差別的な規則「DADT」のゆくえは?
前回は、「兵隊さんの差別をなくそう!」と題して、アメリカの軍隊では、女性兵や同性愛の兵士にまつわる諸問題があることを取りあげました。
今回は、前回のお話の後半に出てきた、ゲイやレズビアンの兵士の規則について、近況報告をすることにいたしましょう。
年末になって、バタバタといろんなことが起きましたので。
先日のお話では、兵士が同性愛(homosexual)であることをあからさまに認めれば、兵役を解雇される規則があることをお伝えしました。
その名も「Don’t ask, don’t tell(ドント・アスク、ドント・テル、略称 DADT)」。
「(軍隊は)何も問わないから、(あんたたちも)黙っていてね」。つまり、黙っていれば、軍隊に入れてあげるけれど、もし公言したら、軍隊を辞めてもらいますよ、というヘンテコな規則。
そう、軍隊に入りたかったら、同性愛の人はウソをつきなさい、という規則なのです。
そして、そんな差別的な規則は廃止すべきであると、社会的な動きが活発化していて、国の議会でも審議されていることをお伝えしておりました。
当の軍隊でも、規則廃止に向かう気運は高まっていて、大統領に軍事上のアドバイスをする統合参謀本部議長、マイク・マレン海軍大将は、今年初め、このように述べています。
「我々は、国のために兵士に犠牲になってもらっている。彼らの誠実さをも犠牲にしてはいけない」と。
そんな中、DADT の廃止法案は、先に連邦下院(the U.S. House of Representatives)では可決されていましたが、12月9日、連邦上院(the U.S. Senate)では惜しくも通過しませんでした。
「実際にゲイやレズビアンの兵士がおおっぴらに入隊すると、困惑する兵士も多いのではないか」と、廃止法案に難色を示す議員も多かったのでした。
けれども、「軍隊であろうと、やはり差別はいけない!」と、再度、廃止法案が単独で提出され、上院の審議はそのまま続けられていたのでした。
そして、下院でも、同様の廃止法案が提出されたことはお知らせしておりましたが、前回のお話を掲載した日(12月15日)に、即日可決されています。
(議会のややこしいところですが、先に下院で可決した廃止法案が上院で否決されているので、もう一度、下院で法案を採決する必要があったのでした。)
そんなこんなで、下院では電光石火で法案が通過したものだから、上院のみなさんも、ある意味プレッシャーを感じていらっしゃったのでしょう。
12月18日の土曜日、お休みを返上して審議を続けていた上院では、めでたく DADT廃止法案が可決されたのでした。
それも、65票対31票と、思いのほか賛成者が多かったのでした。
前回の否決の問題は、オバマ大統領と敵対する共和党の議員が、なかなか廃止法案に賛同してくれないということでした。
けれども、今回は、まったく賛成してくれそうにない共和党議員も「可」の投票をしてくれて、合計8人の共和党議員が廃止法案に同意したのでした。
そんな8人の中で、ノース・キャロライナ選出のリチャード・バー上院議員は、「これは、世代的に正しい法案だと思う」と述べています。
「今は、社会のどこでも差別的な行為は許されていないのに、軍隊だけこんな規則を残しておくのはおかしい」と。
まあ、議会の裏側では、賛成派に鞍替えしてくれそうな議員に、オバマ大統領が熱心に語りかけたことも功を奏したのでしょう。実際に会ったり、電話で説得したり、根回しはかなりのものだったようです。
そして、変な話ですが、議員自身の内情もあったことでしょう。それは、バー上院議員のように、今年11月に再選を果たした議員ほど、鞍替えしやすかったというお家の事情。
だって、2年後の2012年に再選をひかえた共和党議員なんかは、地元の有権者に批判されるのが恐くて、鞍替えなんて滅多にできないのです。
(共和党支持者の中には、「同性愛なんて、神をも恐れぬ行為だ!」と、同性愛を社会的に認めたくない人が多いので、そんな人たちを怒らせたら、再選は難しくなってしまうのですね。)
