日本とアメリカ:ケータイ、無線通信、冥王星
Vol. 85
8月上旬、またまた日本に行ってきました。いつもは、ここで旅行記などを書くところですが、自分のウェブサイトに「青森のねぶた祭」の写真も公開したことですし、今回はちょっとひねって、テクノロジーっぽいお話にいたしましょう。
<電話帳をお預かりします!>
日本にいらっしゃると、何だかアメリカやヨーロッパって、テクノロジーがずいぶんと進んでいそうだな、と思われる方もあるでしょう。でも、わたしに言わせれば、「そうでもないよ」というところでしょうか。
たとえば、日本に行ってみて驚いたのは、Edy(エディー)。言わずと知れた、オンラインキャッシングのサービスですね(お金を入れておくと、そこから自動引き落としとなる電子マネー。アメリカで言う、デビットカードみたいなものですね)。
驚くことに、そのEdyが、携帯端末に付いている!コンビニなんかでは、端末を読み取り機の上に置くだけで、ピッと瞬時に支払いが完了する。まさに、『おサイフケータイ』そのもの。
そんなのを見たら、アメリカ人はびっくりです。
8月上旬に日本に行ったときは、ワンセグ放送対応の携帯端末に驚いてしまいました。縦長だった画面が、カシャッと横長に変身する。 横長になると、もう、完全に、ミニ薄型テレビ!すごいものを考え付いたものです。
シリコンバレーでバリバリ働く日本人の友達が、先日、日本に出張した時、ケータイで文字入力を初体験したそうです。面倒臭いと、じきにギブアップしたものの、それはそれで、ちゃんとした文章になっています。
それを読んだわたしは、「ふっ、青いな!こっちなんか、ずうっと前から日本でメールしてるもんね」とニヤリとしたものですが、さすがに、日本のケータイメールは、誰にでも簡単に使えるようにできているものです。ユーザーインターフェイスがよくできているので、説明書なんか読まなくても、勝手にキーボードを押していけば、何がしかの進展があるものです。
世の中には、自分のユーザープロファイルの画面にたどり着くのに、専門家がかかっても、5分では不可能なヨーロッパ製の携帯端末などもあるのです(開発者の思考回路が違うんでしょうか?)。それに比べ、日本の製品は、しごく使い易い。まあ、そうしないと、お客様には売れないのでしょうが。
携帯でメールといえば、アメリカには、パソコンでやり取りしているメールを携帯でもアクセスできるようにする、という概念はあります。有名なBlackBerryのサービスもそうですし、このシリーズの掲載でお世話になっているIntellisyncさんのシンク(同期)の製品もそうですね。
このようなサービスを使うと、メールを受け取るだけでなく、返事を自分の携帯端末で作成し、返信することもできます。
けれども、これは比較的ビジネス分野に限られたことで、一般の人が携帯でメールをやっているかと問われれば、答えはノーです。こちらのティーンエージャーなんかは、携帯は、長話と暗号のようなショートメッセージを送るデバイスだと思い込んでいるわけです。ヨーロッパや中国でも、メールではなく、ショートメッセージの方が愛用されています。
日本ほどケータイメールが盛んな国は、類がないと言ってもいいでしょう。(日本では、パソコン文化が携帯文化に遅れを取ったという要因も大きいですね。パソコンのマウスをクリックする人差し指よりも、親指の方が勝っていた?)
