幸せの青い鳥

先日、ハッとしたことがありました。

ゲーム機の電源を切ろうと思ったのですが、うまくいかなかったのです。それは、掃除用のゴム手袋をしていたからでした。

どうも、このゲーム機の電源スイッチは、人間の体温を感知して作動するものらしいのですが、わたしはこれを知って、ひどく憤慨してしまったのでした。

なぜなら、この方式だと義手の方は使えないことになるから。体温のある「人肌」でなければならないということは、義手はダメということになるでしょう。

近頃は、かの有名な映画『スターウォーズ』みたいに、人間の手と見まごうばかりの義手だってあるではありませんか。
 主人公ルーク・スカイウォーカーは、父親であるダース・ヴェイダーに片手を切り落とされ、精巧な義手になっています。でも、近頃は、それが映画のお話ばかりではなくて、現実になりつつあるのです。

だったら、もしかしたら義手の方も使うというシナリオも考えて、「体温で電源オン・オフ」なんてややこしいことはすべきではないと思うのです。

あんなに有名なメーカーなのに、ちょっと配慮が足りないなと、ひとり憤りを感じていたのでした。

(ちなみに、こちらの『スターウォーズ』の写真は、映画のパンフレットなんかではなく、正真正銘アメリカ合衆国の切手です。)


そうやって考えてみると、体に何らかの障害があったら使いにくい物というのが、世の中にはたくさんあるのでしょう。

たとえば、駅の階段。

わたしは足に大けがをして松葉杖をついてみて、初めて歩くことのありがたさと、歩けないときの不便さを味わったことがあるのですが、ホームにエスカレーターが付いてない場所って結構たくさんありますよね。

そういうのは、本当はいけないことだと思うのです。だって、体が丈夫な人だけ電車に乗れって宣言しているようなものですからね。


けれども、世の中、そんなに悪いことばかりではなくて、とっても便利な製品もあります。

たとえば、電子ブック。

電子ブックというのは、英語で eBook reader とか e-reader と呼ばれる、新しい分野の製品ですが、要するに、本の電子版ですね。電気製品の画面に、1ページずつ、パカッと文字が出てきて、まるで紙の本みたいに読めるようになっているのです。

アメリカで有名なものでは、オンラインショップのアマゾンが販売する「Kindle(キンドル)」という電子ブックがあります。
 白黒画面ではありますが、ちゃんと濃淡が付いていて、イラストも微妙に表現できるようになっています。それに、太陽の光が明るい所でもきちんと読めるので、公園に持っていて電子ブックで読書なんて、おしゃれなこともできるのです。

手持ちの本を読んでしまったら、公園のベンチで本を買うこともできるんですよ。携帯電話のネットワークにタダでつながるようになっているので、オンラインショップにアクセスして本が買えるのです。

そして、こういった電子ブックは、視覚障害を持つ方にも便利な製品だと思うのです。

どうしてって、「テキスト・トゥー・スピーチ(text-to-speech)」、つまり合成された音声で文字を読んでくれる「テキスト読み上げ」の機能が付いているから。
 今までは、点字翻訳された本しか読めなかったのに、機械が読み上げてくれるとなると、楽しめる本のレパートリーがぐんと広がると思うのです。

テキスト読み上げは、アップルの話題の新製品「iPad(アイパッド)」でもできるようなので、こちらの方でも、今後レパートリーがどんどん広がっていくことでしょう。

ちなみに、iPadはカラー画面になっているので、子供向けの絵本にも最適ですね。コミックブックも色付きで美しいと評判のようです。
 それに、1ページずつ手でめくる感じが、美しく再現されていて、本好きの方にも喜ばれるのではないでしょうか。

それから、ちょっと意外に思われるかもしれませんが、アメリカでは、密かに文字を読むのが苦手な人も多かったりするので、音声で読み上げてくれる「テキスト読み上げ」は、そういった方たちの味方になってもらえそうですね。

わたしの友人にも、本はCDに録音されたものだけを購入し、車を運転しながら聞く、という方がおりました。聖書みたいな分厚い本は、とくにありがたいみたいですよ。


ところで、どうしてこのお話は「幸せの青い鳥」という題名なんだろうと思われたことでしょう。

実は、ちょっと前に、「幸せの青い鳥」という題名で、きれいな青い鳥をご紹介しようと思っていたのです。我が家の裏庭にときどきやって来る青い鳥で、名前はわからないのですが、とても高貴な感じのする美しい鳥です。

いつか裏庭の噴水に飛んで来て、行水をしていたのですが、間もなく、つがいと思われるもう一羽がやって来て、仲良く二羽で水浴びをしていたのでした。

そんな貴重な光景をカメラに収めて、「まるでプロの写真家みたい!」と得意になっていたのですが、事もあろうに、そのカメラを連れ合いが紛失してしまって、一連の写真も一緒に消えてしまったのでした。

何が惜しいって、わたしにとってはカメラなんかよりも、そちらの青い鳥の写真をなくしたことが悔しくて、なかなかあきらめがつかなかったくらいです。

わたし自身は、物をなくしても戻って来るタイプなので、何かがなくなることが許せないこともあるのです。以前、「忘れ物」というお話でもご紹介したことがありますが、外国旅行で忘れ物をしても、必ず手元に戻って来るくらいですから。

けれども、ふと気が付いたのでした。

「幸せの青い鳥」の写真をなくしたと悲しんでいるけれど、青い鳥なんて、自分の中に住んでいるんでしょうと。

普段、わたしたちは、あれが足りない、これが足りない、あんなものが欲しい、こんなことをしてもらいたいと、いろいろ不満を抱くことも多いですけれど、視点をちょっと変えると、あれも持ってる、これも持ってる、あんなこともできる、試せばこんなことだってできる、という特権を与えられているのだと思うのです。

上でもご紹介した通り、自分の手が使えない方もいるし、自分の足で歩けない方もいるし、自分の目で読めない方もいます。そんな「特権」のない方にとっては、「これが足りない」とか「これが与えられてないから、自分にはできない」という余裕などないでしょう。

というわけで、「青い鳥の写真が消えた!」と騒いでいたところ、昔の写真がひょっこり出てきました。すっかり忘れていたのですが、4年前にも、青い鳥の写真を撮っていたようです。

もっと晴れていればよかったのですが、それでも、なかなかきれいな鳥でしょう?

Wash hands(足を洗う)

題名を見て、あれ? と思われたことでしょう。

Wash hands(手を洗う)なのに、どうして「足を洗う」になっているのかな?って。

これは、わたしが勘違いしているわけではなくて、wash hands という慣用句をご紹介しようと思ったからでした。

そうなんです、wash hands というのは、「きっぱりと関係を絶つ」つまり「足を洗う」という意味になります。
 何か良からぬ事に手を染めていて、そこからきっぱりと関係を絶つと、日本語では「足を洗う」といいますが、英語では「手を洗う」になるのですね。

たとえば、こんな風に使います。

I washed my hands of that matter. 「わたしは、その件からは足を洗った」

「わたしはもう関係ないんだよ」という意味を強調するために、パンパンと手をはたくジェスチャーを付けてもいいかもしれませんね。


こんな風に、なんとなく基本的な考え方は同じなのに、微妙に言葉の表現が異なるものが、日本語と英語の間では結構たくさんあるのです。

たとえば、こちらもそうでしょうか、sooner or later

いずれも時間を表す形容詞 soon(早い)と late(遅い)の比較級となりますが、この sooner or later という慣用句で、「遅かれ、早かれ」という意味になります。

遅かろうが、早かろうが、そのうちに事は起きる、みたいな意味で使われますね。でも、英語では「早かれ、遅かれ」と、微妙に「遅い」と「早い」の位置が逆転しているのです。

もしかしたら、日本の方でも「どっちが正しかったっけ?」とわからなくなる場合もあるかもしれませんが、日本語では「遅かれ、早かれ」の方が正しいようですよ。

英語版「遅かれ、早かれ」は、こんな風に使います。

You’ll get the hang of it sooner or later.
「遅かれ、早かれ、きみはそのコツを覚えるよ」

こちらの文章について、ちょっとご説明いたしましょう。「(物事に)慣れる」というのは、get used to ~ といいますが、「コツを覚える」には、get the hang of ~ という表現がクールだと思います。くだけた表現ではありますが、みんながよく使うものなので、覚えておくと便利でしょう。

つい先日も、こんな風に言われたことがありました。

Oh, you’ve got the hang of it already.
「なんだ、もうコツを覚えたじゃない」

ちょっとややこしい携帯電話(スマートフォン)の使い方を教えてもらって、ほんのすこし慣れたところで、こうほめられたのでした。でも、ほんとはまったくわかってなかったのですけれどね。

製品展示会の相手は調子がいいものだから、「コツはつかんだねぇ」と、すぐにほめてくれたのでした。


さて、簡単なところでは、こんなものもありますね、goose bumps

これは、「ガチョウの肌のブツブツ」ということですが、日本語では「鳥肌(とりはだ)」といいますね。

どうやら、ガチョウの羽を引っこ抜くと、羽の根元がブツブツとしていて、人間の鳥肌に似ているところから、goose bumps もしくは goose pimples(ガチョウのにきび)と呼ばれるようになったようです。

たとえば、こんな風に使います。

I got goose bumps all over my body as soon as I heard that ghost story.
 「そのお化け話を聞いた途端、体じゅうに鳥肌が立ったよ」

なんでも、生物学的には、鳥類の肌はどれも似たような構造になっているので、「鳥肌」を表すには、べつにガチョウでなくとも、鶏でも何でもいいそうです。
 ですから、どの鳥を使うのかは、国によって異なるようです。ドイツ語やイタリア語では、英語のように「ガチョウ」を使いますが、フランス語やスペイン語では「めんどり(鶏のメス)」を使って、中国語やオランダ語では「鶏」を使うそうなのです。(出典: Wikipedia, “goose bumps”)

伝統的に、みんなの食卓に何がのっていたかというのが、身近な代表選手として選ばれているのかもしれませんね。

でも、日本語の「鳥の肌」というのが、一番一般的で的確な表現なのかもしれません。


それから、こちらも、何となく気持ちはわかるんだけれど、日本語とは微妙に違う表現でしょうか。

I live, breathe, and sleep football.

直訳すると「わたしはフットボールに生きて、呼吸して、寝る」ということになりますが、「わたしは三度の飯よりもフットボールが好きだ」という意味になります。

こちらは、サンフランシスコのプロフットボールチーム49ers(フォーティーナイナーズ)の大ファンが熱弁していた言葉ですが、わたしも同感だと思って、心に刻んでおいたものでした。

ときどき、「生きて、呼吸して、寝る」に「食べる」が加わるときもあって、そうなると、こんな文章になりますね。

I live, breathe, sleep, and eat football.

この四番目の単語は、好みでいろいろと入れ替える人もいるみたいで、こんな文章も見かけました。

I live, breathe, sleep, and need music. 「僕は音楽に生き、音楽が必要なんだ」

なるほど、こういう風に表現すると、「もう音楽なしじゃ生きられない!」って感じがよく出ていますよね。

それから、こんなアドリブも見かけました。

Eat, sleep, and get gloriously lost…
 「食べて、寝て、すばらしく我を忘れてください」

こちらは、ニューメキシコ州のリゾートからのお誘いのメールでした。

毎年7月と8月の2ヶ月間、サンタフェ(Santa Fe)という州都ではオペラ祭があるそうなのですが、オペラのチケット2公演分とおいしいディナー、ベンツのお迎えが付いて、3泊を特別価格でご提供しますという、一流リゾートからのお誘いでした。
(写真は、このリゾート系列のホテルで撮った、カリフォルニアのナパバレーの夕刻です。)

ニューメキシコは一度も行ったことがないのですが、砂漠だし、真夏はとても暑いのだろうなぁと思うのです。もちろん、砂漠といえば夜は涼しくなりますので、寝苦しい熱帯夜ということはないでしょうけれど。

でも、Eat, sleep, get gloriously lost「食べて、寝て、すばらしく我を忘れる」なんて、心ひかれる一言ではありますよね。

おまけに、結びには、こんなことが書いてありました。
 Make one call, and become a diva! 「たった一本の電話で、あなたもプリマドンナ!」

なるほど、「あなたが主役」とは、女性の心をくすぐる作戦ですね!

アップルさまを語る: iPadってどんなもの?

Vol. 129

アップルさまを語る: iPadってどんなもの?

 


P1030483small.jpg

4月に入っても、なかなか暖かくならないシリコンバレーですが、我が家の八重桜も満開を迎えました。
ところが、「花の命はみじかくて」。たった一夜の暴風雨が花を散らし、中庭をピンク色に染めてしまいました。
「花冷え」「花ぐもり」「花衣」。桜をうたう季語はいくつもありますが、「花どき」は長く続かないのが、はかない花の美しさでもあり、悲しさでしょうか。

さて、そんな4月は、世界中が待ち望んでいたアップルさまの新製品「iPad(アイパッド)」のお話をいたしましょう。我が家に届いたiPadの体験談、発売当日の世の中の様子、iPadの評価と、三部作になっております。

<iPadが届きました!>
いやぁ、またまた大騒ぎ。復活祭を翌日にひかえた4月3日の土曜日、アメリカ中が興奮の渦に巻き込まれたのでした。

午前9時からのiPad発売を前に、パロアルトのユニヴァーシティー通りやサンノゼのショッピングモールにあるアップルストアでは、前日から徹夜の行列ができていました。
前日の金曜日は、桜の季節とは思えないほどの寒さ。雨もよいの真冬のようなお天気で、いくらテントを張っていても、風邪をひきそうな一夜ではありました。

そんな徹夜組を尻目に、本物の「テクノロジーギーク(おたく)」は、オンラインで事前予約しているのです。だって、現地で買おうと、宅配であろうと、発売当日に手にするのは同じことですから。

というわけで、我が家には、朝の11時に宅配のFedExがやって来ます。箱を受け取ると、ものすごく軽い! まさか冗談で空箱を送って来たのかと思うほど、軽い!
「エープリルフールは終わっているのにおかしいなぁ」と思って箱を開けると、なんだ、こっちはiPad用のケースでした。道理で軽いはず(ま、ジョーク好きのグーグルさんと違って、シリアスなアップルさまは「空箱」なんてジョークは仕掛けないですよね)。
 


P1030403small.jpg

そして、1時間後、今度はUPSがやって来ました。そう、こちらは正真正銘のiPadの配達員。
「元気?」と尋ねると、「今日は一日、iPadの配達で忙しいよ」とのこと。なるほど、iPadの特別便が、あちらこちらのギークの自宅をまわっているようです。シリコンバレーのことですから、この辺の配達が全米で一番多いことでしょう。

さっそく外箱を開けると、すっきりとした梱包材でiPadの箱が収まっています。もう、この辺から他社とは違います。梱包にもこだわっている。
 


P1030412small.jpg

そして、iPadの箱を開けてみると、思ったよりも小さい! わたしはそれまでテレビの報道でしかiPadを見たことがなかったので、もうちょっと大きいのかと予想していたのでした。「タブレット型」という表現も、平たくて大きな画面との想像をふくらませていたのかもしれません。
しかも、小さいわりに、ずしりと重い。ノートブック型コンピュータMacBook(マックブック)を始めとして、アップルさまの製品はスリムなわりに重量感のあるものが多いですが、こちらもそんな感じです。持っただけで、なんだか、いろんなことができそうなと、ワクワクとした期待感を味わうのです。

電源ボタンを押してみると、iTunes(アイチューンズ、アップルのメディアプレーヤー兼メディア/アプリショップ)に接続するようにと画面に指示が出てきます。なるほど、かの有名なiPhone(アイフォーン)と同じように、マック上のiTunesソフトにつなげて初期設定するようになっているのですね。
 


P1030491small.jpg

さっそくMacBookにつなげてみると、こちらのファームウェアのアップデートをやっているうちに、いつの間にかiPadの初期設定は終わっていました。そして、マック上の音楽やビデオなんかと同期して、準備完了となります。
(まったくの蛇足ではありますが、写真のMaps(地図)アイコンにある「280」という数字は、シリコンバレーの幹線フリーウェイ・Interstate280号のことですね。赤いピンが差してある場所は、クーパティーノにあるアップルさまの本社です。住所は、1 Infinite Loop, Cupertino, CA 95014, U.S.A.)

