけです。インドと同じく、英語が通じるという要因もありました。
このような企業の海外進出を見越し、シリコンバレーのベンチャーキャピタルも、インドへのアウトソーシング専門会社や、現地のコールセンターに投資を始めているようです。YahooやCisco、Googleなどへの投資で知られるSequoia Capitalも、これに名を連ねています。投資の理由としては、インドの安い賃金で、3割から6割のコスト削減を可能にするという発展性を挙げています。
シリコンバレーでも、エンジニアは、アウトソーシングに対しかなり神経質になっているのがわかります。しかし、それに輪を掛けるように、近頃は、インドから中国へのアウトソーシングの動きも見られ、状況は複雑化を呈しています。ソフトウェア開発・輸出で急成長を遂げる、インドのInfosys Technologiesも、中国に200人規模の子会社を作ると発表しています。
今時のアメリカのカスタマーサポートが "スティーブ" と名乗ったにしても、彼の名前は、実は "サンジェイ" なのかもしれないし、彼を支えるソフトウェアは、"リーウェイ" さんが作ったものかもしれません。
アメリカのH-1B発行数の減少が、実のところ何を意味するのか、また、発行枠の縮小が業界にどのような影響を及ぼすのか、しばらく経過を観察する必要がありそうです。
<ベイエリアと政治>
世界中の注目の的となっていた、カリフォルニア州知事のリコール戦も終わり、少しは騒ぎも治まったところです。州内の大方の新聞の激励もむなしく、デイヴィス知事は現職を退くこととなりました。追うは強く、追われる者は弱いのは世の常です。
いつかこの辺のアメリカ人に、お前の国では、東京や大阪の知事にコメディアンを選ぶのか?と言われたことがありますが、こちらも同じようなものです。リコール戦の終わった週末には、さっそく、NBCの人気コメディー番組 "Saturday Night Live(サタデーナイト・ライヴ)" では、選挙のパロディーのオンパレードとなりました。この中には、緊急記者会見が開かれ、シュウォルツネッガー氏が、知事の座を対立候補だったブスタマンテ副知事に譲るという場面もありました。"僕はこれから何をやっていいのかわからない。だって僕は、今までボディービルダーと俳優だったんだ" という理由です。ニューヨークからの冷ややかな眼差しを感じるブラック・ユーモアです。
選挙の成り行きは、日本でも相当詳しく報道されていたと思いますが、ここではちょっと違った観点から、選挙を眺めてみましょう。まず、55対45で、カリフォルニア全体が一様にリコールに賛成だったように思われがちですが、実は、地域によって様相は大分異なります。
シリコンバレーを含むサンフランシスコ・ベイエリアでは、64対36で、圧倒的にリコールには反対でした(ベイエリアというのは、サンフランシスコ湾に接する9つの郡を指します。サンフランシスコ郡や、シリコンバレーの大部分が広がるサンタクララ郡、オークランド・バークレー両都市が位置するアラメダ郡、ワインの産地ナパ郡などが、これにあたります)。
サンフランシスコなどは、リコール反対派が8割にものぼり、民主党支持の震源地ともなっています。そこから民主党基盤は同心円状に派生し、ベイエリアと北カリフォルニアの海岸線は、すべてリコール反対を固持しています。
一方、南カリフォルニアは、ロスアンジェルス郡以外、全地域がリコール賛成多数となっています。カリフォルニアの北と南では、考え方がかなり違い、海岸線の都市部を外れると、保守的な土壌が根強く残るわけです。
とは言え、選挙の結果からは、支持政党を問わず、民衆の幅広い支持がうかがわれたシュウォルツネッガー氏です。が、彼の今後の政治生命は、とにかく州財政の巨額の赤字をどう解決するかに懸かっており、多難な道行となりそうです。
選挙公約のひとつだった自動車登録税の増税撤回ですが、これを実施すると40億ドルの収入減となり、その穴埋めには、教育や福祉を犠牲にしなければなりません。増税撤回の公約を破っても不満が高まるし、教育・福祉をカットしても人気は下るという、綱渡り状態です。
不法移民への運転免許証発行も、今後揉め事となるでしょう。7月にご紹介したように、おもにメキシコ国境を渡ってきた不法労働者に対し、運転免許を発行しようという動きが強まっており、リコール戦の直前、デイヴィス知事はこの条例に署名しました。しかし、シュウォルツネッガー氏は、カリフォルニアで力を伸ばしつつあるラテン系移民の人気取りだとこれを批判し、国土安全の観点から、この条例を撤回すると公約しています。
ドメスティック・パートナー(domestic partners)に関する条例の行方も気になります。州の仕事を請け負う業者は、社員の同性のパートナーに対し、結婚と同じ福利厚生を保障せよという画期的な法令です。同性カップルの多いカリフォルニア州では、デイヴィス政権のもと、同居する者同士のドメスティック・パートナー登録が1999年に開始され、既に2万1千組が登録しています(たとえば、プライベートのゴルフクラブなどで家族会員を認めるところは、原則的にドメスティック・パートナーも認めなければなりません)。
2001年には、ドメスティック・パートナーに健康保険、相続権、医療の場での決定権などを与える条例も制定されました。更に、今年9月には、親権、財産譲渡、葬儀・埋葬の手配などと、その権限は結婚と同等に広がって来ています。これに対し、州上院の共和党議員が中心となり、"男女間の結婚のみが法的に認められるべきだ" と、住民投票に持って行く構えも見られます。
今回のドメスティック・パートナーの新条例は、リコール戦の直後、デイヴィス知事が署名したもので、2007年から施行される予定です。しかし、共和党知事のもと、これもひと揉めあるかもしれません(リコール戦の結果が正式に認定されるまで、デイヴィス知事は現職にあり、議会を通った法案の署名や役職の任命も可能です。その間署名した条例は200を越えます。役職任命の方は、州上院での承認が必要となります)。
昨年11月に詳しくお伝えしていたように、現在カリフォルニアでは、副知事以下、州の要職と上院、下院すべてを民主党が握っています。ここに共和党知事が少数の味方とぽつんと置かれることになるのですが、彼の意向がどこまで通るのかは不透明な状況です。一方、ブッシュ大統領との結びつきも強く、これがお互いの追い風となるかもしれません。
来月シュウォルツネッガー氏の宣誓式の後、彼の一挙手一投足は世界中のメディアの吟味に晒され、コメディアンの格好の題材となります。もしかしたら、彼の州知事選出馬は、来期となる2006年まで待った方が無難だったのかもしれません。
夏来 潤(なつき じゅん)
連載50回記念!:シリコンバレーと世界
- 2003年09月18日
- 政治・経済
Vol. 50
2000年12月から掲載を続けてきた、こちらの『Silicon Valley Now(シリコンバレー・ナウ)』シリーズも、なんと、記念すべき50回目を迎えました。よくぞここまで続いたものだと、自分でも驚いています。
そんな記念すべき今月号は、いつもより視野を広げ、シリコンバレーとそれを取り巻く世界との関係を、至極真面目に書いてみたいと思います。
<経済>
8月に筆者がのんびりとヨーロッパ旅行をしていた間、シリコンバレーでは、サンノゼ・マーキュリー紙上で熾烈な論争が起こっていました。あるコラムニストが、経済のグローバル化が進む中、地元の仕事が一部海外に移ってしまうのは止めようがないし、その現実に慣れるしか仕方がないと述べたのに対し、怒りののろしが上がったのです。
2000年初頭から米国経済には陰りが見え始め、その翌年に "不景気(recession)" と宣言されて以来、シリコンバレーでは20万人、全米では270万人が職を失っています。その多くは、より安い労働力を求め海外に業務移管した企業や、外国の安価な製品にかなわず倒産していった製造業でした。
顧客サービスのコールセンターを全面的に海外に移した金融・ハイテク企業、台湾との合弁組織に設計を頼るハードウェア会社、インドや東ヨーロッパの依託エンジニアを登用するソフトウェア会社、中国製品に破れ倒産した繊維会社など、枚挙に暇がありません。
米国政府のリポート上は、2001年11月には不景気から脱出したということですが、現実には、毎月確実に就業者数は減少しています。9月上旬に労働省が発表した統計でも、予想に反し、8月だけで9万3千の職が全米で失われたことが明らかとなり、いつまでもプラスに転じない悲観的な傾向を示しています。
少し過去を振り返ってみると、1970年代後半から80年代にかけて、アメリカでは日本式経営術がもてはやされました。大学のビジネスのクラスでも、多くの時間が日本型マネージメントに割かれていました。
1980年代半ばになると、デトロイトの三大自動車メーカーが、日本のメーカーに駆逐される恐れありと、逆に日本叩きが始まりました。自動車産業や鉄鋼業だけではなく、もうひとつの自国の牙城であるハイテク産業に、日本の "支配" が広まるのを懸念していたのです。当時のアメリカから見ると、日本はとても不気味な存在だったわけです。
そして、空前の好景気もどこへやらの今、1980年代と同じことが起きています。少し様相が異なるのは、以前よりもっと大きなスケールで、世界を巻き込み経済が動いていることでしょうか。
そういった中、アメリカの一般市民は、どこに怒りをぶつければいいのかわからない状況に陥っています。そして、彼らが憤懣の矛先として前面に押し出したのは、中国とインドです。
"貪欲な経営者が、海外に職をアウトソーシングするのを禁止してしまえ!" だとか、"アメリカ製品をろくに輸入しない国に、我々の製品を買わせろ!" とか、"労働ビザを与えてエンジニアを雇えるなら、同じように、ジャーナリストも外国人を雇え!そうすれば、ジャーナリストだって職を失った辛さがわかるだろう" といった意見が、メディアにどしどしと寄せられています。
勿論、そういった批判のすべてが、根拠のない感情論というわけではありません。たとえば、米国政府も指摘しているように、過去十年以上、人工的に低く抑えられている中国の貨幣価値は、中国製品の海外市場での優位性を増長する一因となっています。これでは、フェアな戦いはできません(反面、中国元の価値が上がったにしても、日本の前例にもあるように、物の値段を下げることで、中国側はいくらでも対抗できるという主張もあります)。このように、地球規模で、改善点がないわけではありません。
しかし、多くのアメリカ人は、資本主義の根底には、"自由競争" という原則があることを半分忘れてしまっているようにも見受けられます。海外に職が流れるのは、自分達に責任の一端はないのかと、厳しく自問する人は少ないようです。中国の工場で働く人々が、どれほどの努力をしているのか、実情を知る人は少ないようです。アメリカ人の生産性(productivity)は世界一だと、あぐらをかいているけれど、今は、いったい何がアメリカ製となるのか定義も難しいという現状からは、離脱してしまっているようです。
"自由競争"という言葉の中には、また、"自然発生的な" という意味も含まれています。資本主義経済は、まったく統制のない自由放任形式(laisser faire)でも成り立たない代わりに、がんじがらめの統制のもとでも成り立たないものです。統制しても、人は流れるし、物は流れる。流れを止めようとしても、止められない。メキシコからは製造工場が撤退し、バングラデシュの縫製工場では、他国との競争にあえぐ。
世界がひとつの大きな社会となりつつある現在、こういった流れは、各国の産業構造を急激に、根本的に変えようとしています。人が好むと好まざるとにかかわらず。
<貿易>
アメリカや日本に限らず、景気の低迷は、ヨーロッパも同様です。たとえば、EU(ヨーロッパ連合)第二のフランスなどは、失業率9.6パーセントを記録しています。歴史的に就業が安定するスウェーデンでも、失業率は前年の4.1パーセントから5.4パーセントに上がっています。イタリアは、先日、正式に "不景気" だというレッテルを貼られました。インフレ率も、夏の暑さと干ばつの影響で、多くのEU加盟国でターゲットである2パーセントを越え、不安材料となっています。
そんな中、EUはこんな主張を始めました。今まで、世界中で乱用されていた特産品の名前を、産地以外では全面的に使用禁止にしてしまえ、というものです。イタリアのパルマ・ハム、パルメザン・チーズ、キヤンティ・ワイン、フランスのコニャック、シャンペン、ボルドー、そして、ギリシャのフェタ・チーズに、スペインのマンチャ・サフランと、41の人気特産品がリストに挙げられています。外国製のものが名前を偽って市場に出回り、本物が締め出されているというのが理由だそうです。
EUは、9月上旬、メキシコで開かれたWTO(世界貿易機構)の国際会議で、これを採択してもらいたかったようですが、先進諸国と新興勢力の衝突で、会議そのものがお流れとなってしまい、思惑通りには行きませんでした。
けれども、アメリカやカナダは、開会以前から、自国の産業に影響ありと、難色を示していたのでした。スターバックスやマクドナルドの偽物が世に出回ると、やはり同じ行動を取るでしょうに。
実は、ヨーロッパほど知名度はないものの、アメリカでも、特産品が危機を迎えています。たとえば、ロスアンジェルス市の北に位置するヴェントゥラ(Ventura)郡からは、州の名物、ヴァレンシア・オレンジが消えようとしています。大きくて、種がなく、むき易いオーストラリアや南アフリカ産のオレンジが、ヴァレンシアに取って代わろうとしているのです。オレンジ農家は、次々と、値崩れしにくいアヴォカドや、レモン、ピーマン、セロリへの植え替え作業を進めています。
シリコンバレーの南の端、ギルロイ(Gilroy)でも嫌な兆候が見えています。ここは、アーティチョークやイチゴで有名な農村地帯ですが、昔から、"ガーリックの世界の首都" と自慢するほどのニンニクの産地です。何でも、1920年代、ここに移住して来た日系人が、ニンニク栽培を始めたとか。今も、毎年7月下旬になると、ガーリック・フェスティバルが開かれ、何十万人もの客が、ガーリック・アイスクリームや、ニンニクを使った飾り物などを目当てにやって来ます。
ところが、困ったことに、最近、ギルロイ産のニンニクが、中国産に押される傾向にあるようです。中国産の方が安い上に、大きくて渋みが少なく消費者受けすると、スーパーやレストランからはギルロイ産の注文の取り消しが出ているようです。
こういった外国産との摩擦が生じる中、米国繊維業界からは、中国からの繊維製品の輸入に割り当て制度を設けるべきだと、米商務省に嘆願書が出されています。この業界では、過去二年間で、四分の一に当たる27万人が解雇されています。
また、ベトナムからのキャットフィッシュ(ナマズ類の白身の魚)には、ダンピングという決定が下され、3割から6割の関税が新たに課せられることとなりました。ミシシッピ・デルタのキャットフィッシュ養殖業者が商務省に訴え出ていたのです(呼び名も、ベトナムのメコン・デルタ産は "トゥラ" か "バサ" に変更するよう、先に決定が下されていました)。この裁決を受け、米国南部のエビ養殖業者は、ベトナム産のエビにも関税を掛けるよう嘆願することを検討しています。
このような政策が、"保護貿易主義(protectionism)" かどうかの議論はさて置いて、世界経済の嵐に巻き込まれ、どこも自国を守ることに必死にならざるを得ない状況のようです。
9月中旬には、EU加盟国スウェーデンの国民投票で、ユーロ導入反対が採択されていますが、これもある種、自国の経済を他から守りたい意思の表れかもしれません。ユーロ推進派の外相の命が奪われたのは、歴史上の汚点ではありますが。
<政治>
カリフォルニア州民に物申す!以下の議論を論破できるなら、あなた方にノーベル賞でも何でも授けようではありませんか。
あなた方は、昨年11月、デイヴィス州知事を再選したのではありませんか?その時と今と、いったい何が変わっているのでしょうか?景気の低迷で、個人や法人からの税収は激減し、消費税も思うほど延びていない。1979年という遠い昔に住民投票で採択された "提案13" のお陰で、固定資産税にも足枷が課せられている。収入が減る割に、住民たちの勝手な投票で、支出ばかりが増えている。誰が州知事だって、収支が赤になるのは、わかりきっているでしょう。
