アメリカの金融危機:大恐慌以来の大ピンチ!
Vol.110
アメリカの金融危機:大恐慌以来の大ピンチ!
日本では、首相交代劇が繰り広げられる目まぐるしい9月ではありましたが、アメリカは今、蜂の巣をつついたような大騒ぎの渦中にあります。「住宅バブル」や「サブプライム問題」に端を発する金融界の粗相(そそう)が、国中を揺り動かす大問題に発展しているのです。
今月はまず、そんな金融業界のお話から始めましょう。
<金融ジェットコースター>
日本が「敬老の日」の3連休でホッと息をついている週末に、アメリカの金融業界では、休日返上でシビアな話し合いが続いておりました。ご存じの通り、証券老舗のリーマン・ブラザーズを誰が買い取るかという、あまり楽しくもない話し合いでした。
連邦準備理事会、財務省、大手金融機関のトップが一堂に会し、リーマンの行く末を協議するというのですから、そんなに楽しいわけがありません。
老舗のリーマンがバラバラにされて売られる? それ自体が狐につままれたような、「びっくり箱」でも手渡されたような話ではありますが、月曜日になってそのびっくり箱の蓋を開けてみて、もっとびっくり。買い手の有力候補となっていた商業銀行最大手のバンク・オブ・アメリカがリーマンを見捨てて、代わりにメリル・リンチを買収するというではありませんか。え、メリル・リンチも危なかったの?
そして、救いの手を得られなかったリーマンは、連邦倒産法第11章(通称チャプターイレヴン)の適用を申請し、あえなくその157年の歴史を閉じることになりました。
ウォールストリートの投資銀行の中では、今年3月に、業界5番手のベア・スターンズが大手銀行のJPモルガン・チェイスに買収され、今まさに4番手のリーマンが破綻、3番手のメリル・リンチが買収されようとしている。
次は、いよいよ2番手のモルガン・スタンレーと最大手のゴールドマン・サックスか?と、金融界には巨大なショックウェーブが巻き起こります。
経営危機は投資銀行に留まらず、この週には、保険会社としては世界的大企業であるAIGが米国政府から850億ドル(約9兆円)の公的資金を受けることになり、それに引き続き、消費者向け銀行のワシントン・ミューチュアルが買い手を探しているとも報じられました。
この予想もしない展開に、市場は騒然、「いったい何を信じたらいいの?」と業界通ですらパニック状態・・・(その後、預金高6位を誇るワシントン・ミューチュアルは、政府に差し押さえられ、JPモルガン・チェイスに売り払われています。)
金融破綻寸前ともいえるこの一週間は、まさに遊園地のジェットコースターも真っ青という株式市場の乱高下が見られたわけですが、一週間を終わってみると、何のことはない、ダウ平均株価は前の週の終値とほぼ同じ。1929年の大恐慌以来の、最大の金融危機と言われながら、ちゃんと市場が持ち直したのが唯一の救いとなりました。
しかし、胸をなでおろしたのもほんの束の間、翌週になると、さっそく連邦議会では政府が投入する7000億ドル(約74兆円)もの公的資金に関して議論が白熱し、市場はまたまた混乱へと逆戻り・・・
ふん、言い出しっぺの財務長官ポールソンとやらは、以前ゴールドマン・サックスのCEO(最高経営責任者)だった人間じゃないの。そんな悪者の仲間みたいな奴に7000億ドルもの小切手をハイッと手渡すわけ? そんなの血税を払う庶民としては絶対に許せない、ブー、ブー、ブー。
まあ、公的資金の議論はさて置いて、3月に買収されたベア・スターンズ、破綻したリーマン・ブラザーズ、そして急に買収が決まったメリル・リンチと3社の名を耳にすると、個人的にはそれなりに思い入れがあるのです。
まず、ベア・スターンズ。我が家では、ファイナンシャルアドバイザーの勧めもあって、マネーマネージャー(個人投資家向けの資産運用スペシャリスト)としてベア・スターンズを利用していたことがあるのです。が、成績はあまり芳しくなかったですね。それは市場が好調なときはいいのです。しかし、市場がこけると、自分もこける。これでは、専門家を雇う意味がないではありませんか。
幸か不幸か、昨年の夏、サブプライムローンの大問題が露見し、ベア・スターンズの息のかかったヘッジファンドがつぶれたのを潮に、ベア・スターンズとの関係は絶ってはおりましたが。
それから、メリル・リンチ。我が家は、ここに全財産を預けていたことがあるのですが、はっきり申し上げて、あまりいい場所ではありませんでした。
