三つ星 Benu は日本酒ブーム
昨年11月にご紹介しておりましたが、サンフランシスコの三つ星レストラン Benu(ベニュー)にまた足を運んでみました。
昨年10月、サンフランシスコ市内では二軒のレストランが「ミシュラン三つ星」に昇格しましたが、一軒がこちらのBenu。もう一軒が、やはり昨年11月にご紹介していた Saison(セゾン)です。
Saison には、三つ星昇格直後にお邪魔したものの、Benu は、とたんに予約が取りにくくなって、ようやく先日足を運ぶことができました。
一年ぶりにお店を訪ねると、テーブルの配置が若干変わっていて、以前よりもスペーシャスな印象。聞くと3ヶ月前にリフォームして、スタッフが動きやすくしたそうです。
以前にも増して、ごくシンプルな「ミニマリスト」の印象で、余分なものは一切排除しました、といった感じのインテリア。
そして、普段はビジネスマンが多い店内は、土曜日の晩の「女子会」やカップルが多かったです。なるほど、アメリカでも女性はグルメなんでしょうか。
というわけで、三つ星になって初めてトライする「おまかせメニュー」ですから、どんな風に進化しているのだろう? と、こちらも興味津々。
以前は20品ほどのコース料理でしたが、今回もデザート二品を含めると17品と盛りだくさん。それでも、ひとつひとつが小さいので、ペロリとたいらげてしまいました!
以前から定番だった『ウズラの「千年卵」』や『牡蠣と豚バラとキムチの鼈甲飴包み揚げ』はそのまま健在。が、やはり看板料理だった『「フカヒレ風」スープ』や『あん肝』は姿を消していました。
代わりに登場した中で、とくに印象に残っている一品は、『キャヴィアと冬瓜(とうがん)とチキンクリーム』。
わたしはキャヴィアが大好きなんですが、伝統的な「洋風」の食べ方(ゆで卵、ディル、玉ねぎのみじん切りとサワークリームを添えて)ではなく、こってりとした冬瓜とチキンクリームの「和風」の取り合わせが絶妙。
日本の金箔が散りばめられていて、そちらも「和」の影響かもしれません。
そして、今回特筆すべきことは、『ポテトサラダの田作り添え』や明石焼風の『ダンジェネスクラブのオムレツ』と、なんとなく日本の居酒屋みたいな品々が登場していたことでした。
『ヒラメと大根の胡麻和え』『ウニとオクラの磯辺揚げ』や、カリカリの『アワビステーキ』に添えたキャベツのコールスローも、どことなく居酒屋を思い起こします。
そう、日本人にとっては親近感の湧くメニューではありますが、その一方で、ウニは「磯辺揚げ」だともったいないし、地元の蟹ダンジェネスクラブも「明石焼」の食感に「お好み焼きソース」風の味付けにすると、もったいない感じがしないでもありません。
もしかすると、オーナーシェフのコリー・リーさんは、日本にいらっしゃって居酒屋を好まれたのかもしれません。が、ウニ(sea urchin)やダンジェネスクラブ(Dungeness crab)、アワビ(abalone)やカエルの足(frog leg)である必然性には、ちょっと欠けるかもしれないなぁ、といった印象を持ちました。
いえ、もちろん、どれもこれも「食べるのがもったいない」くらいに美味しいので、ペロリと食べてしまうんですけれどね!