デイヴィス知事が電力危機を回避できなかったことを怒っているのなら、それはお門違いというものです。規制緩和などという愚かなことを決定したのは、前任者のウィルソン知事だし、エンロンとそのお仲間といった腹黒いエネルギー事業家には、誰だって太刀打ちできなかったでしょう。
あなた方が怒っているのは、本当は単純な理由からではないのですか?自動車の登録税が、帳簿上3倍になったり、公立大学の授業料が2、3割上がったりと、身近なことで怒りを感じているのでしょう。
しかし、車の登録税の方は、ここ3年間、以前の半分にカットされていたし、公立大学の方は、このままで行くと、教育を受けられない学生が続出する。皆が私立に行くのは不可能でしょう。税金を上げないと口では言っている候補者は、嘘をついているのか、何もしないで任期が切れるかのどちらかなのです。
リコール戦に何千万ドルを掛けるのであれば、それを子供たちの教育に携わる先生たちに廻した方がいいとは思いませんか。"California is nuts(カリフォルニアは気違いだ)" と言われているのを知っていますか? 一こま風刺漫画に、"California" と一言発しただけで、大爆笑を得るコメディアンが描かれているのを知っていますか? 少しは冷静になって、よく考えてみたらいかがでしょう。
<スポーツ界>
砂漠気候と言ってもいいほどのシリコンバレーでも、9月を迎えると、真夏とは違った心地よい風が吹くようになります。行く夏を惜しむ、ユーミンの昔の歌が頭に浮かんだりして、ちょっとおセンチになる季節でもあります。
しかし、そんな感傷も束の間、9月は、アメリカン・フットボールのシーズンが始まる大事な時期なのです。大学フットボール、そしてプロのNFLと、次々と開幕します。
サラリーマンのたしなみであるゴルフ、テニス、スキーは、筆者も一応こなすものの、スペクテーター(観賞用)スポーツとして一番楽しいのは、やはりフットボールだと感じています。目が離せない緊張感は、野球以上です(神聖なスタジアムを、友達とおしゃべりする社交場と勘違いしている輩(やから)がいる点でも、野球の負けです)。まあ、背骨を折るのが怖いので、フットボールは自分では絶対にやりませんが。
多くのアメリカ人にとっても、フットボールのシーズン開幕は待ち遠しいようで、NFLシーズンの最初の日曜日となった9月7日、ゴルフ場には、朝早くからウィークエンド・ゴルファーたちが殺到しました。ゴルフはしたいけれど、10時、1時、5時半とテレビで放映される全米のゲームを見逃したくないのです。朝6時を過ぎると、スタート前の練習場にいそいそと集まり、電線のスズメよろしく、横一列にずらりと並んで球を打ち始めます。
第一ホール目をスタートしても、ピーチクパーチクとNFLの話に花が咲きます。最近は、チームに課せられるサラリーキャップ(選手へのサラリー合計額の制限)の影響で、選手の異動が激しく、どこが強いのか予想が難しいのです。NFLは "Never Figure League(訳がわからないリーグ)" だと言われるゆえんです。
だから、嬉しいことに、議論の余地は充分にあるわけです。そんなに朝早くから興奮していると、ゴルフ後のビール1本や2本で、ソファーの上で高鼾となり、肝心なフットボールを逃してしまうのに。
ところで、この界隈の多くの人は、サンフランシスコ49ersのファンです。ベイエリアのプロチームの中で、一番の古参という歴史もあります。サンフランシスコの対岸のオークランドRaidersや、自分の出身地のチームが好きな人もいます。お向かいさんなどは、インディアナポリスColtsのファンですが、この辺でColtsを応援するのは、珍しいです。
オークランドは、地理的にはシリコンバレーに近いですが、Raidersを熱烈に応援するのは、ハイテク産業の人間にはちょっと抵抗があります。アメリカには、複雑な一面があるのです。
サンフランシスコ49ersについては、以前、監督とスター選手の確執をご紹介しました(2001年11月掲載の "ベイエリアの昼メロふたつ")。マリウチ監督とテレル・オーウェンズ選手のふたりは、とにかく馬が合わなかったのです。
幸い、昨シーズンは、ふたりの間で大爆発はなかったものの、シーズンが終わった直後、突如としてマリウチ監督が解任されました。ファンの半分は、監督は何も悪いことはしていないのにと彼を惜しみ、半分は、あんな "殺人本能(killer instinct)" のない監督なんか、いなくなってよかったと歓迎ムードでした。確かに、マリウチ氏は、女性ファンにも人気の "ナイスガイ" ではあったけれど、時として消極的な采配は、スター・レシーバーであるテレル・オーウェンズのチャンスを、ことごとくつぶす結果になっていました。
マリウチ氏が、さっさとデトロイトLionsという新居を見つけた後も、49ersの新監督選択のプロセスは長引き、泥沼化を呈していました。後任が誰になるかもわからないのに、監督をさっさと辞めさせたのかと、非難ごうごうです。それでも、大方の見方は、内部から助監督を昇進させるか、それともチーム初の黒人監督の誕生となるかとされていました。
ところが、結局、土壇場になって、有力候補者以外から白人監督のデニス・エリクソン氏が選ばれ、皆を驚かせることとなりました。候補に挙がっていた人の中には、自分たちは単なるカムフラージュだったのかと、法廷に訴え出ようとする勢いの人もいました(監督候補者の中には人種的にマイノリティー(少数派)とされる人を必ず入れ、公平に個人の能力を審査せよというNFLの規則があるので、審査に不満があれば、起訴することも可能なのです。現に、マリウチ氏がデトロイトに移った時には、他に確たる候補者を立てなかったので、LionsはNFLから罰金を科せられています)。
今シーズンは、エリクソン新監督がどこまでチームの成績を伸ばせるのかと、注目の的となっているわけですが、一番厳しい目で見つめているのは、毎週日曜日のスケジュール調整に余念がない、巷(ちまた)のファンであるということを、くれぐれもお忘れなきように。
<後記>
ひとつめのお話で書いたように、アメリカは今、国中がさまざまな怒りに包まれています。じりじりと上がる失業率、いつまでも回復しない景気、消費者と一般投資家を巻き込む企業スキャンダル、そして、巨額の黒字から空前の赤字へと転落した国や州の財政事情。
そういった怒りをうまく煽り、実現に漕ぎ着けたのが、今回のカリフォルニア州知事のリコール運動です。そして、今、その暗いうねりに対抗する、新たな "怒り" が州内外で生まれています。民主政治を守るために立ち上がろうと。
世界中からの移民の融合体であるアメリカでは、民主制(democracy)とはその根底に流れるものです。詰まるところ、政治を動かすのは政治家ではなく、一般市民なのだということを、怒りに包まれたアメリカ人は、身を以て教えてくれているような気がします。
夏来 潤(なつき じゅん)
ヨーロッパ旅行記:観光スポット以外のいろんなお話
- 2003年08月28日
- 旅行
Vol. 49
スタミナがない、外食が嫌い、体の調子を崩しやすいと旅行嫌いの三拍子が揃っているのに、一所にいると、体がむずむずしてきます。そろそろ外に出て来る時期かと、8月にヨーロッパに行ってきました。ノルウェー、スウェーデン、スイスを訪ねる16日間の旅でした。
ヨーロッパで印象に残ったことは、枚挙にいとまがないほどですが、今回は、できるだけ簡潔に、あれこれと綴ってみたいと思います。
<暑い夏>
今回の旅の目的は、ドイツからスイスに引っ越し、かれこれ17年になる姉を訪ねることでした。彼女に会うのは、フランス、ドイツ、イタリア、アメリカといつも他の国で、筆者がスイスに出向くのは、初めてのことです。ノルウェーを選んだのは、連れ合いの "フィヨルドが見たい!" という理由からで、スウェーデンはそのついでに選ばれました。ずれも初めての国なので、予備知識ゼロです。
例年、ヨーロッパは異常気象に見舞われ、夏の間暑くなるのか、寒くなるのか、まったく予測ができない状況にあるそうですが、ご存知の通り、今年は暑い方に傾きました。お陰で、"フィヨルド見学用に" と持って行った毛糸のとっくりセーターも、ボストンバッグの肥やしとなってしまいました。
8月になると北欧には秋の気配が忍び寄るということで、スイスの先にスカンディナヴィアを旅したわけですが、最初の目的地オスローに着くと、その明るい陽光と、ベンチや階段で日光浴を楽しむ若者たちにびっくりでした。
着いた日は摂氏27度で、前の週は33度という日もあったというホテルの人の説明でした。夏とは言え、北欧がこんなに陽気な明るい場所なのかと、認識を新たにしました。
ストックホルムに移った頃は、若干涼しくなっていましたが、柔道を愛するクロアチア出身のタクシー運転手が、子供たちから "エアコンを買って" とせがまれ困っているという話をしていました。
今年は、北欧諸国でも電力の消費量が多く、猛暑に襲われたフランスに電力供給がしにくい状況に陥っているそうです。イタリアのトリノでは、250年来の暑さを記録し、ドイツでは、ごみの腐敗を防ぐため、ごみ収集車を朝5時から起動させたり、溶けやすい チョコレートの運搬を中止したりしたそうです。スイスでも、名高いマッターホルンを始めとして、氷河の後退が顕著なようで、地球の温暖化は確実に進んでいるのかもしれません。
とは言え、筆者は旅行初日に風邪をひいてしまい、思った通りの展開となりました。オスローで泊まった老舗ホテルのエアコンが旧式で、絶えず流れる冷たい空気に夜間あたったのが原因です。老舗のホテルに泊まるのも考え物のようではあります。
<テクノロジー>
北欧と言うと、さぞかし携帯電話文化が進んでいるのだろうと期待して行きましたが、筆者が感じる限り、これと言って驚くことはありませんでした。勿論、携帯電話の普及率はかなり高いのですが、使い方はごく普通で、携帯一個で何でもOKという段階には達していません。携帯内蔵のデジカメも、あまり普及してはいないようです。
けれども、あちらでもテキストメッセージは大流行のようで、電車を待っている真面目風なパイロットが、しかめっ面でメッセージを打っているのには、笑ってしまいました。ヴァイキングの子孫の大きな指では、さぞかし打ちにくいのでしょう。
携帯の機種としては、スウェーデンでは予想通り、地元のEricsson(エリクソン)ブランドが幅を利かせているようでした。ストックホルムにある有名なグランドホテルのロビーでは、時代がかったショーケースの中に、宝飾品の代わりにEricssonの各種モデルが鎮座していて、ちょっと滑稽に見えました。"おらが村の何とか" といった感じです。
一方、ノルウェーでは、フィンランドを本拠とするNokia(ノキア)の方が主流のようで、やはり、スウェーデン以外の北欧諸国では、Nokiaの勝ちとなっているようです。まったく知りませんでしたが、1967年に設立されたNokiaは、製紙と電気ケーブルやタイヤ製造で大きくなった会社だそうですね。Nokiaブランドの衛星テレビアンテナをたくさん見かけましたが、携帯以外にもノウハウは持っていたのですね。
ちょっと驚いたのは、ストックホルムで乗った電車が長いトンネルに入っても、通話がまったく途切れることがなかったことでしょうか。その点は、さすがに充実しているようです。車内での携帯使用も禁止ではないようです。
電車と言えば、ストックホルムの空港から市内に向かう電車が、発車して間もなく、トンネルの中で止まるというアクシデントがありました。電気系統の問題だったようですが、電源を一旦シャットオフし、真っ暗になった状態で再度立ち上げ、事無きを得ました。
"電車のリブート" など前代未聞ですが、問題が起きた際のアナウンスも既に録音されたもので、ちゃんとスウェーデン語と英語で流れたのには苦笑いでした。電車のトラブルはかなり頻繁に起きるものなのかもしれませんが、筆者の頭の中では、重い荷物を引き摺り、暗いトンネルを380メートル出口方面に向かい、さらに炎天下に次の駅へと歩いて行く構図が浮かんでいました。
そうしてたどり着いたホテルは、最近内装工事を済ませた、モダンなビジネス系ホテルでしたが、翌朝シャワーを浴びて驚きました。浴槽に溜まった水が、バスルームの3分の1ほどにあふれているのです。浴槽の排水パイプを通り、排水溝に流れきれない水が床にあふれる構造になっているのです。
もともとそういう設計だったようですが、衛生上問題があるし、利用者への配慮に欠けると、ちょっと憤慨でした。こんなメンタリティーでハイテク製品を作ってほしくないなと、痛感した次第です。
電車といい、バスルームといい、スウェーデンは好ましい印象でスタートしたわけではありませんが、北欧の名誉回復のために一言。大小14の島に広がる、水の都ストックホルムは、世界の首都の中で最も美しいと言われるだけのことはあります。博物館や美術館、公園なども驚くほど充実していて、文化的な面も併せ持っています。
また、ノルウェーが生んだムンクの、かの有名な "叫び" を展示するオスローの国立美術館は、入場無料の上に、写真撮り放題と、太っ腹なところを見せています。
北欧ではきっと、人がおおらかで、細かいことに頓着しないのかもしれませんね。
<言語と人>
今度の旅でちょっと驚いたのは、北欧ではどこでも英語が通じることでした。こちらが外国人と見ると、何の違和感もなく、英語で話しかけてきます。現地の言葉など、あいさつ程度も知らないのに、そんな非礼は気にもしないといった感じでした。
いつかホテルの朝食で、旅行予約のWebサイトTravelocityの競合とおぼしき、アメリカ人ビジネスマン三人組と隣り合わせましたが、彼らのひとりが仲間とこんな話をしていました。あるスウェーデン人の英語の発音がとても流暢で、アメリカの俗語などもよく使うので、どこで習ったのかと尋ねると、テレビで頻繁に流れるハリウッド映画で学んだと答えたそうです。このビジネスマンにとっては、妙に砕けた英語の会話が、奇異に写ったようでしたが、筆者が観光で接した範囲では、全般的に発音も良く、きちんとした印象を受けました。
街中では、いろんな表示も現地語と英語、両方でしてあるので、迷うこともあまりありませんでした。また、英語圏外の観光客も、皆英語を使うことになるので、やはり英語は世界の公用語かと感心していました。
ところが、一転して、スイスに移動した後、言葉がわからないのには苦労しました。姉がバーゼル空港まで迎えに来てくれていたし、スイスでの行動は常に一緒だったので、にっちもさっちも行かないということはありませんでしたが、言葉がわからない不安は、いつも付きまといます。
スイス北端のバーゼルは、フランスとドイツとの国境近くに位置するので、空港はスイス側とフランス側に分かれ、市内に向かう空港バスも、柵に仕切られたフランス領を通ります。姉も時々、自転車でフランスにあるレストランに食べに行くのだとか。
逆側のドイツ国境近くになると、今度はドイツ鉄道の駅が現れ、そこから乗る先はドイツ領となります。
そんな立地条件から、ドイツ語圏のバーゼルでは、ドイツ語とフランス語の両方を話せる人が多いようです。スイス鉄道の車掌さんになると、更にもうひとつの公用語のイタリア語、そして英語も必須となるそうです(スイス第四の公用語、レト・ロマン語を話す人は、国民のごく一部です)。
バーゼルからは列車でスイスを縦断し、マッターホルンを望む、標高1600メートルのツェルマットに向かったのですが、高山病にかかりやすい筆者は、到着直後に、小型酸素ボンベを購入しなければなりませんでした。
その使用説明書もドイツ語、フランス語、イタリア語でしか書かれていなかったので、姉がいなければ、"鼻から2秒吸い込み、3、4秒待ち、2秒で吐き出し、また3、4秒待つ" といった正しい使用方法もわからなかったことでしょう(8リットル入り、約2千円の銀のボトルは、まさに救世主でした。道行く人にはジロジロ見られましたが)。
時代の流れには勝てず、北欧もスイスも、ヨーロッパ以外の地域からの人の流入が増えています。たとえば、スウェーデンでは、1960年代からトルコ人やパキスタン人の労働者が入り始め、1980年代になると、更に中近東のイスラム教国からの移民も増えました。
今となっては、イスラム教は国で二番目の宗教となり、ストックホルムにもモスクがいくつか存在します。そんな中、スウェーデンの国会では、移民か移民の子が占める議席が28となっているそうです。