アメリカの若い人たちは、目を輝かせて、こう聞いてくるのです。日本では、地下鉄でも携帯電話を使えるんでしょ?と。まあ、地下鉄で使えると言えば語弊がありますが、とにかく、若いアメリカ人にとっては、そんな進んだ日本は憧れの地でもあるようです。
その「ケータイ天国」の日本では、新しい、便利なサービスが続々と登場していますね。
今年5月、NTTドコモ(以下、ドコモ)が始めたサービスの中に、『電話帳お預かりサービス』というのがあります。 これは、データシンクのプロIntellisyncさんの製品で、世界に先駆け、日本で採用となった便利なサービスなのです。
誰でもケータイの中には、ひとりやふたりは親しい人の電話番号が入っているものです。それが、100人、200人と膨れていったら・・・「失くしたら、どうしよう?」という不安が頭をよぎります。失くしたら、もう二度と相手には連絡できない。
一般のユーザーでもそうなのですから、ビジネスでお使いの方は、なおさらのこと、紛失が怖いものなのです。
そして、携帯端末を買い換えたとき。ドコモショップでは、古い端末から新しい端末に電話帳データを移してくれますし、SDカードを使えば、自分でもデータ転送できます。でも、もうちょっと簡単な方法があればいいのに。
そんな不便さを解消するのが、この『電話帳お預かりサービス』です。月に100円(税込み105円)で、ドコモのお預かりセンターが、電話帳をバックアップしてくれるのです(パケットパックに加入していない場合、パケット通信料もかかりますが、100件で100円ちょっとだそうです。一度バックアップすると、その後は、追加、変更、削除された箇所のみ送信されるので、通信費は低く抑えられています)。
ありがたいことに、電話帳だけではなく、ケータイの中のメールや、静止画もバックアップ可能なのです。
もう紛失も怖くない。すぐに元のデータを取り戻せるのです(ドコモの902iSシリーズの端末に採用されていて、このシリーズ以降のモデルだと、メーカーを問わず、このサービスが利用できます)。
使い方は簡単。電話帳を開き、サブメニューで「お預かりセンターに接続」を選び、暗証番号を入れるだけ。あとは勝手にやってくれるのです。ケーブルなんかは、一切不要です。
もしパソコンを使う人なら、「マイドコモ」というサイトで、電話番号を新規登録もできるし、編集もできるのです。「電話帳データを携帯電話に送信」というボタンをクリックすれば、ケータイの方にも自動的に登録されます。
お盆休みの8月、空いた山手線で、もらったばかりの名刺のデータを一生懸命ケータイに入力していた女性を見かけました。まあ、慣れているとは言え、この機能を使えば、もっと楽に登録できるのですね。
この『電話帳お預かりサービス』、大々的に宣伝しているわけではありませんが、口コミでどんどん広まり、加入者も順調に増えているようです。
ところで、先に、このサービスは「世界に先駆けて」日本で採用と書きましたが、これは大袈裟に言っているわけではありません。Intellisyncの日本支社社長・荒井真成氏と、ビジネスデベロップメント担当副社長・鈴木尚志氏が、3年ほどかけて実現に漕ぎ着けたものです。
こんなものがあったら便利でしょと、じっくり時間をかけて交渉や開発を進めたてきたのですが、折しも、昨年4月に施行された個人情報保護法や、間もなく始まる番号ポータビリティーの勢いも手伝って、ようやく日の目を見ることとなったのです。
六本木のバーで、荒井氏が顔見知りのバーテンさんと話していると、「こんなに便利なサービスがあるんですよ」と、得意げにバーテンさんが語り始めたそうです。それが自分たちの手がけた製品であることを知ったとき、今までがんばってきてよかったと実感したと言います。
IT業界のことなど何も知らない人でも、小難しい説明抜きで、簡単に便利に使ってもらえる。それは、まさに、開発者冥利に尽きるというものなのです。
追記:このIntellisyncさんの電話帳バックアップ製品は、『ボーダフォン・アドレスブック』という名称で、ボーダフォンからも提供されています。月額使用料は、ドコモと同じく100円(税込み105円)で、それにデータ通信料がかかります。Vodafone 904Tの発売を契機に、今年3月からサービス開始となりました。
<勘違いのWiMAX>
日本に行っていた間、日本語の新聞の見出しを見て、びっくり。「WiMAX採用を決定!」。
なになに、アメリカの大手携帯キャリアのSprint Nextelが、WiMAXを採用する?ということは、もうすぐ、スタバやマックのWiFi(無線LAN、ワイヤレスブロードバンド)が、大幅にパワーアップ?
WiMAX(ワイマックス)とは、正式にはIEEE802.16と言いまして、次世代のワイヤレス(無線)通信の規格のことですね。現行の規格IEEE802.11(通称WiFi、ワイファイ)に比べ、高速で、より遠くまで伝送できます。利用できるユーザーの数もぐんと増えます。
だから、別名、「ステロイド入りのWiFi」とも呼ばれています(WiFiが最大通信速度54Mbps、伝送半径30メートルのところ、WiMAXは最大70Mbps、半径50キロメートルだそうです。利用環境によって、通信速度や到達距離は異なってきます)。
新聞の見出しでは、このWiMAXという規格を、アメリカの携帯キャリアSprint Nextelが採用することを発表したというのですね。
無線通信といえば、現在、アメリカの主要都市では、ダウンタウン地区を始めとして、街じゅうにWiFiネットワークを網羅しようというプランが着々と進んでいます。シカゴやフィラデルフィアもそうですし、シリコンバレーでも、パロアルトやサンノゼのダウンタウン、グーグルのあるマウンテンビューなどで、「都市無線ブロードバンド(municipal WiFi)」の概念が広まりつつあります。
もしWiMAXが実現したら、もっと便利な都市ネットワークの構築が可能となるはず!