ところが、ここでちょっと問題が! 我が家のWiFi(無線LAN)ステーションはちょっと離れた所にあるのですが、iPadくんが、なかなか我が家のネットワークを検知してくれないのです。なにやら、ご近所さんのWiFiにつながろうとしています。
ようやく見つけたと思ったら、とにかく信号が弱い! 弱過ぎて、Safari(サファリ、アップルのブラウザ)すら動きません。ネットにつながらなければ、ただの「でくの坊」ではありませんか!
どうしたんだろうねぇ、やっぱりアップル製品はWiFiがいまいちだねぇと、ぶつぶつ文句を言っているうちに、iPadくん、がぜん元気を取り戻し、サクサクとつながるようになったのでした。悪口が聞こえたのでしょうか?
(携帯ネットワークのデータプランにつながる「iPad 3Gバージョン」は、アメリカでは4月下旬の発売となります。)
 


P1030499small.jpg

いやぁ、それにしても、iPadは画面がきれいです。映画や音楽ビデオを観るには、最適な媒体ではないでしょうか。これだったら、飛行機に乗って、自分の映像を楽しむのもありかもしれません。
残念ながら、iPadの音色は必ずしも上等とはいえないですが、イヤフォンを使う場合は、音色なんてそちらの性能によるので、あまり神経質になることでもないかもしれません。

ただ、映画をiTunesで購入すると、アメリカの場合、ダウンロードに非常に時間がかかるのが難点でしょうか。試しに『Pirates of the Caribbean: At World’s End(カリブの海賊、第3話)』を買ってみると、HDバージョン(5.3GB)はダウンロードに10時間かかるとMacBookに表示が出てきました。
同時に普通バージョンのダウンロードも開始するのですが、「先にそっちを観てなさい」ということでしょうか?(実際には、HD版のダウンロードに4時間、普通版には1時間かかりました。)

それから、ゲーム。日に日にiPad向けのゲームも数を増やしていますが、とくにレーシングゲームは発売前から注目度満点でした。
なぜって、iPhone やiPod touch(アイポッド・タッチ)と同じように、iPadにはアクセレロメーターが付いていますから(アクセレロメーターは、画面を傾けたり、振ったり、軽く叩いたりと、ユーザの行動に細やかに反応してくれる機能ですね)。
製品の目玉ともなる機能なので、アップルさまは、発売前にさっさとiPadのアクセレロメーターの特許をゲットしています。
 


P1030505small.jpg

そんな前評判につられて、真っ先に買ってみたのが、EA(Electronic Arts)の『Need for Speed: Shift』。長年のレーシングゲームの人気者のようですが、『Asphalt 5』や『Real Racing HD』といったレーシングゲームも、iPadの代表的なアプリケーションとしてアップルさまにフィーチャーされています。
わたしはこの手の画面を観ていると、気分が悪くなるタチなのですが、実際に使ってみた連れ合いによると、「いやぁ、このアクセレロメーターは反応がいい!」とのこと。画面もiPhoneより格段に大きいし、異次元の遊びの感覚です。エンジン音やガンガンと鳴る背景の音楽も、臨場感たっぷりです。

画面の下には、「本体を傾けるとステアリングを切るぞ」と、ちょっと変な日本語が出ていますが、iPadをつなげたMacBookの基本ソフトが日本語なので、iPadくんの頭も自然と日本語になっているのです。

ちなみに、レーシングゲーム『NFS Shift』 は15ドル、映画『Pirates of the Caribbean』は20ドルでしたが、それはちょっと高いかとも思います。
 


P1030516small.jpg

さて、iPadというと、本が読めると評判でしたね。もちろん、本が読める製品としては、「電子ブック(eBook reader、e-reader)」と呼ばれる分野の製品がすでに世の中に出ておりました。近頃、空港でもたくさん見かけるようになりましたし、アメリカではだんだんと裾野が広がっているようです。
有名なものとしては、オンラインショップのアマゾンが販売する「Kindle(キンドル)、写真の製品」がありますし、ソニーの「Reader(リーダー)」という製品があります。ちょっと遅れて、本屋さんのBarnes & Nobleが「nook(ヌック)」という電子ブックを出していますが、こちらは基本ソフトにアンドロイドを使っています。
いずれの製品も、「E Ink(イーインク)」という表示技術を使っていて、白黒画面であっても、トーンを使い分けることによって、イラストも表示できるようになっています。真昼の太陽光のもとでも、はっきりと読めるのも利点でしょうか。

それに、何がびっくりって、電子ブックは自宅や本屋やコーヒーショップのWiFiだけではなくて、携帯ネットワークにもつながるのです。ですから、WiFiがない場所でも、サクッと本を購入できるようになっているのです。
先日、サンノゼ空港の搭乗口で、大好きなジョン・グリシャムの小説『Bleachers』を買ってみたのですが、とにかくダウンロードが速い! この手の電子ブックはAT&T Mobilityの3Gネットワークに無料でつながるのですが、AT&Tのわりには速いのです。(いえ、悪口を言うつもりはないんですが、AT&Tといえば、大手キャリアの中では「遅い、途切れる、サービス範囲が狭い!」と、みんなから批判を受ける筆頭なんですよ。)
 


P1030509small.jpg

というわけで、近頃、とみに盛り上がりを見せる電子ブックの分野ですが、iPadの強みは、画面がカラーであることでしょう。まあ、大人向けの小説には、イラストなんて入っていないのが普通ですが、絵本の場合は、絶対にカラーじゃないとダメですよね。コミックブックだってカラーになれば嬉しいでしょう。
それに、アマゾンのKindleなんかと違って、iPadでは、ページを一枚ずつ手でめくる感じが美しく再現されているのです。それから、わたしが個人的にKindleに違和感を抱く理由は、画面が不自然に平坦なところだったのですが、iPadの場合だと、なんとなくページがふにゃっと曲がっている感じも再現されていて、いいなぁと思うのです。
(iPadを触ったあと、ついついKindleの画面をタッチしてしまいました。Kindleはタッチスクリーンではなくて、四角いマウスと物理的なキーボードで操作するようになっています。)

でも、本を買うには、わざわざiBook(アイブック)のアプリケーションをダウンロードしないといけないので、「誰でも使うものくらい、出荷の時に入れておいてよ!」と、アップルさまに物申したい次第です。

ま、iBookには、見本として『Winnie the Pooh(クマのプーさん)』が入っていたので、かわいいプーさんに免じて許してあげましょうか。

<発売当日のアップルストアは?>
ようやくiPadを手にして、ほっと一息ついたところで、はて、世の中はどうなっているのだろうと観察しに行くことにいたしました。
向かった先は、サンノゼとサンタクララにまたがるショッピングモール、バレーフェア。ここのアップルストアは、アップルの創設者のひとりであるスティーヴ・ウォズニアックさんが出没することで有名なショップ。
「ウォズさん」は、サンノゼ生まれの地元っ子で、iPhone(アイフォーン)の初代機や第二世代iPhone 3Gの発売日にも、ここを訪れています(2008年7月号の第3話でご紹介しています)。

ウォズさんは今回、列を作るアップルファンをねぎらおうと、前夜6時にこちらのショップに現れました。
一方、CEOのスティーヴ・ジョブス氏は、発売当日の正午頃、パロアルトのショップに元気な姿を現したそうです(2007年7月号でも触れていますが、ジョブス氏はiPhone初代機の発売日にも、お忍びでパロアルト・ショップに現れています)。
 


P1030417small.jpg

「ウォズさん御用達ショップ」に到着したのは、午後4時をまわった頃。もう誰もいないかと思えば、店の前にはまだまだ行列ができています。今は夏時間だし、4時といっても、まだ日は長い。
そんな熱い興奮を感じるショップのショーウィンドウには、「Meet iPad(iPadをご紹介します)」と、ごくシンプルな垂れ幕。店に入れるのは、一回に一組だけなので、店内は意外と整然としています。それよりも、入り口をしっかりとガードする青いTシャツのスタッフが目立ちます。
 


P1030421small.jpg

入り口の左側には、行列が見えています。あれ、なんだか人が少ないなと思われることでしょうが、人の列は、ここからさらに左奥へと続いています。モールの往来の邪魔にならないようにと、交通整理をしているのです。
上から見てみると、黒い髪のアジア系のお客さんが目立ちますが、もともと人種のごった煮であるシリコンバレーの中でも、とくにバレーフェアはアジア系の買い物客が多い場所なのです。韓国語でも、やっぱりiPadは「アイパッド」だということを学ばせていただきました。
それから、大きな箱を台車で運び出しているスタッフも見えますね。今日のお客さんは、iPadがお目当てではありますが、それに便乗してデスクトップ型コンピュータiMac(アイマック)を購入した方もいらっしゃるようです。なるほど、アップルさまにとっては、稼ぎ時なんですね!
 


P1030423small.jpg

店のショーウィンドウには「Meet iPad」の垂れ幕とともに、実物が展示してあります。どうやら、ニューヨーク・タイムズ紙の新聞の画面が表示されているようですが、「iPadとはこんなものかぁ」と、陳列物にみとれる買い物客が何組もいましたね。きっとみなさん、あんぐりと口が開いていることでしょう。

実は、iPadに対しては、本の出版社だけではなく、新聞社や雑誌の出版社も熱い視線を寄せているのです。年々購読者が減り続け、廃刊に追い込まれるものも後を絶たないという厳しい現実の中で、iPadという新しい媒体が、「有料購読」という昔ながらのビジネス形態を一気に盛り上げてくれるのではないかと。
それに、動画を挿入できることで、状況をわかりやすく伝えられるし、刻一刻と変化する情報もリアルタイムに流せます。一日古い株価を報道するなんてこともなくなります。
しかも、広告主にとっても、動画を使うことで積極的に読者にアプローチできるようになるので、まさにありがたい新手の媒体なのかもしれません。第一、iPadで広告を流すなんて、クールでしょう。
 


P1030427small.jpg

さて、ショーウィンドウの見物客を観察していたら、いましたよ、さっそく袋を開けて、中身を取り出す人が! アメリカ人って、ある意味せっかちなので、必ずそんな人がいるんです。誰かに自慢したい気分もあるのでしょうね。
見ていると、店の前でさっさと使い始めています。ショップで初期設定してもらったのでしょうか。

すると、誰かがそれに気づいて、さっそく寄って来るのです。帽子のおしゃれな男性が、何やら熱心にiPad氏に話しかけています。「ちょっと動かしてみてよ」とでも言っているのかもしれません。
 


P1030431small.jpg

そんな見物人がひとりでもできると、いったい何だろう?と思って、足を止める人が増えてくる。すると、そこにはもう見物人の輪ができているのです。
どうでしょう、iPad氏は、実に得意げに自信たっぷりと説明しているではありませんか。「いやぁ、マルチタッチだし使い勝手は満点だね」とか「誰でも簡単に使えるはずだよ」と、iPadの宣伝をしているに違いありません。
それとも、「iPadってやつは、これまでのキーボードやマウスを使ったコンピューティングの概念を打ち崩す、画期的な製品なんだよ」などと、難しい話をしているのでしょうか。
いやはや、iPad氏は、もう立派に「evangelist(伝道師)」なんですね。まだ何分と製品を扱ってはいないのに。

そんな大人たちの会話を聞きながら、さっそくケータイでテキストメッセージを打っている若者もいます。「今アップルストアの前なんだけど、iPadの実物を見たぜ!」とでも自慢しているのでしょう。

そして、人の輪の隣では「ハイ、ポーズ!」と、かわいい男の子がお父さんに記念写真を撮ってもらっています。こんな風に、iPadをゲットして、アップルストアの前で記念写真を撮る人たちを何人か見かけました。
こちらの父子は、どうやらiPad氏のお友達のようでしたが、こうやって次世代のギークたちも、だんだんとアップルさまの製品に洗脳されていくのです。
 


P1030433small.jpg

ひとしきり観察を終え、アップルストアのすぐ隣にある、ノードストロームというデパートに入ってみました。一階フロアでは、みなさんの購買意欲をそそろうと、シャカシャカ、ブンブンとリズミカルな音楽が流れています。
のっぽなお兄さんがミキシングに余念がありませんが、もちろん、使っているのはアップルさまのMacBook。音のリミックスに使われているのは、初心者向けのGarageBand(ガレージバンド)なんかではなく、プロ用のソフトなんでしょうけれど、何やら難しそうな画面が見えています。
きっとこういう方は、iPhoneの着信音なんかも自分でシャカッと作っちゃうのでしょうね。

それにしても、アップルストアだけでは収まらずに、こっちの方にも「お祭り騒ぎ」が飛び火しているようではありました。

<それで、iPadって?>
1話、2話と、iPad発売当日の興奮をお伝えしようとしたわけですが、わたしがiPadについて一番驚いたことは、製品仕様とか、性能とか、そんなことではないのです。それは、この新製品が世の中に出る前に、一ヶ月分の原稿が書けるくらい中身がわかっていたという事実なのです。


P1030531small.jpg

新聞、雑誌、テレビと、あらゆるメディアがiPadを取り上げていたので、業界関係者だけではなくて、テクノロジーに関心の無い一般消費者にも、製品の概要はしっかりと伝わっていたようです。

その背景には、今までのアップル製品と違って、メディアに実機を触らせ、事前に評価させたプロセスがあるのでしょう。ウォールストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズといった有力紙のテクノロジーアナリストや、PC Magazineなどテクノロジー誌のアナリストは、発売前に実機を触る時間がたっぷりと与えられたので、憶測で物を言うのではなく、きちんと自分の評価を下すことができたのです。

彼らの評価は、大方は肯定的なものでした。やはり、iPhoneをベースに完成度の高い製品ですから。けれども、中には、iPadの欠点を指摘するものもあります。
まずは、何といっても、ウェブカム(ネットで使うビデオカメラ)がないこと。たとえば、インターネット電話の「Skype(スカイプ)」では、誰かとテレビ電話ができるようになるので、パソコンのウェブカムは必需品ですが、それがiPadにはない!
けれども、「今年のクリスマスあたりには、ウェブカム付きのiPadが出るんじゃないの?」と予測するアナリストもいますので、これは、時間の問題でしょう。

そして、「Adobe Flash(アドビ・フラッシュ)」で制作した動画やゲームが動かないこと。これには、如何ともしがたい、昼メロ的な部分もありまして、アップルさまとアドビさんは仲がよろしくないのと同時に、たとえばグーグルさん、モジラさん(ブラウザFirefoxの開発者)と、技術的にFlashを好まない方々もいらっしゃいます。
そんなわけで、今までアップルさまは、ゲーム屋さんなどの開発者にもiPhone向けに作り直すことを強いてきたわけですが、その強気な部分が急に変わることはないでしょう。アドビさんが新しく作ったiPhone向け変換ツール(Creative Suite 5)ですら、ご法度としたくらいですから。

ただ、iPad発売前には、すでにこの「問題」に取り組む動きもありまして、ウォールストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズ、ニュース雑誌のTime、ファッション誌のGQ、スポーツ誌のSports Illustratedが、「HTML5」を使ってコンテンツ制作に取りかかるなど、出版界はアップルさまとの連携プレーもしっかりとできているようでした。
Sports Illustrated誌は、毎年2月に「水着号(Swimsuit Issue)」を出しているので、ビデオが付くとあらば、部数も伸びるのかもしれません。
 


P1030533small.jpg

それから、iPhoneと同じく、マルチタスク(複数のアプリケーションを走らせること)ができないという批判も耳にします。
けれども、これは若干「的外れ」の部分もありまして、マルチタスクができないのは、第三者のアプリケーションを走らせる場合の話です。たとえば、アップル内製のiPod機能で音楽を聴きながら、Safariでタイガー・ウッズや石川遼くんのマスターズのスコアをチェックするのは可能です。
それに、だいたい人間の脳なんて「シリアル・プロセッシング」にできあがっています。ひとつずつしかタスクを処理できない頭で、「マルチタスク」もあったもんじゃないと、ちょっとシニカルな気分にもなるのです。

ただ、インターネットラジオの「Pandora(パンドラ)」を聴きながら、友達とSkypeで話して、「OpenTable(オープンテーブル)」でレストランを予約するというシナリオでは、マルチタスクも必要でしょうか。
そんな巷の憤懣はアップルさまも十分に理解していて、iPad発売直後の4月8日、「次のiPhone/iPadソフトでは、マルチタスクをサポートする」と発表しましたね。

そんなわけで、一般的にiPadの「欠点」だとされるものが、必ずしも欠点ではないと思うのです。が、どんなに完成度の高い製品であったとしても、爆発的に売れるかと問われれば、「もちろん!」と二つ返事では答えられない面もあります。
だって、ラップトップとiPhoneを持ち歩いている人が、3台目のiPadは必要ないでしょう。それに、音楽だけ聴きたい人は、わざわざでっかいiPadなんて持ち歩かないでしょう。小説だけ読みたい人は、iPadの重みは嫌うでしょう。


P1030512small.jpg

たとえば寝転がって音楽ビデオを観たいとか、写真がいっぱい入った外国の紹介本を読みたいとか、歩きながらもビデオ付きの雑誌を買いたいとか、iPad特有の経験をしてみたい人が「欲しい!」と思うのでしょう。

それに、値段もちょっと高いです。ウォールストリート・ジャーナルの看板アナリスト、ウォルト・モスバーグ氏は、以前、スティーヴ・ジョブス氏に「もしタブレットを出すなら、いくらぐらいになるか」と質問したことがあって、「1000ドル以下」という答えが返ってきたそうです。
それに比べると、WiFi廉価版の499ドルは「驚くほど安い」ということでしたが、それでも、このご時勢、それだけポンと出せる人は多くないかもしれません。(WiFiバージョンは、499ドル、599ドル、699ドルの3機種。4月下旬発売の3Gバージョンは、629ドル、729ドル、829ドルの3機種)

個人的には、iPad 3Gバージョンが出て、どこでもGPS機能が使えるようになったら、写真満載のiPad旅行ガイドを持って、迷わずに目的地にたどり着きたいと思うのです。電池も長持ちしますし、一日観光するには十分でしょう。
でも、それはわたし自身の希望であって、iPadを触ったひとりひとりが、自分自身の使い方を見つけてみる、そんな製品がiPadなのでしょう。(トイレにiPadくんを連れて入るというのは、女性に嫌われますからね!!)