スイスでも、昔から隣国ドイツ、フランス、イタリアなどのヨーロッパ諸国からの移入が多かったわけですが、近年トルコなどのイスラム教国や、アフリカからの移民を受け入れており、人種構成も複雑化する過程にあります。現在、スイス人口の4分の3ほどは、いずれの国からの移民とその子孫に分類されるということです。
とは言うものの、筆者は、特に北欧では白人種以外の住民をほとんど見かけず、やはりアメリカほど人種が混ざってはいないことを痛感しました。スイスでも、黒人種やアジア系は数少なく、バーゼルほどの都市でも、日本人は目立つ存在でした。ともすると保守的とされるスイスでは、外国からの移民を受け入れまいとする動きも見られるようです。
保守的と言えば、姉が12年前に結婚する時、バーゼルの役場に、"この者たちふたりは結婚するが、異論がある者は申し出るように" といった張り紙が出され、8週間の掲示期間の後、初めて結婚が正式に受理されたという話がありました(今はもう、その制度はなくなったようですが)。
数年前までは、女性に参政権のなかった県(kanton)もあったそうで、精密機械の進んだイメージとは裏腹に、大きな時代錯誤があったようです(そういった地域では、男性住民が屋外の議場に集い、挙手のもと村の重要事項が決定されたようです。女性はと言えば、家で男どものために料理を作るのが当たり前となっていたとか)。
女性の進出と、社会の自由度という点では、北欧とスイスは好対照なのかもしれません。北欧では、同性のカップルをよく見かけましたし、ストックホルムの市議会では、女性議員が101人中53人と、過半数を占めています。
<物価>
今回の三ヶ国の旅は、考えてみると、世界中で最も物価の高い場所をピンポイントして行ったようなものでした。お陰で財布の中身はからっぽです。何が高いって、税金やらサービス料が何もかも値段に含まれていて、レストランで食べるのも、水を買うのも一様に高いです。ノルウェーみやげのセーターを買ったら、出国時に、買い値の13パーセントも戻ってきました。きっと、税金がすべからく相当に高いのでしょう。
ノルウェーの列車で出会った、シアトル在住のオーボエ奏者曰く、"私の大好きなスイスが、世の中で一番物が高いと思っていたけれど、今回スウェーデンに2週間いて痛感したわ。北欧の方がもっと高いって。"
アメリカに戻ってきた翌日、ニュースで知りましたが、オスローは今や、世界で一番物価が高い都市となっているそうです(UBS銀行の発表。二位は香港、三位は東京)。
道理で、オスローでは、水のボトルが20クローネ(約2.6ドル、307円)、マクドナルドのハンバーガーが19クローネ(約2.5ドル、290円)といった値段が、公然と成り立つわけです。
ノルウェーは国が豊かなため、EU(ヨーロッパ連合)にも加入していません。まさに、スウェーデンの上を行くわけです。いや、恐れ入りました。
<歴史>
ヨーロッパの歴史など何も知らないに等しい筆者が言うのもおこがましいですが、ヨーロッパはどの国に行っても、歴史の重みと伝統を感じます。
オスローから鉄道、フェリー、バスを乗り継ぎ訪ねた、フィヨルドの街ベルゲンにも、
ユネスコの世界遺産に登録される木造りの家並みが、港に面して残ります。ベルゲンは、12、3世紀にはノルウェーの首都として繁栄した所で、14世紀にはハンザ同盟にも加わり、ドイツの商人たちが貿易基地として商館を置いた街です。
港近くの旧市街はブリッゲン地区と呼ばれ、ここに小さな博物館があります(ブリッゲンとは、埠頭を意味します)。12世紀中期の建物跡の発掘現場に建てられたもので、当時の生活ぶりを伝える興味深い展示があります。
ブリッゲンでは、13世紀の後半には、ホーコン王が石造りの壮大な宮殿を建てていたわけですが、庶民の方は、二階建ての木造りの長屋に住み、ここに間借りする独り者や使用人も多かったようです。当然のことながら、上水、下水施設などの基本的な衛生設備は不十分で、ひとたび赤痢、天然痘、ハンセン病などが起きると、次々と広がっていったようです。
子供の頃に命を落とすことも多く、ゆえに平均寿命となると、20-30歳だったと考えられています。けれども、中には40歳、50歳に達する人たちもいたようです。
そういう比較的長生きだった人の中に、ある女性がいました。彼女は、当時の多くの女性がそうだったように、織物を編む仕事を生業としていたようですが、博物館に展示された彼女の骨盤を見て驚きました。骨盤には、座骨部分に大腿骨を入れるソケット(acetabulum)があるのですが、ここは通常、滑りがいいようにスムーズな表面になっています。が、彼女の場合は、関節炎のためか、ボツボツとソケット中に小さな突起ができているのです。
背丈ほどの垂直の織り機を使う立ち仕事から、手も足もひどい関節炎になっていたと思われますが、これでは神経を刺激し、さぞかし痛かっただろうと、時代を越え、同情するしかありませんでした。
ヨーロッパでは古来、ペストの流行など、当時の医学ではどうしようもない病気がはびこっていたわけですが、そういった重病から逃れたにしても、健康に不安を抱える人たちはたくさんいたようです。ブリッゲン博物館に特別展示してある無名の人たちの骨を見て、現代に生きていてよかったと実感した次第です。
<後記>
牛たちの首に下げられた、カウベルのカランコロンというのどかな音や、寝るときにうるさくて窓も開けられず、うらめしかった15分置きの教会の鐘も、今となってはなつかしいものとなりました。あんなに訳もわからなかったドイツ語にも、ちょっとは耳が慣れたらしく、アメリカに戻って来ると、やけに数字が聞き取り辛かったです。
今はいっぱしのヨーロッパ通の気分で、旅のアドヴァイスもたくさんです。ノルウェーでは、ベルゲンからオスローへの帰路、フィヨルドを上から眺める30分の空路もお勧めですし、スイスで食べ過ぎたと思ったら、現地の養命酒、Appenzeller(アッペンツェラー)を飲みましょう。
カリフォルニア州知事のリコール戦に映画俳優が出馬したことは、アメリカから遠く離れたベルゲンの地で知りましたが、これほどカリフォルニアが奇異に写ったことはありませんでした。やはり、筆者の家の夢となっている12ヶ月で12ヶ国のヨーロッパ滞在を、いつか果たしてみたいものです!
夏来 潤(なつき じゅん)
車にまつわる話:車文化からアメリカがわかります
- 2003年07月15日
- 社会・環境
Vol. 48
車にまつわる話:車文化からアメリカがわかります
子供たちが夏休みに入ると、バケーションシーズンの到来です。7月は、独立記念日という楽しい祝日もあり、大人でも、何となく気分が浮かれ立つ時期でもあります。
そんな時、一番お手頃な移動手段と言えば、やはり車です。アメリカは国土が広く、日本ほど渋滞しない気楽さもありますし、最近は、飛行機を毛嫌いする人が多いこともあります。世界情勢やドル安の影響で、海外旅行を見合わせる人が多いことも、車での移動に拍車を掛けています。
今回は、そんなバケーションシーズンにちなみ、車にまつわる話題を四つ集めてみました。車を運転しない方でも、きっと楽しめると思います。
<あなたはSUV派?>
夏が近づくにつれ、メディアでは何かと車の話題が増えます。ディーラーでも、安売り合戦が始まり、車の宣伝も倍増します。それに釣られてお出かけする人が増えると、需要と供給の原則に基づき、ガソリンの値段も上がります。
車にまつわる最近の話題では、こんなものがありました。SUV(Sport-utility vehicle、おもに四輪駆動の、大きめのスポーツタイプ車)に対する意識は、持つ者と、持たざる者との間で大きな隔たりがある、というものです。これだけ聞けば、当然至極のことです。しかし、車が生活に不可欠なアメリカでは、事SUVとなると、支持派と不支持派の真っ二つに分かれ論争の種となる、微妙な話題なのです。
支持派は、こう主張します。SUVは車体が大きいので、乗っている人にも安全だし、べつに他の車にも迷惑をかけていない、と。一方、不支持派は、こう反論します。SUVのサイズは普通車を威圧し、安全上問題がある。それだけではなく、世界的にエネルギーが不足する折、ガソリンを食うSUVは世のためにはならないのだ、と(ガソリンと電気で走るハイブリッド車の人気が徐々に高まる中、燃費の悪い車は、gas-guzzlerと悪口を言われます)。
7月上旬、Associated Pressが発表したSUVに関する全米の意識調査では、ほぼ二分される結果が出ています。たとえば、SUVは乗っている人に安全かという質問には、42%が安全、35%が普通車と違いはないと答えています。また、他の車を危険にさらすかという問いには、45%がその通り、41%が別にそんなことはない、と答えています。
燃費に関しては、SUVには厳しい燃費規制が必要かという問いに対し、54%が普通車と同じにするべき、33%が普通車より低くてよい、としています(現行の燃費規則は、SUVは、1ガロン当たり平均20.7マイル、普通車は27.5マイル。ハイブリッド一番人気のトヨタのプリアスは、平均48マイルです)。
興味深いことに、SUVは他の車に対し危険となり得るといった認識は、回答者の教育レベルが高くなるほど、強くなるようです。また、ブッシュ大統領が代表する共和党を支持する方が、民主党支持者よりも、SUVの安全性を擁護する人が多いそうです。道理で、イラク戦争の少し前から、Hummer H2のような軍用車が、幅を利かせて街中を走り回るようになったわけです(この車は、昨年12月ご紹介したように、軍用車を一般用にモデルチェンジしたSUVです。人気に乗じて、ちょっと小型のH1も登場)。
近年、SUVの人気は衰えることなく、あるアナリストによると、昨年売られた新車の4分の1は、SUVの仲間に分類されるそうです。何せ、スポーツカーで有名なポルシェまで、SUVを売る時代なのです。
昨年全米で売られた新車は、一昨年からは2パーセント減ったものの、1680万台を記録しているので、約400万台のSUVが路上に増えたことになります。
今後人気はさらに高まって、新車の3分の1がSUVとなることが予測されており、今年は新たに500万台以上が街中に吐き出されることになりそうです(SUVのマーケットシェアはCSM Worldwide社のデータ、2002年の新車販売台数は、R.L. Polkがまとめた陸運局の登録台数。2003年も1600万台は超える新車売上予測。なお、アメリカの中古車売買は、例年4千万台を超えます)。
あらためて近所を見渡してみると、向こう三軒両隣で所有する車の4割はSUVでした。何を隠そう、筆者自身も日本製のSUVに乗っています。それゆえに、支持派、不支持派、両極の意見はよく理解できます。見晴らしの良さによる安全性や、物を運べる便利さはSUVの利点です。しかし、そのサイズから、道幅の広いアメリカでも普通車を威圧する可能性は否定できないし、ガソリンを食うのは明らかな事実です。
"SUVだからダメなんだ" という後ろ指をさされないために、SUVの持ち主はおとなしく運転するのが一番なのですが、余裕のないドライバーが多いのも、いずこも同じ悲しい現状ではあります。
<あなたの車も狙われている!>
筆者はよく無形の情報が盗まれる話をしますが、庶民の大切な財産である車も、窃盗の格好のターゲットとなっています。日本では、有名人の高級外車の盗難を耳にしたりますが、アメリカで一番頻繁に盗まれる車と言えば、トヨタのカムリとホンダのアコードです。カムリなどは、6年連続盗難ランキング1位を保っています。人気が高く、長持ちもするので、街中にあふれているということもありますが、それゆえに、パーツがどこに行っても高く売れるというのが理由のようです。特に、海外のブラックマーケットでは、市価の2、3倍で取り引きされることもあるそうです。
今までは、狙っている車のドアキーをこじ開け、中に押し入り、ハンドル部分の覆いを壊してイグニッションをスタートさせる、というのが窃盗犯の常套手段でした。ところが、最近は、車のキーに内蔵されるトランスポンダー・チップがないと、エンジンをスタートできない車が増えてきたため、新たな方法も生まれました。フロントガラスの左下に見えている車両番号(VINと呼ばれるVehicle Identification Number)を書きとめ、その番号を書き込んだ偽の売買契約書を作り、持ち主のふりをして、ディーラーで正規のキーを購入するというものです。
このような手の込んだ窃盗に対抗するため、いくつかのサービスが広く利用されています。ひとつは、LoJackと呼ばれるものです。これは、電波を使って盗難車を追うシステムで、全米20州ほどで利用可能です。
車が盗まれたとわかると、持ち主はまず、警察に連絡します。VIN番号をもとに、警察のコンピュータシステムに盗難登録がなされ、LoJackの電波塔から発信される信号で、車に隠された発信装置が起動されます。そして、LoJack追跡コンピュータを搭載したパトカーやパトロール機が盗難車の近くを通過すると、発信装置からの信号が拾われ、被害届けの出ている車と認識できるようになっています。
車に取り付けられる発信装置は、どこに仕掛けられているのか、持ち主にすらわからないように万全を期しています。また、州によっては、このシステムを採用する車には、保険料の割引があったりします(残念ながら、カリフォルニアは適用外です)。
もうひとつのサービスは、OnStarと呼ばれるものです。これは、1996年秋にジェネラル・モータース(GM)が開始した、ドライバー向けのサポートサービスです。テレマティックスの草分けとも言えます(テレマティックスとは、元来コンピュータと通信の融合を意味し、車の分野では、車内と外界のコミュニケーションを指します)。
OnStarのボタンひとつ押せば、24時間営業のサポートセンターに繋がり、いろいろ助けてくれます。日本のJAFのように、路上で車に問題が起きた時にもサポートしてくれるし、目的地でのホテル、レストランの予約や、道に迷った時の案内も務めてくれます。こちらの声を拾うマイクは、車内の天井に目立たないように仕掛けられ、音声はスピーカーから流れてきます。
昨年追加されたサービスでは、音声認識による、ハンズフリーの車内電話が利用できるようになりました。受け取ったメールも読んでくれますし、簡単な返事も送ってくれます。また、株価やスポーツ、お天気など、お好みのニュースを車内のボタンひとつで聞けるように、OnStarのウェブサイトで設定可能となっています。
元来、困った時のお助けサービスとして始められたわけですが、OnStar対応車はGPS機能を搭載しているので、これが盗難に遭った時にも役立つのです。サポートセンターでは、盗難車の現在位置を逐一把握できるので、警察の追跡にも大いに協力できるわけです。
OnStarは、現在、GMの40車種ほどにスタンダードやオプションで取り付けられています。また、Audi、Acura(ホンダのプレミアムブランド)、Lexus(トヨタのプレミアムブランド)など、他のメーカーにも徐々に広がりを見せています。
とは言うものの、ひとたび車が盗まれると、敵の行動は素早く、すぐにバラバラに解体されてしまうこともあります。おもな車のパーツには、VIN番号が付けられており、それをたどって行ったら、アメリカを遠く離れ、アフリカで売られていたという話もよく耳にします。
近年、窃盗のトレンドにも変化が見られ、SUVの人気に伴い、この種の盗難も過去2年間で10パーセント増えています。今や、車の窃盗産業は、年間80億ドルに膨れ上がり、ブレーキをかけるのは至難の技のようです。
ちなみに、アメリカで車の盗難が頻繁に報告される上位5都市は、アリゾナ州フィーニックス、カリフォルニア州フレズノ、モデスト、ストックトン、そして、ネバダ州ラスベガスです。いずれも、国境近くか、飛行機やトラックを使った運輸のハブである要素を持っています。
<免許を取ってください>
車を運転するには、運転免許が必要です。これは、法治国家の常識ですが、複雑な事情が絡み合うアメリカでは、そうとも言えないらしいのです。大人が仕事場に行くのに、無免許というのもあり得るのです。
6月上旬、カリフォルニア州上院議院を通過した法案では、不法移民(連邦政府の許可なく長期滞在する移民)にも運転免許が与えられるようになるそうです。これによって救われるのは、カリフォルニアに不法滞在し、無免許で運転している、百万人とも二百万人とも言われます。
従来、カリフォルニアで免許を取得する際、連邦政府発行の社会保障カード(Social Security番号が書かれたカード)や、出生証明書を提示する必要がありました。正規に滞在する外国人の場合は、パスポートを提示します。いずれにしても、不法滞在の場合、こういった身分証明書は所持しないので、免許の取得は不可能となっています。
