11月11日は Veterans Day
前回は、11月11日という、ゾロ目の日付について書いてみました。
ゾロ目というのは、なんとなく縁起が良さそう! というお話でした。
けれども、アメリカでは、11月11日には別の意味があるのです。
それは、表題にもありますように「Veterans Day(ベテランの日)」という一日。
日本語で「ベテラン(veteran)」というと、長年の経験を積んで「熟練した」とか「老練した」という意味になりますよね。
けれども、英語の veteran は、「退役軍人」という意味になります。「熟練者」や「古参」の意味もありますが、「戦争から復員した兵隊」を指す場合が多いのです。
ですから、Veterans Day というと、そんな復員兵の方々に敬意を表する日ということになるのです。
以前ご紹介した Memorial Day(メモリアルデー)は「戦没者の追悼記念日」ですが、こちらは、生存する復員兵や現役兵に対して感謝をする日となっています。
この日は、連邦政府(国)の祝日(federal holiday)ですので、国の機関や郵便局はお休みになります。
アメリカの場合は、必ずしも「国の祝日」が「州の祝日(state holidays)」にはなりませんが、少なくともカリフォルニア州では、Veterans Day は州政府の休日ともなります。
けれども、民間企業では、政府機関の祝日が休みになるとは限りませんので、たぶん、この日がお休みになる会社なんて、ほとんどないでしょう。
子供たちの学校も、休みになるとは限りません。多くの学校はお休みですが、州や学区によっては登校日となりますので、「あ~、残念」と言いながら学校に向かう子も多いことでしょう。
(上の写真は、サンノゼ市警の警察官協会が地元のマーキュリー紙に載せた一面広告。この日は、みんなで退役兵や現役兵に敬意を表しましょうというメッセージなのですが、こんな広告を載せなければならないというのは、ある意味、一般人には馴染みが薄いという証拠なのかもしれません。ちなみに、5つの紋章は、左から空軍、陸軍、沿岸警備隊、海兵隊、海軍です。)
そんなわけで、Veterans Day とは、なんとなく縁の薄い「国の祝日」ではあるのですが、多くのアメリカ人にとっては、大事な日なのです。とくに戦争に行ったことのある元兵士の方々や、その家族にとっては。
アメリカという国は、戦争に参戦した数が多いでしょう。ですから、いろんな年代の方々が、「元兵士」となっているのです。必ずしも、「元兵隊はおじいちゃん」というわけではないのですね。
さすがに、この Veterans Day がつくられる由来となった第一次世界大戦に参戦した方々はいらっしゃらないとは思いますが、第二次世界大戦の経験者は、まだまだたくさんいらっしゃることでしょう。
(写真は、第二次世界大戦に陸軍の専属カメラマンとして従軍したカール・ホルヴィッツさんが撮影した、フィリピン・ルソン島での戦闘の様子。女性は、今年8月に亡くなったカールさんの未亡人、アンさん)
第二次世界大戦の後は、日本では「戦後」となっていますが、アメリカではその後、朝鮮戦争(1950~1953)や、ヴェトナム戦争(1955~1975)があります。
そして、近年では、湾岸戦争(1990~1991)、アフガニスタン紛争(2001~現在)、イラク戦争(2003~2010)もあります。
そんなに大きな紛争でなくとも、世界のあちらこちらにアメリカ兵が派遣されることもあります。戦地のイメージはあまりないですが、ヨーロッパやアフリカで戦った兵士も多いことでしょう。(たとえば、ヨーロッパではボスニア・ヘルツェゴビナ、アフリカではソマリアなどがありますね。)
現在は、アメリカの軍隊には志願した人が入隊しますが、ヴェトナム戦争当時までは、徴兵制(conscription、draft)がしかれていました。
とくに、ヴェトナム戦争は期間が長いですから、退役兵というと、50代半ばから70代以上と幅広い年齢層を網羅しています。(たとえば、戦火の一番激しかった1968年に、18歳で徴兵されたとすると、現在は60歳ですよね。)