やはり、第一世代はバグがないとはいえませんので、ときに文句をつぶやきながらも使ってみたいという方には、お勧めの新製品なのです。

後記: iPadを紹介する上で、こちらのエピソードがよく引き合いに出されます。
2000年のコムデックス(COMDEX、以前は業界一だった製品展示会)では、あのマイクロソフトのビル・ゲイツ氏が、「5年後には、キーボードのないタブレット型が一番人気のコンピュータとなる」と予言したと。

ときに天才というものは、時代を先取りし過ぎるのでしょう。ゲイツ氏の予言は実現しなかったわけではありますが、まるでこれに挑戦するかのように、今度はスティーヴ・ジョブス氏がiPadを出す運びとなりました。その発売日をひかえ、市場ではマイクロソフト株の売り注文が殺到し、ダウで一番下がった銘柄となりました。
 


P1030520small.jpg

マイクロソフトとアップルの製品がどう違うかという討論はできるでしょうが、ひとつ根本的に違うのは、iPadがジョブス氏のコンセプトであるということでしょう。
技術的に可能だからとか、機能とはこうあるべきだとか、そんな「頭でっかち」なことは、ジョブス氏は一切考えていないはずです。「こんな風に使ってみたい」「こんな新しい経験がしてみたい」というシナリオありきなのです。
しかも、彼はマーケティングの天才でもあります。たとえば、上で出てきたアドビFlashを許さない方針には、「バグが多い」とか「セキュリティーに弱い」などの理屈の陰に、アプリケーション開発者を自分のプラットフォームに引き込む、囲い込み作戦があるのでしょう。「お前はいったいどっちを選ぶんだ」と迫られれば、開発者は蛇ににらまれたカエルの心境でしょう。
そして、ジョブス氏が出す製品は、どれもクールです。それは、丸みを帯びた角のカーブひとつ取っても、そこにはジョブス氏の息がかかっているからです。そんな美しい製品を使う人も、同じくらいクールなのです。これは、逆立ちしたところで、誰もかなうものではありません。
わたしが好んでアップルを「アップルさま」と表現するのも、そんなカルト的な存在と強気なところからきています。

iPadが売れるかどうかは、今後のアプリケーションの発展にかかっているのでしょう。が、この製品をひとつの文章で表すとすると、わたしはこう書いてみたいです。

The whole is greater than the sum of its parts.
「全体というものは、個々の部分の寄せ集めよりも大きくて異質で、優れたものになっている」

なにやら哲学的で申し訳ないですが、たぶんiPadというのは、「何ができる」という無機的な理屈では割り切れない、得体の知れない有機化合物みたいなものなのでしょう。

 
夏来 潤(なつき じゅん)

モバイルの祭典: CTIAワイヤレス2010

Vol. 128

モバイルの祭典: CTIAワイヤレス2010

まだまだ雨季が続くシリコンバレーですが、我が家の八重桜が花を開かせるほどに暖かくなりました。

そんな今月は、ラスヴェガスで開かれたモバイルの祭典をご紹介いたしましょう。注目のアンドロイド搭載機、クアルコムのスナップドラゴン、マイクロソフトの新しいスマートフォンOSと、3つの話題にフォーカスを当てております。

どうぞごゆるりとご覧くださいませ。

<今年の目玉は?>


P1030335small.jpg

春うららの3月の第4週、ネヴァダ州ラスヴェガスでは、モバイル業界の祭典が開かれました。その名も「国際CTIAワイヤレス2010」。
CTIAという無線通信業界の国際団体が、毎年この時期にラスヴェガスで開く総合展示会です。

この手の展示会としては、年初にラスヴェガスで開かれるCES(コンスーマ・エレクトロニクスショー)が有名ではありますが、CTIAの方は、無線通信の技術に特化した祭典となります。
まあ、堅苦しく「無線通信」といいましても、今は携帯端末が中心的存在となっておりまして、今年はいったいどんな機種が発表されるのかなと、みんなが楽しみにしているイベントではあるのです。


P1030250small.jpg

もちろん、「第4世代」の通信テクノロジーとは何かとか、ワイヤレス端末機は医療分野でどう使われるべきかなどと、眉間にしわを寄せて討論を行う場でもあるのですが、やはり多くの参加者にとっては、携帯電話の新機種や新機能の方に注目したいところなのです。

わたし自身はCTIAのイベントに行くのは初めてなので、テクノロジー業界最大のイベントであるCESほどに大きなものかと期待しておりました。
ところが、開催前日にラスヴェガス空港に降り立つと、タクシー乗り場も混んでいないし、チェックインしたホテルでも業界関係者をあまり見かけないし、始まる前からちょっと拍子抜けという感じではありました。
 


P1030251small.jpg

そんなこんなで、当日、会場のコンベンションセンターに到着すると、まず目を引いたのが、緑色のアンドロイドのロボットでした。いうまでもなく、グーグルさんのスマートフォンOS(機能満載のケータイ基本ソフト)「アンドロイド」を代表するマスコットですね。

こちらは、会場前をフラフラと歩いていたアンドロイド・ロボットくん。日本のKyocera(京セラ)が提供しています。いよいよKyoceraもアンドロイド機を出すのですね!
Kyoceraといえば、アメリカ市場では携帯電話の老舗となるわけですが、遅ればせながらアンドロイド機を発表したことで、久方ぶりのスマートフォン分野への返り咲きとなります。
 


P1030258small.jpg

このKyocera「Zio M6000」は、アンドロイド1.6搭載機で、第2四半期にアメリカ市場で発売されるそうです。
CDMA/EV-DOネットワーク対応なので、大手キャリアのVerizon Wireless か Sprint Nextel が販売するのかと思いましたが、どうやら、都市部でサービスを展開する MetroPCS と Cricket から発売されるようです。
コンパクトなデザインで持ちやすいし、電池も長持ちするそうなので、廉価版のアンドロイド機としては、お求めやすいものとなるのかもしれません。(キャリアの補填なしで200ドルくらいかといわれていて、かなり安価な機種ではあります。)

ただし、価格的に買いやすいにしても、Verizon や Sprint のような大手が販売しないと、台数は思うように延びないのかもしれません。
 


P1030249small.jpg

一方、こちらは、会場入り口にでーんと構えるアンドロイド・ロボットくん。ちょっとボケていますが、モトローラが提供しているようです。
モトローラといえば、一般消費者の間でも大手携帯メーカーのイメージを築き上げている老舗。昨年11月号でもご紹介していますが、アンドロイド搭載機の「Cliq(クリック)」や「Droid(ドロイド)」を発売し、アンドロイドメーカーとしても名を上げつつあります。
 


P1030261small.jpg

そして、このCTIAでは、「Backflip(バックフリップ)」が登場していました。3月上旬にアメリカの AT&T Mobility から発売された新機種で、AT&T が出す初めてのアンドロイド機となります。
AT&T といえば、あのアップルさまのiPhone(アイフォーン)を独占販売するキャリアなので、アンドロイド機を出すのがちょっと遅れていたのでした。
それでも、昨年末の時点では、アメリカ市場は iPhone を押す AT&T と、アンドロイド陣営の Verizon、Sprint、T-Mobile に二分される勢いでしたから、AT&T がアンドロイド機を出すことがちょっと意外でもあります。
まあ、いくら iPhone が好調であるとはいえ、世の中の流れには逆らえないことを悟ったのでしょう。それに、iPhone は、間もなく商売敵の Verizon も販売するようですし。
 


P1030264small.jpg

そんな注目度満点のモトローラ「Backflip」ですが、その名の通り、クルッと宙返りするのが特徴となっています。「Droid」のように画面がパカッとスライドしてキーボードが出てくるタイプではなくて、キーボードが画面の裏側にあって、それがクルッと前にひっくり返るタイプなのです。
そして、画面の裏にはトラックパッドが付いていて、画面を見ながら指でトラックパッドを触って、メニューを操作できるようにもなっています。

おもしろいことに、こちらはアンドロイド機ではありますが、ネット検索にはグーグルではなく、ヤフーが設定されています。けれども、この「Backflip」でヤフーの検索シェアが一気に上がるかと問われれば、それは難しい、といったところでしょうか。
そして、残念ながら、アンドロイドの「何でもオープンに、自由に」の精神に反するところがあって、実際に使ってみたユーザによると、AT&T が認めたアプリケーションじゃないと走らないようになっているそうです。
しかも、「Backflip」はアンドロイド1.5搭載と、何となく力が入ってないなぁと思っていたら、AT&T は間もなく、パソコンメーカー・デル(Dell)のスマートフォン「Aero」を発売するそうですよ。(こちらもアンドロイド搭載機ですが、昨年9月号で触れたチャイナモバイル(中国移動通信)/ブラジル・クラロ向けの「Mini 3i」をベースにしているそうです。)

このモトローラ「Backflip」は、AT&T のショップだけではなく、家電量販店でも買えるそうですが、キャリアの補填なしだと350ドルもするので、それだったら、もっといいものを買いたいでしょう。
 


P1030322small.jpg

さて、アンドロイドといえば、会場でびっくりしたことがありました。それは、中国・深圳(しんせん)に本社のあるフアウェイ(Huawei Technologies)が、アンドロイド搭載機を出していたことです。
フアウェイといえば、わたしにとっては、ルータのような通信機器メーカーというイメージしかありませんでした。以前、フアウェイが同業のシスコ・システムズのソースコードを盗んだとして、提訴された話をご紹介したこともあるくらいですから(2003年4月号の第1話でご紹介)。

それが、まるで当たり前の風情でスマートフォンを出しているところを見ると、フアウェイという企業の万能さと同時に、アンドロイド市場はまさに群雄割拠であることを痛感するのです。
なんでも、フアウェイは、OEMメーカー(他社ブランドの製造者)として世界市場にスマートフォンを出荷していて、とくにヨーロッパやブラジルでは着実に販売台数を伸ばしているそうです。
 


P1030289small.jpg

ところで、今回のCTIAでは、Sprint がこの夏に発売する HTC「EVO 4G」が注目を集めていたようです。
台湾の HTC といえば、今では押しも押されもせぬアンドロイドのトップメーカーになっていて、記念すべきアンドロイド一号機「G1」や、グーグルさんが販売する「ネクサス・ワン」のメーカーとしても有名です。(「G1」については、2008年10月号で、「ネクサス・ワン」については、今年1月号でご紹介しています。)

CTIAで発表された「EVO 4G」は、その名の通り、Sprint が「4G(第4世代)」と銘打つ WiMAXネットワークと EV-DO(3.5G)に対応したアンドロイド高位機種となっています。
WiMAXとは、ざっくりと言って WiFi(無線LAN)を強力にして広域に広げたようなネットワークですが、アメリカでは今のところ27都市(シカゴ、ボストン、ダラスなど)でしか使えないので、多くのユーザにとって「4G」は未知の世界でしかありません。

それに、会場では HTCブースを散策したのに、わたしはすっかり「EVO 4G」を見落としてしまいました!
 


P1030292small.jpg

なぜって、こちらの「Legend(レジェンド)」の方に気を取られたからでした。「EVO 4G」と同じくアンドロイド2.1搭載機ですが、まるでアップルさまのMacBook Airみたいにアルミニウムの筐体に包まれていて、クールなスマートフォンなのです。
4月にヨーロッパで発売される新機種ですが、アメリカ市場での発売日は未定なので、指をくわえて見ているしかない幻の機種なのです。

ま、一番の注目株は見落としてしまいましたが、とにかく、右を向いても、左を向いても、アンドロイド搭載機。そんな印象のCTIA会場ではありました。

グーグルさん自身は参加していないのに、あのアンドロイド・ロボットくんがいるだけで、なんとなく大きな存在を感じるのでした。

<クアルコムがんばる!>
CTIA会場を歩いていて、おもしろいことはたくさんありましたが、中でも、クアルコム(Qualcomm)のブースは一番おもしろかったかもしれません。どうしてって、クアルコムといえば、あの「Snapdragon(スナップドラゴン)」のメーカーだから。

Snapdragonとは、携帯端末向けの低消費電力のプロセッサのことですが、クロック(動作)周波数は1GHz(1ギガヘルツ!)と、とにかく処理能力が速いことで有名です。
グーグルさんが販売する「ネクサス・ワン」もSnapdragonを搭載していて、今年1月号でもご紹介しているように、サクサクと何でも素早く動いてくれるので、とっても小気味の良い製品となっています。
 


P1030308small.jpg

CTIA会場に展示されるアンドロイド機の中では、たとえば、ソニー・エリクソン(Sony Ericsson)の新製品「Xperia X10」がSnapdragonを搭載しています。
こちらは同社初のアンドロイド端末だそうですが、ソニー・エリクソンらしく、薄型のおしゃれなスマートフォンとなっています。
4月にイギリスで発売されるそうですが、同じく4月からは、日本のNTTドコモも「Xperia SO-01B」という名で販売するそうですね。
 


P1030307small.jpg

ちなみに、こちらはSnapdragonではありませんが、同じくクアルコム製の600MHzのプロセッサ(MSM7227、Kyocera「Zio M6000」と同じもの)を搭載した弟分で、「Xperia X10 Mini」といいます。
とにかく小さいことで目を引くスマートフォンではありますが、写真の黒の他に、赤、ピンク、白、黄色と4色の選択肢があるそうです。
そう、個人的には、スマートフォンは黒!という時代は、早く去って欲しいと願っているところなのです。だって、黒だけじゃ楽しくありませんからね。

ちょっと話がそれてしまいましたが、こんな風に、アンドロイド端末とは切っても切れない関係にあるSnapdragonではあります。が、CTIA会場では、おもしろい製品を見かけました。なんとネットブックにSnapdragonが載っているのです!
 


P1030293small.jpg

こちらは、レノボ(Lenovo)の「Skylight」というリナックスOS製品ですが、機能を簡略化したネットブックに、スマートフォンの機能が加わっているので、「スマートブック(smartbook)」という新しい分野の製品となります。
まあ、名前はどうであれ、メールやネットアクセスができる WiFi内蔵の安価なネットブックに、3Gの電話機能や GPS機能が内蔵された便利なものと考えればいいでしょうか。

こちらの「Skylight」は、角が丸みを帯びていて、全体的に優しい雰囲気になっています。それに、外側が深みのある青色になっていて、うるしのように光沢があるところがとってもおしゃれです。(そう、女性好み!)
ブースの人に「軽いから持ってみてよ」と勧められただけのことはあって、とっても軽いところも女性好みにできています。
どうやら4月にレノボから500ドルほどで発売されるようですが、アメリカ市場では大手キャリアの AT&T も販売するようです。予定通りにリリースされると、スマートブック製品第一号となるそうです。
 


P1030294small.jpg

一方、こちらはアンドロイドが載ったスマートブックで、HP(ヒュレット・パッカード)の「Compaq Airlife 100」といいます。
あれ、どうしてコンパックという名前なの? と思われたことでしょう。ご存じの通り、2002年、パソコンメーカーのコンパック社自体は HP に吸収合併されたものの、ヨーロッパではコンパックの名に愛着があるので、そのまま使っているそうです。
こちらの機種は、第3四半期にスペインで販売されるものだそうで、そういわれてみれば、何となくヨーロッパ的な香りもいたします。(どことなく素っ気ないといいましょうか。)

でも、アンドロイドを搭載しているだけあって、画面がタッチパネルになっていて、操作性もグンとアップしているそうですよ。ネットブックの形で、画面を触れるなんて、ちょっと驚きではありますよね!
 