しかし、規則は規則として、現実には、路上に免許なしのドライバーが増え、州民の安全を脅かす可能性が出てきました。何せ、交通法規を何も知らない人たちが運転しているわけです。危なくてしょうがありません。筆者も、最近、三車線の真ん中を運転していて、脇のショッピングモールから出てきた車にぶつけられそうになりました。主要道路に合流するには、いきなり真ん中の車線に出て来てはいけないはずです。見てみると、大人の無免許運転風の様子でした。
たとえ、免許を持っていないにしても、車はいかようにも手に入ります。それこそ、ブラックマーケットでは、選り取り緑なのでしょう。よく見かけるのは、ボロボロになった日本製の小型車です。日本車は長持ちするので、重宝されているようです。
一方、無免許ということは、保険にも入っていないことを意味し、万が一、事故が起きた場合、被害者が泣き寝入りするケースも多いのです。保険業界や加入者にも、負担が増えます。
そんなこんなで登場したのが今回の法案なのですが、合法的滞在の条件を落とすことで、門戸を大きく広げています。今後、この法案は、州下院での審議の後、州知事のお墨付きが必要となります。昨年、デイヴィス知事は、セキュリティーの観点で問題ありと、類似の法案に対し拒否権を行使しているので、今年の法案も、行方は定かではありません。
ちなみに、不法移民がアメリカで子供を持った場合、その子は米国市民となるので、免許取得にはまったく問題はありません。
また、疑問に思われた方も多いと思いますが、そもそも、不法移民の摘発は、そう簡単なことではないのです。たとえば窃盗などの別件で逮捕されたにしても、被疑者や目撃者の法的身分を問わない方針の警察署が多いからです。摘発されるのを恐れ、犯罪捜査に協力しない人が出ることを防ぐためです。また、国の移民法が複雑で、それに精通するための警察官の教育が困難という要因もあります。
<アンケートは手短に>
最後に、車に関するユーザーアンケートのお話です。毎年、この時期になると、J.D. Power and Associatesという調査会社から、各メーカーのブランド別信頼性ランキングが発表されます。今年は、トヨタのLexusが一位となり、同社の調査では9年連続トップという快挙を成し遂げました。以下、Infiniti(日産のプレミアムブランド)、GMのBuick、ポルシェ、ホンダのAcuraと続きます。
今回のアンケートは、2000年に新車を購入した人が対象となっており、過去3年間で、100台当たり、平均いくつの故障や問題が挙げられたかを指数としています。業界の平均値は、273となっています。
アメリカの三大オートメーカーで平均値をクリアしたのは、GMのビューイック、キャデラック、フォードのリンカーンなどです。高級車のイメージの強いメルセデスベンツは、指数318で、下位にランクインしています(MクラスのSUVに一部起因するとされています)。
2ヶ月ほど前、筆者もJ.D. Powerからアンケート用紙を受け取っていました。日頃、いろんな調査対象に選ばれないと不満を持っているので、喜び勇んで、鼻歌まじりで回答し始めました。最初は、品質に関する一般的な質問から始まり、ページをめくっていくと、文字通り、パーツひとつひとつに関する質問が並んでいます。項目は車の内外すべてに及び、十数ページ続きます。
結局、"こんなものに答えている暇なない!" と、回答半ばで用紙をビリビリに破き、ゴミ箱に捨ててしまいました。まさか、あとでこの話題を書くことになるとは思ってもいないし、VIN番号など個人情報が入っていたので廃棄処分にしたのです。
アンケート結果の記事を読みながら、信頼性ランキング自体よりも、一体にせっかちな人の多いアメリカで、5万5千もの人がこのアンケートに返事したことの方が驚きだと感じた次第です。同封されていた1ドルの新札では、とても割に合わない労力なのに。
日頃は、ペースの速い毎日に追われ余裕のないアメリカ人も、車のこととなると、優先順位が高くなるのかもしれませんね。
夏来 潤(なつき じゅん)
景気と雇用:まだまだ厳しい状況です
- 2003年06月17日
- 業界情報
Vol. 47
景気と雇用:まだまだ厳しい状況です
先日、サンノゼとロスアンジェルスが、あるランキングで仲良く全米トップになりました。道路が国中で一番荒れているという、名誉も何もないトップの座です。お陰で、タイヤ交換やアラインメント調整など、他の都市に比べ、年間一人当たり600ドルも余分に車の修理にかかっているそうで、ただでさえ悪化している市民の家計をさらに圧迫しています。そんな上から下への財政難の中、今回は、雇用状況と職探しのお話をいたしましょう。
<失業率>
6月上旬、労働省(the Labor Department)が発表した統計によると、5月の全米の失業率は、1984年以来最悪の6.1パーセントを記録しました。2001年初頭、ブッシュ大統領が就任して以来、職を失った人は250万人にも達します(前クリントン政権の終わり際には、4.2パーセントの失業率でした)。しかし、企業の人減らしはピークを過ぎ、4月、5月は従業員が若干増える傾向にある、と労働省は説明しています。
けれども、こういった増員は、ごく一部の分野に限られており、ローンの利子の引き下げに煽られ、需要に追いつかない住宅業界くらいなものです。製造業では34ヶ月連続で人員削減が続き、航空・ホテル業界は、過去2年間で8パーセント就業人員を減らしました。小売業、出版業界、通信業界は、5月に入ってもなお人減らしを続けています(労働省発表)。ハイテク産業全体では、2001年から2年間で1割の従事者が減り、510万人となっています(米電子工業協会発表)。
その一方で、臨時雇用者数は増加傾向にあり、正社員を増やす前に、今いるスタッフで乗り切る、それで駄目なら臨時を雇う、といった企業の雇用パターンが見えています。米国経済の3分の2を支える個人消費は、5月には、イラク戦争の影響で落ち込みを見せた前月から若干戻しましたが、売り上げが伸びているのは、高級衣料品店や家具店など一部に限られます。税金カットくらいしか思いつかない現政権の政策では、景気が素早く回復し、雇用が爆発的に増加するというのは、"絵に描いたもち "かもしれません。
シリコンバレーでも、全米のパターンと似ていて、人員削減のピークは超え、少し落ち着きを取り戻したところです。企業のスリム化もさることながら、倒産するべき会社は、大部分倒産してしまったというのが実際のところではあります。Economy.comの予測によると、全米でのIT投資は、今年後半6パーセント、来年は11パーセント伸びるとしています。これに刺激され、シリコンバレーでは、今年末から就業人員がプラスに転じ始め、来年末には、現時点に比べ1パーセント強雇用者が増えている、と同社は予想しています。しかし、現在、サンタクララ郡で仕事を探している人は約7万7千人に上り、来年増えると予測される1万7千の職では、焼け石に水の状態です。
サンタクララ郡での雇用の推移を見てみると、1990年代前半、80万人で安定していた就業者数は、1995年以降、毎年増加の一途をたどり、2000年12月、107万人でピークを迎えました。その後、たった2年で19万人減り、今に至っています。2001年以降、実に5人にひとりが職を失ったことになります。
こういった状況のもと、共働きがシングルインカムになったり、今までより低いポジションに移ったり、違う職種に鞍替えしたりと、対応は様々です(昨年11月ご紹介した、不動産業界への転向もそのひとつです)。仕事に追われ、先延ばしにしていた子育てに切り換えるキャリアウーマンも少なくなく、ちょっとしたベビーブームが見られます。シリコンバレーに見切りをつけ、州内外の生活費の安い地域に出て行く家族もいます。法律上、年齢でふるいに掛けてはいけないことになっていますが、業界に何十年も勤めたベテランほど、厳しい状況に置かれているのも事実で、今までの経験を生かし、学校の先生に転向する人もいるようです。
現在、サンタクララ郡の失業率は8.3パーセントと言われますが、当然ながら、その中に数えられるのは、積極的に職探しをしている人に限られます。今は景気をにらみ復帰を見合わせたり、学校に戻ったりといった潜在的な数値は含まれていません。
ある経済学者によると、就労年齢人口の就業率(職探しをしている人数も含む)は、2001年以降減る傾向にあり、現在全米で、150万人ほどが景気回復を望み小休止している、と試算しています。そういった人を含めると、アメリカの失業率は7パーセントとなるそうです。やむを得ず、パートの職に就いている人も合わせると、10パーセントを超えるということです。
<ジョブ・フェアーはいずこ?>
6月9日にサンタクララでの開催が予定されていたジョブ・フェアーが、急遽キャンセルとなりました。人を雇いたいと集まった会社が、たった12社しかいなかったからです。これは、BrassRingという雇用分野のソフトウェア・サービス会社(本社マサチューセッツ州)が、年に数回開いていた就職勧誘の催しで、同社は今後サンタクララの従業員を4分の1に減らし、今年はもうジョブ・フェアーを開催しないと発表しています。
このジョブ・フェアーは、BrassRingの買収以前、Westechキャリア・エキスポと呼ばれていたもので、シリコンバレーの多くの従業員が、一度はお世話になったことのある就職フェアーです。アメリカ、とくにシリコンバレーでは頻繁に転職する風土もあって、2000年のピーク時には、500社以上が、会場のサンタクララ・コンベンションセンターを埋め尽くしていました。
ジョブフェアーに参加する会社は、人事担当の社員をここに派遣し、職探しをしている人たちは、彼らに履歴書をばら撒きます。運が良ければ、後日会社に呼ばれ、面接、採用となります(面接官となるのは、通常10人は下りませんので、一日がかりだったりします)。
今回、BrassRingジョブ・フェアーは急遽キャンセルとなりましたが、こちらの競合となる、マーキュリー新聞社主催の就職フェアーの方は、今年はあと4回開かれる予定です。ですから、まったく道が閉ざされたわけではありません。が、ハイテク産業従事者にとっては、これで出会いの機会がひとつ減ってしまったわけです。
2000年3月にインターネット・バブルがはじけて以来、2年くらいは、まだまだお祭り気分が抜け切れていませんでした。就職活動にもそれは如実に表れていて、ドットコムのメッカだったサンフランシスコでは、"ピンクスリップ・パーティー" なるものが登場しました。何となくいかがわしい響きですが、実は、真面目な就職活動なのです。名前のピンクスリップ(a pink slip)は、解雇通知を意味し、パーティーとされるのは、飲み屋で開かれるからです。
会場のバーには、雇いたい側と、雇ってもらいたい側が千人ほど詰めかけ、前者は名札に緑の丸印を、後者は赤の丸印を付け、お互いを見分けます。PDAで名刺交換をしたり、手持ちのパソコンで自分のウェブサイトを宣伝したり、履歴書を貼り付けた掲示板を掲げたり、と会場はごったがえします。お酒は半額だし、飲みながらリラックスして話ができると非常な好評を得ていて、この手のパーティーは、シリコンバレーにも飛び火していたものでした。実際、ここで雇用が決まった例もたくさんあったようです。
参加者の少なくとも半分は職探しをしているのに、悲壮感をみじんも感じさせないところが、当時のハイテク業界の心理を物語っています。
話は少々脱線しますが、先日、ピアノを調律してもった時、景気はどうなのかとベテラン調律師に質問すると、ここ2、3ヶ月だめだったけど、ちょっと戻って来ているよと答えます。3、4年前のドットコム・ブームの時は、さぞかし忙しかっただろうと聞くと、首を振り、"いやあ、ぜんぜんだめだねえ" と言います。"ああいう人たちは、お金が入ると、5万ドルの車や、2百万ドルの豪邸をぽんと買っちゃうからね。ピアノなんかにはお金を使わないんだよ" と。
彼によると、そこが東海岸と西海岸の違いだそうで、あちら(東)ではお金があると、おばあちゃんからもらった大切なスタインウェイを修理して使おうとするけれど、こちら(西)では、ちょっと古くなると、修理なんかせずに、新しいのに買い換えてしまうと言います。こっちの金はしょせん "あぶく銭(quick money)" だからねという彼の説は、なかなか説得力がありました。
振り返ってみると、あの大騒ぎは、19世紀半ばのゴールドラッシュの頃と、あまり変わりはなかったようです。今は、そういったあぶく銭も、どこへやら行ってしまいましたが。会社のジェット機(a corporate jet)も、ランチでコルクを抜いていた一本200ドルのオーパス・ワン(Opus One)も、遠い昔話です。
しかし、どんなに苦しくとも、近頃とみに防衛費で潤うバージニア州北部(別名 "Dulles Corridor")のように、連邦政府の金で身を立てるなどは、西部開拓時代の独立精神にも劣るというものです。州のモットー"Eureka" に象徴されるように、常に新しいものを探し求めるのが、カリフォルニアのスタイルなのです。(Eurekaとは、ギリシャ語で"見つけた!"という意味で、金鉱の発見とその後の繁栄を指します。)
<気を引く履歴書>
就職活動というと、日本では、大学生が真新しいスーツを着込んでの企業訪問というイメージが強いですが、転職や解雇の多いアメリカでは、年齢を問わず、いやがうえにも経験することになります。
こちらではリクルート雑誌などはないですが、新聞の求人広告、Monster.comを始めとするオンライン転職サイト、前述の就職フェアーなど、手段は様々です。ヘッドハンティング会社も、エグゼクティブのポジションに限らず、頻繁に利用されます。この場合、就職が決まると、雇われた人の年収の三十数パーセントを、手数料として雇い主が支払います。
いずれにしても、履歴書が一番の鍵となるわけですが、この履歴書の書き方で、明らかに日本と違うところがあります。年齢、性別を明記せず、写真など貼らないところです。
アメリカ式履歴書には、決められたフォーマットはありませんが、ポピュラーなスタイルは、まず、何をしたいかの自分のゴール(Objective)から始まります。たとえば、"世界の檜舞台で、責任あるマーケティングの仕事をしたい" などです。そして、どうして自分がそれにフィットするのか(Qualifications)を箇条書きで述べます。次に、職歴を最新のものから順に並べ、学歴はそのあとです。通常、最終学歴と専攻分野しか載せません。"あくまでも簡潔に" がモットーなのです。
本当かどうかは知りませんが、履歴書の3割に嘘が含まれていると、どこかで読んだことがあります。勤めた会社を偽ったり、勤続年数を増やしたりというのが、なきにしもあらずなのです。
アメリカの場合、学歴などよりも、今までどんな職歴を積んで来たかが問題となるので、ちょっと色を付けようという心理も、わからないではありません。今は卒業シーズンですが、特に、学校を出たての若い層は、職歴を積みたいが、職歴がないので雇ってもらえない、という "にわとりと卵" のようなジレンマに陥ります。学位や夏休みのインターンシップでは不十分、と解釈されることもあるのです。
一方、ある程度職歴を積んだ人の間では、有利な給与交渉をしようと、以前の職場での報酬を膨らますのも、よくある嘘だそうです。
しかし、どんなに誘惑が強くても、偽りはいけません。こちらでは興信所(private investigators)までは使わなくとも、身元調査(background check)は簡単にできるので、基本的な事を偽ると、すぐに見破れてしまいます。行ってもいない学校を学歴とするなどは、最も愚かな嘘だとキャリアカウンセラーは指摘します。今は、何でもデータベース化が進んでいるので、身元調査のオンライン会社が何十もひしめき、安価なサービス料で、ターゲットとなる人を瞬時に調べ上げてくれるのです。
こういった調査対象は、何も就職希望者に限らず、たとえば、老舗のUS Searchなどは、たった30ドルで、ベビーシッターや子供の教育係、家の改修工事の請負人など、誰でも素性を調べてくれます。こういった職種に犯罪歴があると困りますから。昔のクラスメートや恋人の行方なども、得意分野としています。