おっちょこちょいのわたしは、もう今年中にも、全米の都市ネットワークや、空港やお店の無線ブロードバンドが、バリバリにアップグレードされている図を思い描いていたのでした。
ところが、それは、本文をまったく読まなかったわたしの早とちりでした。アメリカに戻ってみてわかったのですが、正確な内容はこうです。
先に、競合する携帯キャリア最大手のCingular WirelessとVerizon Wirelessが、次世代(第4世代)の通信規格としてIMS(IP Multimedia Subsystem)を採用すると発表したので、それに対抗し、3番手のSprint Nextelは、モバイルコミュニケーション用のWiMAX(モバイルWiMAX)テクノロジーを採用すると発表した。
実は、WiMAXには、オフィスの無線ブロードバンドのような固定無線アクセスと、モバイルデバイスで使う移動体通信の2種類の規格があるのですが、この発表では、後者の規格(モバイルWiMAX)を指しているわけです(モバイル通信となると、移動ローミングなどを考慮する必要があり、通信速度や伝送距離も、固定の場合よりも劣ります)。
WiMAXといえば、パソコンのプロセッサーで有名なインテルを始めとして、韓国のサムスン、フィンランドのノキア、アメリカのモトローラといった企業が長年担いできたテクノロジーです。今年6月、韓国では、世界に先駆け、モバイルWiMAXのネットワークが皮切りとなったそうです。
上り・下りとも最大30Mbpsの通信速度が可能だそうですが、これを利用すると、モバイルデバイスでリアルタイムにビデオ電話会議ができるし、ほんの数秒で映画一本ダウンロードできちゃうよと、サムスンはうたっています。
でも、アメリカはと言えば、実現にはまだまだ時間がかかりそうです。採用を決定したSprintの計画では、来年(2007年)末までに、一部の都市で採用し始め、2008年中には、全米の大きな都市でサービス開始となる予定です。
だとすると、Sprintがラップトップパソコンに搭載するモバイルWiMAX通信カード(多分、インテル製)を発売し、出先でジャカジャカ高速通信ができるようになるまでには、かなり時間がかかるということですね。
そして、新規テクノロジーの採用が遅いシリコンバレーでは、もっと遅れるってことでしょうね(いつかお話しましたが、シリコンバレーでは、多くが一斉に新手のサービスに飛びつくため、パンクを避けるために、サービス展開が先延ばしにされるのです。現行の携帯ネットワークCDMA2000 1xEVDOなんかも、始まるのが待ち遠しかったものです)。
新聞の見出しで大きな勘違いをしたわたしは、日本の友達に、こう自慢していたのでした。「WiMAXっていう高速無線ネットワークが、もうすぐアメリカで使えるんだよ」と。ごめんなさい、前言撤回です。多分、日本の方が実現は早いかもしれません。
それは、新しいテクノロジーのニュースは、毎日バンバン発信されます。けれども、ここで要注意。目新しいテクノロジーが実務レベルに到達するには、少なくとも数年はかかるのです。とくに、広大なアメリカでは、なおさらのこと。
新聞やネットで読んだ記事をすっかり忘れた頃に、「こんなのできたよ~」と、新サービスが始まったりするのですね。
追記:上記の通り、IEEE(米国電気電子学会)で標準化が進められるWiMAX規格には、固定無線通信と移動体通信を定めたものがありますが、前者はIEEE802.16-2004、後者はIEEE802.16eと呼ばれています。
ちなみに、ご存じの通り、現行のWiFi規格IEEE802.11にも様々なフレーバーがありまして、最初に製品としてお目見えした802.11b、5.2GHz帯域を使う802.11a、2.4GHzを使い高速の802.11gなどがあります。
現在は、802.11gが主流ではありますが、先日、802.11nという次の規格に沿ったルーター製品も登場しています。802.11gの54Mbpsに比べ、802.11nは、最大スループット約120Mbpsだそうです。
<太陽系の謎>
いやあ、先日は、大騒ぎでしたね。冥王星(Pluto)が、太陽系の惑星から外されたというニュースで。
子供たちにとっては、せっかく覚えた「水金地火木土天海冥」から、最後の「冥」を落っことさなくちゃいけない(まあ、正確には、1979年から20年間は、「海冥」ではなく、「冥海」でしたが)。
アメリカ人にとっても、冥王星は、唯一アメリカの科学者が発見した惑星。それが外されるなんて、とっても名残惜しいものなのです。科学館なんかでは、「お通夜」が開かれたりしていましたね。
先日、国際天文学連合で正式に冥王星を除外すると決まるまでには、ごちゃごちゃといろいろありましたね。
8月中旬には、こんなニュースが流れました。現行の9個の惑星に、あと3つ追加しようよと。