P1030297small.jpg

蛇足ではありますが、クアルコムのブースでは、こちらの基盤の展示もおもしろいなと思ったのでした。
クアルコムは、Snapdragonのような強力なプロセッサばかりではなくて、誰もが簡単にスマートフォンを作れる環境も提供しているのです。スマートフォンを作るに必要な複数のチップ(集積回路)が、クチュッとひとつにまとめられていて、自分で好きにコードを書いて、テストすれば、自分なりのスマートフォンが簡単にできるようになっているのです。
作る側にしてみれば、開発コストも少なくて済むし、短期間で製品を発売できるし、製品コストもグンと下がるし、市場に参入しやすくなるでしょう。
 


P1030296small.jpg

ほーら、こんなに小さなスマートフォンもできました。まるでUSBメモリのように小型ですが、これで立派に電話なんですよ。

このようなクアルコム・チップ製品は、GSMテクノロジー(GSM/GPRS/EDGE、W-CDMA/HSDPA)にも、CDMAテクノロジー(CDMA2000)にも対応していて、まさに万能なのです。

というわけで、スマートフォン、スマートブックと、Snapdragonや関連製品でどんどん知名度を上げるクアルコムではありますが、上がっているのは知名度ばかりではありません。
ちょうどCTIAの期間中に、「3月末までの第2四半期の収支を上方修正する」と、強気のニュースを発表しています。売り上げは、今までの予想よりも最大1億5千万ドル(約150億円)多くなるし、利益は、一株あたり5、6セントは上がるであろうと。

昨年末の四半期では、市場をちょっとがっかりさせていましたが、近頃は、世界的なスマートフォンの伸びで、ずいぶんと鼻息の荒いクアルコムではあるようです。

<キーワードはソーシャル!>
第1話でご紹介したように、このCTIAでのキーワードは、何といっても「アンドロイド」でした。
そして、もうひとつのキーワードといえば、「ソーシャル」でしょうか。そう、日本のミクシィやアメリカの Facebook(フェイスブック)みたいな、人とつながる「ソーシャルネットワーキング」のソーシャルです。

近頃は、アメリカでは誰もがソーシャルネットワーキングのサービスに加入していて、たとえば友達とつながりたいなら Facebook、仕事を探したいなら LinkedIn(リンクトイン)、つぶやきたいなら Twitter(トゥイッター)、そして自分でソーシャルネットワークを立ち上げたいなら Ning(ニン、昨年4月号でご紹介したマーク・アンドリーセン氏設立のサービス)と、役割分担が明確になってきています。
ですから、ひとりが複数のサービスに加入しているケースが多く、接触する相手もたくさん。それに仕事の相手が加わったりすると、もう誰が誰やら、どのアドレス帳を見ていいのやらと、頭が混乱してしまいます。

そこで、近頃のスマートフォンでは、複数の連絡先を持つ同一人物を、あちらこちらのデータベースから引っ張ってきて、シャカッとひとつにまとめてあげましょうというのが流行っています。
そして、Facebook、LinkedIn、Twitterといったサイトで誰かが新しい文章や写真を掲載したら、瞬時にそれを知らせてくれる機能も重宝がられています。
 


P1030320small.jpg

この手のソーシャルな機能を最初に打ち出したのは、パーム(Palm)でしょうか。ご存じ「パーム・パイロット」で有名な、シリコンバレーの携帯情報端末の老舗です。
昨年6月号でもご紹介していますが、新製品「Pre(プリー)」で発表した基本ソフトPalm webOSには、「Synergy(シナジー、相乗効果の意)」という新しいコンセプトの機能がありました。
まさに、あちこちに散らばる連絡先やスケジュールが、仕事やプライベートの区別なく、ひとつの画面にわかりやすく統合されるという、とても便利なものでした。(写真は、「Pre」の弟分となる「Pixi Plus(ピクシー・プラス)」。CTIA会場で新たに展示された AT&T 向けモデルです。)

そして、それを一歩先に進めたのが、モトローラの「Motoblur(モトブラー)」です。「ブラー」というのはぼやけるという意味で、いろんなデータベースの垣根がぼやけて、情報がひとつに見えるという含蓄があります。
昨年9月号でもご紹介していますが、「Motoblur」を搭載したアンドロイド端末のトップ画面には、ソーシャルネットワークを統合するウィジット(簡易プログラム)が載っていて、いちいち Facebook や Twitter のアプリケーションを立ち上げなくても、ひとつの画面で新しい書き込みがリアルタイムに見えるという、便利な機能です。
サービスサイトのサーバが自動的に新しい情報を送ってくる「プッシュテクノロジー」を利用しています。
 


P1030277small.jpg

今回のCTIAでは、マイクロソフトの新しいスマートフォンOS「Windows Phone 7 Series」が、この手のソーシャルな機能を前面に打ち出していました。
マイクロソフトは、すでに「Windows Mobile」というスマートフォンOSを持ち、世界市場でさまざまな端末が出荷されていますが、こちらの「Windows Phone 7」は、今までの伝統を踏襲しない、まったく新しいものという位置づけになっています。

こちらは「Windows Phone 7」のトップ画面となりますが、まるで四角いタイル貼りのようになっていて、各々の「ライブ・タイル」は、電話機能を表す「フォーン」、友達を表す「ピープル」、メール機能を表す「アウトルック」、スケジュールを表す「カレンダー」と、わかりやすく表示されています。
 


P1030279small.jpg

さらにトップ画面の続きを見ると、ここにはネットアクセスの「IE(インターネット・エクスプローラー)」、写真の「ピクチャー」、メディアプレーヤーの「Zune(ズーン)」、オフィススイートの「Office(オフィス)」と、さまざまに異なる機能が整然と並べられているのです。マイクロソフトの新しい検索サイト「Bing(ビング)」も登場しています。
2006年12月号でご紹介していますが、「Zune」というのは、アップル iPod(アイポッド)のようなメディアプレーヤーです。残念ながら、鳴かず飛ばずで終わった感はありますが、それがここで復活しているのです。)

こんな風に、今までのマイクロソフト製品が一堂に会する「Windows Phone 7」ですが、上で「ソーシャルな機能を前面に打ち出す」と述べた理由は、いろんなデータを便利にひとつにまとめてくれるからです。
たとえば、「ピープル」の画面では、あちらこちらに散在する友達のデータをひとつに統合してくれたり、Facebookの友達の最新の書き込みを知らせてくれたり、「カレンダー」の画面では、アウトルック上の仕事のスケジュールと、グーグルカレンダーのプライベートのスケジュールを統合してくれたりと、統合(aggregate)することに長けているのです。
これは、まさに、今流行りのソーシャルな一面といってもいいでしょう。要するに、友達にサクッと連絡したいとか、友達が今何をやっているかとか、何を考えているかを知りたいという、人とつながる欲求を満たすための機能となっているのです。
 


P1030281small.jpg

とはいいましても、この「Windows Phone 7」が一般消費者にすんなりと受け入れられるかと問われれば、大いに疑問が残る、と答えざるを得ないかもしれません。
マイクロソフト自身は、このプラットフォームは普通の消費者を念頭に開発したとしていますが、たとえば「アウトルック」とか「オフィス」といわれても、一般消費者には何のことかはまったくわからないでしょう。
もしビジネス向けにもアピールしたいと考えているのなら、ビジネスマンには、すでにリサーチ・イン・モーションのブラックベリー端末があるので、こちらに乗り換える必然性はないでしょう。
そのブラックベリー端末だって、今となっては新しいアプリケーションが次々と登場し、ずいぶんと一般消費者にも受け入れられるようになっているのです。

それに、今は、誰もがソーシャルをキーワードとしています。CTIA会場でも、基本ソフトが何であれ、どの携帯端末も Facebook や Twitter のアイコンをトップ画面に持って来て、「ソーシャルネットワーク対応」であることをうたい文句にしていました。


P1030300small.jpg

たとえば、こちらのノキアのスマートフォン「N900」。ノキア製品では珍しいタッチスクリーンとなっていますが、グーグルのアイコンの隣には、Facebook と Twitter が鎮座ましましています。
第1話で触れたデルのスマートフォン「Aero」では、カメラで撮った写真や動画を Facebook や YouTube に自動的にアップロードできるようになっています。
そんな風に、みんながソーシャルに取り組んでいるので、今は他との差別化が難しいのです。「この製品じゃないとダメ!」というユーザの信頼を勝ち取るのは、至難の業でしょう。

そして、スケジュール的に間に合うかという疑問もあります。「Windows Phone 7」は、先月スペイン・バルセロナで開かれた「モバイル・ワールド・コングレス」でお披露目され、実際の出荷は、今年の歳末商戦の時期とされています。が、現時点では、ブースで触れる試作機もありません。
予定通りに事が運んだにしても、その頃には、iPhone やアンドロイド搭載機は、アプリケーションをどんどん増やし、販売台数も日に日に伸びていることでしょう。

しかも、無償のアンドロイドと違って、「Windows Phone 7」は有料です。これを採用する端末メーカーは、マイクロソフトにソフトウェア使用料をたくさん支払わなくてはなりません。だったら、アンドロイドの方がいいかも、と思うメーカーも出てくるかもしれません。
 


P1030276small.jpg

なんだか、ちょっと辛口の評価になってしまいましたが、「Windows Phone 7」には、ひとつユニークなところがあるのです。それは、マイクロソフトのゲーム機「Xbox 360」と連携プレーができるところです。
「Windows Phone 7」搭載機では、Xbox 360 のゲームがいくつか動くようになっていて、まるで手元にXboxを持っているかのように、ネットワークを介して他のXboxユーザと対戦できるのです。これで、出張中のお父さんだって、自宅にいる息子と対戦できるようになるのです!

まあ、これが俗にいう「キラー・アプリ」かと問われれば、何とも答えに窮するところではありますが、マイクロソフトならでは、といった芸当であることは確かですね。

というわけで、ごくざっくりと、今年のCTIAワイヤレスを振り返ってみました。

なんとなく大きな変化が予想される2010年は、スマートフォン業界にとって「プレートテクトニクスの年」となるのかもしれません。

夏来 潤(なつき じゅん)

 

アイリッシュダンスとアイルランド料理

ちょうど一年前に「緑色のセント・パトリックス・デー」というお話を書きました。3月17日は、セント・パトリックス・デー(St. Patrick’s Day)と呼ばれる日で、みんなで緑色の服を着て、にぎやかにお祝いをするのですと。

もともとは、アイルランドの守護聖人・聖パトリックをお祝いする日ではありますが、それが、はるかかなたアメリカにも根付いていて、アメリカ人も心待ちにしている一日となっているのです。

どうしてって、カトリックの聖人をお祝いする日のわりに宗教色が強くないし、おまけに子供たちはパレードを観たり、大人たちはたくさんお酒が飲めたりと、いっぱい楽しめるから。


例年、わたしもちゃんと緑色の服を着てお出かけするのですが、今年はミーティングのお相手ももちろん緑色を着ていましたし、彼女のオフィスの受付には、緑色の鮮やかなカップケーキが登場していました(カップケーキは小さな丸い型に入れて焼いたケーキで、上には色鮮やかなクリームが乗っかっていて、子供たちが大好きなお菓子です)。

受付の人には「カップケーキいかが?(Would you like some cupcake?)」と勧められましたが、さすがに緑色のクリームには躊躇してしまいましたので、にこやかにお断りいたしました。

そして、その晩は、近くのクラブハウスでアイルランドのダンスを見せていただきました。

そう、アイリッシュダンスといえば、『リバーダンス』というショーで世界的に有名になりましたが、上半身はそのままで足を忙しく動かしながら、右へ左へ前へ後ろへと動きまわる、楽しげな踊りですね。

基本的には、タップダンスみたいに足で拍子を取りながら踊るのですが、上半身を固定しながら足だけ動かすのは、かなり難しいだろうと思うのです。

それに、体の向きをクルクルと変えながら踊るので、観るのも忙しいし、写真を撮るのも難しいのです。まるでミツバチのように動きまわって、片時もじっとしてくれないので、シャッターチャンスをすっかり逃してしまいます。

彼女たちは、きっと地元のアイリッシュダンスの学校に通っている子たちなのでしょう。「Golden Greene Irish Dancers」なんて立派に名前も付いています。

みなさん色鮮やかな衣装に身を包み、髪の毛もクルクルにカールしています。このように髪をカールするのは、もともとアイルランドの女のコは髪を「お嬢様カール」にしていたところから来ているんだそうです。
 おまけにピカピカのティアラも付けていて、最大限のおしゃれって感じですよね。(女のコにはとっても嬉しいことです!)

けれども、アメリカでもアイリッシュダンスの競技大会が開かれたりするようなので、本人たちにしてみれば、かなりシリアスな習い事なのかもしれません。

ダンサーのみなさんは、小さな子から大きな子まで年齢もまちまちでしたが、小さな女のコもおすましのポーズで、それがとってもかわいく感じられました。小さくても、踊りのステップはしっかりしていて、なかなかのものでしたよ。

アイリッシュダンスを間近に観るのは初めての経験でしたが、あの小気味の良いバイオリンの音に乗って、かわいい女のコたちが元気のいいダンスを披露してくれて、早春にふさわしい、すがすがしい気分になりました。

それに、観る方だってかなり気合いが入っていて、ほら、こちらの家族なんて、緑色の服だけじゃ足りなくて、首から光るネックレスを下げているでしょう。

このアイリッシュダンサーたちは、昨年とても好評だったので、今年ももう一度ご招待されたんだそうですよ。


そして、この晩のもうひとつのイベントは、アイリッシュビュッフェです。ビュッフェとは、日本で言う「バイキング形式の食事」のことですね。(英語ではbuffetと書き、後ろにアクセントが付く「バッフェ」と発音します。)

セント・パトリックス・デーにちなんで、アイルランドの地元のご馳走を再現して、みんなで食べられるだけ堪能しましょうよ!というイベントなのです。

もちろん、食べる方にとっては楽しみなイベントではありますが、レストランだって十分に楽しんでいて、飾り付けにもいろいろと凝っているのです。
 こちらの写真では、「Lucky Shamrock Pub」なんて小さな看板が見えていますが、僕たちは「ラッキーな三つ葉のクローバーのパブ」なんだよと洒落こんでいるのです。

さて、肝心のお料理ですが、わたし自身はアイルランドには行ったことがないので、アイルランド料理と聞いても、何も頭に浮かんできません。それで、いったいどんなお料理なんだろうと、興味津々でした。

そして、この晩ちょっとわかったことは、アイルランドのお料理にはジャガイモやキャベツが大活躍するのかもしれないな、ということでした。

たとえば、こちらのケーキ風のもの。これは、マッシュポテトをパンケーキ風に焼いたものですが、なんでも、アイルランドでは有名なお料理なんだそうです。
 「Boxty(バクスタイ)」というジャガイモのパンケーキで、鉄板でこんがりと焼くので「potato griddle cake(ポテト鉄板ケーキ)」とも呼ばれているようです。

マッシュポテトに小麦粉を混ぜて、それにバターミルクと卵を加えて、パンケーキのように両面を焼きます。
 こちらのレストランでは、わざと緑色にするために、バジルのペースト(basil pesto)を混ぜ込んでありましたが、それがなかなかいい香りを出していました。

いつかボストンでドイツ風のレストランに入ったとき、薄くカリカリに焼いたポテトパンケーキを食べたことがありました。そちらのものは、リンゴジャムが合わせてあったので、どちらかというと、おやつ風の食べ物だったようです。
 こちらのアイルランドのものは、タマネギのみじん切りを入れることもあるようなので、甘いパンケーキというよりも、ポテトでできた付け合わせといった感じでしょうか。
 表面のカリカリ感とは対照的に、中はふんわりとして素朴な味わいでした。

そして、ジャガイモに加えて、キャベツも良く使うのではないかなと思ったのは、こちらのお料理でした。

こちらは、「corned beef and cabbage (コーンビーフとキャベツ)」ですが、アメリカでお祝いするセント・パトリックス・デーには、なくてはならない食べ物なんだそうです。

コーンビーフというのは、牛肉を塩水に浸して保存できるようにしたものですが、缶詰になったものは日本でもお馴染みですよね。

もともとアイルランドではコーンビーフを食べる習慣はなかったそうですが、アメリカに移住して来たアイルランド系の人たちが、「ベーコンとキャベツ」のお料理を作るときにベーコンをコーンビーフで代用したところから、コーンビーフ=アイルランド系=セント・パトリックス・デーの食べ物、というイメージができあがったそうです。

缶詰になったコーンビーフもおいしいですけれども、こちらの自家製コーンビーフはとってもおいしかったですよ。ちょっと辛みのある西洋わさびのクリームソース(horseradish cream sauce)で味付けしていましたが、ブラウンシュガーが入っているので、まろやかなお味になっていました。

我が家では、普段は牛肉を食べないのですが、おかわりをするほど気に入ったというのは、よほどおいしかったということでしょう。(上の写真ではキャベツがあまり見えていませんが、コーンビーフの下にたっぷりと入っているのです。)

ビーフと一緒に目を引いたのが、子羊でした。こちらの写真の一番手前に見えているのは、子羊を野菜と煮込んでシチューにしたものです。「Irish Lamb Stew(アイルランドの子羊のシチュー)」というと、やっぱりあちらでは立派な名物料理なんだそうです。

こちらのシチューは、「Guinness Braised Lamb Stew」という名前にしてあったので、地元のギネスビールで蒸し煮にした子羊をジャガイモやパールオニオン(真珠よりちょっと大きいサイズのタマネギ)と一緒に煮込んでいたようです。
 味は、こってりと香ばしいデミグラスソースと言えば、わかり易いでしょうか。

なんでも、アイルランドという国は、11世紀中頃にフランスのノルマンディー地方から隣国イギリスに攻めて来た、ウィリアム1世のノルマン王朝の影響を受けているそうなので、食事にもフランスとかイタリアの影響が色濃く残っているということです。
 デミグラスソースも、その頃から貴族たちの間で好まれていたのかもしれません。

でも、もともとアイルランドはケルト人の住んでいた国なので、牛や羊の放牧を生業(なりわい)としていたのでしょう。ですから、食事も肉や乳製品、そして小麦やカラス麦といった穀類や豆類が中心だったようです。

