24時間のオフ
エッセイ「新年のごあいさつ」で、ラスヴェガスに取材に行っていた事をお伝えいたしました。その取材レポートをようやく終え、ほっと一息ついているところです。
振り返ってみると、レポート書きに丸一週間以上費やしたことになっていて、自分でもちょっとびっくりです。いくらたくさん書く事はあるにしたってねぇ・・・普段、お勉強していないのがバレてますよね。
う〜ん、やっぱりテクノロジーは、日進月歩。日々のお勉強が、物を言いますねぇ。
そんな忙しい、受験生みたいな一週間を過ごしていながら、先週は24時間のオフを取りました。連れ合いのお誕生日に、「隠れ家」に一泊したのです。
「隠れ家」なんていうと、別荘でも持っているのかと誤解されそうですが、なんのことはない、連れ合いがよく行くゴルフ場に宿泊施設が付いていて、そこに泊まっただけの話です。だって、お誕生月には、タダで一泊させてくれるから。
このゴルフ場は、シリコンバレーの最南端にあって、我が家からも近いのです。フリーウェイが混んでなければ、たった20分で到着です。ほんの短い道のり。
でも、ひとたびゴルフ場に着いて、キャビン風のお部屋に足を踏み入れると、そこはもう別世界。
街の喧騒なんて、この世に存在しないくらいの静けさ。
目の前には、緑の絨毯みたいに広がるゴルフコース。ところどころに齢(よわい)を重ねた木々が生え、その向こうには、丸っこい穏やかそうな山。
だんだんと日が沈み、山がほんのり赤く照らされる頃、お部屋の中には暖炉の火が灯ります。
暖炉の火でぽっと暖かくなったところで、落ち着いて部屋の中を見渡すと、あ〜、同じ、同じ。
部屋の造りも同じなら、ベッドの向きも同じ。それから、ひざ掛けも、いつもの通り、暖炉の前にお行儀よく準備されていました。
このひざ掛けは、どうやら特製のものらしく、ゴルフ場のロゴも入っているし、よく見ると、模様もここの風景なのです。
こちらは、17番ホールなんですって。今では、グリーンまわりの左の木は、切り倒されているようですが。きっと「難しいぞ」って苦情があったのでしょうね。
そうそう、部屋の隅の箪笥も、いつもとおんなじ。この箪笥って、なんとなくアジア風で、置いてあるだけでほっとするのです。
おばあちゃんのところにあったような、昔なつかしい箪笥。
それから、ワインもちゃんと置いてありました。どうぞ旅の疲れをお取りくださいと。ゴルフ場のお隣のワイナリーのものなんですが、これもいつものおもてなし。
こんな風に、旅先のお馴染みって、とても落ち着くものなのです。
この晩のディナーは、ちょっとカジュアルに、バーでいただきました。月曜日だったので、ダイニングルームはお休みを取っていたのです。
「バースデーボーイ」の連れ合いは、メインディッシュにと、猪に挑戦。ちょっと固くて、噛み応え充分です。お味もワイルドでしたが、プレゼンテーションも「猪!」って感じですよね。
わたしは平和に、帆立を焼いたもの。山に囲まれていても、新鮮な魚介類。そこが、カリフォルニアのいいところです。
テーブルの担当者が勧めてくれたワインも、なかなかおいしかったですよ。ナパのGregory Graham というワイナリーの、2002年の Viognier。初めて聞いたワイナリーだけれど、とっても香り高く、味わい深い白ワインでした。
このウェイターさん、実は、「カリフォルニアワインはあんまりねぇ」というお人なんです。以前、お勧めを聞いてみると、「それじゃ、ぜひカリフォルニア以外の白ワインを!」と、いそいそとイタリアのワインを持って来たくらい。
でも、この Gregory Graham は、お友達に教えてもらって彼も気に入ったというだけあって、なかなかの「Good selection (よい選択)!」でした。
