ハロウィーンの不思議なお話
アメリカでは、この時期、Halloween(ハロウィーン)という言葉が頭の中でだんだんと大きくなってきます。
10月31日のハロウィーンに向けて、直前の週末には『Ouija(ウィージー)』というホラー映画がリリースされましたが、いきなり、全米興行成績の第一位に躍り出たそうです。
Ouija board(ウィージー板)ともいいますが、ウィージーとは「こっくりさん」のことで、映画の内容は存じませんが、単なるお遊びから、とんでもない悲劇に展開するという恐~いストーリーではないかと想像するのです。
そして、今年のハロウィーンイベントの中では、ヘイワード地区歴史協会が開いた「お化けツアー」が目を引きました。
ヘイワードは、サンフランシスコ半島からサンマテオ橋を渡った東の対岸にあって、19世紀中頃から開拓が始まった歴史ある街です。
ですから、昔のお話には事欠かないようでして、10月いっぱい週末ごとに、開拓者墓地や歴史的建物で、わざわざ夜にツアーを開いて、実際にあった恐~いお話をしてくれるのです。
物好きなことに、夜中の3時半まで建物におこもりする特別ツアーもあるそうですが、こういった「お化けハンティング」は、ハロウィーンの時期の目玉企画でしょうか。
そう、日本では、夏のお盆に「お化け屋敷」や「怪談」で盛り上がりますが、アメリカでは、10月のハロウィーンの頃にお化けたちが大活躍するのです。
そんなことを考えていたら、ちょうど3年前の今ごろ、イギリスで体験した不思議な出来事を思い出しました。
10月末の誕生日にプラハからロンドンに向けてオリエント急行に乗り込み、ロンドンで数日を過ごしたあとは、大学街オックスフォード、シェイクスピアの生まれ故郷ストラトフォード・アポン・エイヴォン、羊たちの群れる田園地帯コッツウォルズ(写真)と立ち寄ったのでした。
コッツウォルズというと、羊毛業で栄えた緑豊かな美しい風景の中に、領主の館(Manor House:マナーハウス)が点在することで知られます。
ですから、わたしたちも、今はホテルになっているマナーハウス Lords of the Manor(ローズ・オヴ・ザ・マナー)にお世話になることにしました。
ちょうどこの日は、結婚式を挙げるカップルと親戚一同が宿泊していて、部屋割りには変更があったようで、わたしたちが案内されたのは、予約とは違う屋根裏のスイートでした。
2階からは屋根裏に向かって小さな階段が付いていて、まるで隠れ家みたい。エレベーターなんてありませんから、スタッフの方がえっちらおっちらと重い荷物を抱えて部屋まで運んでくれました。
案内のスタッフが出て行くと、とりあえず自分たちで部屋を「探検」することにしたのですが、まあ、この屋根裏のつくりが変わっていて、全体が L字型になっているのです。
ちょうど「L」の右端に入口があって、ドアを開けると、まずリビングルームがあります。ゆったりとした部屋で、調度品も、質素ながら機能的に置かれています。
屋根裏といっても、天井は高く、背を縮めて歩く必要がないので、壁が傾斜していることと、斜めの壁に取り付けられた小さな窓が、唯一「屋根裏部屋」の雰囲気でしょうか。
リビングルームを奥に進むと、ちょっとしたスペースがあって、その先は L字の角になっています。
この角を右に曲がると長い廊下があって、その突き当たり「L」のてっぺんにベッドルームがある構造になっています。
が、問題は、この長~い廊下。
L字の角を曲がった途端に、あ、誰かいる! と思ったのでした。
そう、どなたか目に見えない先客がいらっしゃる、とでも言いましょうか・・・。
それで、ちょっと気味が悪いので、部屋を変えてもらおうと、もともと予約していた部屋に案内してもらったのでした。
すると、こちらも、もともとは馬小屋だったところを第二次世界大戦中に学校として使っていた場所で、上下に分かれた部屋は広いのですが、あまり気持ちのいい感じはしませんでした。
案内してくれた女性も「屋根裏部屋は、最近バスルームをやり直したばかりだし、いい部屋なのよ」と力説するので、結局、こちらで一夜を過ごすことにしたのでした。
まだディナーには早いので、近くの集落を散歩したり、バーでシャンペンをいただいたりしたあと、服を着替えて、バスルームでお化粧直しをしていました。
すると、このとき、また、じ~っと見られているような視線を感じたんです。
なんとなく、バスルームの隅っこから、しげしげと観察されているような感じ。
べつに悪気はないんだけれど、「今日はどんなお客かしら?」と興味津々に覗き込まれている感じ。
この屋根裏部屋の不思議なところは、バスルームがふたつあることなんです。ひとつはトイレとシャワーと洗面台、もうひとつの奥のバスルームは浴槽と洗面台と機能が分かれていて、入口も手前のリビングルームの脇と、長い廊下の先のベッドルームの脇と、かなり離れているのです。
けれども、結局のところ、ふたつのバスルームは隣り合わせで、廊下の半分の細長い空間をわざわざ壁で仕切って、ふたつに分けた構造なのです。
そして、壁で仕切られていようと、このバスルームの空間に、何かしら漂っている感じがするのです。ですから、最初に L字の角を曲がった途端に、誰かいる! と感じたのでしょう。
もうひとつこの部屋が不思議なところは、全体にやけにドアが多く、ドアの足元には、すべて古い本が置かれていることでしょうか。
もちろん、風でドアが閉まらないように、オシャレに古書で押さえてあるのでしょうが、それが余計に「ときどき風もないのに、勝手にドアが閉まることがありますよ」と物語っているようでありませんか!