それが、16世紀後半にジャガイモが入って来て、農民たちがジャガイモ栽培に精を出し始めてからは、食事の内容も変わってきたようです。とくに隣国イギリスにジャガイモを輸出するようになってからは、国の一番大事な農作物となったので、庶民の食卓にも、乳製品や麦に代わって、ジャガイモが載るようになったようです。

けれども、このジャガイモが悲劇の引き金にもなったことがありまして、18世紀中頃には、冷害による飢饉(ききん)が起きましたし、19世紀中頃には、ジャガイモの病気が国中に広がって、大飢饉が起きたのでした。
 このときは、ジャガイモはたった一種類しか栽培されていなかったので、病気がヨーロッパ大陸から広がってきたときには、大部分のジャガイモが被害に遭って、庶民は何年も食べるものもなく、多くが命を失いました。
 この大飢饉をきっかけに、アメリカへ移住する人たちも増えたのですが、このとき国の人口は、いっぺんに2割から3割も減ったと言われています。

でも、やっぱりジャガイモに対する愛着は消えなかったようですね。長い間、主要作物として栽培してきた歴史があるので、今でもジャガイモが大事な食材であることに変わりはありません。


ちょっと話が脱線してしまいましたが、この晩のビュッフェで気に入った中には、こちらのスープがありました。ニラ(leek)のクリームスープだそうですが、クリームスープのわりにあっさりしていて、あまりニラくさくもなく、お食事の前菜としては最適なものでした。

こういうスープは庶民的ですし、体が温まるし、なんとなくホッとする食べ物ですよね。

さて、アメリカ人にとって絶対に忘れてはならないものと言えば、そう、デザートですね!
 鮮やかな緑色のクリームが乗っかったチョコレートケーキだとか、緑色の三つ葉のクッキーだとか、とっても甘そうなもののオンパレードとなっています。

まあ、正直に申し上げて、あんまりおいしいわけではありませんけれども、緑色がテーマのこの日を締めくくるには、もってこいの食べ物ではありました。


そうそう、このセント・パトリックス・デーには、ホワイトハウスでオバマ大統領主催の午餐会が催されたそうですが、こちらの下院議員の方は、その会に出席なさったのでしょうか。それとも、単に「おしゃれ」な方なのでしょうか。緑色のネクタイと三つ葉のクローバーを付けていらっしゃいますよね。

この方は、連邦下院議会の多数派リーダー(House Majority Leader)という要職に就いている、民主党のステニー・ホイヤー議員です。しっかりと緑色のおしゃれをしているので、もしかしたらアイルランド系の方かと思ったのですが、実は、お父さんがデンマークから移住して来たので、デンマーク系2世の方なんだそうです。

それにしても、アイルランドだの、デンマークだのと、アメリカにはいろんな人がいるものですよ。だから、住んでいて楽しいことも多いんですけれどね!

ダンナ様の教育

いえ、他愛もないお話です。

先日、連れ合いが昼食にカレーを食べたんです。カレー屋さんのカレーではなくて、缶詰に入ったカレーです。こちらの日本語放送で宣伝していたので、それにつられて、つい買ってしまったものなのでした。

けれども、食べてみると、期待に反してあまりおいしくなかったそうなんです。わたし自身はカレーを食べませんが、鍋に残ったものは、確かに醤油っぽい匂いがしていました。

すると、連れ合いがこう言うのです。「これってあんまりおいしくないから、寄付した方がいいかな」と。


連れ合いが寄付したいと思った先は、「食料銀行」。英語で「Food Bank(フードバンク)」と呼ばれていて、1970年代にアメリカ全土に広がった人助けのシステムです。

まるで銀行がお金を貯めるみたいに、食料銀行は食料を貯めておくのです。常時、2ヶ月分くらいの食料を倉庫に貯蔵しています。(こちらの写真は、シリコンバレーの食料銀行 Second Harvest Food Bank の倉庫内です。)

倉庫に集めた食料は、直接個人に配布するか、契約している慈善団体を通して配布するかして、食べることにも困っている地域の人たちに差し上げるのです。子供のいる家庭、高齢家族、所得が足りない人、障害を持つ人と、あらゆる世帯を助けることを目的としています。
 シリコンバレーの食料銀行では、平均すると、月に20万人以上の人たちに食料を分配しているのです。年間1万8千トンの食料となります(って言われても、想像もつきませんよね)。

この食料銀行は、ときどきは農家やスーパーマーケットから寄付された新鮮な野菜や果物を配布することもありますが、基本的には日持ちのする物を配布します。ですから、缶詰とか、豆類・穀類とか、箱に入ったシリアル(コーンフレーク)の類とか、そんなものを中心に集めているのです。

日本でも年末・年始になると、クリスマスや元旦のおせちとご馳走を食べる機会が多くなりますが、アメリカでも感謝祭やクリスマスや元日には、誰でもお腹を満たしたい時期となります。
そこで、食料銀行でも、この時期に一般の人や企業から食品の寄付を募ろうと、Food Drive(フードドライブ、食料集めのキャンペーン)を催します。
 たとえば、シリコンバレーの小さなスタートアップ会社にも、大企業のオフィスにも、そしてスーパーマーケットの店先にも、食料銀行の大きなドラム缶が登場するのです。
 写真のドラム缶にも「Donate Food Here(ここに食料を寄付してください)」と書いてありますが、この中に、どんどん食品を入れていくのです。

これを見ると、「あ~、食べ物を寄付する時期になったんだなぁ」と実感するような、一種のアメリカの風物詩ともなっているのです。

けれども、食料を寄付してもらいたいのは、なにも年末に限りません。食事は毎日必要なものですから、食料銀行が食料を必要とする時期にハイシーズンもローシーズンもありません。

ですから、うちの連れ合いみたいに、缶詰を寄付しようという発想になるのですね。

まあ、おいしくないと思うものを寄付するのは、ちょっと申し訳ないことではありますが、少なくとも、食べずに捨ててしまうのよりはマシだと思うのです。それに、シリコンバレーにはアジア系住民が多いので、きっとカレーを好む方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。


それにしても、連れ合いが「缶詰を寄付しよう!」と思うようになったのは、ひとえにわたしの「教育」の賜物だと思っているのですよ。だって、結婚するまでは、世の中に慈善団体が存在することを知っているかどうかも疑わしい限りでしたから。

今では、クローゼットに要らない洋服を見つけたり、古い電化製品が必要なくなったりすると、せっせと慈善団体の『The Salvation Army(救世軍)』に持って行くようになりました(以前、「シーズン・オヴ・ギヴィング、与える季節」というお話でご紹介したことがあります)。

そして、わたしが必ず年に2回、食料銀行にお金を寄付することを知ってからは、食料銀行の存在や、いったいどんな食品を寄付すればいいかもしっかりと学んだようです。

(蛇足となりますが、わたしが食品ではなく、お金を寄付するにはわけがありまして、それは、食料銀行が破格の値段で食料を調達するすべを知っているからなのです。ということは、自分で食品を買って寄付するよりも、彼らは同じ値段でもっとたくさん調達できるということですね。食料銀行は、そんな利点を生かして、必要な食料のおよそ半分を自ら調達しています。こちらの写真は、山のように積まれた豆の袋です。)


ところで、表題ともなっている「ダンナ様の教育」というと、わたしはいつも思い出すことがあるのです。それは、日本で勤めていたときに、先輩社員がおっしゃっていたことでした。

その方が結婚なさったお相手は、それこそお母様から大事に育てられた方で、炊事、掃除、洗濯、ほとんど何もできなかったそうです。

それで、せめて洗濯のお手伝いだけはやって欲しいと思った先輩は、洗濯物の干し方を伝授したんだそうです。「シャツにアイロンをかけるにしても、こうやってパンパンと伸ばして干すと、後でアイロンかけが楽になるでしょう」と。

すると、さすがに賢いダンナ様。すぐにそれを学んで、ひとりでもきちんと洗濯物を干せるようになったそうです。(隠れて観察していたら、ちゃんとパンパンとやっていたわ、と報告なさっておりました。)

まあ、それに比べると、我が家は楽なものでしょうか。だって、連れ合いは料理が大好きなので、黒豆を煮てくれたり、おからで卯の花を作ってくれたりするのです。

それを古い友達に話したら、「それは、あなた、宝くじに当たったのよ!」と言われました。

そして、母は、「まあ、あなたって情けない!」と言うのです。


それにしても、結婚生活には困難な場面は付きものでして、たとえば喧嘩をしたり、なんとなく心が通じなかったりということもたびたびですよね。

けれども、それはどっちか片方が悪いわけではなくて、両方に落ち度があるのだと思っているのです。

あるドキュメンタリー番組にこんなエピソードがありました。

結婚して数年、4人の子供に恵まれたのはいいけれど、子育てに忙しい奥さんはだんだんとダンナさんを遠ざけるようになる。すると、ダンナさんは寂しいものだから浮気をしてしまって、それを知った奥さんは相手がまったく信じられなくなって、ダンナさんが何を言っても、すぐにけんか腰になってしまう。
 すると、ダンナさんの方は、かたつむりのように自分の殻に閉じこもって押し黙り、そんな様子を見ていると、奥さんはますます烈火のごとくに逆上する。

そんなこんなで、ふたりは結婚カウンセラーに通うようになったのですが、そこでもふたりはソリが合いません。かたつむりのダンナさんが、せっかく何か訴えかけても、奥さんはこう言ってはねつけるのです。
 「そうやって、あなたはいつもバスケットボールのたとえ話ばっかりなのよ。バスケットがどうのこうのって、スポーツがそんなに大事なの?」

見るに見かねたカウンセラーが、ダンナさんに向かって質問の角度をちょっと変えてみるのです。あなたのお父さんは、あなたが何歳のときに亡くなったのですか?と。

なんでも、ダンナさんが2歳のときにお父さんは殺されたそうですが、そんな幼い頃であっても、父親の姿をたった一場面、鮮明に覚えているそうです。それは、お父さんがにこにこと笑いながら、バスケットボールを抱えている場面。
 きっとバスケットボールはお父さんが一番好きなスポーツだったのでしょう。そして、ダンナさんにとっては、バスケットというスポーツ自体がお父さんなのでしょう。

数年一緒に暮らしているけれど、奥さんは、そんなことは初耳だったそうです。そして、バスケットボールの意味を知ってからは、ガラリと態度を変えるのです。それは、奥さんがダンナさんの心をわかろうと、ちゃんと考えるようになったから。

すると、双方の会話もスムーズになっていくし、話が通じると、一緒にいることも楽しくなってくるのです。

人間は、お猿さんやミツバチさんと同じように社会動物ではありますが、人間がとても優れているところは、感情移入をして、人と共感できることでしょう。
 そして、この素晴らしい特技は、結婚にしても、友情にしても、仕事のパートナーシップにしても、いろんな場面で何かと助けになるのだと思います。

「共感(empathy)」というのは、人間が人間たるもっとも根本の部分なのかもしれませんね。

話題が大きく脱線してしまいましたが、こちらのお話は、公共放送で放映されたドキュメンタリー番組『This Emotional Life: Family, Friends, Lovers』 (WGBH Boston/Vulcan Productions 2009年制作)に出てきたエピソードでした。

旧正月の餃子

以前、「もうすぐお正月」と題して、もうすぐ「旧正月」が来ますよというお話をいたしました。中国、韓国、ヴェトナム、台湾などでは、今でもお祝いしている大切な行事ですね。

そのとき(2007年)は、2月18日が旧正月の元日(春節)でしたが、今年は、2月14日でした。
 ご説明するまでもなく、旧正月は太陰暦(旧暦)にもとづきますので、太陽暦(新暦)にすると、毎年日付が変わるのですね。

2月14日はヴァレンタインデーであるとともに、今年は日曜日でしたね。ですから、「春節がお休みになる!」と、シリコンバレー界隈の中国系やヴェトナム系の方々は喜んでいらっしゃいました。

シリコンバレーでは、学校によっては旧正月を何日かお休みにするところもあるようですが、さすがに会社はお休みにはなりません。ですから、春節が日曜日に当たると、ゆっくりお祝いができると嬉しいのです。
 いくらアジア系住民が多いといっても、やはりアメリカ人にとっては、旧正月は馴染みのないものですから、こればっかりはしょうがないですね。


そんなわけで、今年は旧暦の大晦日が土曜日となって、みんなでゆっくりとお祝いできたようです。

中国系のわたしの友人も、大晦日のご馳走である「餃子」を堪能したそうです。

そうなんです。中国では、大晦日に餃子を食べる習慣があるそうなのです。

そこで、実際に餃子を作るところを写真に撮ってもらいました。(土曜日は仕事で忙しかった友人に代わって、ご主人が撮ってくれました。そして、実際にご馳走を作ったのは、中国から遊びに来ている、友人のお母様だそうです。)

餃子作りは、まず皮を作るところから始まります。市販のものもあるのでしょうけれど、中国の方は、ご自分で作る方が多いですよね。

餃子の皮は、基本的には小麦粉と水と塩で作ります。分量などは細かく伺ってはいませんが、きっと各家庭のレシピやコツがあるのでしょう。
 塩水を加えて、小麦粉をこねあげたあと、このようなお饅頭の形に分けます。このままだと、なんとなく肉饅のようでもありますね。

このお饅頭の真ん中に穴をあけて、ドーナツ状に延ばしていきます。

ふたつ重なったところは、ドイツのプレッツェルのようでもありますね。(このまま揚げてもおいしいのかも?)

今度は、ドーナツを長く引き延ばし、棒状にいたします。

そして、包丁でトントンと切っていって、コロコロサイズにします。

ご承知の通り、これを麺棒で延ばして、丸くて、薄い皮の形に整えていきます。と、ひとことで言っても、これを同じ大きさに、均等の薄さにするには、きっと年季が必要なのでしょうね。

皮ができあがったところで、今度は中身といきましょう。

こちらの写真は、すでに中身を全部混ぜたところです。豚のひき肉にニラを刻んだものと、エビを細かく刻んだものが入っています。それに、しょうがのみじん切りと、しょうゆ、塩、砂糖少々を加えます。

エビはお好みで入れたり、入れなかったりするそうです。ニラの代わりに、白菜でもおいしいですね。

中身ができたところで、いよいよ皮に包みます。

この包み方にはいろいろありますよね。こちらの写真のように、家庭用にごくシンプルに仕上げたり、以前ご紹介したように、芸術品のように凝って仕上げたりと、ケースバイケースのようです。

それにしても、なんとなく、日本の餃子よりもふっくらとしていて、焼いたらモチモチしそうですね。

ほ~ら、できました!

ひとつひとつ、微妙に大きさが違うところがまたいいですね。まさに、手作りの餃子って感じです。

きっと、中から肉汁がじゅっと出てきて、おいしい餃子なのでしょう。

そして、こちらは、大晦日のご馳走が全部出そろったところです。

エビ、ロブスター、魚といった海産物に加えて、焼豚や酢豚のお肉、そして、色とりどりの野菜の料理と、見ているだけで楽しくなってくるような食卓です。

餃子も4皿登場していますが、どれも水餃子にしてあるようです。たしかに、あれだけ厚みがあると、焼くよりもゆでた方がいいのかもしれませんね。油を使わずに、健康的でもありますし。

それにしても、このように料理の品々を所狭しとテーブルの上に置いてみると、よけいにご馳走に見えませんか! もちろん、お母様の手料理は天下一品なんでしょうけれど。

友人は、この大晦日のご馳走を心から楽しみにしていたようですよ。


さて、旧正月の大晦日は、このようにご馳走を堪能しながら、中国版紅白歌合戦などを観て楽しむのですが、元日の「春節」だけではなくて、15日目も大事な日なんだそうです。

旧暦の1月15日は、「元宵節(げんしょうせつ、中国語ではユエンシャウ・ジエ)」と呼ばれています。これは、春節後初めての満月の日で、今年は2月28日の日曜日となりました。

この日の朝にも、あるものを食べる習慣があるそうです。

それは、おもちです。

元宵節のおもちは、「元宵」と呼ばれます。きっと満月の元宵節だから、満月みたいな元宵を食べることになったのでしょうね。もち米でできているお団子で、中には、甘いものや、肉や野菜の具が入っているそうです。

わたしがシリコンバレーの中国系スーパーマーケットを覗いたときには、ピーナッツ、胡麻、小豆餡(あずきあん)と、3種類のお団子がありました。
 こちらの写真は、小豆餡のものです。胡麻とピーナッツというのが果たしてどんなものかわからなかったので、自分でも食べられるようにと、小豆を選んでみました。(こちらのパッケージにもあるように、「元宵」は「湯円」とも書くようですね。)

食べ方は、だいたいお湯でゆでるそうですが、蒸してもいいし、油で揚げてもいいそうです。けれども、最近は中国でも健康に気を使っている人が多いので、ゆでるのが一般的とも伺いました。

こんな風に、おもちを食べるだけではなくて、元宵節には燈籠(とうろう、ランタン)を飾って、邪気を追い払い、お正月の最終日に華やかさを添えます。日本でも、横浜や神戸や長崎の中華街では、燈籠祭り(ランタンフェスティバル)が開かれるようですね。

そして、元宵節の習慣としては、「迷語」と呼ばれる謎掛けもあるそうです。たとえば、連想ゲームのように、言葉でキーワードを連想させる場合もあるし、図を描いて当てさせる場合もあります。そして、燈籠に隠し絵をして、果たして何の絵なのか当てさせることもあるそうです。

このような謎掛けは、いずれも知的なお遊びなので、まったく好まない方もいらっしゃるそうですが、友人宅では、子供の頃から慣れ親しんだお遊びのようでした。なにせ、彼女の両親は、学校の先生だったそうですから。

それから、彼女は、中国東北部・遼寧省(りょうねいしょう)の省都、瀋陽(しんよう、シェンヤン)の出身なので、他の地域には、それぞれ異なった習慣があるのかもしれません。何といっても、中国は大きな国ですからね。


そんなわけで、今年は、春節と元宵節が日曜日になって、アメリカのアジア系住民は嬉しい思いをしたわけですが、どうやら、日本でも、旧正月はまったく無縁のものではないようですね。

沖縄の宮古・八重山地方では、元宵節の翌日の旧暦1月16日に、「十六日祭(ジュウルクニチー)」を行う習慣があるそうです。

なんでも、これは「グソー(後生、あの世)の正月」だそうですよ。亡くなった先祖の霊を供養する日で、島外からも親戚が帰省し、お墓にお酒やご馳走を持ち寄って、一族で楽しく過ごす一日となっているのです。

幼稚園や小中学校は午後からお休みになるということなので、子供にとっても楽しみな日となっているのでしょう。

ご存じのように、沖縄地方のお墓は一族のお墓(門中墓)なので、敷地も大きいのです。そこに親戚一同が会し、ご馳走に舌鼓を打ちながら、近況報告をしたり、結束を強めたりする日が「十六日祭」なのですね。(そういう点では、春の「清明祭(シーミー)」にも似ています。)

今年は3月1日が十六日祭でしたが、この行事が盛んな宮古島市や石垣市では、それこそ一族50人が集まるお墓もあったそうですよ。(『沖縄タイムス』3月2日付けの記事を参照)

ちょっと蛇足になってしまいましたが、まだまだ健在の旧暦。

こうやって探ってみると、もっといろいろと出てきそうですね!


