玉ねぎのブランド
前回の「ライフinカリフォルニア」のお話は、「果物のラベル」でした。今日は、野菜のお話から始めましょう。
6月に入って、シリコンバレーの雨季もそろそろ終わりになると、わたしは、ある野菜のラベルをお店で探すようになります。
それは、玉ねぎ。
しかも、特上の玉ねぎで、その名は「ビダリア(Vidalia)」。
(英語では「ヴィダリア」もしくは「ヴァイデイリア」と発音するみたいです。)
ちょうど今頃マーケットに出てくる甘~い玉ねぎで、それは、それは、美味なのです。
なんでも、アメリカ南部のジョージア州でつくった玉ねぎしか、この「ビダリア」を名乗れないそうです。しかも、ジョージア州の中でも、14の郡でとれた玉ねぎのみが名乗れる、という厳しい規則があるんだそうです。
「ビダリア」というのはジョージア州にある街の名なんですが、なんだか、「シャンペン(Champagne)」と名乗れるのはフランスのシャンパーニュ地方でつくったスパークリングワインだけですよ、という規則に似てますよね。
でも、そんな厳しい決まりの甲斐あって、「ビダリアオニオン」というのは、アメリカではとっても有名な玉ねぎになっています。
形も、なんとなく横に平べったい感じで、見た目にも特徴があるのです。
この玉ねぎは、1930年代の大恐慌時代に「どうやったら売れる作物がつくれるのだろう?」と試行錯誤した結果できあがったものだそうです。売れるためには、おいしくないといけない、そんな努力が実を結んだのでしょう。
ずっと地域の農民を支えてきた功労賞として、1990年には、ジョージア州の「州の野菜(the Official State Vegetable of Georgia)」にも指定されています。
甘い玉ねぎといえば、アメリカには「ワラワラ(Walla Walla)」「マウイ(Maui)」「インペリアルバレー・スウィート(Imperial Valley Sweet)」と他にもいろいろあるけれど、そんな中でも、たくさんのファンを持つセレブ的な存在となっているのです。
(ちなみに、ワラワラは西海岸ワシントン州ワラワラ郡の原産、マウイはハワイ諸島マウイ島産、そして、インペリアルバレー・スウォートは、カリフォルニア州南部でつくられる玉ねぎです。)
ところで、何がそんなにビダリア玉ねぎを甘くしているのかって、畑の土壌に含まれるイオウ(sulfur)の成分が少ないせいなんだそうです。
土中のイオウ分が少ないということは、玉ねぎの中のイオウ分も少なくなる。すると、あの鼻にツ~ンとくる刺激も格段に少なくなって、全体的に甘く感じるようです。
あの鼻にくる刺激臭は、玉ねぎの中にある酵素がイオウ成分と結びついて出てくる、本来イオウの持つ臭いなんだそうです。
もともとは、自然界から自分を守ろうとする玉ねぎの「武器」だったようですが、イオウ分が少ないと、武器の量も少ないので、人間さまの鼻も刺激しない、ということのようですね。(玉ねぎと同じユリ科ネギ属の野菜、たとえばニンニクやラッキョウなども、同様の「武器」を持っているようです。)
まあ、くわしい化学式はよくわかりませんが、鼻にツンとこないので、スライスして、そのまま食するのにも最適です。ゆえに、アメリカでも、ハンバーガーに入れる輪切りオニオンとして大人気なのです。
もちろん、炒めてみても甘くておいしい、というのは言うまでもありません。
玉ねぎには、血中糖度やコレステロール、それから血圧を下げる効果があるので「メタボ対策」にも良いと言われているようですが、鼻にツ~ンとくる玉ねぎほど、その効果は高いということです。
でも、甘くて食べやすかったら、たくさん食べられるので、結果的には効力は同じことなのかもしれませんね。ですから、そんな観点からも、ビダリア玉ねぎはお勧めなのです!
(写真は、薄切りの鶏むね肉の上に、玉ねぎと人参を炒めたものとチーズを乗っけて、オーブンでこんがりと焼いたものです。鶏肉は酒と醤油などで下味をつけて、さっと焼いておくと、早くできあがりますね。簡単なので、ぜひお試しあれ!)
ところで、玉ねぎのような野菜にも、産地によって「ブランド」があるように、食べ物にとって、ブランドというのはとても大事ですよね。
アメリカにも、食のブランドはいろいろとありますが、古くから有名なものは、人の名前をそのままブランドにしたものも多いように思います。
たとえば、ハムで有名な「オスカー・マイヤー(Oscar Mayer)」があるでしょうか。
アメリカのスーパーマーケットに行けば、必ずこの名を目にするくらい有名なハムのブランドですが、こちらは、ドイツからアメリカに移住したオスカー・マイヤーさんが、1900年にシカゴで立ち上げたお店から発展したのだそうです。
シカゴにいたドイツ系移民を相手にソーセージやレバーパテなどを売っているうちに、全米にも広がっていったようです。
わたしもこのブランドのハムは大好きですが、おいしいものは、自然とみんなにも広まっていくのでしょう。
今は、創立一家の手を離れ、大手食品会社のクラフト・フーズ(Kraft Foods)の傘下となっていますが、「オスカー・マイヤー」の名は、しっかりと踏襲されています。
ソーセージのブランドとしては、「ジミー・ディーン(Jimmy Dean)」というのもあります。
こちらも、ジミー・ディーンさんが作ったブランドではあるのですが、ジミーさんは、もともとはカントリーミュージックのスターだったお方だそうです。(あの若くして亡くなった、俳優のジェームス・ディーンさんとは違いますよ。カウボーイハットが似合うところは、よく似ていますが。)
テキサス生まれのジミーさんは、貧しい家庭に育ち、高校は中退という経歴を持つそうですが、1950年代から60年代にかけてエンターテイメント業界で大成功をおさめて、一時は「ジミー・ディーン・ショー」という自分の番組まで持っていた方なんだそうです。
ところが、何を思ったのか、ショービジネスの世界にはきっぱりと別れを告げ、1969年、41歳のときに生まれ故郷でソーセージ会社を設立し、そちらの方でも大成功をおさめました。
その後、ジミー・ディーン社を大手食品会社のサラ・リー(Sara Lee)に売却し、シンガーソングライターの奥方とともにヴァージニア州の田舎に引っ越します。そこで四半世紀の間、投資や趣味のボート遊びと悠々自適の生活を送られていたようですが、去る6月13日、81歳で他界されました。
世代がちょっと違うので、わたし自身はジミーさんの全盛期は存じませんが、お名前はよく耳にしましたので、有名な方だったのは事実です。亡くなったときには、シリコンバレーのローカルニュースでもとり上げられていました。
しかも、二度も仕事で大成功するなんて、そんなにラッキーな人ってめったにいないですよね!