そして、リーマン・ブラザーズ。この方たちとは我が家は直接的な取引はありませんでしたが、個人的に思い出があるのです。
あれは、インターネット隆盛期でしょうか。まさに、世の中が「行け、行け」だった頃のこと。わたしの勤めていたシリコンバレーのスタートアップ会社が初めての製品を世に発表し、アメリカ市場と海外市場で同時に販売活動を展開し始めたとき、国内セールス担当者が最初に獲得した顧客の一社がリーマン・ブラザーズだったのです。
当時、リーマンといえば、ベンチャー企業にとっては、もう雲の上にいるような最上の顧客。なにせ、ウォールストリートの大御所様ですからね。お金はたっぷりあるし、彼らが顧客になってくれれば、それこそ絶大な宣伝価値がある。そんなネームバリューも手伝って、国内セールスの担当者は「リーマンが取れそう!」と、それはもう得意気でしたよ。
多分、リーマンの方も、これからネットを利用した新しいシステムを幅広く構築しようとしていたときでしょうから、どんなに小さなベンチャーが開発したものであろうと、便利な製品は採用してみたいと判断したのでしょう。
日本ではちょっと考え難いですけれど、もともとアメリカの金融業界には、「新し物好き」が多いのは確かなようです。
たとえば、手元に最新のメールを配信してくれることで大ヒットとなったリサーチ・イン・モーション社のブラックベリー(BlackBerry)端末は、ウォールストリートの金融関係者によって広まったようなものですね。スーツとネクタイという「コンサバ」な装いに反し、金融業界には、そんな新しい物にチャレンジする精神がみなぎっているのでしょう。
リーマン・ブラザーズにしたって、その成り立ちはチャレンジそのものだったようですね。1840年代にドイツ・バイエルン地方からアメリカに移住してきたリーマン3兄弟が南部アラバマ州に設立した小さな個人商店からスタートし、その後、南部では重要な換金作物だった綿花の取引で頭角を現し、南北戦争を機に、ニューヨークに進出して金融大手の仲間入りを果たす。
そう、南北戦争って、あの奴隷制廃止をめぐって起きた南部と北部の戦いのことです。そんな昔っから営業していたんですね(日本で言うと、徳川政権の終焉となる大政奉還の頃でしょうか)。
まあ、裏を返せば、金融業界のチャレンジ精神には悪しき部分がありまして、昨年の夏から世界を震撼させている「サブプライム問題」などは、このチャレンジ精神が災いしているわけですね。
だいたい、サブプライムローン(信用度の低い、おもに低所得層に貸し出される金利の高い住宅ローン)を買い集め、ひとかたまりにして、それを小さく切り刻んで有価証券として売り出すって、いったいどういうこと?
ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト、トーマス・L・フリードマン氏は、このウォールストリート特有の「ギャンブル性」に関して、こんな風に書いていました。今回の大騒ぎが収まった暁には、次世代の数学の天才たちには、次から次へとこざかしい金融商品をエンジニアリング(開発)するのではなく、全世界に役立つエネルギーのテクノロジーをエンジニアリングして欲しいものだと。
まったくその通りかもしれません。近頃の気のきいた学生は、コツコツと研究を積み重ねていく地味な技術革新の分野や、資格を取るのが難しく責任の重い医療分野を避け、短期間で実入りが何倍にもなる金融業界を選ぶとも言われています。
一説によると、2006年の一年間でウォールストリートの大手投資銀行5社が支払ったボーナスは、実に360億ドル(現在の換算レートで約3兆8千万円)に上るそうですから、それは魅力を感じない方がおかしいのかもしれません。
そんな「濡れ手に粟(あわ)」的なマインドがこの金融危機を増長させた一因だったとしたら、それは、経済の仕組みの中で何かしらが根本的に間違っているということですね。
追記: リーマン・ブラザーズやメリル・リンチなどの金融大手5社は、日本では「証券会社」と報道されることもあるようですが、ここではアメリカの一般的な名称である「投資銀行(investment bank)」という表現を使いました。