後日補記: こちらでご紹介した餃子を実際に食べてみましたよ! 友人が昼食用に持って来たものをお裾分けしてもらったのでした。

口に入れてみて、まず驚いたのは、ニラのこうばしい香りです。豚のひき肉に比べて、ニラの分量がかなり多いので、野菜餃子のような感覚なのです。それから、刻んだエビのプリプリ感がなんとも言えません。
 今日の餃子には、キクラゲを細かく刻んだものが入っていたようでした。それがまた、プチプチと楽しい歯ごたえを生んでいます。
 焼くのではなくて、水餃子にしてあるので、皮の小麦粉の香りがプーンと引き立ちます。いかにも手作りといった、なつかしい香りなのです。(電子レンジで30秒温めたら、できたてのようになりました。)
 そんなわけで、酢醤油とか何もつけなくても、十分に味わい深い餃子なのでした。

餃子を試食したところで、元宵(湯円)団子も試してみました。お湯でゆでると、まわりのもち米が溶け始めて、やわらかくペトペトした感じになります。だから、口当たりがスムーズになって、ついついパクッといってしまいますね。大きさもちょうど一口サイズですし。
 外側のお団子の部分は、ちょっと甘みがあって、ちょうど日本の笹餅のような味がします。
 中身の小豆餡は、甘過ぎることもなくちょうど良い甘さです。きっと近頃は中国でも、甘過ぎるお菓子は敬遠されているのかもしれませんね。小豆餡の代わりに、胡麻風味の餡でもおいしいかなとも思いました。

もし機会がありましたら、旧正月の味わいを試してみてくださいませ。

今月の話題:オリンピック、トヨタ、IP電話

Vol. 127

今月の話題:オリンピック、トヨタ、IP電話



P1020868small.jpg

シリコンバレーは、だいぶ暖かくなりました。今年は、春が訪れるのが一段と早いようで、菜の花や桃の花は満開を過ぎてしまいました。もうそろそろ桜という季節でしょうか。
2月は旧正月のお祝いもありましたし、辺りは「新春」にふさわしい華やかな風景となっています。

そんな今月は、冬季オリンピック、トヨタのリコール問題と、今話題になっているトピックを選んでみました。そして、我が家で注目度満点の新型電話のお話も加わっています。

<いずこも同じ男心>
のっけから失礼いたします。「男心」のお話です。

バンクーバー冬季オリンピックをアメリカで観戦していて、ひとつおもしろいなと思ったことがありました。それは、なぜだか急にカーリングが人気となっていることなのです。アメリカは決してカーリングが強いわけではありませんので、それはちょっと不思議なことだと思うのです。
もしかすると、総当たり方式(round robin)の予選リーグで、アメリカの男子チームが一気によみがえったこともあるのかもしれません。最初の3日間で4連敗したところが、翌2日で2連勝と調子を上げてきたので、いきなり国民の関心度が倍増したようではあります。
けれども、何といっても、人気上昇の真の理由は、カーリング女子にあるのではないでしょうか。

アメリカでオリンピック放映権を持つNBCは、系列のMSNBCやCNBC、USAとケーブルチャンネルも総動員してオリンピック放送を行っておりますが、自国が出場していない試合でも、せっせとカーリングを放映しています。
もちろん、一回戦は総当たりである以上、他国の戦い方も観戦しておく必要はあるわけですが、通常アメリカ人は、そんなことは気にしないと思うのです。自国チームの結果さえわかればいいやと、そんなところがあるのです。
ところが、これだけ熱心にデンマークとドイツの試合を放映しているところをみると、やっぱりお目当ては女子選手にあるのではないかと、うがった見方をしてしまうのです。きっと「あの金髪のコがかわいい」だの「いや、こっちのブルーネットのコがいいよ」だのと、カメラの後ろ側で盛り上がっているに違いありません。
だって、デンマークの金髪の選手がひどくアップになっていましたよ。

実は、今回のオリンピックでちょっと話題になったことがありました。それは、アメリカの女子選手についてでした。
アルペンスキーのリンゼイ・ヴォーン選手を始めとして、アメリカにはかわいい選手が多いのです。そして、その魅力をアピールしようと、男性向けのスポーツ雑誌にちょっときわどい水着姿で登場したりしていたんですね。
もちろん、こういうのはオフシーズンに撮影されたものではありますが、オリンピックを目前に掲載誌が発売されると、「スポーツ選手でありながら、これは何たることか!」と、一部の方々の顰蹙を買ってしまったのです。スポーツ選手というものは、良い成績(メダル)を残すために全力を尽くすべきであって、その他のことに労力を使うべきではない!と。

当のヴォーン選手は、スキーなんて選手生命が短いので、引退後は、あわよくば「芸能界入り」したいと考えていらっしゃるともいわれています。が、そこがまた評論家の神経を逆なでしたらしく、こんな厳しいコメントを発するのです。
「ふん、もし今回のオリンピックでメダルが取れなかったら、そんな上等なもくろみもおじゃんになるのさ!」


P1030014small.jpg

そういった巷のプレッシャーに負けることなく、ヴォーン選手は、女子滑降(Ladies’ Downhill)で見事に金メダルを獲得したのでした。そして、続くスーパー大回転(Super-G)でも、銅メダルを獲得しています。
けれども、精神的なプレッシャーや直前のスネの怪我と、最悪なコンディションで試合に臨んだこともあって、メダルが確定したときには、嬉しいよりもホッとしたのでしょう。ダンナ様を見つけると一目散に駆け寄り、首にしがみついてワンワンと子供のように泣いていらっしゃいました。
あんなにワンワンと泣く大人も珍しいものだと、こちらもつい、もらい泣きしてしまったのでした。(写真は、右がリンゼイ・ヴォーン選手。左が滑降と複合で銀メダルを獲得したジュリア・マンクーソ選手です。)

まあ、「スポーツ選手は、スポーツ選手らしく振る舞え」という批判も十分に理解できます。アメリカではとくに、女のコは外見の美しさだけに気を取られ、やれファッションだ、ダイエットだと、中身を磨くことを忘れているともいわれます。そんな女のコたちのお手本となるためには、女子スポーツ選手は脇目もふらず目標に向かって邁進すべきであると。
けれども、個人的には、こうも思うのです。せっかく美しくお生まれになったのでしたら、それは天からの授かり物だと思って、ありがたく(健康的に)まわりのみなさんと共有なさったらいかがでしょうと。だって、周囲にどんな雑音があったにしても、最終的には、自分の人生は自分自身のものですからね。


P1030012small.jpg

そうそう、あのカーリングって種目ですが、どうもわたしにはルールがわかり難いのです。それに、なにやら、人の邪魔をしなければならないというのが、肌に合わないかなと・・・。
そういう意味では、スケートのショートトラックもあまり好みではありません。なんであんなに肘鉄(ひじてつ)を使うのでしょうか。

でも、アメリカのアポロ・アントン・オーノ選手の試合は、欠かさずに観戦していますよ。なぜって、お父さんが日本人だから親近感が湧くのです。

それに、何といっても、アポロくんはかわいいですから!

<AT&Tさん、さようなら~>
話はガラッと変わります。最近、我が家が買ったスグレもののお話をいたしましょう。

今となっては、携帯電話ですべてを済ましてしまうので、固定電話(普通の電話)なんて家に置いている人も少なくなっているのでしょう。けれども、我が家はいろんな所に電話番号を登録しているので、なかなか手放せなくなっています。
ところが、先日コードレス電話機が壊れてしまったので、買い替える必要が出てきました。そんなに高いものではないし、量販店で買ってくればいい話ではあります。

でも、今どき、普通の電話機を購入するのも芸が無いではありませんか。だいたいオフィスでは、「IP電話」が花盛りとなっていて、安い上に芸達者とみなさんに喜ばれているくらいですから。家庭内にそんなIP電話があっても、おかしくはないでしょう。

IP電話の「IP」というのは、インターネット・プロトコル(Internet Protocol)という意味ですが、インターネットの上に声を乗っけて送りましょうという規格を利用したものがIP電話です。「IPの上に声(Voice)を乗っける」という意味で、VoIP(Voice over IP、ヴォイプ)とも呼ばれます。
従来の電話屋さんの電話回線ではなくて、ブロードバンド(高速インターネット)回線を使うので、安価にできる上に、いろんな優れた機能を付加できるのです。

そんなIP電話を購入しようとすると、いったい誰に連絡すればいいのでしょうか?

シリコンバレー辺りの北カリフォルニアで固定電話に加入しようとすると、電話会社のAT&T(旧・地域ベル電話会社SBC)か、ケーブルテレビ会社のComcast(コムキャスト)の電話サービスに加入することになります。


P1060342small.jpg

以前、2007年1月号の「電話会社のテレビ放送」というお話で、AT&Tのテレビサービス新規展開をご紹介したことがありますが、今となっては、電話屋さんに加入してテレビを観られる時代になっています。同様に、ケーブルテレビ屋さんに加入して電話を使うこともできます。
電話屋だろうが、ケーブル屋だろうが、「電話」「テレビ」「ブロードバンド」は三種の神器として誰でも提供しているのですね。そして、その場合の「電話」には「IP電話」の選択肢もあって、普通の電話ではできない芸当がいろいろと付加されているのです。

当然のことではありますが、どの会社も、「電話」「テレビ」「ブロードバンド」に一括して入ると安くなるよと、宣伝を忘れてはいません。相手から顧客を奪い取ろうと、電話屋さんとケーブル屋さんの戦いは、年々熾烈になっているのです。
AT&Tの場合だと、2007年に新規展開した「U-verse(ユーヴァース)」というテレビサービスに、新たに「U-verse Voice」というIP電話サービスが付加されています。たとえば、テレビが300チャンネル、それにIP電話とブロードバンド(最大伝送速度12Mbps)が付いて、月々162ドルとなっています。

我が家の場合は、(普通の)電話はAT&T、テレビとブロードバンドはComcastと、別々に加入しております。それだと月々190ドルと、割高であることは確かですが、そんなことよりも、一社にすべてを牛耳られるのは嫌なのです。
それに、AT&Tのテレビだと、大好きなTCM(Turner Classic Movies、昔の映画の専門チャンネル)が高画質ではないので、それではダメなんですよ。

というわけで、AT&Tの電話をIP電話に乗り換えたいけれど、大手に首根っこをつかまれたくないという我が家は、Ooma(ウーマ)のサービスを選びました。
Oomaとは、シリコンバレーのパロアルトにあるベンチャー企業で、家庭用のIP電話サービスでは、草分け的な存在ともいえるでしょう。


P1030021small.jpg

ベンチャーキャピタルから資金を受け独立の会社である上に、サービスの評判も上々。ユーザ数も、そろそろ10万人に達すると聞きます。そこで、さっそくアマゾンのオンラインショップでOomaの機器を購入いたしました。

仕掛けはごく単純なもので、こちらの写真にある「Ooma Telo」という名のハブ(ネットワーク装置)をブロードバンド・モデムにつなぎ、Oomaに連絡すれば、IP電話が使えるようになります。
我が家の場合は、アップルのWiFi(無線LAN)ステーションを使っているので、モデムとハブの間にWiFiステーションを入れてみたりと、若干の試行錯誤が必要でしたが、基本的にはすんなりとつながるもののようです。


P1020994small.jpg

お金をセーブしようと思ったら、自分が使っている電話機をハブに差し込めば、今まで通りに使えます。けれども、我が家の場合は、もともと電話機が壊れてしまっているので、ハブと相性の良い「Ooma Telo Handset」という子機を2台購入しました。
子機1台はキッチンに、ハブともう1台の子機はちょっと離れた仕事部屋に置きました。ハブと子機はWiFiでつながっているので、互いに離れていても大丈夫です。
ハブは、250ドルの定価を200ドルで、子機は2台100ドルで購入しているので、それほど高い投資ではありません。

よし、これで準備万端。

ここで、Oomaに連絡して、今使っている電話番号をAT&Tからポーティング(サービス間の持ち運び)してもらいます。これには2週間ほどかかるので、その間、AT&Tの電話番号とOomaのIP電話番号を持つことになります。
けれども、Oomaの場合は、最初にハブや子機を購入すれば、サービスは基本的には無料です。ですから、料金の点では、あまり神経質になることはありません。
そうなんです。月々にサービス料を支払うこともありませんし、アメリカ国内の通話は無料です。(ユーザとの紳士協定で、月83時間まで無料と定められてはいるようですが。)
国際電話は、前払いしておいて、そこから分単位で料金を徴収される方式になっています。この点では、インターネット電話のSkype(スカイプ)と同じ方式ですね。

我が家の場合は、いろいろと追加機能のあるプレミアサービスに加入しましたので、毎月9ドル99セントのサービス料を支払うことになります。
プレミアだと、たとえば子機ごとに電話番号を割り振り、まるで2台の電話を持っているように単独で使うこともできます。これで、家に誰かおしゃべり屋さんがいても大丈夫!

そんなOomaを実際に使ってみて、一番ありがたいと思ったことは、誰かが残した留守番メッセージが毎回メールで送られてくることでしょうか。
もちろん、普段は家に戻ると、すぐに留守録をチェックするでしょうが、出張や旅行をしていると、家に戻るまでメッセージを聞かないことも多いではありませんか。電話の機種によっては、出先から聞けるものもありますが、海外に行っていると、なかなかそんなこともしないでしょう。
けれども、Oomaのプレミアサービスだと、声のメッセージをそのままメールに乗っけて送ってくれるのです。これをアップル iTunes などのメディアプレーヤ・ソフトウェアで再生すれば、海外旅行をしていても、緊急の連絡を逃すことがありません。
この手の機能は、オフィス用のIP電話には一般的なようですが、家庭向けには提供されていない場合が多いようです。


P1030001small.jpg

そして、留守録のメールと同じくらいありがたいのは、「コミュニティー・ブラックリスト」という機能でしょうか。何やら怪しい名前ですが、要するに、宣伝のためにかけてくる企業の電話をほとんどすべてブロックしてくれるのです。
以前、2003年10月号の「憎まれっ子、テレマーケター」というお話で、アメリカの電話を使った販売戦略は消費者からひどく憎まれていると書いたことがありました。そのため我が家でも、電話が鳴ってもすぐには出ない習慣ができあがっておりました。
それが、Oomaに乗り換えた途端、テレマーケティングの電話がかかってこないのです! それは、Oomaがテレマーケターの電話リストを持っていて、その番号をブロックしてくれるからなんですね。
もちろん、ユーザ自身が特定の電話番号をブロックする機能も付いていますが、みんなが嫌なものは、最初からわたしたちがブロックしてあげましょうと、気を利かせてくれているのです。
これまで一回だけテレマーケターの電話がありましたが、それだって、子機の画面に「1-800サービス」と表示されていたので、出ることもありませんでした。(1-800というのは、日本の0120と同じで、企業のフリーダイヤル番号ですね。近頃は、1-888、877、866といろいろあるのです。)

このように、IP電話の利便性を挙げればきりがないのですが、ひとつだけ毛色の違った利点を挙げるとするならば、それは電波干渉がないことでしょうか。
我が家が使っていたコードレス電話機は、2.4GHzの周波数帯を使うわりにアナログ方式だったので、電話で話していると、WiFi経由のネットアクセスを妨害するという、極めて原始的な問題があったのでした。ちょうど電子レンジがノイズを出して、WiFiが使えなくなるのと同じ原理ですね。
でも、IP電話だと、大丈夫。きちんとデジタル化のお作法が行き届いているので、人のコミュニケーションをぐちゃぐちゃに邪魔することがありません。

というわけで、めでたくIP電話に変身してみたのですが、残念ながら、電話会社のAT&Tとは、完全に「おさらば」できたわけではないのです。
実は、Oomaのサービスではファックス機能が不安定なので、ファックス機をつなげていたAT&Tの電話回線はそのまま続行となったのでした。
(ちょっと乱暴な言い方をすると、ファックスは、ピーヒャラピーヒャラと電話回線でデータを送っていた昔の「音響カプラー」みたいなもので、そんな大量のアナログデータを高画質でIP電話に乗っけるのは、技術的にいろいろと大変なことのようです。)

まあ、技術は日進月歩。Oomaのハブや子機にはネット経由でどんどん改良を加えることができるので、何か進展があれば、新機能をサクッとダウンロードできるのです。

それだって、普通の電話にはできない芸当ですよね!

