身の回りのテクノロジー:音楽と映像
Vol.67
世の中、いろいろ起こるもので、米国テレコム業界を中心に合併が進むかと思えば、ヒューレット・パッカードのCEO、カーリー・フィオリナ氏が突然解雇されたりします。"この世で唯一確実なものは、税金と死(in this world nothing can be certain, except death and taxes)"と、米国独立の功労者ベンジャミン・フランクリンは書いていますが、まったくその通りかもしれません。
さて、今回は、そんな大きな業界の話よりも、身近にあるテクノロジーのお話をふたついたしましょう。必ずしも、最先端技術ではありませんが、一般消費者の受け入れに焦点を当ててみます。
<XM対Sirius>
筆者宅に、新しい車がやって来ました。今まで二人乗りに乗っていた連れ合いが、複数のお客様をランチにお連れすることもできず、とても不便だとごねていたのでした。
驚いたことに、今どきの車は、キーをポケットに入れておくと、手をハンドルにかけただけで鍵が開くようです。エンジンもキーを挿すことなく、ボタンをひねるだけでかかるし、エンジンは静かで、かかっているかさえわからないくらいです。雨が降ると、自動的にワイパーが動くし、カーブでは、ヘッドライトが最大15度動き、曲がった先がよく見えるようになっています。いつの間にか、世の中は進んでいるものです。
車はさて置き、それとともに、新手のサービスがくっ付いて来ました。衛星ラジオです。2002年のクリスマスに、筆者の"欲しい物リスト"の筆頭に挙げた、デジタルラジオ放送です(2002年12月掲載)。名前の通り、衛星を介します。
どうして今まで自分の車に衛星ラジオを取り付けなかったかというと、変な話、車の後部にアンテナを取り付けるのが嫌だったからです。大きめのSUVですが、"お姫様"と呼んでいる自分の車に、不恰好な余分な物など取り付けたくありません。
ところが、連れ合いの新車には、"テレタビー"の頭みたいなアンテナが、既にちょこんと付いています。文句の言いようがありません。あとは、衛星ラジオのレシーバーを取り付けるのみです(通常、車内レシーバーは100ドル近辺からありますが、ディーラーでは、設置料込みで950ドルも取られました。どこに付いているかさえわかりませんが、ちゃんと音が聞こえているので、どこかに隠れているのでしょう)。
以前ご説明した通り、衛星ラジオ自体は、そんなに新しくはありません。2社あるうち、XMは2001年末から、Siriusは2002年夏から全米展開を始めました。しかし、近年、一般消費者にも広く名が知られるようになり、加入者もうなぎ上りに増えています。サービスは有料ですが、その分、コマーシャルがほとんどありません。両社とも、車内に加えオンラインでも聞けます(XMは月に10ドル、オンライン込みで14ドル。Siriusは定額13ドル)。
XMは、搭載される車種も百を超え、加入者は320万を越えます。2月からトヨタの車種にもディーラーオプション装備されるSiriusも、125万の加入者を持ちます。昨年の歳末商戦では、5週間で45万台の衛星ラジオが売れています。2010年までには、XMとSiriusを合わせ、4割の乗用車・トラックに工場出荷時でオプション装備されるとも予測されています。
連れ合いの車には、XMが搭載されています。購入した時点では、XMの選択しかありませんでした。チャンネル数は、音楽が113、その他、スポーツ、ニュース、コメディー、トーク番組などが50チャンネルあります。音楽チャンネルは、ロック、ヒップホップ、ジャズ、カントリー、年代別ヒット曲など、ジャンル別にきれいに分類されています。Siriusも、同等のレパートリーがあります。衛星を介するので、全米で同じ放送内容を楽しめます。
目玉チャンネルは、両社一歩も譲りません。2004年のシーズンから、SiriusがNFLフットボールの放送を始めたかと思えば、XMは3月からメジャーリーグ野球をカバーします。カーレースのNASCARは、従来のXMに加え、Siriusでも中継することになりました。
音質は、デジタルだけあってCD級のものです。車内のスピーカーが充実するほど、実力を発揮するようです。ただ、衛星放送の弱い点で、陸橋の陰で音が途切れることがあります。シリコンバレーでは無関係ですが、高層ビルが林立するマンハッタンでは、問題なく受信できるのか興味あるところです(Siriusの本社はマンハッタンにあるので、地上での電波増幅の点では、両社抜かりはないと思います)。
筆者自身は、2003年1月のコンシューマ・エレクトロニクスショーで、SiriusのDJホセ・マンギン氏にインタビューして以来、何となくSirius贔屓でした(2003年1月掲載)。しかし、その際発表されたSiriusの衛星テレビ放送は、来年にならないと実現しないようで、今のところ、テクノロジー的には、XMの方が一歩リードしています。