翌朝は、それはそれは、こごえるような寒さでした。サンフランシスコ近郊は、先々週からずっと毎晩のように摂氏零度を下り、朝は、すべてのものが凍てつくようです。
とくに、このゴルフ場は、山に囲まれた盆地なので、底冷えするのです。前夜はマイナス3度を記録したそうで、翌朝、コースは霜で真っ白。
こういう霜のきびしい朝は、すっかり解けるまでスタートできないんですよね。
でも、ゴルフ場の人は働き者。果たしてゴルファーが現れるかどうかもわからないのに、きちんと準備をするのです。
まずは、グリーンの芝刈り。それから、ホールの位置を移します。
あら、今日は、ずいぶん手前のエッジに移してる。あれじゃ、アプローチが難しいよね。
人間ばかりではなく、ちょっと大きめの小鳥も、元気よくチョンチョンお散歩しています。
きっと、誰かさんのおこぼれでも頂戴しようと狙っているのでしょう。
そんな屋外での活発な動きを尻目に、こちらは、お部屋でぬくぬくと朝食。
今日の朝食は、フレンチトーストに、暖かいベリーソース。新しいメニューの登場に、いつものブルーベリー・パンケーキから目移りしてしまいました。
そして、朝食のあとは、お風呂。朝ゆっくり入るお風呂って、ほんとにぜいたくですよね。
ここのお風呂は、小っちゃな箱庭が見えて、気持ちがいいのです。
プライバシーの問題がなければ、やっぱりお風呂の窓は、大きいのがいいですね。
さあ、そろそろ出発の時間となりました。
帰りは、お部屋からクラブハウスへと、トコトコと下っていきます。
舗装された道の脇には、ふかふかとした草。なんだか、熊の背中みたいです。緑色ですけど。
どことなく、スコットランドのゴルフ場のようでもありますね。ラフに入ったら、絶対に出そうにないという・・・
そんなことを考えていると、あちらの斜面には、鹿さんご一行がのんびりと歩いています。
全部で10匹ほどはいましたが、こちらは、4人家族みたいですね。この辺によく出没するのは、何かおいしいものでも生えているのでしょうか。
この日は、気持ちよく晴れ上がり、だんだんと暖かくなりました。凍えるような早朝が、嘘のようです。
晴れ上がると、冬場でも光線が強いのがカリフォルニア。雨季の冬だからって、サングラスを忘れちゃダメですよ。
お昼を食べて、食料を調達して我が家に戻って来ると、もうそこは、日常の空間。いつも接している家具や置物や仕事道具が、いきなり目に入ってきます。
なるほど、日常というものは、案外、単純な定義なのかもしれませんね。自分の影が濃く反映されている空間。
たとえ20分しか離れていない場所であっても、そこが別世界に感じるのは、どこを見ても、自分の影が認められないから。お馴染みのものがあっても、そこには自分の影はない。
だから、いつも通い慣れている街だったとしても、そこに泊まってみると、案外、非日常を感じるのかもしれません。窓から眺める角度が違っていたり、それまで知らなかった横道を見つけてみたり。ちょっと時間がずれると、違った人たちが行き来していたり。
そんなプチ旅行をしてみると、とってもリフレッシュできるのかもしれませんね。
なにも遠くに行かなくても、長い時間お出かけしなくても、日常からの逃避行は、意外と簡単にできるのかもしれません。
たった24時間のオフでしたが、そんなことを考えてみたのでした。
追記:日本のお友達が、とっても素敵なことを書いていました。いつもは東京や大阪の人ばかりと電話でお話するのに、その日は、違った場所の方々ともお話したそうです。松本市、高崎市、長野市、千葉市。長野は、その日、雨と霧の生憎のお天気だったとか。
そして、最後に、こうくくってありました。「言葉だけは旅行気分の一日でした」と。
「言葉での旅路」。なんとなく、彼女らしい、素敵な心構えです。もしかしたら、自分の席から一歩も離れなくても、心は世界中を飛びまわれるのかもしれませんね。