そして、今は、18歳になったら志願して軍隊に入れますので、30代、40代だけではなく、20代の退役兵もたくさんいることでしょう。
女性だって、軍隊に入って参戦できますから、女性の元兵士もたくさんいるんですよ。カリフォルニア州だけで、20万人の女性の退役兵がいるそうです。
海軍の潜水艦などは、今まで女性はダメだったんですが、先日、女性士官を乗せる潜水艦が4隻決まったりして、女性の参加も進んでいます。今では、軍隊の2割は女性ともいわれているので、女性の元兵士もどんどん増えていくことでしょう。
ですから、世の中に退役兵は多く、「退役軍人管理局(the Department of Veterans Affairs)」という国の役所もあるくらいなのです。
そんなわけで、この Veterans Day には、老いも若きも、男も女も、人々に感謝されることになるのです。
たとえば、この日は、元兵士の方々や現役兵のパレードがあります。仲間が集って式典が開かれたりもします。出席者は、戦地で散った仲間や、帰還後に他界した仲間たちを思い出すのです。
子供たちもパレードに参加したり見学したり、退役兵の方々をねぎらうために、老人ホームを訪れたりします。登校日だったら、学校で戦争のことを学ぶ機会もあるでしょう。
わたしの住むサンノゼでも、毎年パレードがあるようですが、一度も見学に行ったことはありません(すみません)。
その代わり、テレビではパレードや式典の様子が報道されますので、「あ~、今日は Veterans Day かぁ」と神妙な気分になるのです。
それで、どうして「退役軍人の日」を書こうと思ったかというと、それは前夜のローカルニュースの報道にありました。
現在、サンフランシスコの中華街近くの小さなビルを、退役兵のためにアパートに改造しようではないかという計画があるのです。
それも、今は路上生活を余儀なくされている元兵士のための専用アパート。
1916年に建てられたこのビルは、もともとは少年院だったそうです。でも、老朽化にともない誰も使っていなかったので、中華街と退役兵の援助団体が協力して、元兵士の専用アパートに改築する計画なのです。
改築が完了すれば、キッチン付きの個室がずらりと並んだ、快適な住空間になります。第一、75人の方々が路上に生活する必要がなくなるというのは、喜ばしいことではありませんか。
戦争に行くと、生きて帰れる保証はありませんし、戦地で重症を負うこともあります。体や脳に損傷を負い、一生、後遺症と闘わなければならないこともあるでしょう。
けれども、幸いにして五体満足で帰って来たにしても、心に傷を負った方々も多いのです。
今でも毎朝のように悪夢で起こされる、戦場で戦うイメージが繰り返し襲ってくる、ゴムのにおいを嗅ぐと、焼けた戦車のタイヤと命を落とした仲間を思い浮かべる、といった方々も珍しくありません。
そんな帰還兵は、お酒や麻薬のワナにはまったり、なかなか定職に就けなかったりと、戻ってからも苦労の日々を送るのです。「兵隊は、泣き言はいわない!」と、長い間、精神的な傷をそのままにしておくことも珍しくありません。
そして、仕事もないので定住する場所もなく、そのうちに路上生活が始まる・・・そんな方々も多いのです。
驚くことに、全米の路上生活者の3分の1は元兵士である、という統計もあるそうです。
ですから、サンフランシスコに限らず、あちらこちらに帰還兵のための「一時的な住宅(transitional housing)」があるのですが、なかなか数が足りないのです。
そんな中、どんなに古びたビルであっても、元兵士たちが暖かい食事を食べ、暖かいベッドで寝られる空間が誕生するのは、とても喜ばしいことだと思うのです。
もちろん、戦争をするのは良くないことです。けれども、戦争を始めるのは国のトップであって、兵士たちではありません。
彼らは、無理矢理戦地に派遣されたか、自分から「国のためになりたい」と志願して参戦したのです。