いずれにしても、転職天国だったハイテクブームの頃から一転し、今は雇い主に有利な状況となっています。働く側からすると、少ない人数で、より多くの仕事をこなさなければいけないわけですが、あまり文句も言えません。ちょっと前までは、いい人を引き抜こうと、花束やワインの盛り合わせを目当ての人の自宅に送っていましたが、今は立場が逆転し、雇ってもらえそうな人にクッキーでも贈った方がいいかしら?という時代になりました。古くさい方法ではありますが、知り合いのつてや同窓会など、人のネットワークも大切な手段となっています。
<マクドナルド大好き?>
最後に、ファーストフード界のお話です。業界最大手のマクドナルドは、新しいスローガンを発表しました。"I’m lovin’ it(大好きさっ)" です。秋には、今までのスローガン"We love to see you smile(みなさんの笑顔を見せてください)" からこちらに変更され、今後2年間、世界各地の支店で使われるそうです。若い、おしゃれな顧客層や子供たちの心をつかもうと、今回の変更を決定したと発表されています。
マクドナルドというと、前四半期で赤字を出したこともあり、支店数をむやみに増やすことよりも、既存の支店に顧客を増やせるよう路線変更していくようです。
この新スローガンの発表にひっかけ、ビジネスニュース専門のCNBC局では、もっといいスローガンはないかと、視聴者からメールで募りました。さすがにマクドナルドともなると、人々の関心は高く、相当数集まったようです。たとえば、"McYummy!(マックおいしい!)" とか、"Ooooh, I’m stuffed!(ウ~腹いっぱい!)" と、かなり直球のものもあります。中には、こんなのもありました。"Don’t sue us even if you’re fat(あんたが太ってるからって、私たちを訴えないでよ)"。
最後の投書は、実際に起こった例をもじっています。一年ほど前、ニューヨークに住む50代の男性が、マクドナルドを始め、ファーストフードの大御所4社を訴えたのです。自分は今まで長い間、週に5、6回の割りでハンバーガーを食べていた。今となっては、肥満どころか、それに付随する健康障害に悩まされているが、それは、あんた方4社が、ファーストフードは食べ過ぎると体に悪いという事実を隠していたからだ、というものです。
その後、同じくニューヨークで、低所得地域の子供たちを代表し、類似の訴えが起こりました。両親が長時間働いていて、子供たちはハンバーガーしか食べるものがなかった。なのに、企業は健康に対する影響を大人たちに明確に説明しておらず、結果的に、子供たちが高コレステロール、糖尿病、心臓障害に悩まされているという内容です。筆者の知る限り、後者のケースは裁判官に退けられましたが、これが最後の事例には決してならないでしょう。
夏来 潤(なつき じゅん)
英語の話:日本語と違うから苦労しますね
- 2003年05月30日
- 歴史・風土
Vol. 46
英語の話:日本語と違うから苦労しますね
ゴールデンウィークを日本で過ごしました。久方ぶりに日本のいい季節を満喫し、満足して帰って来ました。アメリカに戻って来ると、相変わらず、牛乳がまずいし、コーヒーがまずい(濃い、薄いの問題ではなく、豆自体がおいしくない)、新ジャガや新キャベツといった食の季節感もない。おまけに、水のせいで髪が痛む、といった生活に逆戻りです。いいことと言ったら、一本150円のプレミアム・バナナを買わなくても、毎朝おいしいバナナにありつけることでしょうか。
日本での記憶も新しい中、今回はちょっと趣向を変え、英語のお話などをしてみたいと思います。
<日本語の表現力>
ふたつの国を行ったり来たりしていると、自分の思考回路が、行く場所によってスイッチするのに気付きます。日本の生活に馴染んでくると、時々、カリフォルニアで考えていた事を思い出せない、と言うよりも、意識の下に潜ってしまうことがあります。そういう時に、"アメリカでは、どうなっているの?" と聞かれても、咄嗟に "どうだったかなあ?" と考えてしまいます。
もちろんそれは、多分にまわりの環境によるのでしょうが、使う言語にもよるのだと思います。日本語に囲まれると、その言語で構築された回路が働き、英語の場合だと、それ専用の回路が働くようです。日本語の回路が働いている時、頭は日本語で蓄積したデータをリトリーブ(検索)して来るので、英語でインプットされた、別の扉の中にあるアメリカの話をするのは、結構難しいようです(そういう時は、頭の中で、瞬間的な同時通訳が必要になります。時々、しっくり通訳できない単語に出会い、しどろもどろになったり、もどかしい思いをしたりします)。
前置きが長くなりましたが、他の言語に比べ、日本語がとても便利だと実感する点があります。それは、擬音語や擬態語に優れているというところです。
たとえば、今、女子高生の間では、折りたたみ式携帯電話のことを "パカパカ" と言うらしいですが、これなどは、新しい擬態語(擬音語?)で、ほほえましい感じがします。日本語の乱れと言えなくもないですが、それだけ、ケータイに愛着を持っている表れだと思います。
音の表現にしても、"ピーヒャラララ" と言えば、祭囃子の笛の音だし、"ピーヒョロロロ" と言えば、とんびの鳴き声です。まさに的を射ているなと、日本語の回路を使っている脳は感じます。
ご存知の通り、英語にも擬音語・擬態語はあります。たとえば、何かが爆発した時、"ブーム!(Boom!)" と言いますが、これはまあうなずけます。でも、猫が "ミアウ(meow)" で牛が "ムー(moo)" というのは、どうしても違うような気がしてなりません。
鳥のさえずりをあまり区別せず、十把一絡げに chirp という動詞で済ませてしまうのも、言葉に色がありません。日本語で使う、すずめの"チュンチュン"やうぐいすの"ホーホケキョ" を見習うべきだと思ったりします。それとも、彼らの回路には、同じに聞こえるのでしょうか。
犬がウーッとうなっているのを growl と言いますが、この単語は、人ががみがみとおこっているのにも使われます。遠吠えを意味する howl も、狼など獣の遠吠えと、人のわめき声両方に使われます。英語では、動物と人間の区別もあまり明確ではないようで、何となく違和感を覚えます。
言語学上、擬態語の部類に入るのかはよく知りませんが、窓ガラスが粉々に割れた時に shatter と言ったり、指をぱちんとはじくことを snap fingers と言ったりします。これなどは、お粗末な英語の擬音に比べると、まだ許せる気がします。
Snap という単語は、Snap out of it! 「いい加減、目を覚ませよ!」や、He snapped 「彼切れちゃったよ」という使われ方もするので、まさに "ぱちん" といったところなのでしょう。
英語独特の表現に、こういうのがあります。恋しい人を見かけて、I have butterflies in my stomach と言います。直訳すると「わたし、お腹の中に蝶々がいっぱいいるの」ですが、「(あの人を見ると)ドキドキしちゃうわ」という意味です。
「ブリキの耳(a tin ear)」というのは、映画『オズの魔法使い』に出てくるブリキのお兄さんの耳ではありません。音痴という意味です。耳がブリキでできているので、音が聞き分けられないということでしょうか。こういうのは、なかなかおもしろい表現方法だと思います。
<日本語転じて英語>
ご存知の通り、日本の言語や文化を見習って、英語になってしまった日本の単語も多々あります。やはり名詞が圧倒的に多いですが、たとえば、池に泳ぐコイ(どちらかと言うと、"コーイ" と発音)や、盆栽(みんな間違って "ボンザイ" と発音)などは、その代表的なものです。
大根は、"ダイコン・ラディッシュ" だし、神戸牛は、"コーベ・ビーフ"。昆布は、kombu と書かれます。どの文化でも受けているカラオケなどは、世界各国どこでも通じるのかもしれません(ただし、英語の場合は、"キャリオキー" と発音するので、要注意です。同様に、椎茸も、"シイタキー"、それがなまって "シイラキー" などと発音されるので、何のことだかわからないことがあります)。
変な話ですが、南部生まれの筆者の元上司は、子供の頃、ジーンズの宣伝に "sukoshi bit" という言葉が登場したので、"少し(sukoshi)" という単語を、少しと言う意味の英語だと思っていたらしいです。言葉の垣根が、だんだん低くなって来ているのかもしれません。
<三者三様>
言語の話は続きます。今回、筆者は日本に3週間もいたので、戻って来た時に、英語を忘れてしまったのではないかと心配していました。さすがに舌の方は、少々リハビリが必要でしたが、脳の回路は、そんなに短期間では壊れはしないようです。それどころか、脳はちゃんと適材適所をわきまえていて、どっちの回路を使うのか、すぐにスイッチしてくれます。どの人としゃべるのはどの言語と、きちんと把握しているようです(英語の練習のために、家では英語を使おうという方法は、この点であまりうまくいかないのかもしれません。家族との経験など、すべてが日本語の方で蓄積されているからです)。
時に回路がショートし、ふたつの回路がごっちゃになることがありますが、そうなると、へんてこな単語を作り出したりします。いつか筆者の頭の中で「ニューシャ」という言葉が鳴り響きました。新車のことです。
以前ちょっと登場した筆者の姉などは、長いこと住むヨーロッパにすっかり順応してしまったせいで、日本語が完全におかしくなっています。単語を忘れ、現地のドイツ語の単語が出てくるのは当然の事ですが、表現の仕方がドイツ語式になっていて、それにぱらぱらと日本語の語順と単語を当てはめた形になっています。
ドイツ語と英語の間では、単語や表現に似通った点も多々あり、筆者は何となくわかってあげられますが、インド・ヨーロッパ系言語に慣れていない人だと、理解するのにひと苦労だと思います。彼女の方も、母国語で伝えようと必死なのですが、日本語の回路がどこぞに隠れてしまっているようです。
おもしろいことに、言語のスイッチなど、まったく意に介さない人もいます。空港から家路に向かう車を運転してくれた人物が言うに、彼が母国のメキシコにひと月帰ると、すっかりスペイン語に慣れてしまい、アメリカに戻って来ると、あたりかまわずスペイン語でしゃべり始めるそうです。仕事場でも、上司は何を言っているのかわからず、目を白黒させるらしいですが、これなどは、ラテン系言語の話し手の特徴と言えるかもしれません。口から先に生まれたのではないかと思うくらい、口達者な人が多く、文法や単語が少々間違っていても、あまり気にする様子を見せません。
何と言っても、言葉は自分の思っていることを伝えるためにあるわけで、どんなに美しくない形であろうと、伝えられた人の勝ちなのです。表現が美しくなければ、言葉数で勝負です。"下手な鉄砲" の論理なのです。ごちゃごちゃと "言語の回路" などと言っているようでは、議論に負けてしまうのかもしれません。
<神話の里>
最後に、英語からは、まったくかけ離れたお話です。今頃何をと思われるかもしれませんが、筆者は、近頃、沖縄の歌にはまっています(日本では、NHKドラマ『ちゅらさん2』が終わったというのに、ベイエリアでは、ようやくオリジナルの『ちゅらさん』が終わったところで、沖縄熱が伝わるのに、かなりの時差があるのです)。
伝統的な "ティンサグの花"、60年代の反戦歌 "さとうきび畑"、そして、BEGINの "島人(しまんちゅ)ぬ宝" などは、一日に一回は聞いています。
残念ながら、沖縄には行ったことがないので、どんなにいい所かと想像しているだけなのですが、きっといい人もたくさんの土地なのでしょう。BEGINのメインボーカルの比嘉栄昇氏は、いかにも沖縄の人といった感じのする方ですが、彼は、世界中いろんな所で、"あなたは、私の親戚にそっくりだ" と言われるそうです。どの国にも必ずひとりはいそうな顔なのかもしれませんが、その福々しい面持ちから、"お金貸してちょうだい" と、見ず知らずの人から頼まれるらしいです。
さて、福々しい顔と言えば、大黒さんと恵比寿さんですが、実はこのふたりは親子だとする説が存在することを、今回、旅行先の島根で初めて知りました。一般的に、古事記に出てくる大国主の命(おおくにぬしのみこと)は、大黒様とされていますが、えびす様というのは、その子の事代主の命(ことしろぬしのみこと)だという説です。
ちょっと浮世離れしたお話で恐縮ですが、大国主は、出雲の国を作り、日本を広く平定した神で、福の神、平和の神、そして農耕・医療の神として崇められていた重要な神です。かの有名な稲羽(因幡)の白兎を助けた、徳の高い神です。
その子の事代主も、その名の示す通り、言葉を知り、判断力の優れた神とされ、大国主を継ぎ、出雲の地で国政を司っていました。古事記によると、大国主の命は、暴れん坊の神とされる、須佐之男の命(すさのおのみこと)から6代目の子孫にあたります(日本書紀では、須佐之男の子とされています)。
ある時、須佐之男の姉、天照らす大御神が "葦原の中つ国(日本の古名)を私の子に譲りなさい" と言い出し、出雲の国が譲られることとなりました(国譲り)。その際、代わりにと、大国主を奉るために、壮大な出雲大社が建てられました。一方、息子の事代主の方は、出雲市から少し離れた島根半島の先端の港、美保の関に常駐していたので、この地に美保神社の祭神として奉られています。
この美保の関は、隠岐、北陸、朝鮮半島との海上交通の拠点として重要な港だっただけではなく、豊かな海に囲まれ漁港としても発展した場所です。海で生業を立てる上で、大漁、海上安全、商売繁盛をえびす様にお願いする "えびす信仰" が地元にはあり、それが美保神社の祭神である事代主と、いつの間にか同化したようです。古事記の中にも、事代主が美保の関で漁に出ていたというくだりがあり、これでさらに深くえびす様と結びついたのかもしれません。
美保の関で宿泊した旅館の若旦那も、大黒様とえびす様は親子で、父親は西の出雲大社に、息子は東の美保神社に奉られているのです、と説明してくれました。
そして、自身の街の話になると、美保の関の漁師は、海がちょっとしけると、もう漁に出るのを止めてしまい、山陰の漁師達に "軟弱だ" と呼ばれていると言います。そういえば、楽しみにしていた遊覧船も、しけのためという理由で出なかったです。豊かな港であったため、古くから、あくせくしないで働く素地ができているのかもしれません(穏やかな港内から、リアス式海岸の外海に出ると、途端に海が荒れているということも事実です)。
にこにこと笑いながら "軟弱漁師" の話をしてくれた若旦那も、まさに美保の関にふさわしい感じの方でした。
日本国内を歩くと、いろいろと謎に出会います。まだまだ知らないことだらけです。神話の里、出雲地方も、そういったおもしろい謎をたくさん隠し持った所でした。出雲で生まれ育った元上司から、島根はいい所だと聞いていましたが、その言葉の意味がようやくわかった旅となりました。
追記:神話については、錦織好孝氏編『出雲の神話ガイドブック』を参考にさせていただきました。神々の表記も、これに従いました。
夏来 潤(なつき じゅん)
情報の値打ち:盗まれると高くつくもの
- 2003年04月15日
- 業界情報
Vol. 45
情報の値打ち:盗まれると高くつくもの
以前、情報社会のセキュリティー問題について触れたことがありました(2002年2月20日掲載、"情報社会:あなたも見られているかもしれません")。今回も、日頃何気なく扱っている情報が、いろんな方面で狙われている状況をつづってみたいと思います。
<守るべき情報>
以前、台湾に出張した時のことです。サンフランシスコからの飛行機で隣り合わせた男性は、どう見てもハイテク産業の人です。しかし、飛行中、筆者がパソコンを扱っているのを尻目に、彼は雑誌などを読んでリラックスしています。ずいぶん余裕のある人だなと感心しつつも、自分の事で手一杯、話をすることもありませんでした。
ホテルにチェックインし、レストランに降りて行くと、偶然その彼と鉢合わせしました。飛行機ではろくに話もしていないのに、右も左もわからない所で頼りになる友人に出会ったような気分で、彼とその同僚と、3人で夕食をともにすることになりました。そこでわかったのは、彼がネットワーク機器の3Comで働き、過去何回も台湾に来ているということでした。そして、彼は筆者にこう忠告するのです。飛行機の中では、隣にどんな人が座っているかわからない。だから、僕が台湾に来る時などは、会社のメールを読んだり、プレゼン用資料を作ったりと情報が盗まれるような事はしない、と。