そして、今回の特徴としては、ワインペアリングに「和」の影響が濃くなったこともあるでしょうか。
もちろん、日本の居酒屋風のお料理が多いので、自然と日本酒が合うことになるのですが、最初の二品の定番(『うずらの「千年卵」』と『牡蠣と豚バラとキムチの鼈甲飴揚げ』)をフランスの白と合わせたあとは、日本酒が二種類続きました。
最初の日本酒は、新潟にある君の井酒造さんの『山廃仕込 純米吟醸』。しっかりとしたコクのある麹の香りは、『ポテトサラダ』や『タラの揚げ物』と、前面に味が出てくるお料理にも負けません。
次のキャヴィアには、べつの日本酒が登場し、こちらは、静岡の大村屋酒造場さんの『若竹 おんな泣かせ 純米大吟醸』だったと記憶しています。君の井さんとは対照的に、すっきりと洗練されたお酒で、不思議なことに、キャヴィアのような淡水系のお味にも絶妙にマッチ。
ソムリエのユーン・ハーさんは、「キャヴィアに日本酒なんて、ロシア人が聞いたら怒りそうだけれど、僕はよく合ってると思うんだよね」と解説してくださいました。
そのあとは、ローヌの白、ベルギーのエール、ブルゴーニュのシャルドネ、メイン『牛あばら肉』に合わせたカリフォルニアのシラーと、ワインやビールが続きます(カリフォルニア・シラーの Copain というワイナリーは、シャルドネも美味しくて、値段もお手頃です)。
けれども、ワインペアリングの「とり」は、やはり日本酒。
奈良の春鹿さんの『発泡性純米酒 ときめき』を、デザートの『イチゴのコンポート、ココナッツとアーモンドクリームのせ』に合わせてありました。
発泡酒(sparkling sake)を味わうことはあまりないですが、瓶の中で酵母がつくり出した泡は、上品で喉ごしが良いです。シャンペンのような爽やかさがあって、イチゴの酸味ともよく合います。
というわけで、今回の「三つ星になった Benu 」は、お料理のコース仕立てには少々「迷い」を感じたのですが、その代わり、ワインペアリングが斬新で、「あ~、ここはワインペアリングにも秀でた店だなぁ」と思ったのでした。
あとでわかったのですが、物静かなソムリエのユーン・ハーさんは、世界に200人ほどしかいない「マスター・ソムリエ」の資格を持っていらっしゃるそうです。
そういえば、ユーンさんは、何かしら大きな楕円のバッジをつけていらっしゃったのですが、それが何を意味するのかまったく理解しておりませんでした。
以前、数年がかりで「マスター・ソムリエ」に挑戦するドイツ人のドキュメンタリーを観たことがあるのですが、ワインやビール、日本酒やヴォッカと世界のアルコール飲料に関する超難易度の知識を必要とするだけではなく、「お店」のセッティングの試験会場では、ありとあらゆる「わがままや試練」に臨機応変に対処しなければならないのです。
たとえば、テーブルが小さすぎて、お決まりの大きなビールグラスが置けないときにはどうするか? などと、頭の柔らかな発想力が求められているようです。
思い起こせば、前回の Benu のご紹介でも書いておりましたが、「角煮」のようなこってりとした牛に合わせた赤ワインが完璧で、お店の方にも「パーフェクトだった」と申し上げたことがありました。
舌に残ったコクのあるソースが、赤ワインとからみ合ったとき、思いもよらない、とろけるようなハーモニーとなったんです。
それ以来、味をしめて「パーフェクトなペアリング」を追い求めるようになったのでした。
そんなわけで、個人的には、なにも「ミシュランの星つき」でなくとも、友達とワイワイ食べるファミレスのハンバーグが美味しいときもあると思うのです。
だって、「食べる」を楽しむには、「場の雰囲気」も大事ですからね。
そして、ワインペアリングなんて、かなり贅沢な趣味だと思っていたのですが、自ら体験してみると、「自分の知らない、こんな世界があったんだなぁ」と、社会勉強をした気になったのでした。
そう、「どうしてみんなワイン、ワインって騒ぐんだろう?」という謎が、少し解けたような感じでしょうか。
「お家ごはん」が一番好きな我が家ではありますが、たまには「とびっきりのレストラン」に行って、楽しく社会勉強をするのもオツなものだと思っているのです。
追記: 今回の Benu では、「女性パワー」を感じたのでした。
お客さんに女子会が多かったこともありますが、ちょっと前までは、キッチンにも女性シェフが3人いらっしゃったそうです。残念ながら、今はたったひとりの女性シェフとなりましたが、フロアスタッフは半分が女性だとか。
そして、ワインペアリングの白ワインのうち、『ウニとオクラの磯辺揚げ』に合わせたローヌの白は、Domaine de Montvac というワイナリーのVacqueyras Blanc “Melodine” (RoussanneやClairetteなど4種のブレンド)。
こちらのワイナリー(創業1860年)は、過去3代「母から娘へ」と受け継がれる女系ワイナリーだそうで、現在は Cecile Dussiereさんがワイナリーを継がれているとか(Vacqueyrasは、少量の良いブドウを育む土地だそうです)。
『アワビのカリカリステーキ』と『トリュフまんじゅう』に合わせたブルゴーニュのシャルドネは、Caroline Lestime Hautes-Côtes de Beaune ‘Sous Equisons’ というワイン。
コート・ド・ボーヌのカロリーヌ・レスティメさんがつくられたワインですが、なんでも、カロリーヌさんは、ジャン・ノエル・ガニャールさんという有名なワインメーカーの一人娘。パリで勉強したあと、生まれ故郷に戻ってワインの道に進まれたとか。
どちらも「優しいお味」に仕上がっていましたが、フランスのワイナリーにも女性パワーがどんどん芽生えているようですね。