そんなわけで、議会を通った DADT廃止法案は、オバマ大統領がクリスマス休暇に入る12月22日の朝、大統領によって署名され、めでたく法律となったのでした。
そう、DADTなんて変な規則は、きっぱりと撤廃すると。
この日、内務省オーディトリアムでの署名式を前に、オバマ大統領はこう述べています。
「我々の国は、愛国心のある者には誰でも国のために尽くしてもらう。我々の国は、すべての男女が平等につくられていると信ずる。これらは何世代にもわたり闘って培われた理想であり、今日我々が高く掲げるものである」と。
この DADT撤廃は、アメリカ史上でも画期的な法案なので、オバマさん自身も、演説にはかなりの力が入っていたようです。
蛇足とはなりますが、DADT撤廃に向けた一連の動きのきっかけとなったのは、ある裁判だったのでした。
2004年、「ログ・キャビン・リパブリカンズ(the Log Cabin Republicans)」という団体が、DADTを止めるようにと、裁判所に訴えました。
この団体は、現役兵士や退役軍人が2万人ほど集まった組織で、おもに軍隊にいるゲイやレズビアンの権利を擁護する団体です。
名前は「リパブリカンズ(共和党支持者)」となっていますが、共和党の支持者の中にも、ゲイやレズビアンの方々はたくさんいらっしゃって、日頃から「肩身の狭い」思いをなさっているのでしょう。
この裁判は、2008年に担当判事が退職したこともあって、今年7月、ロスアンジェルス郊外の連邦地区裁判所へと舞台が移ります。
そして、9月9日、ついに判決がくだったのでした。
「DADTは憲法に反するので、廃止すべきである」と。
判決をくだしたヴァージニア・フィリップス判事は、このように述べています。
「DADTは、『法の下の平等』と『言論の自由』を明記した米国憲法・修正第1条に反する。ゆえに、軍隊にとって助けにならないばかりか、直接的で有害な効果を与えるものである。」
これによって、原告の大勝利となりましたが、被告となっている国が、そのまま引き下がるわけはありません。
今度は、国がサンフランシスコにある第9連邦巡回控訴裁判所に訴えて、フィリップス判事の決定を棄却するようにと上告しています。
今も控訴裁判所の審議は続けられていますが、その間、軍隊では DADTはそのまま続行となっています。
そんな騒ぎの中、国の議会が DADT撤廃を決めて、オバマ大統領が法律に署名をしたのでした。
今のところ、国(司法省)が控訴裁判所への上告をどうするのかは決めていないそうです。そして、まだ軍隊の中で生きている DADTが、どれほど厳しく守られるのかは不透明な状態です。
さらに、オバマ大統領が署名した法律には、「軍隊の心構えと準備ができてから撤廃する」という条件がつけられていて、これには最低でも一年はかかるのではないか、ともいわれています。
兵士や軍部トップの考えや態度を改めるには、軍隊の中から地道に教育で変えていくしかないのです。
けれども、署名後の記者会見で、オバマ大統領はこう述べています。
「過去にも、有色人種や女性を軍隊に融合してきた歴史を振り返ると、必ず実現できることだとわたしは信じている」と。
これからが正念場となる DADT撤廃ですが、方針として決まったということは、大切な第一歩ではありますよね!
付記: 年が明けて、国防総省は、「2月(2011年)から軍隊の教育を始め、年内には DADTを撤廃する目標を掲げている」と発表しています。
しかし、「目標達成が不可能だとはいわないが、今から年末までに何が起きるかわからない」と、年内の撤廃を確約しているわけではないようです。(2011年1月28日の国防総省の発表を参照)
実際には、いろいろと微妙な問題もあって、たとえば、同性愛の兵士が仲間にからかわれるという問題が起きたとして、どこまでが許される行為なのか? と、白黒はっきりと定義するのが難しい面もあるようです。
ゲイやレズビアンの方々にとっては、いったいいつ差別なく軍隊に入隊できるのかとか、今までに解雇された兵士はどうなるのかとか、あれこれと気をもむ一年となりそうです。