国旗の日「Flag Day」
前回は、祝日「メモリアルデー(Memorial Day)」のお話をいたしました。
この日は「戦没者追悼記念日」ではあるのですが、子供たちもお休みだし、ほとんどの会社がお休みになるので、アメリカ人にとっては楽しいバーベキューの週末となっている、というお話でした。
そのときに、アメリカの国旗のことにも触れ、「星条旗は国を象徴するものであり、子供の頃から、人々はこの旗に忠誠を誓います」とご紹介しておりました。
この忠誠の誓いは、「the Pledge of Allegiance(プレッジ・オヴ・アリージャンス)」と呼ばれていて、子供たちは毎日、教室で国旗に向かって「誓いの言葉」を暗唱したりもします。
あまり長い文章ではありませんが、子供たちはこれをちゃんと覚えて、右手を胸(心臓のあたり)に置いて、星条旗に向かって「旗」と「国」に対する忠誠を誓うのです。
この誓いの言葉は、大人になってもちゃんと覚えている人が多く、たぶんアメリカの歴代大統領の名前よりも良く覚えていることでしょう(ちなみに、誓いの文言は、文末に掲載しています)。
それで、おもしろいもので、アメリカには、この「星条旗(the Stars and Stripes)」をお祝いする日があるんですね。
6月14日が「国旗の日(Flag Day)」となっているのです。
6月14日の週は、「国旗の週(National Flag Week)」ともされていて、全米のあちらこちらで星条旗をたくさん見かけることでしょう。シリコンバレーの商店街でも、街灯ひとつひとつに星条旗が掲げられているのを見かけました。
この日はいったい何かというと、まだイギリスの支配下にあった時代に(1770年代後半)、東部13州が集まる議会で、「星条旗をアメリカの旗としよう!」と決めたことをお祝いする日なんだそうです。
すでに「独立宣言」は採択したものの、いまだイギリスとは戦争中。星条旗は、アメリカの人々がイギリスから独立することを志す旗印となったのですね。
めでたく独立を実現したずっとあとの1919年、当時のウッドロウ・ウィルソン大統領が6月14日を祝日に選んだそうです。
でも、この「国旗の日」は、国や州の行政機関の休日ではありませんので、会社もお休みにはなりません。「祝日ではあっても、休日ではない」という、多くのアメリカの祝日のひとつというわけですね。
それに、学校はもう夏休みに入る時期だし、みんなにはあんまり馴染みのない日ではあるのです。
考えてみると、アメリカではよく星条旗を見かけますね。
式典やパレードはもちろんですが、たとえば、アパートなんかの集合住宅に掲げてあったり、車のディーラーに掲げてあったり。学校や会社にもあるし、観光名所には必ずといっていいほど、大きな星条旗がはためいています(写真は、サンフランシスコと対岸のマリン郡を結ぶゴールデンゲート橋)。
「どうしてここに?」と思うようなところに掲げてあったりもするのですが、旗は、自分たちのプライドを表しているのでしょう。国民としてのプライド、組織のプライド、そういったさまざまな誇りの表れなのかもしれません。
そして、祝い事ばかりではなくて、弔事にも星条旗が使われます。
たとえば、国のために働いた人が亡くなると、棺には星条旗がかけられます。戦地で没した兵士の棺が本土に戻って来たときもそうですし、警察官や消防士が殉職したときもそうです。
こういう方々に対しては、「任務を遂行中に亡くなった(died in the line of duty)」という表現が使われ、星条旗で飾られた棺は仲間たちによって丁重に扱われます。
棺にかけた星条旗は、葬儀のあと、きちんと三角に折られ、遺族に渡されるしきたりになっています。国の象徴である旗(the flag of the United States of America)を守りぬこうと、勇敢に闘った(戦った)ことを褒めたたえ、そのシンボルである旗を遺族に手渡すのです。
遺族も受け取った旗は大事にして、生前の写真やトロフィーといった思い出の品々と一緒にマントルピースの上に飾ったりします。
先日も、サンフランシスコの聖堂では大きな葬儀が行われました。市の消防署に所属するベテラン消防隊員が、いっぺんに二人も亡くなったのです。
なんでもない住宅火災に出動した彼らでしたが、突然の大炎上(フラッシュオーバー)で身を焼かれたのでした。
葬儀には、全米の消防署だけではなく、遠くカナダやメキシコからも消防士たちが駆けつけ、列席者は数百人にふくれ上がりました。直接には面識がなくとも、消防士や警察官の組織は、「仲間である」「家族である」意識が強いのです。ともに過ごす時間も長いですし、つねに互いの命を守り合いながら任務に就いているからでしょう。
そして、葬儀の参列者を見守るのは、2台のはしご車が支える巨大な星条旗。みんなが悲しみに沈んでいるときこそ、星条旗の元で心がひとつとなるのでしょう。
犠牲者のひとりである救急隊員は、わたしと同じ学校の出身者だったので、なんとなく他人事とは思えない出来事なのでした。
