アメリカのSTEM教育
前回の「ライフinカリフォルニア」では、大学のお話をいたしました。
進学先は大学で選ぶのか、それとも就職に有利そうな(給料が高そうな)学部で選ぶのか、どっちがいいのだろうか? という話題でした。
そろそろ、アメリカでは、大学が先行受付の入学願書(pre-registration)の合格発表を行う時期でもありますし、もう少し学校のお話を続けましょうか。
前回のお話では、近頃、STEM(ステム)と呼ばれる科学教育が重視されていることにも触れました。
STEM は、科学(Science)、テクノロジー(Technology)、エンジニアリング(Engineering)、数学(Mathematics)の頭文字を取ったものですが、とくにアメリカの子供たちが弱いと言われる科学・数学系の勉強に重点を置こうじゃないか、という動きです。
地球規模でテクノロジーが激しく動いている昨今、オバマ大統領も、とくにSTEM教育を重視していて、教育省のアーニー・ダンカン長官とともに、全米にSTEM志向の教育を展開するプランを明らかにしています。
たとえば、今後10年間で、10万人のSTEM分野の先生をリクルートして、大学でもSTEM専攻学生を100万人増やそうと、科学教育増進にご執心です。
このSTEMをご紹介しながら、個人的には、そんなに科学教育に躍起になる必要はあるのかな? と少々疑問に思っていたのです。
が、ある記事を読んで、なるほど! と理解したことがありました。
それは、アメリカの大学や大学院で科学系のお勉強にがんばっているのは、アメリカ人ではなく、外国人が多いという事実。
なんでも、エンジニアリング(工学)、コンピュータサイエンス、物理の分野で博士号を取得する人の半分ちょっとは、外国からいらした留学生だそうです。
そして、大学のレベルでは、科学やエンジニアリングの学士号を取得する3分の1が留学生だとか。
ということは、こういった科学系の分野では、他の分野に比べてアメリカ人学生の割合が極端に低い、ということですね。
なぜなら、ちょっと計算してみたところ、アメリカの大学・大学院の留学生の割合は、たった4パーセントですから。
(参考文献: ”Brain Exports: Why China, India and other nations love American universities” by Harold O. Levy, Scientific American, December 2013; 留学生の割合は、留学生を82万人(Los Angeles Times, November 11, 2013)学生全体を2000万人(米国勢調査2012年データ)として計算)
つい先日、こんなテスト結果も発表されました。
国際的に見ると、アメリカの生徒は、ちょっと数学に弱いようだと。
読解力(Reading)と科学(Science)では平均点を取っているが、数学(Mathematics)になると、平均点をやや下回ると。
これは、経済協力開発機構(OECD)が3年に一度実施している15歳の生徒の学力テスト『PISA(ピーザ): OECD生徒の学習到達度調査』で、どちらかというと、学校で習ったことを日常生活に応用できるかどうかを測る学力調査だそうです。
アメリカでは、161の公立・私立学校から6000人が参加したそうですが、他のOECD諸国と比べると、20位近辺の平均点だったそうです。でも、数学となると、もうちょっと順位が下がってしまうとか。
OECD加盟国34カ国の中では、読解力が17位、科学が21位、数学が26位ということです。
まあ、アメリカの場合は、テストの成績が良い所と、そうでない所が極端に分かれるので、おしなべてみると平均点が下がってしまう、という難しい要因もあります。
たとえば州によっても、学区によっても、学校によってもテスト結果は大きく触れます(そこで教育熱心な裕福な家庭は、子供が学齢期になると優秀な学区(school district)に引っ越すことも多いですし、周辺の家の値段が跳ね上がることにもなります)。
ですから、国際的な順位だけでは、アメリカの子供たちの学力を評価できない複雑な現状があります。
けれども、「OECD諸国の15歳が取得すべき内容と照らし合わせると、ちょっと数学の力に欠けるようだ」という評価は、おおむね正しいのではないでしょうか。
(ちなみに、日本は、OECD加盟国34カ国の中では、読解力が1位、科学が1位、数学が2位。非加盟国も合わせた65カ国全体では、読解力が4位、科学が4位、数学が7位だそうです。65カ国(地域)のトップ3は、いずれも上海、香港、シンガポール。なんでも、上海の数学力は、アメリカで優秀なマサチューセッツ州の2年先を行っているとか!)
