Haiku(俳句)
先日、『俳句の思い出』『ことば遊び』と題して、ふたつのエッセイをご紹介いたしました。
わたしが小学校のときにつくった、つたない俳句とともに、名だたる俳人の美しい句をご紹介しておりました。
俳句は、短歌や詩と比べて短く凝縮されますし、その上、季語や古典的な表現も熟知しなければならないので、とっても厳しい「芸術の分野」ではあるでしょうか。
けれども、その深みが、「もっと泉の深淵を覗いてみたい」と、俳人の創造力をかきたてるのかもしれません。
かく言うわたしは、もっぱら他の方の作品を楽しませていただくだけですが、「俳句に挑戦したい!」と思うのは、なにも日本人ばかりではありません。
実は、昔から英語でつくる俳句も盛んで、世界じゅうで創作に取り組んでいらっしゃいます。
俳句は、英語で haiku と言います。
やはり「ハイク」と発音しますが、haiku と言えば、英語を話す方はだいたいわかってくれます。
英語の話し手が origami(折り紙)や tofu(豆腐)をわかってくれるのと同じようなものでしょうか。
こちらは、もっとも有名な松尾 芭蕉(まつお ばしょう)の句ですね。
古池や 蛙(かわず)飛び込む 水の音
これが、英語になると、このようになります。
old pond…
a frog leaps in
water’s sound
古池や…
蛙飛び込む
水の音
と、すんなりと、英語になっている感じがしませんか?
英語の俳句は、三行に分けて書き、固有名詞以外は小文字で表記するのが一般的です。
英語を使うと、必ずしも「五七五」の音にはなりませんが、軽快なリズムで言葉が流れているのは確かですよね。
近頃は、「俳句好き」が高じて、英語の新聞などでも、俳句を公募しています。
英フィナンシャル・タイムズ紙は、「仕事場の俳句(work haiku)」の秀作を披露していました。
今年4月、過去18ヶ月にわたる公募から選ばれた18の秀作を発表していて、その中から、三作をご紹介いたしましょう。
(Haiku selected from “The FT’s favourite work haiku”, Financial Times, April 14, 2016)
まずは、「通勤(The commute)」と題された一句。
Monday morning
we share
each other’s rain
Lynn Rees
週明けの月曜の朝(Monday morning)、あいにくと冷たい雨が降っているけれど、職場に向かうわたしたちは、互いの雨を背負っている(we share each other’s rain)。つまり、働く者の連帯感も生まれている感じでしょうか。
「雨(rain)」という言葉には、「月曜の朝の憂鬱」とか「気の重さ」とか、なにかしら翳(かげ)りを感じますが、それを「背負い合っている(we share each other’s rain)」と表したことで、ほっとする作品になっています。
slow descent –
this sudden urge to share
life stories
Lew Watts
最初の「ゆっくりとした降下(slow descent)」は、出張先に舞い降りる様子でしょうか。
仕事でホームグラウンドを離れて、ひとりになると、無性に誰かと人生経験を語り合いたくなってくる(this sudden urge to share life stories)。そんな心細さと、未知のひととの出会いへの期待感が伝わってくるようです。
三つ目は、「オフィスの夜明け(Dawn in the office)」と題された一句。
dawn breaks
the cheap hue
of desk light
Ernesto Santiago
いつの間にか、気がつくとオフィスで夜明けを迎えていた(dawn breaks)。その神々しい朝の光を背にすると、机上の照明が、なんと安っぽい色合いに見えることか(the cheap hue of desk light)。
以上、独断で三作を選ばせていただきましたが、どれも情景が目に浮かんでくるような、ヴィヴィッドな(生き生きとした)俳句になっています。
名詞あり、短い文章あり、長めの文章ありと、自由な形式になっていることにもお気づきになったことでしょう。
なんでも、俳句は英語圏だけではなく、フランス語やスペイン語圏でも楽しまれているそうですよ。
けれども、やはり世界の共通語として認識されている英語で創作される方が多いようですね。
たとえば、NHKの英語放送 NHK World(NHKワールド)では、世界じゅうの視聴者から、英語でつくった俳句を定期的に募集しています。
『Haiku Masters(俳句の達人)』という番組があって、この番組あてには、それこそ地球の津々浦々から応募があるのです。
そう、英語がネイティヴでなくとも、英語の俳句づくりに果敢に挑戦され、日々楽しんでいらっしゃるんですね。
たとえば、5月に「今月の俳人(Haiku Master of the Month)」に選ばれたのは、こちらの句を詠まれたルーマニアの女性。
knitting anew the sweater
for her son
Lavana Kray / Romania
「戦の知らせ(war news)」とは具体的にはわかりませんが、不吉な知らせを受け、彼女の息子のために(for her son)、新しくセーターを編んでいる(knitting anew the sweater)、という奥深い一句。
もしかすると、「彼女の息子」は前線で戦う兵士ではなく、戦地から逃げまどう難民なのかもしれません。
この句に添えられた写真は、ご自身で投稿されたもの。有刺鉄線(barbed wire)にかかる蜘蛛の巣が、トゲにひっかけたセーターの糸くずのようにも見えますし、その一方で、鮮やかな真っ赤なてんとう虫は、作者の平和への熱望にも感じます。
というわけで、英語の俳句の数々。
なんとなく、ただ、とつとつと単語をつなげたような感じもするのです。
そう、日本語のように季語にうるさくありませんし、「五七五」のルールもありません。
多少「字あまり」に感じたとしても、言葉の流れが良ければ、それでいいのです。
まあ、日本語でも、英語でも、感じたままに言葉をつなげてみる、それが俳句なのではないでしょうか?
それを自分なりに表現してみると、案外、いいものができたりするのかもしれませんよね。