アジアの人々に対し、ずいぶん失敬な事を言う奴だなと思いつつ、その晩はご馳走になったので、事を荒立てず、おとなしく聞いていました。しかし、そのような話はまったく根拠がないかと言うと、そうでもないらしく、新製品の類似品が、発表とほぼ同時に他でも出ていた、という話も時々耳にします。
現に、最近取り沙汰されている中で、シスコ・システムズのケースがあります。シスコが、特許侵害の疑いで、中国最大のテレコム機器の会社を訴えているのです。Huawei Technologiesのルータ製品に、シスコの類似製品のソースコードが使われている疑いがあり、使った側も、第三者からシスコのコードが入ったハードディスクを受け取り、その中身を製品開発に使った、と認めています。
問題の箇所をルータOSから削除し、製品自体は市場から撤去したので、事態は収拾が付いたとするHuaweiに対し、シスコ側は、コードは完全に削除されてはいないし、同製品は今も中国市場で売られている、と訴え出ています。
この法廷での争いは、まだまだ続くようですが、世界の常識は、いまだ "ソフトウェアをコピーして何が悪い?" というレベルなのかもしれません。海賊版ソフトの利用は、世界的に見ると、徐々に減って来てはいるようですが、海賊版利用率が最低のアメリカでも、正規のビジネスソフト導入数の25パーセントにもなるそうです。世界的には40パーセントで、中には、中国の92パーセント、ロシアの87パーセント、という驚くべき数値も存在します(4月2日発表のthe Business Software Alliance/IDC調査結果)。
この調査では、エジプト、アイルランド、韓国など、海賊版普及率が減少している国々では、明らかにIT投資が増えているとされています。
テクノロジー会社にとっては、著作権の意識が低い地域への海外進出は、まだまだ "いばらの道" と言えるのかもしれません。
<無形盗難品>
近頃は、盗まれる物もずいぶん無形化し、ネットワークもその筆頭に挙げられます。昨年7月Wi-Fiのお話の中でご紹介したように、その中でも、ワイヤレスネットワークは、無断借用の格好のターゲットとなっています。IEEE802.11規格製品を導入したのはいいけれど、企業や一般ユーザに限らず、セキュリティ対策を怠る人が多く、無防備なネットワークがあちらこちらに存在するのです。
アメリカではそういった場合、俗に"hobo"と呼ばれるおたく達が、ただでインターネットを使わせてもらおうと、他人のネットワークに乗っかって来ます("hobo"という名は、大恐慌時代、ホームレス達がタダで食べ物にありつける場所に目印を付けたところから来ています。現代のhobos達は、路上や建物に目印をつけることを"war chalking"と呼んでいます)。
また、近頃は、ハッカー達も自分の部屋に引きこもっているばかりではありません。街中を車で動き廻り、"drive-by hackers"と異名を取っていますが、彼らにとって、インターネットで無料調達したソフトウェアと、車の屋根に取り付けたアンテナさえあれば、無防備な餌食を見つけることは簡単なのです。
彼らが盗むものは、会社の機密情報に留まりません。最近は、オンライン・バンキングなどが進んでいるので、一般家庭の銀行口座や税金申告に関するデータも、簡単に盗まれてしまいます。店舗や病院、学校など、ワイヤレスを使ってネットワークを組んでいる所も多いので、顧客のクレジットカード番号、患者のカルテ、生徒の成績、と盗難の対象分野は多岐にわたります。
大型電器店チェーンのBestBuyなどは、ワイヤレスのキャッシュレジスタを採用しているので、情報の盗難防止対策として、全米500店舗の営業をお休みし、セキュリティーソフトを導入した、といった事例がありました。
ワイヤレスという点では、ホットスポットも、要注意です。最近は、スターバックスやハンバーガー屋など、いろんな所でネットアクセスが簡単にできますが、会社でファイルの共有などをしている人は、中身を見られないように留意が必要です。お隣に座っている紳士・淑女が、実は、ハッキングが趣味、ということも充分に考えられますので。
また、自宅でWi-Fiを利用していて、ご近所さんのネットワークが開かれていることがわかったにしても、覗き見するのは紳士的ではありませんね。
<データ発掘>
最近2回ほどご紹介したオンライン確定申告(e-file)を利用し、4月15日の締め切り前に、早々と申告を済ませました。大抵の場合、早めに済ませるのは、なにがしかのお金が戻って来る人達で、筆者宅もこの部類に入ります。オンライン申告なので、例年驚くほど処理が早く、返金がある場合、連邦政府も州も、申告から数日後には銀行振り込みをしてくれます。ところが、今年は、連邦税務機関(IRS)からの返金が、州より2週間も遅れました。
IRSは、一般市民が知らないところで、個人監査をしていると言われます。IRSのオフィスに呼ばれるのは、そのごく一部です。彼らが税金の払い戻しをする場合は、なおさら詳しく調べるのでしょう。ここからは、想像の域を出ませんが、今年IRSから筆者宅への振り込みが遅かったのは、政治的な理由なのかもしれません。我が家の申告者氏名が、中近東の響きに聞こえたのかもしれません(日本名ではありますが)。
2001年9月のテロ事件以降、イスラム系のビサ取得者が、何千人も移民局に捕まっています。本国のテロ組織と繋がりがある疑いを根拠としています。大部分は、ビサの期限切れなど、軽い違反で捕まり、長い間獄中生活を強いられている人もたくさんいると言われます。こういった移民局の処置を恐れ、ニューヨークなどの東海岸では、イスラム系住民が大挙してカナダに移住している、といったニュースも聞こえてきます。
人種、民族、宗教によるステレオタイプ化とそれに基づく捜査は(racial, ethnic and religious profiling)、国際法のもと禁止されてはいますが、今は緊急事態、道理は引っ込むご時世です。
びっくりする話ですが、今は図書館で借りた本も、FBIの捜査対象になります。イスラム教の経典 "コーラン"などを、髪の黒い、中近東風の若い男性が借りたとなると、すぐにテロ組織の仲間と疑いをかけられる可能性ありです。本屋で買う場合も同様です。アマゾンなどのオンライン店舗を利用し、本を購入すると、過去の購入履歴もすぐにわかるので、FBIや地元警察にとっては、格好のデータのあさり場所かもしれません。
飛行機に乗る場合も、もう個人情報のプライバシーはないも同然です。3月から一部の空港で試験的に行なわれているシステムでは、飛行機のチケットを購入した人を、こと細かくチェックします。その人物の銀行口座、確定申告内容、クレディット履歴(credit historyと呼ばれる、借金額や支払いの履歴)を、瞬時にコンピュータで調べ上げ、搭乗券がカウンターで発券される際、緑、黄、赤に色分けするのです(赤だと、要注意人物とレッテルを貼られます)。
アメリカでは、個人のSSN番号(Social Security Number、政府発行の個人ID番号)があれば、その人物について、かなりのことがわかるようになっています。社会保障制度の一環として、1960年代に始まったSSN番号制は、個人に関するデータベース化が進む現在、お目当ての人物に対する、瞬時の検索を可能にしています(SSN番号制が導入された頃は、"自分たちは数字じゃない!" と、ずいぶん反感を買ったようです)。
国民に関する電子データの検索は、"データ発掘(data mining)" テクニックとも呼ばれ、現政権のテロ対策の一部となろうとしています。"情報の完全認識プロジェクト(The Total Information Awareness project)" なる不気味な名のもと、クレジットカードの使い道、税金の支払い履歴、飛行記録、学校の成績、病院のカルテなど、個人に関する事は何でもデータベース化し、国防総省と国土安全保障省で監視しようというものです。
メールや電話での会話を、自動的に監視するソフトウェアも開発されています。さすがに、"市民の権利が著しく脅かされる疑いあり"、と上院から待ったがかかりましたが、テロ再発の可能性が依然として続く中、何をするにも、どこかで監視されているような気分は付きまといます。
<おまけ:メジャーリーグ開幕戦>
最後に野球のお話です。4月1日、オークランド・アスレティックス(A’s)のシーズン開幕戦を見に行きました。相手は、イチローのいるシアトル・マリナーズです。日本での開幕戦が、イラク戦争のお陰でキャンセルされ、これが正真正銘、両チームの開幕戦となりました。
大部分のアメリカ人は、野球シーズンが始まるのを楽しみにしていたわけですが、戦争が始まって以来、何となく後ろめたい気分にさいなまれています。"自分たちだけ楽しんでいて、いいのだろうか?" という声が、頭の中で聞こえてきます。 しかし、そこは心の切り替えがうまいアメリカ人。開幕戦は逃せません。(後ろのおじさんの、"今度は、内角低めの95マイル!" といった素人解説が、始終聞こえていました。野球場に来たのが、よっぽど嬉しかったに違いありません。)
勿論、今の情勢を思い起こす事も多々ありました。試合開始前、戦地にいるアメリカ軍のために、静かに祈りを捧げる時間(moment of silence)が設けられたり、オークランド駐屯の沿岸警備隊員が、巨大な星条旗を外野に運んで来たりしました。
7回表裏の中休みにみんなで合唱する、楽しい"Take Me Out to the Ballgame(私を野球に連れてって)"には、愛国心あふれる"God Bless America(アメリカに神の祝福あれ)"が追加されました。観客をスタジアムに入れる前は、爆弾検知犬(bomb-sniffing dogs)がダグアウトや観客席を嗅ぎ回り、万全を期したというエピソードもあります。
ひとたび試合が始まると、一番バッターのイチローには、満員の観客席からいきなりブーイングが浴びせられました。彼はこの日ノーヒットで終わりましたが、毎回ブーイングは衰えません。マリナーズの中で、彼だけが敵の熱き歓迎を受けているのを見ると、いまさらながら、彼の存在の大きさを感じます。
結局、イチローが不調、佐々木の登板なしという試合ではありましたが、日本人にとっては、長谷川が中盤の1イニング半を好投したのが、ハイライトとなりました。A’sにとっては、45年ぶりの開幕戦でのシャットアウト勝ちとなりました(前回の記録は、カンザスシティーA’sの頃です)。
実は、筆者は、二十数年前サンフランシスコに居住していた頃から、サンフランシスコ・ジャイアンツと、フットボールの49ersの大ファンなのです。対岸のオークランドA’sや、レーダースを見に行くことなど、まったく考えられませんでした(応援するなどは、魂を売るようなものです)。ところが、今年、筆者宅は、A’sのシーズンチケットを購入してしまいました。
日本人がメジャーリーグで活躍するにつれ、野球事情もずいぶん変わり、"日本人選手がたくさん見たい!" と、アメリカン・リーグ所属のA’sのチケットを買うことになったのです。昨年夏の、マリナーズがA’sをやっつけた美しい試合が、なかなか忘れられなかったのもあります(イチローが大活躍し、佐々木がうまく抑えた、絵に描いたような試合でした)。そこで、 今シーズンは、対マリナーズ、対ヤンキース戦を重点的に、20試合選びました。
親切なことに、妙なチケットの買い方を見て、ビジターである一塁側の席を分けてくれたA’sでしたが、実際スタジアムに行ってみると、ビジターを応援するなんてとんでもない。身の危険を肌で感じます。
ところが、どうしたことか、シーズンが進むにつれ、テレビでA’sの試合をやっていると、彼らを応援している自分に気付くのです。"情が移った" というのは、まさに、こういう事を言うのかもしれませんね。
夏来 潤(なつき じゅん)
イラク攻撃:ベイエリアの反応
- 2003年03月25日
- 社会・環境
Vol. 44
イラク攻撃:ベイエリアの反応
とうとうアメリカのイラク攻撃が始まってしまいました。今回は、予定を変更し、戦争に対するベイエリアの反応などを書いてみようと思います。
<反戦運動>
3月19日の夜7時過ぎ、気功のクラスからいい気分で戻って来ると、テレビではイラクへの爆撃が30分ほど前から始まっている事を伝えていました。瞑想と戦争、そのあまりの好対照に、頭は一瞬、情報処理を拒絶していました。
ちょうどその頃、冷たい雨が降りしきる中、サンフランシスコやサンノゼでは、イラク侵略に反対する街頭集会やデモンストレーションが、あちらこちらで開かれていました。
国連・安保理での討議が長引く中、全米では6割以上の人が、開戦に同意するようになりました。ひとたび攻撃が始まると、4分の3の人々が大統領を支持するようになりました。
そういった中、ベイエリアは、米国の中で最も反戦人口が集中する場所で、思想的には、アメリカの離れ小島となっています。開戦前、過半数が、戦争反対を唱えていました。1960年代、サンフランシスコやバークレーが激しい学生運動の発信地になっていた歴史を、今も受け継いでいるのです。
今回、反戦運動の原動力となっているのは、ベトナム戦争の頃に集会やデモを経験してきた世代と、若い学生達です。攻撃が始まった翌日には、朝早くから、サンフランシスコの金融・行政地区は反戦デモの人々であふれ返り、街中で混乱が続きました。この日だけで、道路や建物を封鎖した罪で、1400人が逮捕されました。翌日も、一列にずらりと並び、人間の盾となる警察との小競り合いの中、900人が連行されました。
これら逮捕者のほとんどは、活動戦略、市民の法的権利、当局とのやりとり(civil disobedience)について講義を受けている、デモの達人です。インターネット、携帯電話、PDA、ビデオレコーダで武装した彼らは、瞬時に情報交換ができるお陰で、アメーバのように、次から次へと街頭デモを変形させていきます。
イラク攻撃に異を唱えているのは、平和主義者とされる人達だけではありません。自国を守るため、過去に戦った経験のある退役軍人の中にも、今度の戦争は認めるわけにはいかないと訴える人も出ています。そういった反戦集会で、第二次世界大戦に参戦したある男性は、"イラクでは、誰も死んではいけないんだ" と力説していました。
反戦デモは各地に広がり、シカゴ、ロスアンジェルス、ニューヨークなどでも連日行なわれています。12年前の湾岸戦争と比べると、明らかに様相が異なります。あの時は、反戦のシュプレヒコールは、これほど大きくは聞こえて来ませんでした。世界中の人々が反対し、国連の同意も得られないまま踏み切った戦争の波紋は、それを起こした本国でも大きなものとなっています。
<テクノロジーと戦争>
今度の戦争は、戦略テクノロジーの進歩という点で、湾岸戦争と比較になりません。ステルス戦闘機の一種、ノースロップ・グラマンのB2爆撃機は、巡行を微調整できるGPS機能付き爆弾を発射します。もうひとつのステルス、ロッキード・マーティンのF117戦闘機は、夜間や悪天候の操縦を可能にし、"バンカー・バスター(地下壕破壊)"爆弾を正確に撃ち込むため、前方と腹側2箇所に赤外線機銃座が取り付けられています。
遠くに停泊する軍艦から発射されるトマホーク・クルーズミサイルは、地形とGPSによる巡行と、標的のデジタル認識が可能です(今回、攻撃初日にバグダッドに向けられたのが、トマホークとバンカー・バスターです)。
地上部隊はと言うと、砂漠の過酷な環境に耐え得るため、コンピュータ機器類を幾重にも抱え、さしずめ動くハイテク会社のような重装備となっています。今の戦争は、どうやら情報で戦うもののようです。
一方、戦争に関する報道でも、ちょっとした戦いになっています。視聴者がより強い刺激を求める今の報道環境の中で、少しでも早く、核心に迫った映像を伝えようと、各社凌ぎを削っています。特に、CNN、MSNBC、FoxNewsなど、ニュース専門のケーブルテレビ局は、ここぞとばかりに、24時間ほとんど宣伝も流さず、戦争報道をしています(こんな時に流れる宣伝は言うと、バケーション、ベッドのマットレス、財政難のカリフォルニアの州債などを見かけました)。
湾岸戦争で、一気にニュース局としての信用を得たCNNは、クリスチアン・アマンポーアやウルフ・ブリッツァーなどの看板リポーターにイラクの入国許可が得られず、急遽、別のリポーターを戦線に派遣しました。しかし、彼も、"報道が詳し過ぎる" とイラク情報省から追われ、今はフリーのジャーナリスト達が代用を務めています。他社もフリーのリポーターをフル活用して、軍隊の密着取材を伝えて来ます。腹部に銃弾を受けたイラク捕虜の手術の様子も、ビデオ電話で流されます。