そんなわけで、部屋でじ~っと「観察された」あとは、ホテルのレストランでコースディナーを堪能いたしました。
このマナーハウスには、日本人の方もたくさん泊まられると伺いました。
ですから、さすがに舌の肥えたお客さまが多いと見えて、素材も新鮮だし、プレゼンテーションも斬新だし、繊細なお味に仕上がっていました。
まったく、イギリスは食事がまずいなんて、いったい誰がそんなデマを広げたんでしょうねぇ?
豪華なディナーに満足して部屋に戻ろうとしたとき、階段の踊り場に掛けてあるレディーの肖像画の前を通りました。
黒装束で、喪に服しているような白髪のレディー。
すると、このレディーの左目がぎらりと光ったんですよ!
でも、ワインでほろ酔い気分だったし、肖像画のガラスにライトが当たって、まるで目が光ったみたいに見えたんだ、と思い直すことにしました。
が、翌日もう一度見てみると、この肖像画にはガラスなんてはまってないんですよね!
あとで部屋に置いてあったホテルの歴史解説を読んでみると、このマナーハウスは、もともとヘンリー8世から買い取ったといういわれがあるそうです。
ヘンリー8世というと、スペインから迎えた最初の王妃キャサリン・オヴ・アラゴンから離婚したいばかりに、イギリスをカトリックから国教会に転向させ、次々と6人の妻をめとった王様ですが、そんな王様と縁のある館には、いろいろとありそうな気もしてくるのでした。
残念ながら、肖像画には説明書きがなかったので、どの領主の奥方かはわかりませんが、何回か持ち主が変わった今も、「館の主」として訪れる人々をずっと見ていらっしゃるのかもしれません。
一夜明けて出立の朝、近くの森からは、パン、パ~ンと猟銃を撃つ音が聞こえました。
どうやら、ディナーにする鹿さんでも撃っていたようですが、なるほど、これは異次元の空間に迷い込んだのかもしれないな、と納得したのでした。
なにやら、今と昔が交錯した異次元の空間に・・・。
そうそう、例の屋根裏部屋ですが、寝る前にお風呂に入ったときも「誰かがいる」みたいな気がするので、連れ合いに一緒にいてもらいました。が、不思議なことに、ベッドルームやリビングルームには足(?)を踏み入れようとしないんですよね。
小窓からの眺めはいいし、この空間の渦がお気に入り。
だから、他にはどこも行きたくないわ。
そんな、お行儀の良い方だったのかもしれません。
余談ですが: こちらのマナーハウス Lords of the Manor がある集落は、Upper Slaughter(アッパー・スローター)と呼ばれますが、これがまた「変な名前だなぁ」と興味を引かれる一因でした。
なぜなら、slaughter という言葉には、「惨殺する」という意味があるから。
「家畜をつぶして食肉にする」という意味もあるのですが、同時に人を惨殺するとか、大量殺戮という意味もあるので、どうしてまた、こんな平和な風景にそんな変な名前がついちゃったの? と、ひどく不思議に感じたのでした。
ホテルの歴史解説によると、Slaughter というのは、まったく違った由来だそうで、この地に定住した祖先が、この辺りの「ぬかるんだ湿地」を表す Sclostre という言葉を自分たち一族の名前にして、それが Slaughter となまったのだとか。
この Slaughter家が付近の領主となったとき、集落の名前も Slaughter となったそうです。
そして、もともとはヘンリー8世から買い取ったというマナーハウス。
カトリックからイギリス国教会に鞍替えしたヘンリー8世は、16世紀中頃、イギリスじゅうのカトリック教会や修道院を解体し、建物は領主たちに与えたという史実がありますので、こちらもそのような経緯だったのかもしれません。
建て増しを重ねて今の大きさになったそうですが、苔むした屋根や石垣は、昔をそのまま伝えてくれているようです。