<トヨタとアメリカ>
またまた話はガラリと変わりまして、今アメリカ中を騒がせている、トヨタの大規模リコール問題についてです。

申し上げるまでもなく、現地時間2月24日、トヨタ自動車の豊田章男社長が連邦下院監視・政府改革委員会の公聴会でリコール問題について証言いたしました。
前日には、下院のエネルギー・商業委員会が米国トヨタ自動車販売のレンツ社長に対して公聴会を開いており、二日目の監視・政府改革委員会の公聴会は、第1部がラフード運輸長官の証言、第2部が豊田社長の証言、第3部が遺族の証言と3部作で行われています。(そして、3月2日、今度は上院の商業・科学・運輸委員会が、3回目の公聴会を開きます。)


P1020982small.jpg

この日、豊田社長と北米トヨタの稲葉社長が出席する公聴会第2部を生中継で観ておりましたが、ようやく、アメリカでの大騒ぎの本質がわかったような気がいたします。

それは、この公聴会で見られた各委員のフラストレーションは、「本国の日本は、アメリカの市場をないがしろにしているのではないか?」という疑念に発しているのではないかということです。
たとえば、アメリカで部品を調達し、アメリカで組み立てられた車が問題を起こした場合、本国の日本では知らんぷりをしていたのではないか? その結果、三十数名の尊い命が奪われてしまったのではないか? そんな懐疑心があるのだと思うのです。
ですから、ヨーロッパで最初に急発進の問題が起きたとき、いつ頃からこの問題を知っていたのかとか、米運輸省の道路交通安全局(NHTSA、通称ニッツァ)が日本を訪れたときに事の仔細は聞いていないのかとか、問題をうやむやにしようと弁護士に相談したのではないかと、ギリギリと豊田社長を責め立てていたのでしょう。

こういった疑念やフラストレーションは、一消費者としての各委員の不安の表れであるのかもしれません。ある女性議員は、「わたしはアメリカ車を買いたかったけれども、わざわざカムリのハイブリッドモデルを買ったのよ。だから、わたしのカムリがずっと安全かどうか保証してちょうだい」と、まるで子供のような質問をなさっていました。
車は人の命を乗せるものですから、連邦議員であろうが何だろうが、安全を保証してもらいたいことに変わりはないでしょう。

そして、いろんな報道が伝えているように、この公聴会には、今年11月の中間選挙を控えた政治的なパフォーマンスがあることも否めないでしょう。
なにせ、連邦下院議員は、435人全員が11月2日の選挙で選び直されるのです。再選を目指す委員にとっては、生中継の公聴会で見せる姿勢は、そのまま選挙キャンペーンにつながると考えた方が無難でしょう。
当然のことではありますが、トヨタと深い関わりを持つ選挙区とそうでない選挙区では、委員の態度の違いは歴然としています。実際、トヨタが工場を持つケンタッキー州選出の議員は、トヨタが地域経済にどれだけ貢献しているかを手持ちの5分間で力説し、「この問題を政治の道具に使うのはよろしくない」と、豊田社長には一切質問しませんでした。

このような政治の世界の思惑と、それをあおり立てるメディアの大騒ぎに比べると、アメリカの消費者はいたって冷静な気もいたします。
これには、「自分は長年トヨタに乗っていて、一度も問題に遭遇したことはない」という忠誠派もあれば、「どうせトヨタで起こったことは、他社でも起きるんでしょ」という悟り派もあります。「だいたい、車の事故なんて大部分はドライバーの過失で起きるんだから、車がほんとに悪いのかな?」という懐疑派も若干ながら存在するようです。
そして、「トヨタなんて、もう二度と買わないわ」という見切り派だっているでしょう。

けれども、消費者がどんなに好意的であろうと、懐疑的であろうと、トヨタはあることをすっかり忘れていたのではないかと思うのです。それは、アメリカが圧倒的な車社会であること。
もちろん、そんなことは誰でも頭ではわかっているでしょう。しかし、「車はレジャー用の贅沢品なんかではなく、車がないと何もできない」という、車がアメリカ社会に与える影響力の大きさを忘れてしまっていたのではないかと思うのです。
だから、安全性への配慮に欠け、問題の取り組みと対応が遅れてしまった。そして、対応が遅きに失した結果、メディアに叩かれるだけ叩かれ、連邦議会でも「血祭り」に上げられた。

確かに、アメリカのメディアも議会も、公正さに欠ける部分は大いにあるでしょう。けれども、外国の企業がアメリカで問題を起こしたとあらば、誰も助けてはくれないでしょうし、それは、当然至極のことでしょう。
これに抗するためには、包み隠さず、電光石火に問題に対処するしかないと思うのです。問題を起こしたことよりも、「状況が見えない」というのが、アメリカ人にとっては一番辛いことでしょうから。

豊田社長は、下院公聴会の翌日、ラフード運輸長官と会談したあと、ケンタッキー州レキシントンにある自社工場に向かいました。この工場には6千6百人の従業員が働き、主力のカムリを生産しているそうですが、ここで豊田社長は生産ラインを見学し、従業員と身近に接したあと、全員の前でスピーチをしています。
この中で、「昨日の公聴会では、わざわざケンタッキーから首都まで出向き、わたしを応援してくれたスタッフがいたことが、どれだけ心強かったことか」と、涙ぐむ場面もありました。
少なくとも、現地の関係者には、この涙の意味は十分に伝わったのではないかと思います。
そして、はるばる日本からやって来て公聴会に出席してくれたことは、連邦議会だって評価していると思います。(たぶん外国から証人を召喚する法的拘束力はないはずですから、「自ら進んでやって来た」という理解なのでしょう。)

かく言うわたしは、過去10年間トヨタ製の車を運転していて、ただの一度も問題に遭遇したことはありません。おまけに、今回のリコールにはまったく無関係ときているので、トヨタの問題を語る上で、これほど不適切な人間もいないでしょう。
けれども、あえて言わせていただけるなら、トヨタは「黙っていても売れる」事実にあぐらをかいていたのだと思いますし、それを黙認する風潮が社内にもあったのではないかと思います。そして、世界のどこであろうと、お客様の声に耳を傾ける姿勢を忘れていたのだとも。

一ユーザとしましては、一日も早く、問題の根本的な原因と対策を見つけ出してほしいと願っているところです。だって、こんな風刺漫画は二度と見たくないですからね。


P1020980small.jpg

(by Mike Lukovich – Atlanta Journal-Constitution, published in the San Jose Mercury News on February 25th, 2010)

場所は、トヨタの研究所。安全性の試験をしようと、衝突実験用ダミーを呼んだら、ダミーがこう言うんです。

Hell No(絶対に嫌だよ)って。

まったく、ダミーにまで嫌われたとは・・・

夏来 潤(なつき じゅん)

 

予防接種

カリフォルニアの歴史や日常生活をご紹介している、この「ライフinカリフォルニア」のコーナーでは、前回「インフルエンザ」と題して、新型インフルエンザのお話をいたしました。

そのときにもお知らせしていたのですが、アメリカでは昨年いっぱい、とにかく新型インフルエンザ(H1N1 influenza)のワクチンが足りなくて、予防接種を受けたくてもなかなか受けられない状態が続いておりました。

その供給不足も、今年に入ってからはずいぶんと緩和され、わたしがかかっている病院システムでも、ようやく1月中旬から、誰でも新型予防接種を受けても良いことになりました。

アメリカの疾病予防管理センター(通称 CDC)は、1月10から16日を「全米インフルエンザ予防接種の週(National Influenza Vaccination Week)」と定めていて、それに付随した形で、わたしの病院でも予防接種キャンペーンを行っておりました。

あいにくと、その週わたしは日本にいたので、「もしかしたら、日本にいる間に無くなってしまうかな」と恐れていたのですが、2月1日に病院に行ってみると、まだまだ十分に残っているようでした。

一泊の小旅行をしたあと、ちょっと足を伸ばして病院に寄ってみたのですが、予防接種コーナーには数人ほどが順番待ちをしています。そんなに混んでいるわけではありませんが、次から次へと誰かしらが注射を受けにやって来るので、順番待ちがなくなることはありません。
 この病院は大きな病院のサテライトオフィスなので、もともと患者数は少なく、普段はそんなに予防接種コーナーは混まないと思うのです。それでも、ひっきりなしに人が訪れるということは、それだけ、みなさんの関心の高さを表しているのでしょう。

(こちらの写真は、そのときに病院の駐車場から撮ったものです。目の前には、黒々とした肥沃な畑が広がっていて、この田園風景を見ると、いつも自然との深いつながりを感じるのです。)


というわけで、ようやく季節性インフルエンザと新型両方の予防接種を完了したので、ホッと胸をなでおろしたところですが、どうやら、肝心のインフルエンザの方は、下火になってきているようですね。

前回のお話でも触れていますが、アメリカ国内では、新型インフルエンザの峠は10月の終わり頃だったようです。その後は、まだまだ流行はしているものの、新しい発症件数は確実に下がってきているとか。

CDCが発表したところによると、昨年4月に新型インフルエンザが確認されてから今年1月中旬までの9ヶ月間、5千7百万人のアメリカ人が新型ウイルスに感染し、そのうち25万7千人が入院したということです。同期間に亡くなったのは、全米で1万1千7百人だそうです。(2月12日にCDCが公式発表した統計)
 最初の8ヶ月間で、すでに5千5百万人が新型ウイルスに感染しているので、昨年12月中旬以降は、確実に感染数が減ってきているということでしょう。

年齢別に見ると、入院した方も亡くなった方も、17歳以下の子供やティーンエージャーが多いようではあります。やはり、その点では、高齢層が犠牲になりやすい季節性インフルエンザとは、まったく違う性質があるのですね。
 ということは、子供を持つ親や、子供たちが集う学校などは、まだまだ油断をしてはいけないということでしょうか。

それでも、アメリカでは今まで、(3億人強の国民のうち)すでに7千万人が予防接種を受けているので、新しい流行の波が起きることはないだろう、ともCDCは発表しています。

それに、今シーズンのインフルエンザは、そのほとんどが新型(H1N1 strain)だそうなので、新型が台頭すると、季節性のウイルスは姿をひそめるということでしょうか。(同じく2月12日にCDCが発表した週間報告より)


こんな風に、どうやら峠を越えた新型インフルエンザの脅威ではありますが、「新型対策」のテクノロジーは、まだまだ進化を遂げているようです。

いえ、日本のようにマスクを改良するとか、そういったお話ではありません。情報を共有する方法を改良しようというのです。

なんでも、近頃は、インフルエンザ蔓延の最新情報に「手元」からアクセスするのが流行っているそうで、たとえば、アップルのiPhone(アイフォーン)のようなスマートフォンでは、インフルエンザ関連のアプリケーション(ソフトウェア)が花盛りなんだそうです。

スマートフォンというのは、パソコンに近いような、かなりお利口さんの携帯電話のことですが、そのスマートフォンには、使い手が気に入ったアプリケーションをどんどん追加できるようになっています。

そして、ゲームやら、ソーシャルネットワーキングやらと、種々雑多にあるスマートフォン向けのアプリケーションの中でも、近頃は、インフルエンザの流行地図みたいなものが知名度を上げてきているそうなのです。

つまり、どこで新型インフルエンザが流行しているのかと、地図上でサクッと示されるような、わかり易いプログラム。

「え~っ、僕の住んでる場所の近くで、新型の発症件数が多いなあ」と思ったら、それなりに危機感を持って対応するようになるでしょう、というのがこの手のアプリケーションの狙いなんだそうです。

そういったアプリケーションは、iPhone専用のものだけとってみても、100個以上はあるんだそうです。

けれども、これが何かの役に立つかどうかは、かなり疑わしいようではあります。

だって、だいたいのアメリカ人は、危ないからといって、細心の注意を払って自分の行動を変えたりすることはないし、第一、「発症件数」のデータ自体が怪しい場合があるから。

なんでも、使い手自身が「自分のまわりに新型と思われる病人がいるよ」と報告できるものも多いので、果たしてその「病人」が本当に新型に感染しているのかは、科学的に極めて怪しいそうなのです。
(こういうアプリケーションはインターネットにつながっているので、使い手が報告できるような「視聴者参加型」になっているのですが、それが、かえってアダとなっているわけですね。)

だとすると、この手のアプリケーションは、単なる娯楽用?

このお話を報道していたAP(Associated Press)社の記者は、「究極的には、この手のツールは、人々が楽しむために使うコミュニケーションの道具に過ぎないのかもしれない」とおっしゃっていました。

なるほど、一理ありますね。最新情報を手にして、あぁでもない、こぉでもないと、友達とお話しするのが楽しいのでしょうね。


さて、世の中を騒がせている新型インフルエンザですが、ヴァレンタインデーを控えて、おもしろい看板を見かけました。

シリコンバレーの幹線道路のひとつに、フリーウェイ101号線がありますが、このフリーウェイの脇に、ピンク色の大きな看板が立っていました。

一面ピンク色で、かわいらしくハートのマークなんかも付いています。

あれ、かわいい看板!と、すぐに目についたのですが、内容的にはちょっと恐いものでした。

「ヴァレンタインデーのデートの相手には、予防接種を受けさせましょう(Make your date to vaccinate)」

運転している以上、小さな文字は読めないのですが、たぶんこの辺の保健所などが立てた看板なのでしょう。

かわいいゆえに、かなり目立ってますので、ある程度、目的は果たしたのかもしれません。

でも、あなた、間違ってますよ。

何がって、文法が。

Make your date to vaccinate じゃなくて、
 Make your date (get) vaccinated ではありませんか?

わたしも文法の専門家ではないので、偉そうなことは言えませんが、アメリカ人ってスペルが怪しいだけではなくて、なんとなく文法まで怪しいですねぇ。

まったく、困ったもんです。

お断り: わたし自身もはっきりとはわかりませんが、こちらの看板の文章は、二つの点で間違っていると思うのですよ。
 ひとつは、make A ~ という命令の構文。「Aに~をさせる」という意味ですが、こちらの動詞の前には to は付きません。たとえば、Make me believe(わたしに信じさせて)みたいに使います。
 そして、もうひとつは、vaccinate という動詞について。「予防注射を接種する」という意味の動詞 vaccinate は、基本的に他動詞だと思うのです。ですから、まるで自動詞のように扱うことはできないのではないかな?と。(だから、「予防注射を受ける」という意味の get vaccinated か、単に「予防注射を受けた」という状態を表す vaccinated じゃないといけないのではないかと思うのですが・・・)
 もし間違っておりましたら、その旨ご教授くださいませ。

それから、運転中は危ないので、看板の写真を撮ることができませんでした。こちらのかわいい看板は、ご想像におまかせいたします。

Upside down (逆さま)

今日は、この形容詞で行きましょう、upside down

「上部」を表す upside と、「下向き」を表す down がつながった言葉です。

「上の部分が下向きになっている」ということですが、この upside down 全体で「逆さまになっている」という形容詞になります。

ハイフンでつなげて upside-down と書く場合もあるようですが、ハイフンが無い方が一般的なようではあります。

それで、何が逆さまになっていたかと言うと、こちらの箱。

ヴァレンタインデーを控えて、前日の土曜日に配達された箱です。出張中の連れ合いが手配してくれました。

配達屋さんは扉の前に箱を置いて行ったのですが、ふと見ると、底の部分に何やらゴチャゴチャと書いてあります。

If you can read this, then either you’re under this box, or the box is upside down and the Bear inside is getting a headache!