投資銀行は、証券取引業務に加え、企業の株式市場公開を遂行したり、合併・買収のアドバイスをしたりと企業向けに総合的なサービスを提供するだけではなく、個人投資家にも門戸を開き、幅広い投資チャンスを提供しています。通常の銀行と違って、政府機関による監視が緩いので、投資銀行としては、もっともっと積極的な、悪く言うと「無茶な」運用を行える環境にあったわけですね。
なんでも、2004年には、大手投資銀行5社が結託して米証券取引委員会(通称SEC)に規制を緩めるように懇願し、それ以来、各社が保有する資産1ドルに対し、40ドルを借りても良いことになったんだとか。それまでは、資産1ドルに対し12ドルが限度だったそうなので、ずいぶんと緩くなったものです。もちろん借りたお金は、「投資、運用!」と、いろんなものの買いあさりに使われていたわけですね。
今回の金融危機のあおりで、残るふたつの大手投資銀行ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーは、自ら銀行となることを政府に申請し、これが認められています。今後、この2社のあり方は変わってくるでしょうし、これまで大手が行ってきた投資銀行業務には、小型の金融機関が参画することにもなるのでしょう。
<外交から経済へ>
降って湧いたような危機的な金融情勢に、メディアや国民の関心は一気にそちらの方に集中しているわけですが、今年はもうひとつ大事なイベントが控えていますね。そう、11月4日に迫る大統領選挙です。ふたりの候補者にとっては、もうあまり時間はないのです。
もちろん、金融危機が話題をさらっていることはあるのですが、もともとカリフォルニアでは、いまいち「ノリが悪い」感じがしています。なぜって、誰が候補であろうとカリフォルニアは最初から民主党支持と決まっていて、共和党がどうがんばっても、そちらに軍配が上がる事はあり得ないから。だから、両党の候補者が遊説することもないし、投票を懇願するテレビ・コマーシャルを観ることもありません。
そう、民主党のバラック・オバマ氏の陣営も共和党のジョン・マケイン氏の陣営も、カリフォルニアに行くくらいなら、オハイオ、ミシガン、ペンシルヴァニアの激戦州に勢力をつぎ込みましょうと思っているのです。
まあ、たまにカリフォルニアに足を伸ばすことはありますが、それはあくまでも、資金集めの「金蔓(かねづる)」として利用しているのですね(英語ではこういうのをcoffer、つまり「金庫」と言います。そう、カリフォルニアはでかい金庫なんです)。
一方、全米へと視野を広げてみると、ふたりの支持率は今のところ互角のようです。それは、オバマ氏の支持率が伸び悩みを見せる中、マケイン氏への支持率が上がってきていることに起因するようです。
ヒラリー・クリントン氏と民主党候補者の指名争いをしていたときには、あれほど輝いて見えたオバマ氏が、今は何となくくすんで見えてしまう。まさに、物を購入したあとに後悔する消費者のように「バイヤーズリモース(buyer’s remorse)」を感じている有権者もいるようです。
それに比べて、マケイン氏の方は、オバマ氏が正式に候補者指名を受けた8月末の民主党大会が終わった直後に、アラスカ州の女性知事サラ・ペイリン氏を副大統領候補とすると、まったく予想外の発表をしています。「なんと、保守的な共和党が女性を副大統領候補にしたぞ!」と、メディアや国民は度肝を抜かれたのと同時に、その斬新な決断に好感を抱く有権者も増えているようです。
マケイン氏は連邦議員を26年も務めたベテラン上院議員。かたやオバマ氏は上院議員一期目の若手ホープ。そんな国政レベルの実績の違いを笠に着て、マケイン氏は外交・国防問題の通であることを訴えます。
自分は海軍少佐として参戦したベトナム戦争では北軍の捕虜になった実戦経験もあるし、イラク戦争においても、派兵を増強すべしという自分の主張は正しかったのだ。「オバマくん、君は戦略と実戦の違いを何もわかってはいないんだよ」と、オバマ氏の対外的な経験のなさをグイグイと攻め立てます。
その一方で、マケイン氏は自らも認めるほどの経済音痴。経済政策に関しては、ブッシュ大統領に負けないほどの門外漢なのです。それに加えて、長い間お金持ちをやってきただけあって、庶民とはかけ離れた感覚を持っています(再婚した今の奥方は、ビール卸売りの大会社を相続したお金持ち)。
