図書館のブックセール
日本がもうすぐ「敬老の日」という土曜日、天気もいいし、近くへお出かけしました。
まずは、病院の眼鏡センターに寄ってコンタクトレンズを注文したのですが、そこでお隣さん夫婦に出会って、まあびっくり。だって、普段、隣同士でもなかなか顔を合わすことはないのに、よりによって病院でばったりと会うなんて。
お隣さんは、80をちょっと超えたご夫婦で、もうすぐ結婚55周年になろうかという、仲良し夫妻。今となっては、杖をついたご主人の手をひく奥さんが、運転手として大活躍。
最初は「絶対に長続きしないよ」とみんなから言われていたのに、こんなに続いているわよと、声をあげて笑っていらっしゃいます。
そんな明るいふたりにふさわしく、この日は、まさにゴージャスな一日。
暑くもなく、寒くもなく、文句のつけようもない一日。
It’s not too hot, not too cold. It’s just the perfect day!
なんだか、最近、アメリカ中部の五大湖の辺りを中心として、東半分は急に寒くなってきたそうです。
「国の冷蔵庫(the Icebox of the Nation)」というニックネームのミネソタ州インターナショナルフォールズでは、摂氏マイナス7度という、記録的な寒さにおそわれたとか。
その週、ミズーリ州カンザスシティーでは、一週間の気温差が25度だったそうで、夏の暑さのあとには冬の寒さと、まさにジェットコースターのようでした。
そういうのに比べると、ここ2、3日、この辺の人たちがブツブツ言っている暑さの戻りは、かわいいものかもしれません。
だから、みなさん、カリフォルニアに住みたくなるのでしょうね!
というわけで、このゴージャスな日のお出かけは、近くの図書館がお目当てでもありました。
普段わたしは、本は自分で買うタイプなので図書館は利用しないのですが、この日は、図書館のブックセール(library book sale)をやっていたのです。
日本でもそういうことはあるのでしょうか? アメリカの図書館は、いらなくなった本を売り出すことがあるのです。
たぶん古くなったという理由からだと思いますが、図書館が実際に貸し出していたものを売り出すのですね。
一般の図書館だけではなくて、大学の図書館でも売り出すことがありますが、こういうときには、絶版になって手に入らない学術書の掘り出し物があったりするのです。
買う方も嬉しいし、図書館にとっても収入源になるし、決して悪いアイディアではないですよね。
この日のブックセールは、玄関脇の会議室で開かれていました。けれども、ひとつの部屋では納まりきれずに、本の詰まった箱が外にまであふれ出ています。
厚いもの、薄いもの、ハードカバー(表紙がしっかりしたもの)、ペーパーバック(簡易的な紙の表紙のもの)と、いろんな種類があります。
中には新品の本もあって、安価な値付けは魅力的でもあるのです。「家族や友達への誕生日・クリスマスプレゼントにいかが?」と、ボランティアの女性が購買意欲をそそる声をあげていました。
ここにある本は、だいたい一冊1ドルで売られていて、さらに「袋いっぱいに詰めたら2ドル」「箱いっぱいは5ドル」という特価もあったようです。(まさに、本のたたき売り状態!)
そして、本ばかりではなく、映画ビデオに音楽CDと、まさしくプレゼントには最適のものもありました。(今の時代、図書館でもビデオやDVD、音楽CDを楽しめるんですよね。)
なにやら床に這いつくばっている男性がいるので、何をしているのかと思えば、ビデオの詰まった箱が床にも置いてあって、めぼしいものを懸命に選んでいるのでした。ここで安く買って、どこかで高く売りつける魂胆? と、ちょっと懐疑心を抱いてしまったのでした。
わたしが図書館に行ったのは、3時近く。4時までのブックセールは、もう終わりに近い時刻です。
そのせいか、本の分類は、ちょっと乱れています。きっと最初のうちは、「文学」「芸術」「科学」「児童書」などと、きれいに分類されていたのでしょう。けれども、わたしが行った頃には、お客さんが手にした本があちらこちらに置かれている様子で、分類はかなりあいまいになっていました。
「やっぱりこっちの方がいい!」という心変わりの表れなのでしょうが、日本人のように律儀に元に戻さないのが、だいたいのアメリカ人でしょうか。
(スーパーマーケットでも、いろんな棚に場違いなものが置いてあったりしますよね!)