このような絶え間ない情報の流れを支えるため、今、衛星経由の通信能力が貴重なものとなっています。国防省は、戦争を始める数ヶ月前から、インテルサット、ユーテルサットなどの民間衛星会社と契約し、通信量の強化を図っています。地上部隊、軍艦、戦闘機、空中を飛ぶ爆弾への指示に、衛星通信は不可欠なのです。
同様に、報道機関にとっても、映像をリアルタイムに本国に届けるため、衛星は必修条件となっています。軍隊と報道陣の間では、通信能力のちょっとした取り合いが生じていて、財政難に悩む小さな衛星会社などは、息を吹き返しているようです。
<市民の生活>
アメリカがイラク攻撃を開始したことで、アメリカ本土に対するテロ攻撃の可能性も高まってきました。今のところ、具体的な兆候はないようですが、ダムや発電所、空港、主要な橋に対する警備は、すかさず強化されています。フリーウェイにも、地元警察やハイウェイパトロールのパトカーが数マイル置きに配置され、市民の目にも、警戒体制の強化は如実に写ります。ローカルニュース番組でイラクのお天気が伝えられるのも、世相を反映しているわけですが、超現実的な感じがします。
これに対し、市民の間では、日常通りの生活を続けようといった努力が見られます。戦争が始まって最初の週末は、気晴らしにと、いつもより映画館やカフェが賑わったようです。また、3月は、マーチ・マッドネスと呼ばれ、大学バスケットボールのチャンピオンが決まる時期でもあります。このイベントを楽しみにしている人は、戦争報道そっちのけで、CBSやESPNのゲーム放映を毎日観戦しているようです(CBSは、この大学バスケット放映のため、戦争に関する報道は、ほとんど放棄しています)。
一方、戦争勃発のせいで、イラク系・イスラム系アメリカ人に対し、市民の不満が向けられる可能性も出てきています。実際、攻撃開始直後、あるイラク系の女性に対し、"自国に帰れ" といった、脅しの罵声が浴びせられたようです。
アメリカには、第二次世界大戦中の1942年、日系アメリカ人(アメリカ市民権を持つ人も含め)12万人を、強制収容所に入れたという暗い過去があります。この過ちを二度と繰り返さないように、市民権運動の組織などは、ホットラインを設け、準備体制を作っています。
<戦争の犠牲>
今度のイラク攻撃は、イラクの人々を、悪人サダム・フセインから救い出すということが名目となっています。"Operation Iraqi Freedom(イラク解放作戦)"と、何ともアメリカらしい、傲慢な名前が付けられています。
500万人が住むバグダッドや、南部のバスラ地域で、どれほどの民間の死傷者が出たのかはわかっていませんが、攻撃最初の2日間だけで、米国海兵隊(the U.S. Marine Corps)の6名が命を落としました。4人はヘリコプター墜落で、2人は地上の爆撃での死亡です。攻撃開始直後の記者会見で、ホワイトハウスの報道官は、犠牲が出るのは仕方のない事だ、と言い放っていました。
ヘリコプター事故で息子を亡くした、ボルティモアのウォーターズビー氏は、集まる報道陣に息子の写真を見せながら、こう訴えました。"ブッシュ大統領に、この写真をよく見て欲しい。これが私のひとり息子だ。たったひとりの息子なんだ。"
同じ事故で亡くなったオービン少佐の母親は、NBCのニュースキャスター、トム・ブロウコウとの電話インタビューで、こう答えました。息子は、国を守るという自分のミッション(使命)に、誇りを持っていた。お母さんの知らない悪いことが、イラク地域にはいっぱいあるんだ、とも言っていた。でも、テレビを見ている人達に、ひとつだけ言わせて欲しい。今のテクノロジーのお陰で、戦争の様子がこれほど手に取るように報道されるのは素晴らしい。けれども、兵士の母親、父親、奥さん達にとって、これを見なければいけないのは、殺されるのに等しいのです、と。
後記:シリコンバレーでは、今回の戦争で、期せずしてビジネスが拡大する兆候を見せる会社もあります。こういったテクノロジー企業は、軍需産業とは直接関係しないものではありますが、ここでの記述は控えさせていただきました。
夏来 潤(なつき じゅん)
2月の関心事:税金とガムテープ
- 2003年02月27日
- 社会・環境
Vol. 43
2月の関心事:税金とガムテープ
今回は、テクノロジーをちょっと離れ、筆者の体験談などを交えながら、日常のいろいろを気楽に書いてみることにいたします。
<IRSの甘い言葉>
前回お知らせした、連邦税務機関IRSのオンライン確定申告、e-file無料サービスのお話ですが、筆者は、何となくだまされた気がしてならないのです。
タダで申告ができるのかと、喜び勇んでIRSのWebサイトに行ってみました。タダの申告を指す "Free File" なるところをクリックすると、次の画面で、"始める前に" だの "主要な定義" だの "よく質問されるQ&A" だのが出てきます。それを読んでいると、面倒くさくて、まず申告者の半分が脱落するようにできています。そして、いったい誰が恩恵に与れるのか、謎は深まるばかりです。
そこで、エイヤッとばかり、"Start Now!" のボタンを押してみると、ようやく、税金ソフト会社一覧に入るヘルプボタンが出てきます。そして、ソフト会社一覧表に入ってみると、開口一番、"何これ?" でした。
17社あるソフト会社は、無料e-fileに関し、各々異なる条件を出しているのですが、今まで真面目にオンライン申告をしてきた人には、なかなか当てはまらないようにできています。たとえば、20歳以下の若い世代専用のサービスがあります。50歳以上もあります。一部の州、たとえば、アリゾナ、ジョージア、ウィスコンシンなどへの無料サービスもあります。軍隊のメンバーは歓迎というものもあります。
しかし、一番一般的な条件、収入で蹴散らされる人がほとんどなのです。申告する単位である個人か一家の年収が、ある上限を超えるとアウトなのですが、上限は、大抵の場合、3万ドルより下に設定されています。これでは、家族の誰かがハイテク産業に従事する世帯が4割を超えるシリコンバレーでは、まず恩恵に与ることはできません。
申告者の6割が該当するというe-file無料キャンペーンでしたが、これではパソコンを持っている人のほとんどは無料の条件から漏れ、プロモーションになっていないような気がします。デジタル格差(Digital Divide)をなくそうという大義名分は立派なものですが、現実とのずれが存在しているようです。
更にこだわると、"申告者の6割" という数字自体も怪しいものです。商務省統計局のデータによると、2001年現在、ひとり世帯も含め、全米世帯の収入の中間値は4万2千ドルもあるそうです(中間値とは平均値ではなく、5割の世帯はこれ以上の収入、5割はこれ以下という中間の値です)。
今のご時世、あまり文句を言うと国外につまみ出されそうなので、この辺で黙りますが、今回学ばせていただいた教訓はこうでした。連邦政府の甘い言葉には裏がある。
<病気の診断はお電話でどうぞ>
家族が風邪をひいてしまいました。具合が悪いから、家に戻るまでに、病院の予約を取って欲しいと言います。病院に電話すると、予約係からアドヴァイス・ナース(電話で応対してくれる看護師さん)に繋げられ、症状を根掘り葉掘り聞かれます。当然のことながら、本人ではないので、細かい事は答えられません。
そこで、ナースは、次回は本人に掛けさせてねと言いながら、車を運転して自宅に向かう本人の携帯に電話し、3者の電話会議に切り換えます(筆者はただ聞いているだけでしたが)。間もなくナースは症状を把握したようで、主治医にメッセージを送るから、連絡を待つようにとの指示でした。
30分後、自宅に戻った本人に主治医から電話がかかり、更なる問診の結果、今流行りの風邪だということに落ち着きました。咳と喉の薬を2種類処方するから、後で病院に取りに来るようにとの指示です。本人が自宅に電話を掛けてきてわずか1時間のうちに、病院で主治医に会うことなく、診断が下されました。
大きな病院なので、処方薬が準備されるまでに更に3時間掛かりましたが、夕方には無事薬も手に入り、本人も安心したようです。主治医にしても、風邪などの診断には、電話の問診で十分のようです。
具合が悪いと言っている本人を電話口に出せというのも酷な話のようですが、実際、筆者も、これに思い当たることがあるのです。
フロリダ州に住んでいた頃、現地の奇妙なウイルス性の病気にかかり、高熱に1週間ほどさいなまれたことがあります。病院に行き、血液を取られ、薬をもらったのはいいけれど、その薬がなかなか効きません。
数日後、高熱に苦しんでいるところに病院から電話がかかり、検査の結果、新しい薬が必要だから、取りに来るようにと言います。熱で意識が朦朧(もうろう)とする中、"薬はもらったからもういい" と電話を切ったのですが、さすがに病院もこれではいかんと思ったらしく、家族に連絡し、新しい薬を取りに来るよう指示してくれたようです。
薬の副作用はかなりひどかったのですが、間もなく病気は治り、めでたしめでたしでした。あの時、家族に連絡がなければと思うと、ぞっとする話ではあります。
<流行りのテレビ番組>
単なる四方山話です。今、アメリカのテレビ業界では、リアリティー分野なるものの花盛りで、これさえあれば視聴率が稼げると、どのテレビ局も一生懸命に新番組に取り組んでいます。リアリティーの意味は、俳優や有名人ではなく、一般人が出ているということで、日本でも放映されている "サバイバー" などが、この分野に属します(日本版の方が、オリジナルのアメリカ版よりもすさまじいかもしれません)。
実は、この分野の歴史は意外と長く、音楽番組で名を馳せたMTVが、1992年に始めた "リアル・ワールド" という番組が初代と言われています。今のリアリティー番組よりももっと素朴な企画で、ニューヨークやサンフランシスコの都会にある大きな家で、男女7人が共同生活をする様を包み隠さず描くという番組です。一種ドキュメンタリー番組のようでもあります。
その後、シーズンにひとつふたつと新しいリアリティー番組が登場しましたが、2000年から2001年にかけて、最盛期を迎えます。一般大衆から新たなポップグループを選ぶ "Making The Band" や、ヨーロッパの大人気番組を模した "Big Brother" などが話題となりました。
後者は、"リアル・ワールド"形式に、3ヶ月間他人がひとつ屋根の下で暮らす様を覗くというものですが、毎週の追放を免れ、最後に残った人は、50万ドルの賞金を獲得というひねりがあります(番組のタイトル "Big Brother" は、お上などに監視されている状況を意味しており、CBSの敷地内に作られた家には、トイレ以外どこにでもカメラが仕掛けられました)。この番組をきっかけに、voyeurism(覗き趣味)なる言葉が、一般的に使われるようにもなりました。
しかし、何と言っても、2000年6月にデビューした "サバイバー" が、この分野の王様的存在と言え、これ以降、この種の極限状態リアリティー番組がヒットチャートの常連となりました。
けれども、2001年9月に起こったテロ事件を境に、マスメディアを取巻く状況も大きく変わり、リアリティーテレビも下火となってしまいました。現実の方が、テレビ番組などよりもよっぽどインパクトが大きかったからです。
しかし、人の記憶が薄れるとともに、またしても他人の生活を覗き見たいという欲求が首をもたげ、リアリティー番組の復活となりました。ありがたいことに、暗い世相からの逃避行先ともなってくれます。けれども、今回は様相が少し異なり、恋愛物が中心となっています。
今年1月から8週に渡り放映されたふたつの番組、ABCの "Bachelorette" とFOXの "Joe Millionaire" は、サバイバー以来の、久方ぶりのリアリティー大ヒットとなりました。前者は、独身女性ひとりが、25人の独身男性の中から結婚相手を選ぶというもので、以前 "Bachelor" という名で2シリーズ放映したものの女性版となります。女性が選ぶ側に立った事で、がぜん皆の興味がそそられ、ラジオのトーク番組やインターネットのチャットでは、あの人がいい、この人がいいと大騒ぎになったようです(この種の恋愛リアリティーは、女性の視聴者が多いのです)。
一方、"Joe Millionaire" の方は、FOXらしく、癖のある番組に仕上がっています。5千万ドルを相続した男性が、20人の独身女性の中からひとりを選ぶというもので、やはり彼が相続したフランスのロワール地方のお城でロケをしています・・・という彼の話は、実は真っ赤なウソで、工事現場でブルドーザーを動かす年収2万ドルの男なのです。ただ、見掛けはいいので、付け焼刃で執事からワインの選び方などを学ぶと、ちょっとしたお金持ちに見えます。
放映の段階では、視聴者の方も彼の嘘っぱちを知らされていて、20人の金目当ての女性達(gold diggers)がおとぎ話にだまされながら、ひとり、またひとりと脱落していくのを、毎週嬉々として見ているわけです(タイトルに使われているジョーという男性名は、日本の太郎さんのようなもので、ジョー何某といった感じです)。
金がなければ、愛を繋ぎとめるのは難しいという命題に真正面から取り組んだ番組ではありましたが、結局、最後には、視聴者の方もだまされました。大方の予想を裏切り、男性は一番素朴な、田舎の学校の先生を選んでしまうのです。
そして、彼女の方も、お金が無いなら知らないわと怒って帰るかと思えば、彼の大嘘を許し、カップルとなってしまったのです。彼がお金持ちじゃない普通の人と知って、ほっとしたと言っています。
めでたくカップルとなったふたりには、FOXから百万ドルが贈られ、これには、今までウソで塗り固めてきた男性の方がびっくりでした。最終回は、視聴者4千万人を記録し、FOXは、四大ネットワークの視聴率トップに踊り出ました。
水を差すようではありますが、この手の番組で結ばれたカップルは、まず長続きしません。ひと月持てばいい方のようです。しかし、カップルが続くかどうかは、視聴者にとってはまったくどうでもいいことかもしれません。
<流行語はガムテープ>
もうすぐヴァレンタインデーと世の中が浮かれ立つ2月中旬、ブッシュ政権は、テロ対策のアドヴァイスを国民に向かって発表しました。今年1月、国土安全保障省(the Homeland Security Department)が発足して以来、初の大きな記者会見ではありましたが、結果的には、これがいい迷惑となってしまいました。
この会見は、前の週、テロ警報が "高" に上げられ、米国へのテロ攻撃の可能性が高い事を示唆したのを受け、国民にも準備を促す目的で行なわれたもので、緊急物資となる水や食料、薬、懐中電灯などを各家庭に備えておくようにという主旨でした。地震などの災害に備え赤十字が出しているガイドラインにもあるように、これらは、日頃多くの家庭が準備しているものではあります。
が、実は、その中に、余計なものが入っていたのです。それは、ガムテープとビニールシートです(日本でも防水に使われる、あの青いシートです)。
テロ攻撃は、何も爆弾によるものとは限らず、化学兵器や細菌兵器も充分に考えられます。もし、そういった攻撃方法が取られたならば、一般家庭では、身を守るために、家中の隙間をガムテープとビニールシートで埋め尽くせというのです。イスラエルでは、一家にひと部屋、ガムテープで遮蔽された場所を持つことが法律で定められているそうで、どうやらブッシュ政権はこれを真似たようです。
しかし、専門家に言わせると、化学・細菌兵器が使われた場合、その後わずか数秒で確実に被害に遭うわけで、それから悠長にガムテープを貼るなどという事はあり得ないのです。ちょっと常識のある人には、それがすぐにわかるわけですが、科学に疎いアメリカ人の多くは、Home Depotなどの大工道具の店に殺到し、ガムテープやビニールシートがあっと言う間に店から消えてしまいました。
科学者からの助言で間違いに気付いた安全保障省は、さっそく翌週、記者会見を開き、ガムテープは押入れにしまい込むようにとお達しを出しましたが、何とも恥ずかしい勘違いではありました。
この一連の大騒ぎに関し、歴史の教科書に載るほどのヒステリアだ、と表現した友人もいました。経済活性化の苦肉の策か、と皮肉を言う人もいました。