たとえば、いったい家を何軒持っているのかという質問に即座に答えられなかったり、金持ちの定義は何かと問われ「年収5百万ドル(約5億円)くらいかな?」と答えたりと、庶民にしてみればちょっと信じられないような感覚をお持ちのようです(一説によると、マケイン夫妻が所有する家の数は18軒なんだとか!)。
もしも何も起こらなかったのならば、マケイン氏がそのまま若干のリードを続けていたのかもしれません。しかし、起こってしまったんですね、金融危機が。
もちろん、これによって即座にオバマ氏が大逆転ということにはなりませんが、これから11月4日までのひと月間、国民の目は、ふたりの候補者が打ち出す「経済救済策」に注がれることになるでしょう。
今一番恐いのは、現状に恐れをなした金融機関の極度の「貸し渋り」によって経済全体が麻痺してしまうことです。実際に、銀行がお金を貸してくれないために、秋の収穫ができない農家や、日々の営業に支障が出るレストラン、そして住宅や車を買えない消費者と、全米で次々と実害が出てきているようです。
アメリカの貿易赤字は悪化の兆しを見せ、失業率は過去5年で最悪(6パーセント)となる中で起こった金融危機。「バブル」から「現実」へと変質した経済の混乱を、いち早く押し鎮める。これが次期大統領の最大の課題となってくるでしょう。
追記: 文中の写真は、第一回大統領候補討論会が行われた翌日、9月27日付けのサンノゼ・マーキュリー紙の一面です。この討論会は、「五分五分」もしくは「オバマ氏が僅差で勝ち」との評価が下されています。
大統領候補討論会はあと二回行われますが、たった一回きりの注目の副大統領候補討論会は、いよいよ10月2日に迫っています。
<おまけのお話:ペイリンさん、しっかりして!>
ちょっと余談になりますが、これだけは言わせてください。マケイン氏が副大統領候補に選んだアラスカ州知事のサラ・ペイリン氏は、個人的には悪い冗談にしか見えないのです。
実は、そう思っているのはわたしだけではなくて、マケイン氏がペイリン氏を指名した翌日には、サンノゼ・マーキュリー紙の一面に大きくこう書かれていました。「なんでサラ・ペイリン氏?(Why Sarah Palin?)」
そして、そんなペイリン氏は、近頃、恰好のパロディーの題材として引張りダコになっているのです。
たとえば、パロディー番組の王様『サタデーナイト・ライヴ(Saturday Night Live)』。以前レギュラーを務めていたティーナ・フェイさんがペイリン氏にえらく似ているということで、9月中旬のシーズンオープンには、さっそくペイリン氏役で古巣に舞い戻ってきました(フェイさんはもともとコメディーライターだったのですが、サタデーナイト・ライヴに出演するうちに人気が出て、今となっては映画の脚本も書くし、コメディアンとしてエミー賞も受賞するしと、大活躍のお方となっています)。
CBSのインタビュー番組を再現したスキット(9月27日放映)では、フェイさん扮するペイリン氏がこう発言します。
「わたしのいるアラスカからは、海を隔ててロシアが望めるの。だから、わたしはロシア外交には精通しているのよ。」
まあ、普通だったら、これは誰かが書いたジョークだと思うでしょう。けれども、何を隠そう、これは本物のペイリン氏が発言したことなのです。アラスカの片田舎の市長から州知事になり、知事として2年しか務めていない新米政治家に複雑な外交問題に対処することができるのかという質問に対し、ペイリン氏はこう答えたのです。
「実際にアラスカからはロシアが見えるわ(you can actually see Russia from land here in Alaska)。」
他にもこんな「名言」があります。副大統領候補に選ばれるちょっと前、イラク戦争について、これは神から授かった使命なのだと発言しています。「私たちの国のリーダーは、神から与えられた任務を遂行するために派兵しているのです(Our national leaders are sending them out on a task that is from God)」と。
かわいそうに、ペイリン氏にかかると、神様も「便利屋さん」に使われてしまうのですね。
けれども、どんなにパロディーのネタにされ、笑いの的になろうと、この恐ろしい事実は消え去ることはありません。もしもマケイン氏が大統領に選ばれ、任期中に彼の身に何かが起こったら、大統領に就任するのは他でもないペイリン氏なのです。(パロディー転じて、ホラー映画!)
夏来 潤(なつき じゅん)