ひとつは、いろんな詩人の作品を集めた詩集です。
わたしは普段、あんまり文学作品を読む余裕がなくて、ニュース、業界記事、ノンフィクションと、なんとなく無味乾燥なものが多いのです。
ですから、たまには情緒豊かな創作でも読んでみようかと思いまして。
この詩集は、「愛を語る」「自然をめでる」「家族・子供」「信仰・瞑想」といった章にわかれていて、自分の気に入ったところから読めるのが魅力なのです。
いろんな詩人の作品が集められているので、さまざまな視点や語り口に触れることもできます。あまり好みでないものに出会っても、次の作品は、好きになるかもしれないでしょう。
それに、字がとっても大きいので、寝る前に暗いところでも読みやすそう!
そして、もうひとつはガラッと変わって、プラトン(Plato)の哲学書を選んだのでした。
以前、哲学書をよく読んでいた時期があったのですが、プラトンは、他人の書いた要約しか読んだことがありませんでした。ですから、ご本人が書いたものに触れてみようかと思いまして。
まあ、原語版の英訳という制限はありますが、ご本人の言葉に触れるというのは、どんな分野の作品でも大事ですよね。(絵画だって同じかもしれませんね。ほんものの色に触れてみると、今までと違ったものが見えてくるのかもしれません。)
こちらの本は、『饗宴(Symposium)』『国家(Republic)』と、プラトンの代表作が収められています。それに加えて、『ソクラテスの弁明(Apology)』『クリトン(Crito)』『パイドン(Phaedo)』と、プラトンの師であるソクラテス(Socrates)に関する作品もまとめられています。
哲学者として名をはせたものの、「先祖代々の神々を冒涜(ぼうとく)し、アテネの若者を堕落させた罪」で死刑判決(!)が下された、師ソクラテス。
その裁判で、「人にとって良いことを知るのは、良いことを行っているということである。知らないことが悪なのであって、人は進んで悪を行ったりはしない」という論点を描いたのが、『ソクラテスの弁明』。
厳しい判決ののち、獄につながれたソクラテスを訪ね、脱獄を勧める友クリトンに対し、「自分は間違ったことはしていない、正義を優先するのみ」と、死の覚悟を描く『クリトン』。
そして、いよいよ服毒による死に臨み、「体がほろびても、魂は生きる。魂は、普遍の認識を忘れたりはしない」とソクラテスが告げる別れの言葉を、弟子パイドンが仲間に語る形式でつづられたのが『パイドン』。
まあ、プラトンの哲学としては『国家』が代表作といえるのでしょうけれど、なんとなく、師ソクラテスのドラマにひかれてしまうのでした。じっくりと読むとしたら、きっと、そっちの方を先に読むことでしょう。
それにしても、ソクラテスもプラトンも紀元前4~5世紀の人なんですよ!
そんな昔の人の言葉が本として読めるなんて、スゴいと思いませんか?
「哲学」なんていうと、どうしても近寄り難い分野になりますけれど、哲学書の醍醐味って「なんだ、偉そうな顔をして、みんなと同じようなことを考えてるじゃない!」と共感するところにあると思うのです。
いつの時代も、人間って、本質的にはあんまり変わっていないと思うんですよ。
というわけで、2冊の掘り出し物に出会ったブックセールでしたが、詩集の表紙を開けたら、こんな文字が書かれていたのでした。
Awarded to Cheryl L.
Division I, Singles Champion
Live Oak Varsity Tennis
- 1998 –
どうやら、1998年、高校対抗テニス大会で女子シングルスのチャンピオンになった、シャールさんに贈られた本のようでした。
せっかくいただいたのに、彼女は「もう、いらない!」って、図書館に寄付したようですね。
まあ、わたしもちょっと意外な気はしたんですよ。詩の内容や活字の大きさから、どちらかというと「おばあちゃん向けの本」かと思ったものですから、それが高校生の女のコに贈られたというのは、ちょっと場違いな気もしたのです。
ま、いずれにしても、それがめぐりめぐってわたしの手元にあるのですから、なんとも楽しいブックセールではありませんか!
追記: ちなみに、book sale の sale という言葉ですが、これには「販売」と「セール」という二通りの意味がありますね。
たとえば、a book for sale というと、「販売されている本」という意味です。
そして、a book on sale というと、「セールになっている本」という意味になります。
さしずめ、図書館のブックセールは、両方の意味を兼ね備えた販売ということになるでしょうか。