たとえば、昨年12月に出たDelphiのMyFiがあります。これは、"XM2go"というポータブルXMレシーバーのシリーズ第一作目で、もはや車の中に留まらず、街を歩きながら衛星ラジオを聞けるという画期的な製品です。街角での受信状態も非常に良いといいます。音楽を5時間分、声を11時間分録音し、後で聞くこともできます。さしずめ、TiVo(テレビのデジタル録画機)の衛星ラジオ版です。ポータブルなXM2go製品は、今年1月PioneerからもAirWareという名で発表されています。
数あるXMレシーバーのうち、DelphiのMyFiや人気車載種SkyFi2などは、曲名、アーティスト名に加え、スポーツゲームの得点など、最新情報を画面で速報することもできます(Delphiは、General Motorsの子会社としてスタートしましたが、近年その独立性を高める経営方針を持ちます)。
NavTrafficという交通情報もあります。カーナビの画面上で、混雑状況などをリアルタイムに配信します。この情報網をいち早く採用したのがXMで、Acura RL(ホンダ レジェンド)の2005年モデルに搭載されたのが、最初の実例です。XMラジオでも、各都市の音声での交通情報はありますが、カーナビが遅れているアメリカでは、NavTrafficは画期的なサービスと言えます。
次世代は、レシーバーのチップ化です。今後、さまざまな家電製品に衛星ラジオチップが内蔵されることになります。ドイツのオーディオ機器メーカーEtonは、間もなくXM対応チップを内蔵した製品を発表する予定です。
一歩遅れを取るSiriusは、来年1月から、超大物DJハワード・スターン氏が仲間入りします。彼はお得意のお色気コメント連発で、FCC(連邦通信委員会)ににらまれ、保守的なラジオ局チェーンから締め出しを食っていました。スターン氏登板のニュースに、Siriusの知名度は、間違いなくぐんと上がっています。
XMとSiriusの凌ぎ合いは、今年も健康的に続きます。乞うご期待!
<Comcast対TiVo>
筆者宅は、流行にとらわれない主義なので、かの有名なDVR(Digital Video Recorder)、TiVoも使っていませんでした(DVR 機の元祖TiVoとは、会社名であり製品名です。テレビ番組をデジタル録画するこの装置は、間もなく退陣するパウウェルFCC委員長が、かつて、"神の機械だ"と誉めそやしたこともあります)。
TiVoを今まで導入しなかったのは、ひとつに、筆者宅ではドラマをあまり見ないし、ニュース番組を録画してもしょうがないし、あまりニーズを感じなかったことがあります(ドラマが延々と何年も続くアメリカで、筆者が好きになるドラマは、だいたい一シーズンで打ち切られるんです)。そして、TiVoは、陰で視聴者の行動を観察していることもあります。たとえば、何のコマーシャルを巻き戻して見ていたとか。
ところが、そんな筆者の家に、1月中旬、DVR機がやって来ました。ケーブル会社Comcastが提供する、Motorola製DVR機です(120GB HDD内蔵。通常で60時間、ハイビジョンで15時間録画可能)。
日本と同様、アメリカでテレビ放送を見るには、ケーブルか衛星テレビに加入するか、アンテナを立ててアナログやデジタルの地上波をキャッチする方法がありますが、筆者宅は、ケーブルのComcast(本社フィラデルフィア)に加入しています。全米35州で2千2百万世帯の加入者を持ち、ご当地ベイエリアでは、160万世帯が加入しています。27州でサービス展開するケーブルの二番手、Time Warner Cable(本社コネチカット州)の倍の規模を誇ります。
どうして突然DVR機をと思ったかと言うと、単に機械がタダだったからです。Comcastが"お使いください"と、希望者に配っているのです。月々のサービス料は、従来のケーブル受信料(80チャンネル、45ドル)に加え、10ドルのDVR使用料に、デジタル放送へのアップグレード料5ドルがかかります(DVR機にデジタルセットトップボックスを内蔵)。でも、TiVoが機械に100ドル以上、サービス料に月13ドル掛かるのと比べ、安く試すことができます。いやだったらすぐに突っ返せばいいだけの話です。
この"棚ボタ"の話は、昨年12月にベイエリアで発表されて以来、大反響を呼び、希望者がどっと集まりました。しかし、Comcast側で"3週間待ち"との不手際があり、一種の社会問題にまで発展していました。その間、ライバルTiVo(本社サンノゼ市)は、40時間録画可能な自社製品を、タダで配布するというスタントも見せ、願わくは2千人の新加入者が生まれればと期待を寄せていました。間もなく、Comcastも立ち直り、日々DVR希望者の対応に追われる毎日となりました。筆者が、1月中旬の正午ごろ取り付けてもらった時は、サービステクニシャンは、これから15軒回るんだと言っていました。自社のテクニシャンでは到底足りず、急遽、契約した人のようでした。
