Don’t kill the messenger(代弁者を殺すな!)
アメリカに生活していて、おもしろいなぁと思う表現はたくさんあります。今日は、そんなお話をいたしましょう。
まず、表題になっている Don’t kill the messenger.
なにやら物騒なお話ですが、訳して「メッセンジャー(代弁者)を殺すな」。これは、結構そのままの意味かもしれません。
もちろん、「殺す」というのは比喩ですが、実際の意味は「メッセンジャーをいじめるな」といった感じでしょうか。
よくあるでしょう。別の人のメッセージを伝えているメッセンジャーに対して、内容が気に食わないからって、目くじらを立てることが。
たとえば、記者会見などもそうかもしれませんね。誰か別の人が問題を調査したあと、その結果を調査員の代わりにスポークスパーソンが発表したとします。でも、聞いている側の記者たちは、「メッセンジャー」であるはずのスポークスパーソンに、けんか腰でかみつく・・・なんて場面をテレビで観たりしますよね。
そういうとき、かみついている人をたしなめるために、こう言うのです。
Don’t kill the messenger.
「メッセンジャーをいじめてはいけませんよ。あなたがかみつく相手は、代弁者ではなく、メッセージをつくった張本人ではありませんか?」と。
実は、わたし自身にも、この言葉はとっても印象深いものなのです。以前、シリコンバレーのスタートアップ会社(起業したばかりの小さな会社)に勤めていたとき、社長秘書が、何か良からぬ知らせを伝えにやって来たのです。
今となっては、それが何だったかも覚えていませんが、それを聞いて、わたしと同僚はブーブーと不平をもらし始めたのです。が、そこで社長秘書はピシャリとひとこと。
Don’t kill the messenger!
「わたしは単にメッセージを伝えに来ただけなのよ!」
それを聞いて、ふと我に返り、「あ、彼女に対して悪いことをしたな」と深く反省したのでした。だって、悪い知らせを考え付いたのは、彼女ではなく、社長の方なのですからね!
ちなみに、物騒な動詞 kill(殺す)の代わりに、shoot(撃つ)を使っても同じような意味になります。(ま、こちらも物騒ではありますが・・・)
Don’t shoot the messenger.
「メッセンジャーを撃つな(攻撃するな、非難するな)」
なんでも、シェイクスピアの時代から使われていた由緒正しい言葉のようですよ。きっと、その頃から、メッセンジャーに食ってかかる習慣はあったのでしょうね。
というわけで、Don’t kill (shoot) the messenger には、「あなたがやっていることは、お門違いですよ」といったニュアンスがあるわけですが、似たような表現に、こんなものがあります。
You’re barking at the wrong tree.
直訳すると、「あなたは間違った木に向かって吠えている」ということですが、これは、「あなたは勘違いをしている」「ミスをおかしている」という意味になります。
動詞 bark(吠える)からご察しのとおり、語源は「猟犬」だったようですね。
ここに獲物が隠れているに違いないと勘違いした猟犬が、まったく見当違いの木に向かって吠えている、という構図。
そこから、「まったく思い違いをしている」という意味に転化したようです。
主語は、you(あなた)の代わりに、he(彼)なんかでも大丈夫だと思います。
He’s barking at the wrong tree.
「彼は、まったく見当違いをしているよ」
あるドラマを観ていたら、こんなバリエーションにも出くわしました。
We’re not barking at the wrong tree. We’re only barking at the wrong branch.
さしずめ、「わたしたちはまったく見当違いをしているわけではない。ちょっとだけ間違っているだけだ」といったところでしょうか。(直訳すると、「わたしたちは間違った木に吠えているのではない。間違った枝に吠えているだけだ」となりますね。)
こちらのバリエーションは、1990年頃に大人気だったドラマシリーズ『Murder, She Wrote(ジェシカおばさんの事件簿)』の再放送に出てきた表現ですが、the wrong tree(間違った木)というところを the wrong branch(間違った枝)と置き換えているところがおしゃれですよね。木よりも枝の方が小さな勘違い、というわけです。
ご存じのように、「ジェシカおばさん」はミステリー作家という設定なので、このシリーズの作品には、おしゃれな表現もたくさん出てくるのです。
ちなみに、「間違った枝」と表現したのには、真犯人は怪しげな「妻」ではなく、「夫」の方だったこともあるようですね。夫婦とは、木の幹は同じなのです。
Don’t kill (shoot) the messenger も、You’re barking at the wrong tree も、どちらかというと、仕事場みたいな、理屈が優先する「大人の場」で使われる表現となります。
そして、同じように大人の場で使われる表現に、こんなものもありますね。
Don’t shoot yourself in the foot.
またまた、動詞 shoot(撃つ)の登場ですが、直訳すると「自分の足を撃つな」というわけです。
実際には、「自分の不利になるような、愚かなことはするな」という意味になります。
自分で良いと信じてやっていることでも、裏目に出ることもあるんだよ、という戒め(いましめ)なのですね。
たとえば、パーティーでヘベレケに酔っぱらって、初めて会ったコと仲良く撮った写真をインターネットに掲載してみるとか、勢いに乗ってやったことが、あとで自分の足を引っ張りそうなことってありますよね。
(写真を見つけたガールフレンドには嫌われそうだし、冷静に考えると、あまり良いことはなさそうです。)
そういうとき、まわりの人は、こう忠告してあげるのです。
Don’t shoot yourself in the foot.
「そんなバカなことをしちゃダメだよ」
日本語でも、「墓穴を掘る」という言葉がありますよね。なんとも直接的な表現ですが、墓の穴を自分で掘っている(自分に不利なことをしている、破滅の道に向かっている)というわけです。
英語の「自分の足を撃つな」というのも、ちょうど同じニュアンスとなりますでしょうか。もうちょっと「アドバイス性」の強いものではありますが。
まあ、古今東西、まわりの人が何かアドバイスしてくれたら、しっかりと耳を傾けなければなりませんよね!
追記: 今回の英語のお話は、とくに「写真をどうしよう?」と悩んだのですが、4年ほど前に旅したトルコの写真を使うことにいたしました。
1枚目は、イスタンブールにあるオスマン帝国の城、トプカプ宮殿に陳列される剣。トルコ式の剣で、16~17世紀のものだそうです。
2枚目は、トプカプ宮殿の静かな中庭。15世紀からの静けさが広がるのです。
3枚目は、同じくイスタンブールにあるドルマバフチェ宮殿の衛兵。こちらの宮殿は、トプカプ宮殿が手狭になったため、19世紀に建てられたヨーロッパ色の濃い宮殿です。現在も、トルコ共和国政府の催しが開かれることがあるそうです。
このトルコ旅行については、エッセイを3つ書いたことがあるのですが、もし興味をお持ちのようでしたら、こちらへどうぞ。