というわけで、悲しいときにも活躍する星条旗ですが、よくご存じのように、星条旗は「13本の赤白のストライプ」と「50個の星」の文様となっています。
ご説明するまでもありませんが、50個の星は、アメリカの50州を表しています。
首都ワシントンDCは州ではありませんので、星の数には入っていませんが、その他はアラスカやハワイまで、本土から離れた州も登場しています。
アラスカとハワイは、最後に州の仲間入りを果たしました。ですから、1959年に星の数が50となったのでした。
上にも出てきたように、最初に星条旗をつくったときには、州の数は13。ですから、星の数も13個。
この13の星が「新しい星座(a new Constellation)」を表す円形に配置されていたようです。
まさに、新しい国は、夜空の新しい星座というわけですね。
(写真は、初代大統領ジョージ・ワシントンと奥方マーサに扮し、独立記念日のパレードに参加する方々。マーサさんが持っているのが「新しい星座」の星条旗)
赤白のストライプが13本あるのも、このオリジナルの東部13州を表しているのですね。
アメリカ人でも知らない人は多いかもしれませんが、13州というのは、以下の州となります: ニューハンプシャー(New Hampshire)、マサチューセッツ(Massachusetts)、ロードアイランド(Rhode Island)、コネチカット(Connecticut)、ニューヨーク(New York)、ニュージャージー(New Jersey)、ペンシルヴェニア(Pennsylvania)、デラウェア(Delaware)、メリーランド(Maryland)、ヴァージニア(Virginia)、ノースキャロライナ(North Carolina)、サウスキャロライナ(South Carolina)、ジョージア(Georgia)。
このように、事あるごとに登場する星条旗ですので、雨風にさらされて、だんだんと痛んできます。
そこで、端っこに「ほころび」が出てきた旗は、これ以上、人目にさらされるところに掲げてはいけません。旗は、いつもピッシリとしていなくてはならないからです。だって、何といっても自分たちのプライドの表れなのですからね。
けれども、忙しい大人たちは、なかなかそれに気づかない。ですから、8歳の男の子が市長さんに手紙を書いて、星条旗を新しいものに替えさせたというエピソードがありました。
南カリフォルニアのサンディエゴ郡に、キャンプ・ペンドルトンという海兵隊基地がありますが、近くのオーシャンサイドの市長さんが8歳の男の子から忠告の手紙を受け取り、「それは申し訳ないことをした」と、すぐに星条旗を交換したのでした。
この子は、お父さんもお兄さんも海兵隊員という軍隊一家。自らも海兵隊を志す少年としては、なさけない姿の星条旗なんて見るに忍びなかったのでしょう。
そして、ちょっとくたびれた旗はゴミと一緒に捨てる、なんて失礼な行為は許されないのです。
それでは、どうすればいいの? というと、本来は「火葬(cremation)」にしなければならないのです。
けれども、裏庭で火をたくことを許されない街が多いので、自宅で「旗の火葬」なんて簡単にできることではありません。ですから、押し入れの中にしまい込まれたり、こっそりとゴミ箱に捨てられたりと、一般家庭ではルールはなかなか守られていないようです。(祝日には自宅に星条旗を掲げる人も多いので、「くたびれた星条旗」の数も半端ではないでしょう。)
そんなわけで、先日、星条旗を火葬にしてあげましょうと、名乗りを上げた葬儀屋さんもおりました。どれくらい集まったのかは存じませんが、「旗の後処理」に困っていた方々にとっては朗報だったことでしょう。
まあ、星条旗に関しては、その揚げ方にしても、使い方にしても、ずいぶんと決まりが多いんです。たとえば、星条旗を洋服みたいに着ることも許されてはいません。
ですから、失礼なことをしないように「まわりの人に習う」というのが無難なのかもしれませんね。
追記: 星条旗の規則集は「旗のエチケット(Flag Etiquette)」と呼ばれていて、これには、もっと詳しい「処理」の仕方が定められています。
これによると、「旗は所定の形に折り、火は十分に強く、大きく、旗を完全に燃え尽くすほどでなくてはならない。旗を火の中に置いたあとは、旗に向かって「忠誠の誓い」を暗唱し、そのあと静かに黙祷(もくとう)を行う。旗が完全に燃えたあとは、火を消し、灰は地中に埋める」ということです。
ちなみに、子供たちもよく知っている「忠誠の誓い」というのは、以下のとおりです。
I pledge allegiance to the flag of the United States of America, and to the republic for which it stands, one nation under God, indivisible, with liberty and justice for all.
「わたしは、アメリカ合衆国の旗と、旗が象徴する共和国、神のもとに盤石な一国であり、すべての人民に自由と正義を与える国家に忠誠を誓うものであります」