ご近所さんのスキャンダル
事の発端は、ご近所さんの「変化」にありました。
我が家よりもちょっと遅れて、十数年前に引っ越して来られたご夫婦。
子供さんはいないので、小さな犬数匹と一緒に暮らしていました。
テクノロジー企業で責任のあるポジションに就くダンナさまと、病院で検査技師をしている奥さま。
ダンナさまは、アイアンマンレースにも出場するほどのアスレティックな方で、アメリカじゅうを飛び回ってレースに出場し、そのたびに奥さまも仲良く同伴なさっていました。
ところが、あるときから、ダンナさまを見かけなくなったのです。
彼の車は、低いエンジン音を響かせるスポーツセダン。早朝出勤のエンジン音で、わたしも毎朝起こされていたのですが、あるときから、その低音を聞かなくなったのです。
出張かバケーションで家を空けているのかと思っていたのですが、どうやら、奥さまだけが家にいて、ダンナさまは、いつまでも家に戻って来ません。
そこで、数ヶ月経った頃には、「やっぱり、あそこは離婚なさったのねぇ」と、ご近所のコンセンサスを得ることになりました。
まあ、当の奥さまは、ダンナさまが出て行くとさっさと仕事を辞め、女性のルームメイトを招き入れ、悠々自適の生活をなさっていました。が、まさか「あなたは離婚されたのですか?」と聞くわけにもいかないし、事実は誰も把握していなかったのでした。
それで、みんなの心の中では、「どうして、あんなに良さそうな方と離婚なさったのだろう?」と、ずっと疑問が消えなかったのです。
が、先日、事の次第が明らかになったのでした。
そう、このご夫婦のお向かいさんが、謎を解き明かしてくれたのでした。
あら、わたしが聞いた話では、こんな感じなのよ。
ダンナさまは、体を鍛えるのが好きだったでしょ?
それで、奥さまも自分でワークアウトしようと思って、ジムに通っていたのよ。
そしたら、そこである女性に出会って、「あら、ダンナよりも彼女の方がいいわ」って思ったらしいのよ。
それで、ダンナさまに出て行ってもらって、彼女に家に来てもらったってわけ。
え、どうして、そんなこと知っているかって?
実は、うちに来てもらっている便利屋さん(handy man)が、彼らの家にも呼ばれていて、そこでダンナさまがグチったらしいのよ。「妻が女性と一緒になるために、僕は捨てられたのか?」って。
彼も便利屋さんも同じ祖国から来ているから、話しやすくって、ついグチったんじゃないの?
いえ、わたしは、なにも同性カップルに反対しているわけじゃないのよ。女性が女性と一緒にいようと、それは個人の問題よ。
でも、結婚してるんだったら、相手を裏切るような行為は絶対にすべきじゃないのよ。
わたしも、いつもダンナに言ってるの。わたしに飽きたって言うなら、いつでも出て行って結構よ。でも、もしも他の人に気を取られたんだったら、それは絶対に許さないからって。
だって、そうでしょ。結婚して相手があるのに、浮気(cheating)をするなんて、そんなのは言語道断よ!
というわけで、ご近所の間では、「ふたりはとっても似ているから、奥さまの妹かしら?」と噂されていたふたり。
でも、わたしはご本人から「彼女はお友達よ」と紹介されていたので、心の中でくすぶり続けていた謎も解けて、ホッとしたのでした。
そして、謎解きをしてくれたご近所さんには、「ダンナさまには、あなたの熱い想いは十分に伝わってますよ」と、お礼を申し上げたのでした。
ひと月ほど前、例の奥さまからは新しい女性のルームメイトを紹介されていたので、ということは、前のルームメイトの方とは別れて、新しい方を見つけたということなのかもしれません。
話しぶりから、ふたりが通っていた太極拳の道場で知り合ったようですが、前の方よりも年上で、落ち着いた感じの方ではありました。
そういえば、ふた月ほど前、「あそこは、今日お引っ越しみたいだよ」と耳にしていたので、きっとそのときに人の出入りがあったのでしょう。
わたし自身は、誰と誰が一緒になろうと、他人がとやかく言う類(たぐい)のことではないと思っています。
人が人を好きになることに、垣根はないのだろうと思うからです。
ですから、アメリカじゅうに同性結婚(same-sex marriage)が広まることは、とっても喜ばしいことですし、近所に男性カップルが引っ越して来られたときには、このコミュニティーも、だんだんと「普通」になってきたなと感じたことでした。
そう、誰と誰が一緒になろうと、何十年も添い遂げるカップルもあるし、残念ながら2、3年で別れてしまうカップルもある。
それは、もはや「性別」の問題ではなく、「人と人」「心と心」の問題なんでしょうね。