候補に挙がっていたのは、火星と木星の間にある小惑星(asteroid)の「セレス(Ceres)」、冥王星の一番大きな月である「チャロン(Charon)」、それから、"ジーナ(Xena)"というあだ名の惑星らしき天体「2003 UB313」("ジーナ"は、冥王星の更に外側の軌道を回っていて、冥王星よりもちょっと大きな天体です)。
ところが、この提案には非難轟々。そもそも、冥王星の惑星説だって怪しいのに。
1930年の発見以来、冥王星は、たびたび論争に巻き込まれる惑星でした。第一、小さい。地球の50分の1の質量です。そして、軌道が楕円。海王星の軌道にひっかかっている。
しかも、最近、海王星の外にあるカイパーベルト(Kuiper Belt)では、ほぼ円形の軌道で、太陽の周りを回っている天体がいくつも発見されています。少なくとも、40個は「惑星(planet)」と定義すべき天体が見つかっているのです。
じゃあ、いったい、冥王星って何者?そういったホットな討議が、2年前から続いていたのでした。
そして、8月24日、一転して、「じゃあ、いっそのこと、冥王星を惑星から外しちゃおう!」という決定が下されたのです。
そして、冥王星は、「セレス」と「2003 UB313(通称"ジーナ")」とともに、新たに「矮惑星(わいわくせい、dwarf planet)」と分類されることとなりました。
で、この一連のお話は、ある意味で滑稽でもあるけれど、科学の本質を、実に如実にあらわした事件でもあるのですね。
科学とは何でしょう?と考えると、「事実(自然現象)を説明するもので、それによって、この先発見するであろう事象も説明できるもの」と思いがちですよね。
でも、厳密に言うと、「説明する」ではなくて、「説明するとみんなが思っている」というのが正しいものなのですね。
今回の国際天文学連合の決定のように、科学の理論なんて、ある種、合議制の決定事項のようなものなのですね。科学者コミュニティーでは、「正しい、正しくない」じゃなくって、「何が説明に最適なのか」を多数決で決めているんです。
今回のように、何だか怪しい点が出てきたので、「惑星」という定義から考え直し、その結果、新たに「矮惑星」という定義を設けようじゃないかと決めるのも、この「適性」に関わることなのですね。
その昔、ガリレオ・ガリレイが登場する前は、天動説が宇宙の構造を説明するものでした。宇宙とは、中心に静止する地球の周りを天体が回ることで成り立っている。それが、科学者たちの宇宙に関する概念のフレームワークだったのです。
当時のフレームワークからすると、自分たちが描く太陽や惑星の軌道は正しいもの。だって、天体は予測した通りにぴったり動いている。
科学と呼ばれる知の体系の中では、「正しい」というのは、絶対的評価ではないんですね。だって、時代によって、フレームワークによって、「正しい」は変わるから。
で、冥王星も同じですね。ある「惑星」の定義(フレームワーク)をはめ込むと、冥王星は惑星だし、別の「惑星」の定義に置き変えてみると、もう、冥王星は惑星じゃない。
でも、少なくとも、多くの天文学者にとっては、新しい定義の方がすっきりする。それに、今後発見される天体にもうまく通用しそう。だから、冥王星は、惑星から外しましょうってことになったのですね。
実に健康的な、科学者コミュニティーの合議制ではありませんか!
まあ、地球の天文学者たちを尻目に、冥王星のあたりでは、こんな会話が聞こえてきそうではあります。
冥王星「なんだか、地球人がごちゃごちゃ言ってるなぁ。僕はもう、太陽系の惑星の仲間じゃないんだって。」
ジーナ「あら、あなたはまだいいわよ。今までちゃんと、仲間に入れてもらってたんだから。わたしなんか、もう味噌っかすよ。」
セレス「僕だって、ずうっと昔は、惑星だって言われてたのに、その後、小惑星に格下げだったんだから。あ、今は、矮惑星か。でも、冥王星くん、またすぐに、地球人の気が変わるかもしれないよ。だって、自分たちのすぐ近くのことだって、よくわかってないみたいだからね。」
追記:今回、冥王星が分類された「矮惑星」とは、以下の条件を満たすものだそうです。1)太陽の周りを回る、2)ほとんど球状の天体、3)惑星の周りを公転する「衛星」ではない、4)その軌道上に、衛星以外の天体が残っている。
4つめの条件が、「惑星」と大きく異なるわけですが、この条件4において、冥王星の軌道は、海王星の軌道に交差するので、「矮惑星」だと定義されたそうです。
ちなみに、「矮惑星」という邦語訳は、正式に決定されたものではなく、今後、日本学術会議で協議されるそうです。
それから、科学に関する記述は、大学院時代の恩師に負うものです。彼のセミナーは、自分の専門分野そっちのけで、「科学とは何ぞや?」という"科学の哲学(philosophy of science)"の討議ばかりでしたね。懐かしいです。
夏来 潤(なつき じゅん)