どんなケースであったにしても、命をかけて戦った兵士たちを冷遇してはいけないと思いますし、このことに思想の右・左は関係ないと思います。
(もちろん、兵士たちが存在しない世界が理想ではあるのですが・・・。)
Veterans Day のこの日、アメリカ全土では、いろんな催しが開かれました。
オバマ大統領は、インドや韓国・日本とアジア訪問中だったので、韓国にある米陸軍施設を訪れ、兵士たちをねぎらいました。
アメリカの大統領は、軍隊の最高司令官(commander in chief)でもあるので、毎年、Veterans Day には兵士をねぎらうことになっています。
本国では、大統領に代わって、ジョー・バイデン副大統領がアーリントン国立墓地にある「無名戦士の墓(the Tomb of the Unknowns)」に花輪を手向けました。
ファーストレディーのミシェルさんは、ドイツの米軍基地で、兵士のみなさんにステーキの特別ディナーを配りました。
ファミリーレストラン・チェーンのアップルビーズ(Applebees)は、全米の店舗で元兵士や現役兵に無料で食事を提供しています。
兵士たちに特別割引を提供したのは、ドーナッツ屋のクリスピー・クリーム(Krispy Kreme)、サンドイッチ屋のサブウェイ(Subway)、ファミリーレストランのチリス(Chili’s)やTGIフライデイズ(T.G.I. Friday’s)と、いろんなお店が名を連ねています。
そして、サンフランシスコでは退役兵の援助団体が晩餐会を開き、団体にお世話になって社会復帰した方々が招かれました。
元海軍兵士であるメアリーさんは、こうおっしゃっていました。
「一度軍隊に入ったら、毎日が戦いなのよ。出てくるときには、すっかり別人になってるわ(You go in as one person and come out another.)」
だから、戦地を経験した彼らの社会復帰は難しく、多くの方は戦闘の体験を語ろうとしないのです。
そんなときに助けになるのは、同じ壁を乗り越えた仲間たち。そして、彼らを理解して受け入れようとする社会の仕組みなのでしょう。
ふと、まわりを見回すと、海軍のパイロットだった人や空軍のパイロットだった人が身近にいらっしゃいます。日本に駐屯した軍医も知っていますし、一族ほぼ全員、海軍一家という方も知っています。
そんな社会では、理想的には、毎日が Veterans Day であるべきなんでしょうね。
追記: 2001年以降、200万人のアメリカ兵がアフガニスタンとイラクに派遣されています。そのうちの半分は「退役軍人」となっているのですが、この中には、5千7百人の死亡兵、4万人の負傷兵が含まれています。(ジョー・バイデン副大統領のアーリントン墓地でのあいさつより)
2001年のアフガニスタン侵攻、2003年のイラク侵攻と、前ブッシュ政権では戦争突入を2回も経験していますが、最初のうちは、「戦争に行くのは貧乏人ばかり、政治家の子なんてひとりもいやしない」と非難も多かったのです。
軍隊で訓練を受けると、奨学金で大学に行けるなどの特典があり、経済的に恵まれない家庭の若者が軍隊に入っていたという背景があったのでした。
今は、必ずしもそうではなくなっていて、たとえば、バイデン副大統領の長男(現・デラウェア州司法長官)は、イラクに一年間派兵されていました。
ちなみに、現在、アメリカは徴兵制ではありませんが、男子は18歳になったら、国に登録する義務があります。26歳になる誕生日まで登録が義務化されているのですが、これは、もちろん、将来行われるかもしれない徴兵制に備えているのです。
これを拒むと、罰金や投獄の可能性がありますし、政府の奨学金をもらえない、国の機関で働けないなどの社会的な障害が出ることもあるそうです。
米国在住の外国人も登録の義務があるのですが、拒むと市民権が取得できないなどの弊害もあるということです。(FBIやCIAは米国市民でないと働けませんが、アメリカの軍隊には、市民でなくとも入れるんですよ!)