 「もしこれが読めるんでしたら、それは、あなたがこの箱の下にいるか、それとも箱が逆さまになっていて、中にいるクマちゃん(the Bear)が頭痛を起こしているのです!」

どうやら、箱の中にはクマちゃんが入っていて、箱が上下逆さになっているために、頭に血が上ってクマちゃんが頭痛を起こしているよ、という警戒宣言なのです。

もちろん、クマちゃんとは、ぬいぐるみのことです。生きているわけではありません。

それでも、送り手の方たちは、クマちゃんのことをとても大事に思っていて、送っている間にも窒息しないようにって、箱には空気穴(air hole)まで付けてあるのです。

東海岸のヴァーモント州(Vermont)からカリフォルニアへの長い道中も、さぞかし楽に呼吸ができたことでしょう。


そんな細かい芸当に、思わず笑みを浮かべたのと同時に感心してしまったわけですが、こちらが、その噂のクマちゃん。

芸が細かいのはクマちゃん自身も同じことで、腕と足が関節部分からちゃんと動くようになっています。それに、白いTシャツとデニムのオーバーオールも粋に着こなしているのです。

そして、やはりヴァレンタインデーだからと、手には赤いバラの花束を持っています。

もうひとつ膝にかかえている入れ物は、バラの香りのするピンク色のソープ(石鹼)。バラの花びらみたいに、薄くデリケートにできています。

ソープと一緒に、クマちゃんの顔のチョコレートも入っていました。
 どうやら、このお店のトレードマークのチョコのようですが、顔が付いているので、ちょっと食べるのに躊躇してしまいますね。


さて、それでは、英語のお話に戻りましょうか。

表題の upside down と似たような言葉を、いくつかご紹介しておくことにいたしましょう。

まずは、inside out

こちらは内側(inside)が外側(out)になっているという状態で、つまり「裏返しになっている」という意味です。たとえば、このように使いますね。

Wash your jeans inside out.
 「ジーンズは裏返しにして洗いなさい」

この inside out には、know ~ inside out という慣用句もあるようです。

「~に関して(内側から外側まで)徹底的によく知っている」という意味になります。たとえば、このように使います。

He knows the system inside out.
 「彼は、そのシステムのことはとてもよく知っている」


それから、front and center

こちらは、「前」の front と、「真ん中」の center が一緒になって、「最も目立った場所」という意味があります。

たとえば、劇場の座席などは、前の方の真ん中が一番良く観えるので、値段だって一番高いですよね。きっと案内されるときには、こう言われることでしょう。

Your seats are front and center.
 「あなたたちの座席はとっても良い場所よ」

どうやら、こちらは軍隊から派生した言葉のようで、一列に並んだ兵隊の中から一人を呼び出し、前の真ん中(つまり目立ったところ)にいる伍長や軍曹の前に立たせることを指していたそうです。
(参考ウェブサイト: www.phrases.org.uk)

何となく怒られそうで、ありがたくない雰囲気ではありますが、「目立つ場所」だから「卓越した」という比喩的な意味もあるのです。たとえば、こんな使い方がありますね。

You couldn’t miss John. He was front and center in that presentation.
 「ジョンが(どの人だったかって)わからないわけないよ。あのプレゼンテーションでは目立っていたからねぇ」(出典: www.yourdictionary.com)


さて、「前」の front が出てきたところで、「後ろ」の back にいきましょう。

この前置詞には、慣用句がたくさんありますが、たとえば、back and forth

「後ろへ向かって(back)」それから「前へ向かって(forth)」、つまり「行ったり来たり」という意味です。

文字通り、振り子が右へ左へと動くようなことも指します。たとえば、こんな風に。

The pendulum swung back and forth for a while.
 「その振り子は、しばらくの間、右へ左へと揺れていた」

それから、比喩的に、二つの選択肢の間を行ったり来たりして、なかなか決心がつかないような様子も指します。たとえば、このように使います。

I went back and forth between wanting to do it and not wanting to do it.
 「わたしは、やりたい気持ちとやりたくない気持ちで迷っていたわ」

ここで使われている通り、go back and forth between A and B という慣用句で、「AとBの間で行ったり来たりして迷う」という意味がありますね。


ところで、最初に出てきたクマちゃんですが、どうやら彼は、ヴァーモント州の老舗の作のようです。

その名もずばり、The Vermont Teddy Bear Company
Teddy Bearとは、ぬいぐるみのクマちゃんの総称ですね。つまり、ごくシンプルに「ヴァーモントのクマちゃんの会社」!)

「ヴァーモント州にお越しの際は、ぜひ工場を見学して行ってください」と、箱にも書いてありました。

If you are ever in Vermont, come visit our factory at 6655 Shelburne Road in Shelburne, Vermont USA.

調べてみると、このシェルバーン(Shelburne)という街は、人口7千人ほどの小さな街だそうです。ニューヨークとヴァーモントの州境に沿うシャンプレイン湖(Lake Champlain)の湖畔にあります。

なんでも、この小さな街では、シェルバーン美術館と農場に並んで、クマちゃん工場は三大観光スポットとなっているそうです。

近頃は、ショッピングモールに行くと、Build A Bear(クマちゃんを作ろう)というコーナーがあって、自分のオリジナルクマちゃんを作ったりできるそうなのですが、こちらのメーカーでも、お誕生日に、出産祝いに、入院見舞いにと、いろんなタイプのクマちゃんを勢揃いさせているそうですよ。

やはり、クマちゃんは、人間にとって永遠の友なのです!

軍靴

なんだか物騒な題名ですが、「軍靴」。

これは、「ぐんか」と読みます。ご説明するまでもなく、軍人が履く靴のことですね。

でも、これを「ぐんぐつ」と読んだ方がいらっしゃいました。

日本の方で、それももう還暦を過ぎたようなおじさま。

「え、あんなおじさまでも、戦争のことを知らないんだ」とも思ったのですが、よく考えてみると、それだって理解できるのです。だって、戦争が終わって、もう65年ですからね。

もしかすると、このおじさまだって、立派に「戦後生まれ」なのかもしれません。


それで、どうして軍靴の話をしているのかというと、おじさまの「ぐんぐつ」を耳にして、ふと思い出したことがあったからです。

それは、シリコンバレーに住む韓国系アメリカ人のお話でした。

ご存じのように、韓国には日本に統治されていた時代がありまして、その間、現地の学校では日本語で授業が行われていました。それは、中国や台湾でもそうでしたね。
(韓国が日本に統治されていたのは、1910年の日韓併合条約から1945年の第二次世界大戦終結まで。今の大韓民国は1948年に建国されています。)

ということは、ある年齢以上の韓国や中国や台湾の方は、子供の頃に学校で習った日本語をちょっとは覚えていらっしゃるのです。中には、その後日本に留学したりして、とても流暢な日本語を話す方もいらっしゃいます。

わたしが出会った韓国系の方も、かたことの日本語を覚えていらっしゃいました。そして、この方に会うたびに、「この単語は日本語で何というのか」と、よく質問攻めにあいました。

今となっては、英語が一番お得意のようですが、昔の記憶をたぐり寄せてみたいと思われたのでしょう。


あるとき、この方がとつとつと語り始めました。

ふと、小学校の頃の先生の名前を思い出したよと。

この先生は、日本から来た年配の女性の先生だったんだけど、それは、それは厳しくて、相手が子供だろうが何だろうが、ものすごく厳しく叱りつけるんだ。

不思議なことに、彼女は、いつも長靴を履いてるんだよ。そう、雨の日も、晴れの日も関係なくね。

そして、長靴のかかとには、分厚い金属が取り付けてあるんだ。どうしてだかわかるかい?

生徒たちが自分の言うことをきかないと、長靴を脱いで、金属のかかとで殴るのさ。子供だって何だって、そりゃ容赦なかったよ。わざわざ金属の部分で、子供の顔を右から左へと殴打するんだ。
 そんなもんで殴られたらたまらないだろ。だから、先生が怖いからって、言うことをきくようになるんだよ。

ほんとに彼女は、意地悪な人だったね(She was such a mean lady)。


今の世からすると、まさにホラーストーリーとしか言いようのない話ではありますが、わたしは、この話をしていただいたことをありがたいと思ったのでした。

なぜって、今でもこの方がわだかまりを感じていることは否めないでしょうけれど、少なくとも、日本人に向かって辛い体験談をできるまでになっている、という証拠だから。痛みが生々しいと、話などできるものではないでしょう。

それにしても、戦争というものは、まさに狂気としか言いようのないものですね。先生が好んで長靴で子供を殴るとは・・・。

けれども、この先生にしたって、彼女なりの論理があったのかもしれません。自分は「属国」の子供たちを日本流に叩き直さなければ、という彼女なりの使命感が。

だからこそ、それが狂気そのものではあるのですが・・・。


先日、ある方にこのお話をしてみました。韓国で育った方が、小学校で教わった日本人の先生が厳しくて、トラウマが残っていると。

こちらの方は、シリコンバレーに住む中国系アメリカ人なのですが、すぐにこう返してくれました。

自分の母は、中国の大連で育ったのだけれど、よく母から「わたしの小学校の先生はとても優しかった」と聞いていると。

こちらの小学校の先生も、やはり日本人女性だったのですが、それは、それは、よく母親の面倒を看てくれたと言うのです。
 母親の両親は貧乏だったので、食べる物もろくになかった。だから、よく先生が家に呼んでくれて食べさせてもらったものだった。そして、「そろそろ伸びたから切りましょうね」と言っては、髪の毛もきちんと整えてくれていたと。

そんな優しい先生だったから、母親は、日本人に対しては良い印象を持っている、とも付け加えてくれました。

とすると、世の中はまさに人次第。

「中国にだって、良い人もいれば、悪い人もいるのよ」と、この方だっておっしゃっていましたが、まさに、その通りなのでしょう。良い人がいて、悪い人がいて、そうやって社会が成り立っている。
 そして、それは戦時下であろうと、平和な時であろうと、まったく変わりのないことなのでしょう。

けれども、「ぐんか」を「ぐんぐつ」と読む人がいるくらい、平和な時期が続いた方がいいに決まってますよね。

だって、争い事が起きると、人は余裕がなくなって、もっと意地悪になりますから。そして、その意地悪になったひとりひとりが、社会にポツッと生まれた「狂気」を支えながら、みんなで間違った方向に進んでしまうのですから。

近頃は、あの韓国系の方にはお会いしなくなりましたが、彼の辛い思い出が少しは癒えていればいいなぁと思ったのでした。

Nerves of steel (鋼の神経)

いきなり、すごいお題目ですが、
 nerves of steel

これは、まさに読んで字のごとしで、「鋼(はがね)の神経」という意味です。

nerves が神経で、steel は鋼という意味ですね。)

神経が鋼でできているということは、つまり「少々の事ではへこたれない、忍耐力と心の平静さ、そして、立ち直りの早さを持っている」ということですね。

どうして薮から棒にこんなお題目にしたのかといえば、先日、ビジネスニュースを観ていたときに、この表現がお出まししたからなのです。

ニュースでは、こんな使われ方をしていました。

It’s going to take the nerves of steel to go through all the volatility in the market.

「これからの(株式)市場の不安定さを乗り切るためには、鋼の神経が必要となるでしょう。」

なぜなら、今年の終わり頃には、株価全体は少しは上がっていると思われるけれども、それに至るまでには乱高下が予想され、鋼の神経がなければ、ちょっとやってられないでしょう、というわけなのです。

(この場合の動詞 take は、「~を必要とする」という意味です。たとえば、It takes two to tango といえば、「タンゴを踊るには二人必要でしょ」。転じて「(何かを成し遂げるには)相手が必要でしょ」という意味になりますね。)


この表現をテレビで耳にする直前に、わたしはボ~ッとこんなことを思っていました。

「人の心は鉄でできているわけじゃないから、傷つきもするし、世の中が嫌になるときもあるでしょう」と。

すると、いきなり nerves of steel が出てきたので、日本語も英語も似たようなものだなぁと感心したのでした。

日本語でも、「鋼の神経」とか「鋼の心臓」とか言いますよね。

そんな風に「鋼鉄の心」を持っていないと、乗り切れないこともあるのです。そして、「あ~、鋼の神経を持っていたらなぁ」とボヤくのは、どこの世界でも同じようですね。


さて、この nerves of steel を書こうと思いながら、気を付けていろんな表現を聞いてみると、英語には、「神経」のように体の部分を使った表現が多いことにつくづく感心するのです。

以前「A pain in the butt(お尻が痛い?)」というお話でも、「お尻」や「首」が出てきました。あれ以来、体を使った慣用句に関してはリストを作っているくらいなのですが、この話を書き始めてからも、出てくるは、出てくるは。次々と耳に入ってくるのです。

たとえば、I had a shiver on my spine.

これは、「わたしは背筋がゾクゾクッとした」という意味です。
spine は背骨、shiver は身震いとか悪寒という意味ですね。)

こちらの表現は、良いこと、悪いこと両方に使われるようではあります。たとえば、何か感動的なものを見たり、聞いたりして背筋がゾクッとしたとか、逆に、何かしら気味の悪いものを見てゾクッとしたとか、どちらでも使える表現のようです。

けれども、send shivers down my spine という表現になると、もっぱら悪い意味に使われるようでもあります。

It sent shivers down my spine
 「(それを見て)背筋がゾクゾクした」

この場合、it の部分をいろんな名詞と置き換えると、かなり便利に使えますね。

それから、背筋とともに使われる前置詞(on とか down)ですが、実際には、いろいろと使われているようです。つまり、身震いを感じる場所がいろいろあるので、人それぞれの表現があるということでしょうか。たとえば、

It sent shivers up my spine. (背筋の下から上に悪寒が走った)

I had a shiver in my spine. (背筋の辺りがゾクッとした)

(上の写真は、以前「ハッピーハロウィーン」というお話でも掲載しましたが、サンフランシスコのカストロ通りで撮った、路上ハロウィーン・パーティーの様子です)


さて、体の部分を使った表現には、こんなにかわいいのもあります。

I’m all ears.

「わたしは体全部が耳になっています」というわけですが、「わたしは、その話にとても興味があるので、大いに聞く耳を持っています」という意味になります。

「さあ、ちゃんと聞いてるから、早く話してちょうだい!」というときに、頻繁に使われる表現です。こういうときには、耳が大きくなるのと同時に、目もランランと見開いているわけですね。


お次は、

We fought tooth and nail.

「我々は歯と爪で戦った」ということは、「我々は、(何かに対抗しようと)一生懸命に戦った」という意味になります。

こちらの表現は、文字通り、相手に抵抗しようと必死に戦ったという場合でもいいですし、何かを成し遂げるために懸命に働いたという場合でも、どちらでも使えます。

We fought tooth and nail to gain more market share といえば、「我々は、もっとマーケットシェア(市場占有率)を獲得するために、必死にがんばった」という意味になります。


さて、お次は、

I escaped on hands and knees.

「わたしは手とひざで逃げ出した」ということは、「四つん這いになって辛くも逃げ出した」という意味になります。

ちょうど赤ちゃんが四つん這いになって歩くのと同じように、二本足ではなく、手とひざを使って前に進むことをさします。

この表現が使われていたのは、火事場の生中継でした。焼け落ちる家から、命からがら逃げ出したというわけです。


手が出てきたところで、足もありますよ。

I got off on the wrong foot.

「わたしは間違った足で歩き出した」ということは、「最初に間違ったことをしてしまったので、物事がうまく行きそうにない」ということです。

逆に、「初めっからうまくやったので、最後までうまく行きそう」というのには、こういう風にいえばいいですね。

I got off on the right foot.

間違った足(wrong foot)の代わりに、正しい足(right foot)を使えばいいのですね。

似たような表現に、best foot forward というのがあります。たとえば、このように使います。

Put your best foot forward in a job interview.

「仕事の面接のときには、あなたのベストの足を前に出しなさい」ということは、「(面接の相手に対して)第一印象を良くしておきなさい」という意味になります。

良い方の足を前に出しておくということは、印象を良くするというわけですね。


さて、手や足があるということは、腕もあります。たとえば、こんな表現があるでしょうか。

It doesn’t cost an arm and a leg.

「それは、腕や足ほど費用がかからない」ということは、「そんなに莫大な金がかかるわけではない」というわけです。

なんでも、この表現は、王様や貴族の肖像画からきているのだそうです。

昔、画家に自分の肖像画を描いてもらおうとすると、肩までの肖像画が一番安く、腕や足を入れた全身像は、とっても高かった。

だから、「莫大な金」という意味で、an arm and a leg という表現が生まれたのだそうです。(参考ウェブサイト: www.phrases.or.uk)

I want something that doesn’t cost an arm and a leg といえば、「あんまり高くないものが欲しいわ」という意味ですね。

(こちらの写真は、エル・グレコ作『フランス王 聖ルイ』部分)


はてはて、つい調子に乗り過ぎてたくさんご紹介してしまいました。

けれども、今回まとめてご紹介したものは、冒頭の nerves of steel を聞いたあと、24時間以内に耳にした表現ばかりなのでした。

それほど、英語には、体に関する表現が多いということでしょうか。

まだまだ山ほどありますが、本日はこのくらいにして、また別の機会に譲ることにいたしましょう。

© 2005-2024 Jun Natsuki . All Rights Reserved.