そんなわけで、このような動かしがたい事実があるので、アメリカの教育現場では、「STEM」の掛け声のもと科学・数学系の教育が重視されているようではあります。
そう、今までは、とくに中学、高校の数学でつまずく生徒が多過ぎた・・・
だから、大学で数学を教えようとすると、「なんだか日本の中学生みたい!」と感じるような、易しい内容から説明してあげないといけなくなるのです。
そうやって、だんだんと数学から離れてしまうと、「数学的な思考」が必要な物理やエンジニアリングからも離れてしまう・・・ということにもなるのでしょう。
ここで「数学的な思考」というのは、単に方程式にポコポコと数字を当てはめて計算(computation)することではなく、ひとつずつ段階を追って、論理的に考えを押し進めるやり方。
そう、数学を勉強する目的は、計算が素早くなることではなく、論理的な考え方を身につけること。
それがうまくできないと、物理や工学など自然科学系(physical sciences)のお勉強だけではなく、社会科学(social sciences)や人文科学(humanities)のお勉強だってうまく進まなくなってしまうのではないでしょうか?
つい先日、名門私立ハーヴァード大学の学長さんだったラリー・サマーズ氏が、インタビュー番組でこんな話をなさっていました(この方は、クリントン政権で財務長官を務めた有名人でもあります;Photo from “Charlie Rose” Website, December 10, 2013)。
アメリカの学校の質を上げようとするなら、まず、先生の待遇を良くして、みんなが先生という職業に対して尊敬の念を抱くべき。
さらに、もしも学生がシェイクスピア作品を知らずに恥じ入る気持ちがあるのだったら、同じように「指数的な経済成長(exponential economic growth)」と聞いて「僕には数字なんて関係ないもん!」とつっぱねる自分を恥じ入るべきだと。
アメリカでは、文化的に「数学は知らなくてもいい」という態度がはびこっているのが問題なのだと。
この「おじさん」は、学長時代に「女性はもともと科学やエンジニアリングに向かない」と発言して物議をかもした方ですが、それでも、彼の言っていることは正しいかと思うのです。
自分で勝手に「苦手意識」を持ったり、「あなたは理解しなくていいのよ」と誰かの成長の芽をつんだりすると、「どうせ、わたしには関係ないわ!」と自然と心が閉じてしまうものかもしれません。
もちろん、人間ですから誰にでもイヤなものはありますが、イヤなものにも適度にさらされて、「苦手」とか「無関心」を緩和しないといけないのかもしれませんね。
だって、避けてばかりいても、あっちはデンと構えて一向に道を空けてくれないから。
と、世界じゅうの子供たちも理解してくれればいいのですが・・・。
(Photo of future scientists from the U.S. Department of Education blog, “My Confidence in Future Scientists”, December 16, 2013)
付記: アメリカって、ほんとにおもしろいなぁと思うことがあるんですが、小学校の分数の計算にも苦労する高校生がいると思うと、逆に、大学院レベルの難しい問題をスラスラと解いてしまう子もいるんですよね。
たとえば、アメリカではテクノロジー企業が開催する科学コンテストが盛んですが、そんなコンテストで賞をいただく子供たちなんて、大人顔負けの研究をしているんですよ。
先日、シーメンス(Siemens)コンテストのチーム部門で全米3位に選ばれたシリコンバレーの高校生ふたりは、なんと、ガン治療の特効薬を効率的に開発する計算システムを構築したそうです。
アンドリュー・ジンくん(上)とスティーヴン・ワンくん(左)は、ガン治療研究の最先端を行く先生たちに教えを請いながら、独自の研究を続けたそうですが、ふたりとも学校の成績が良いだけではなく、討論(debate)のコンテストに出たり、地元の高校生に勉強を教えたり、スポーツや音楽を楽しんだりと、充実した高校生活を送っているようです。
アンドリューくんいわく、「僕は、数学、科学、テクノロジーの学際的な要素(interdisciplinary nature)が好きだ」
求めれば、どんどん道が開ける。彼らのまわりには、そんな環境が整っているのでしょうか。
(Photos of Andrew Jin and Steven Wang from “2013 Siemens Competition in Math, Science, Technology, National Finalists” by Siemens Foundation)