ところで、2月に入り、シリコンバレー最大の電器店Fry’sでも毒ガスマスクが売られ始め、いやがうえにも、今の状況を認識させられる今日この頃です。
<Centenarians>
最後に、おじいちゃん、おばあちゃんのお話です。昨年9月、ハワイのオアフ島に住む高齢者、イトおばあちゃんをご紹介しました(9月23日掲載"ハワイあれこれ")。彼女はアメリカで3番目の高齢者でしたが、その時ご紹介した彼女の先輩、ミシガン州のジョン・マクモラン翁が、先日、残念ながら113歳で亡くなりました。
これでイトさんは、113歳にして国で2番目の高齢者となったわけですが、一番の長寿であるメアリー・クリスチャンおばあちゃんは、カリフォルニアの人です。1889年6月生まれの同じく113歳で、イトさんより6ヶ月年上です。イトさんと同様、視聴覚は衰えていますが、頭の切れはとても良いそうです。牛肉とジャガイモが大好物で、2年ほど前までは、KFCのフライドチキンなども食べていたというスーパーおばあちゃんです。その元気さには、医者も驚くほどだそうです(メアリーおばあちゃんよりずいぶん若い筆者でも、KFCはちょっと避けたいですね)。
1906年のサンフランシスコ大地震の時は、近郊のリッチモンドにあるチョコレート工場で働いていて、床に落ちて割れたチョコレートを自宅にお持ち帰りさせてもらったわよ、と思い出話をひ孫達に披露しています。生きた歴史を後世に伝えるために、一日でも多く長生きしてもらいたいものです。(ちなみに、題名のcentenarianというのは、百歳を越えた長寿の方々のことです。)
夏来 潤(なつき じゅん)
今年の第一弾:ロボット、インターネット、ペンギン
- 2003年01月30日
- 業界情報
Vol. 42
今年の第一弾:ロボット、インターネット、ペンギン
21世紀も3年目を迎えた新年早々、ラスヴェガスで開かれたコンスーマ・エレクトロニクスショー(CES)に行って来ました。今回は、その時のこぼれ話と、インターネット利用のお話などをいたしましょう。写真も少々掲載することにいたします。
<CESその1:車内エンターテイメント>
COMDEXを追い抜くか、とも言われるこの巨大イベントは、今年2千社以上が参加し、来場者も10万人を軽く越えました。CESに関するリポートは、読み飽きた方もいらっしゃると思いますので、ここでは、あえて、前回12月の記事に関連した、軽い話題に限ります。
元来、CESは、消費者向け家電のお祭りなので、出展もその方面の会社が圧倒的に多いです。中でも、アメリカを象徴する車社会における製品・サービスには、力が入ります。今回も、フロアーに話題の車を配置し、凝った音響システムや、テレビ・DVD製品を展示する会社が目に付きました。
移動中の娯楽としては、AM・FMラジオが元祖と言えますが、その延長として、昨年、衛星ラジオのサービスが全米で始まったことを、前回の記事でご紹介しました。CESの会場でも、まず目に飛びこんできたのが、衛星ラジオ会社の宣伝合戦でした。(写真は、犬がマスコットのシリウスのテント会場)
現在、サービスを提供するのはXMとシリウスの2社ですが、家電量販チェーンBestBuyの精力的な後押しもあり、XMの方が、加入者の点で大きくリードしています(昨年第4四半期の新規加入者は、XMが14万5千人、シリウスが1万8千人。XMは累計加入者36万人と順調に伸びている反面、シリウスは年末目標の10万人には満たない模様)。
巻き返しを狙うシリウスは、今回のCESで、衛星テレビ放送にもサービスを拡張することを発表しました。初の画像送受信も披露しました。ラジオ放送用に各都市に配置した電波増幅局により、質の良い音、映像の配信が可能で、年末をターゲットに、アニメーションや教育番組などの放送を始めるとしています。現在、協賛する放送局と交渉段階にありますが、車に乗ると退屈だと騒ぎ出す子供にとっては、とてもありがたいサービスとなりそうです。
一方、大人向けには、人気局のMTVやVH1のように、音楽番組を充実していくようです。音楽分野では、シリウスが今まで培った強みも活かせます。
現在、マンハッタンの本社で、シリウスのライブ放送を担当するDJ、ホセ・マンギン氏は、音楽放送のエンターテイメント性もさることながら、ビデオ・ライブの放映を通して、金銭的に恵まれない無名のバンドを発掘して行きたい、と夢を語ってくれました。
現状では、新曲のプロモーションの際、ラジオ局に有償で放送依頼するのが慣例となっており、お金のないバンドやレコード・レーベルなどは、なかなかチャンスが掴めません。自らも、成長株のバンド演奏に飛び入り参加し、彼らの才能を熟知するマンギン氏は、若いアーティストを広く世に紹介し、現状打開に一役買いたい、と心意気を見せてくれました。(蛇足となりますが、放送を見返りに金銭を支払うシステムは、payolaと呼ばれ、半ば合法となっています。通常、indiesと呼ばれるフリーのプロモーターが、レコード会社とラジオ局を取り持ちます。イギリスの人気バンド、ジャミロクワイなどは、1996年に大ヒットとなった、"バーチャル・インサニティー" の1ヶ月間の放送に、1局当たり25万ドルを支払ったとも言われています。)
<CESその2:新手のロボット>
新しい技術がどんどん出てくるのがCESですが、ここはまた、夢を語る場でもあります。その夢の一環として、時にロボットも登場します。
前回の記事でご紹介したiRobot(アイロボット)社のおそうじロボットは、人間のヘルパー的存在でしたが、今回CESでデビューした、エボリューション・ロボティックス社のER2は、コンパニオンに一歩近づくものでした。そのうちに、古来人間の友とされてきた(血の通った)犬の立場も、危うくなるのかもしれません。
ロボティックス自体は、ホンダのアシモや、ソニーのアイボーが示すように、日本の方がリードする面が多分にあります。アシモなどは、昨年のバレンタインデーに、ニューヨーク株式市場の開始ベルを鳴らし、ヒューマノイド初の快挙を成し遂げました。テレビコマーシャルにも登場しています。
しかし、このER2ロボットもなかなか隅には置けません。一つ目小僧のような間抜けなルックスですが、セキュリティー、コミュニケーション、教育、娯楽といった分野で、20種以上のソフトウェアを用意し、かなり実用的なしっかり者なのです。
ロボットの目を通し、持ち主は、遠隔地から自宅の監視ができます。胸にあるモニターで、離れた家族とテレビ会議もできます。また、子供に本を読んであげたり、ジュークボックスに変身したりもします。腕を付けてもらえば、チェスの相手もするそうです。
エボリューション・ロボティックス社は、昨年5月、ER1というロボットを発表し、5ヶ月のベータテストの後、電器店、おもちゃ屋、アマゾンや自社のWebサイトといったルートで、発売を開始しました。値段は699ドルです(ユーザー組み立てキットは、599ドル)。
持ち主を始めとして、一度見たものはすぐに認識してしまうほど頭は賢いのに、ノートブック・パソコンに足と目が生えたような不恰好さが難点でした(バッテリー、モーター、カメラ付きのキャスターに、パソコンを広げて設置。パソコンは別売り)。
ER2は、これの後継機種で、姿の面では大きな飛躍です。アシモが映画『スターウォーズ』のC3POなら、ER2は、さしずめR2D2といったところでしょうか。年末の発売をターゲットとしており、価格は2750ドルの予定です。
協賛する会社に向けて、ソフトウェア・プラットフォームも準備され、今後、ソフトの充実も期待されます。おもちゃのバンダイは、この会社のテクノロジーを使って、2年後に猫のロボットを発売するとも発表されています。
ところで、ER2もさることながら、今回、ひょんな所で、すごいロボットを目にしました。ロボティックスとは無関係の、パソコンと家電のオールインワン製品を発売する会社のブースでした。
動きはごく原始的で、足下のローラーで移動するだけなのですが、やけに陽気で、行き交う人に寄って来ては、"こんにちは、元気?名前は?" などと声を掛けてくるのです。"日本語しゃべれる?" と聞くと、"少しね。コンニチハ" と答えます。日本語の名前も、ちゃんと聞き取り、発音します。
日本について何か知っているかと尋ねると、"スシ知っているよ。食べないけどね。マキスシなんか、見ているときれいだよね" などと、ぺらぺらしゃべるのです。
よく考えてみると、応対があまりに自然だったので、誰かが離れた所からワイヤレスで受け答えしていた可能性大なのですが、とにかく、目を引くアトラクションであったことは事実です。会場の隅っこで、カバン屋さんの隣という大きなハンディを乗り越え、客引きに成功していたようです。
追記:CESについては、リックテレコム社配信のWebサイト、月刊テレコミュニケーション・ウェブパークで、まじめな分析をさせていただいております。興味のある方は、以下のURLでご覧ください。
http://www.telecomi.biz/backnumber_tc/webpark_030128_k.htm
(現在は、このサイトは使われておりません。あしからず。)
<インターネットその1:景気と反比例?>
元旦早々、新聞の見出しは嫌なものでした。前日の大晦日の取引を最後に、市場では、ようやく痛々しい一年が終わった、と半ば諦めとも聞こえるものです。昨年一年を通し、ナスダック指標は31パーセント、ダウ平均は17パーセントの下落でした。
シリコンバレーに限ると、新たに株式公開したのは、わずか6社に留まっています。上場している307社のうち、市場がピークだった2000年3月と比べ、現在株価が上回っているのは、20社のみという状況です。
この世知辛さを反映して、年頭に行なわれたデイヴィス州知事の再就任記念パーティーでは、4年前のタキシードとキャビアの豪華絢爛から、ブルージーンズとバーベキューに格下げとなりました。
それもそのはず。カリフォルニア州は、およそ1千億ドルの年間予算に対し、向こう1年半で350億ドルが足りなくなりそうなのです。企業のスランプがたたり、当てにしていた税収が激減しているのです。テロ対策の警備や医療費の高騰にも出費がかさんでいます。これから先、帳尻会わせが大変です。困ったことに、国も、他の多くの州も、状況は似たり寄ったりで、連邦政府も助けになりそうにはありません。
一方、消費者の間でも、景気に対する不安がなかなか払拭されません。消費者自信指数はと言うと、11月に一旦上昇を見せた後、年末また下がりました。失業率の悪化、株式市場の低迷、混沌とする世界情勢など、不安材料を反映しているのです。歳末商戦も、近年稀に見る不調を記録し、景気回復にもなかなか見通しが立ちません。
この悪条件の中、意外なことに健闘を見せているのが、オンライン販売です。昨年11月と12月で、インターネット上での売上は137億ドルとなり、前年と比較し、24パーセントも上回っています(Harris Interactive社発表)。
小売サイトのアマゾンやオークションサイトのイーベイの存在感は大きく、全米の家庭の1割は、少なくとも月に一度、彼らのサイトを訪れると言います(Forrester Research社調査)。
これが販売にも結びついているようで、アマゾンの年末の売上は、前年に比べ、28パーセントも伸びています。大手に限らず、オンラインショッピングの魅力は、やはり、家にいながらにして済んでしまうところにあるようです。送料無料キャンペーンも効いているのかもしれません。
先述の、昨年公開したシリコンバレー6社の中でも、2社はオンライン事業でのデビューと、この分野の健闘ぶりを見せています。このうち、ひとつは、イーベイ上で支払いシステムを担当するPayPalです(のちにイーベイに買収されました)。
そして、もうひとつは、レンタルDVDをオンラインで運営するNetFlixです(実際の貸し出し、返却は郵送で行う)。ビデオからDVDへの切り換えの波に乗り、サービス加入者も86万人と、年末目標をクリアしました。返却日や延滞料がなく、返せば希望リストの次が借りられる、という新手のレンタル手法が受けています。今年中には、黒字を出すとも予想されており、イーベイ、ヤフー、アマゾンなどとともに、オンライン事業の注目株となっています。
インターネットと言えば、一時のドットコム・バブルの派手さは消え去り、意表を突くような話はなくなってはいますが、誰もが利用し易いサービスが増えたことで、裾野は確実に広がって来ています。本当に必要な物や、ささやかな贅沢をオンラインで安く見つける。これが、これからのトレンドなのかもしれません。
<インターネットその2:申告はオンラインでお願いします>
年が明けると、毎年4月15日の確定申告の締め切りが気になってきます。その確定申告がオンライン化され、少しずつ国民に広まって来ているお話を、昨年ご紹介いたしました(2002年3月14日と4月8日掲載)。その中で、連邦政府の税務機関、IRSが、自分達のWebサイトで、直接申告できるようにする計画があることにも触れました。
ようやく、1月に入り、IRSのサイトで、確定申告ができるようになったと発表されました。しかも、多くの人は、タダでサービスが利用できると言います。
今までは、国や州のe-file(オンライン確定申告)を利用するには、税金計算ソフトウェアを購入する必要がありました。個人データ漏洩など、インターネット上のセキュリティーに対する不安感もさることながら、このソフト購入が、e-file普及の大きな障害となっていました(一番人気の高い、イントゥイット社のTurboTaxの場合だと、国と州のソフトが合わせて90ドル、e-fileサービス料が24ドル掛かります)。
そんな中、税金ソフトを発売する会社としては、IRSが独自に無料ソフトを提供し、商売に多大な悪影響が出ることを恐れていたのでした。
事を穏便に済ませるために、IRSは、独自の税金ソフトを開発するのではなく、従来の製品を後押しすることを決定しました。IRSが、17社ある税金ソフト会社に利用料を支払い、国民が購入する肩代わりをしてくれるのです。
利用上も大きな変化はなく、基本的には、IRSのWebサイトから、各ソフト会社のサイトにリンクし、申告者が使い慣れている税金ソフトを利用する構造になっています。年齢、年収、簡略申告の有無などの条件により、利用資格に該当しない人もいますが、申告者の6割は、この制度を利用できます。
e-fileは、3都市でのテスト期間を経て、全米で広く利用できるようになったのは、3年ほど前です。その後、利用者は徐々に増加し、昨年は申告の35パーセントがオンラインでした。今年は、4割と予測されています。しかし、連邦政府は、2007年には8割がオンラインという目標を掲げており、その目標達成のため、今回のe-file無料制度が打ち出されました。
政府がここまで力を入れるのは、申告の間違いが激減し、処理スピードが速くなることによって、申告検査に携わる人件費が減ることがあります。何と言っても、毎年、1億3千万件以上処理しなければなりません。申告者の計算間違いなどという凡ミスには、付き合っていられないようです。
<原始ペンギン>
ペンギンと言っても、ペンギンがマスコットの "リナックスOS" とは関係がありません。生身のペンギンのお話です。
昨年のクリスマスイヴ、サンフランシスコ市南西部にある動物園には、ペンギンが6羽、お引っ越しして来ました。はるばるオハイオ州からやって来たのです。もともと、この動物園には、46羽のとてものんきなペンギン達がいて、日がな一日、丘の上をよちよち歩き、熱くなったらプールでパチャパチャ、というリゾート生活を送っていました。
ところが、新メンバーの6羽が入ってきた頃から、異変が起き始めました。52羽全員が、円形プールを猛スピードで泳ぎ始めたのです。一方向に、終わりのないサークルを描き、一日に10時間も泳ぐのです。"こんなことは見たことがない" と動物園の飼育係りは驚き、全世界から報道陣が集うニュースとなりました。
なんでも、オハイオ州のペンギンには、南極にいた頃の季節ごとの移住の記憶が残っており、サンフランシスコに来ても、どこかに向けて、全力で移動しようとしているらしいのです。これに触発されたサンフランシスコの "のんきペンギン" も、自分達もそうしなければと、原始の記憶を取り戻したようです。
2月になると、巣作りの季節に入り、この猛ダッシュは見られなくなるそうですが、野生の血というものは、そう簡単に消え去りはしないようです。
夏来 潤(なつき じゅん)