ちなみに、ジミー・ディーン社を買収したサラ・リーも人の名前ではありますが、こちらは、創設者が娘の名をとって「サラ・リーのキッチン」と名付けたところに発するようです(リーはミドルネームで、苗字はルービンさん)。
サラ・リーは、シカゴのチーズケーキ屋さんとして戦前にスタートしたそうですが、今はパン、ケーキ、コーヒー、ソーセージと手広くやっている全国区の大企業。ここの冷凍のパウンドケーキは、とってもおいしいんですよ!
さて、ブランドというものは、ときに争いを呼ぶこともありまして、そうなるともう、裁判沙汰にまで発展することもあるのです。
こちらは、イングリッシュ・マッフィン(English muffin)の有名ブランドのお話です。
その名も「トーマス・イングリッシュ・マッフィン(Thomas’ English Muffin)」。
マッフィンというと、カップケーキみたいにかわいい形をした、フワッとした甘いパンを思い浮かべる方もいらっしゃるでしょうが、こちらは、イングリッシュ・マッフィン。
トースターでこんがり焼くと、カリッとしておいしいので、シリアルやベーグルと並んで朝食の定番にもなっているものです。甘くはないので、バターやジャムをつけて食します。
「トーマス」というと、75年間、アメリカの食卓に乗り続けてきた超有名ブランドなのですが、どうして人気があるかって、マッフィンをふたつに割ると表面にブツブツと穴があいていて、その穴にバターがとろりと溶けたのや、こってりと甘いジャムがしっくりと落ち着くようになっているのです。
あの穴をかじって、バターやジャムの風味がパ~ッと口の中に広がるのが、何とも言えない魅力なのです。
そんな評判から、この穴は「nooks and crannies(割れ目の隅々まで)」という名で商標登録までされているのです。パッケージの表にも堂々と印刷されています。
わたしもカリッと焼いたのにバターをぬって食べるのが大好きなのですが、この「穴」の作り方の秘密を知っている人は、トーマス社内には7人しかいません。
いったいどのくらいのパン生地を、どのくらいの湿度で寝かせて、どうやって焼けばいいのかと、穴を作る秘密はいろいろとあるそうなのです。
ところが、その7人のうちのひとりが、他の食品会社に鞍替えしようとしたところから騒動が持ち上がりました。あちらは、今はイングリッシュ・マッフィンを作ってはいないけれど、秘密を知った人が移ってくれば、トーマスと同じようなものができるではないか!と。
そこで、トーマス側は、鞍替えした重役を相手取り「ヤツは機密情報を盗んで敵方に移ろうとした!」と、連邦裁判所に訴えました。どうも、重役がトーマスを退職する前に、機密情報をUSBメモリーに入れて持ち逃げした形跡があったからです。
そこで、裁判所も「事が決着するまでは、新しい会社には出社しないように」という差し止め命令を下しました。
ところが、困ったのは、元重役。「出社できないなら、お給料をもらえないばかりか、そのうちに採用を取り消されてしまう!」と、上級の裁判所(第3連邦巡回控訴裁判所)に訴え出たのでした。
これから、争いは控訴裁判所で繰り広げられることになりますが、元重役がかなり怪しいことは事実のようです。
だって、昨年秋に敵方に「おいでよ」と言われておきながら、今年1月までトーマスに残って、素知らぬ顔で重役の戦略会議に出席していたのですから。その間、できるだけたくさんの秘密を集めようとしていたかのような印象を与えるではありませんか。
この先トーマスのイングリッシュ・マッフィンがどうなってしまうのかと、ちょっと気になる裁判ではあるのです。
というわけで、お話がすっかり脱線してしまいましたが、食のブランドは大事にしたいもの。何かしらの判決が下ったら、またご報告することにいたしましょうか。
追記: 蛇足ではありますが、トーマスが使っている「nooks and crannies(割れ目の隅々まで)」という言葉は、日常生活でも使われる表現となっています。たとえば、建築業界では、「凹凸のある壁をセメントできれいに塗り固める」とか「テーブルの表面の木目にニスを塗って平らにする」みたいな場面で使われます。
でも、トーマスが商標登録しているのだったら、そんなに簡単に使ってはいけない言葉だったんですね!