問題を軽んじてはいけません
日頃、カリフォルニアに住んでいて、ここはアメリカの州の中でも、一番規則が多いんじゃないかと思うのです。
何事に関しても、事細かく、州や地方自治体の法律が定められているのです。
人種や民族の構成が複雑なので、誰もが納得するように、何事も明言化しておかないといけないのかもしれませんね。
仕事場も規則の多い所のひとつです。残念ながら、カリフォルニアのように一見進んだ州でも、いまだに職場では、偏見や差別が残ります。たとえば、性別や人種や性的志向(ゲイやレズビアン)によって、賃金が低かったり、昇進が遅れたり。
だから、みんなが同じ土俵に立てるようにと、次から次へと差別を取り締まる法律ができあがるのですね。
日本でもよく話題にのぼりますが、アメリカでも、職場のセクシュアル・ハラスメント( sexual harassment )は大きな問題です。
これになんとか対処しようと、カリフォルニア州議会では、AB1825という法律が2年前に可決されました。
50人以上の従業員がいる会社は、部下のいる管理者全員に対し、2年に1回セクハラ防止の講義を行うよう義務付ける法律です。
参加者は性別を問わず、講義は2時間と定められています(「逆セクハラ」というケースもありますので、男も女も講義を受ける必要があるのですね)。
カリフォルニアは、メイン州とコネチカット州に続き、このような法律を制定したそうです。法律に署名したのは、ご存じ、シュワルツェネッガー知事。自身も、セクハラ問題で世間を騒がせたことがあるのですね。
彼にそんなブラックユーモアのセンスがあったなんて!
でも、真面目な話、カリフォルニアでは、人種や年齢に関する苦情よりも、性別に関する諸問題(性差別)がダントツに多いのも事実なのです。
セクハラは、こういった性差別( sex discrimination )の一種と定義されます。
細かい話になりますが、カリフォルニアでは、性差別の対象は男性や女性だけではなく、トランスセクシュアル、トランスジェンダー、トランスヴェスタイトなど、いわゆる「性同一性障害」を持つ人も含みます。
まあ、「障害」という学術用語にはわだかまりがありますが、ごく単純な言い方をすると、トランスセクシュアルは自分の性別がしっくりせず、性転換手術を望む人。トランスジェンダーは手術までは望まないが、出生時の性別に違和感のある人。そして、トランスヴェスタイトは、異性の格好の方がしっくり感じる人と定義されるようです。
昨年末、わたしの連れ合いも、セクハラの講義に出るように会社から言われたのでした。規則ですから、仕方ありません。
「もう、忙しいのに~」と、ぶつぶつ文句を言いながらも、自宅から電話会議で参加していたので、脇でちょっと聞かせてもらいました。(写真は、ご丁寧なことに、会社から発行された、講義受講の証明書です!)
まあ、実際、聴講してみると、「へ~っ、知らなかったよぉ」という内容も多々あって、それなりにお勉強になるものなのです。
たとえば、雇う側ですが、性別による賃金格差は勿論のこと、面接の際、応募者に対し、未婚か既婚かとか、子供の世話はどうするのかと尋ねてはいけないそうです。こういう質問は、立派に性差別と定義されるそうです。
「あなた妊娠してるの?」といった、妊娠に関する質問もタブーだそうです。妊娠を理由に、採用を拒否してはいけないからです。
セクハラとは直接関係はありませんが、妊娠している女性を解雇するのも、それ相当の理由が必要です。たとえば、何も連絡なしに、勝手に仕事を休んだとか。
セクハラにいたっては、相手に不適切な行為を行うだけではありません。
女性だからと、わざと難しいプロジェクトを押し付けたり、大事な仕事道具を隠したり、失敗するようにわなを仕掛けたりというのも、立派なセクハラだそうです(なんと、実際、そういうケースは多々存在するらしいです)。
もしセクハラを働いたのが管理職なら、それは当然、会社側が知っていたものと解釈されます。そして、何らかのセクハラの兆候を察知したならば、48時間以内に調査を開始する義務があるそうです。
訴え出た社員を別の部署にはずすなんて、もってのほか。会社側の報復措置と取られるからです。
普段、アメリカ人の男性諸君は、受付の子がスタイルいいだの、あの子は最近太っただのと、勝手なことを発言して盛り上がっているわけです。
「メアリーって誰だっけ?」との質問に対し、「ほら、あのラインバッカーみたいな、ごついヤツだよ」と、有能な女性エンジニアを指し、実に稚拙な、失敬な表現をするのです(ラインバッカーとは、アメフトで、ディフェンスの要ともなるポジションのことです)。
こういう諸君にとっては、セクハラ問題なんて、まったくどこ吹く風。
けれども、仲間うちで言い合うのはまだしも、これを公にしてしまえば、立派に罪になる危険性があるのですね。
そして、その身勝手な「からかい」を繰り返していると、そのうち相手に裁判で訴えられたり、米雇用機会均等委員会(the U.S. Equal Employment Opportunity Commission、通称 EEOC)から、槍玉に挙げられたりするのです。
ひとたび訴訟ともなれば、いつまでも、世に語り継がれる憂き目を見るのですね。
有名なお話として、こんなものがあります。投資銀行 Morgan Stanley のケースです。
もともとアメリカの金融業界には、女性社員が食い込みにくく、「ボーイズ・クラブ」的な素地があります。が、Morgan Stanley は、組織的に行われていた女性社員に対する嫌がらせを適切に管理しなかったとして、2年前、5千4百万ドル(約62億円)の補償金を原告団に支払いました。
女性にとって、極悪な労働環境( hostile work environment )を野放しにした、という罪状です。
ここシリコンバレーでも、こんなケースがありました。ベトナム系女性が、管理職になったにもかかわらず、先任の白人男性や同レベルの管理職と比べ、著しく給料が少ない、と裁判所に訴え出ました。
会社側は、そんな事実は無いと主張しました。が、結局、今までの不足分を支払い、管理職全員に差別や人種の多様性を教育しますと、原告団である女性と EEOC と和解したのでした。
こういうふうに法廷で争うぞと決断するまで、セクハラや性差別の被害者は、難しい判断に迫られるようです。
会社や上司の理解がまったく得られない場合もあるし、訴え出たあと、職場にいづらくなるんじゃないかという心配もあるからです。
腹をくくって会社をスパッと辞めても、元上司からいい職務評価や推薦がもらえずに、新たな職が見つかりにくい恐れもあります。実際、職種をまったく変えてしまった人も多いのだとか。
けれども、問題を未然に防ぐという点では、カリフォルニアで義務化されたセクハラの教育は、みんなの意識改革の第一歩になるのかもしれませんね。
補足説明: 雇用機会均等委員会 EEOCは、職場での差別を禁止した「米国市民権法(Title VII of the Civil Rights Act of 1964)」を守るための組織です。人種、肌の色、出身国、宗教、性別に基づく差別を厳しく追及します。
この法律があるので、アメリカでは、履歴書に写真などは貼らないのですね。性別や人種がすぐにわかってしまうからです。年齢も明記しません。雇用の際、偏見に通じるような要素は、書類選考のときに排除しておくのですね。
ちなみに、以前、アメリカでの職探しや履歴書の書き方について書いたことがあります。こちらです。
写真もなく、ちょっと読みづらくて恐縮なのですが、この号のふたつめのお話「ジョブ・フェアーはいずこ?」と、三つめの「気を引く履歴書」をどうぞ。日本と様子が違っていて、おもしろいかもしれませんよ。