DVR機自体はというと、期待以上に便利なものでした。日本でも番組ガイドと連携し、パソコンのハードディスクに録画するサービスがあるようですが、このような方式だと、録画予約がとても簡単です。メニュー上の番組を選んで録画ボタンを押すだけです。アメリカのように放映時間が頻繁に変更される場合にも対応できます。いくつか録画した場合も、メニューから好きな番組を選んでスタートすればいいだけだし(ビデオテープのように頭出しが面倒臭くない)、見た後は、すぐにその番組だけ消去できます。Comcast配給のDVR機は、同時にふたつの番組を録画できます。
今放映中の番組も、一時停止ボタンを押せば、トイレタイムが取れます。ニュースを見ていて、"今何万人って言ったの?"と思ったときは、ライブ放送のインスタントリプレイをすれば、逃した情報もキャッチできます。15分ほど遅らせて番組を巻き戻し最初から見始めれば、コマーシャルを飛ばして全部観賞した頃に、番組放送自体も終わっています(今点いているチャンネルは、過去数十分間分自動的に録画され、巻き戻し観賞をしている間も、放送内容は記録されています)。
DVR機を取り付けるにあたり、デジタル放送に加入したことによって、サービスも一気に広がりました。たとえば、ビデオオンディマンドがあります(video on demandとは、好きな時に好きな番組を選んで見られるサービスです)。映画やコンサートフィルム、スポーツイベントなど、幅広いジャンルがあります。多くは有料ですが、中にはタダで見られるものもあります。うちのテレビはハイデフィニション(高品位)ではありませんが、試してみると、その画質と音の良さにびっくりでした。好きなものを好き勝手なタイミングで見られるのは、意外に嬉しいものです。DVDを借りる面倒臭さもありません。
更に嬉しいことに、音楽放送が充実しています。デジタル音楽チャンネルは、45もあります。ジャズだけで、5つあります。選曲もいいし、曲名やアーティスト名に加え、アーティスト情報なども画面に出ます。知らないアーティストも多く、新たに発見する喜びもあります。音がコマーシャルで途切れるという無骨なこともありません。DENONのアンプを"JAZZ CLUB"のモードにして、家中のスピーカーに流して楽しんでいます。
テレビ放送の方は、筆者が払っている5ドルのデジタルサービス料では、ローカル局のデジタル放送など、十数のチャンネルが増えただけに過ぎません。その他、百数十のデジタルチャンネルを楽しむためには、それなりにお金を払わなければなりません。けれども、この音楽チャンネルの豊富さだけで、筆者などは充分に満足しています。"生活の豊かさ"って、こんなことなのねと。
ちなみに、アメリカでは、1998年から進められてきたローカルテレビ局のデジタル化が、現在、9割方完了しています。配信する側としては、デジタル化が先行するケーブルに対し、衛星テレビ会社は、間もなくデジタル放送対応の衛星をいくつか打ち上げ、千数百のチャンネルが観賞可能になると宣伝しています。
と、ここまでいいことばかりを書いてきましたが、問題がなかったわけではありません。遠隔地からのDVR機の初期化に数時間掛かるのですが、それが終わって、いざ実用段階となると、なぜか画面が定期的に止まってしまうのです。音も出なくなります。DVR機が、一時的にシャットダウンしてしまうのです。チャンネルを換えると、また動き出します。
こんな症状が続くので、カスタマーサービスに電話すると、それなら私に任せてとばかり、得意な声でこう言います。"ああ、それは、機械が熱くなり過ぎているんです。DVR機の上に2、3インチ(5?8センチ)、横に2インチ、換気スペースがないといけないんです"。仰せに従い、ラックを一段下げてスペースを増やすと、何と問題が解決したではありませんか!
そういえば、以前、同じような話がありました。Siemens製のADSLモデムが、設置して間もなく機能しなくなりました。保証期間中だったので、電話会社のテクニシャンがタダで交換してくれたのですが、彼曰く、"この機械は、熱を下から発するので、側面を下にして置いた方がいいよ"。それ以来、うちのADSLモデムは、左側面を下にひっくり返っています。
実は、DVR機のフリーズ問題は、シリコンバレーでは有名な話で、Comcastへの問い合わせの4割がこれでした。これに対し、Comcastは、2月11日の未明、こっそりとみんなのDVR機にソフトウェアパッチを送り込み、それ以降、苦情は激減したと宣言しています(Comcast側は、こんな問題はシリコンバレーだけだったと言っていますが、それも不思議な話です。いずれにしても、日本のお客様にこれをやったら、袋叩きです)。
まあ、いろいろあったものの、Comcastは新手のサービス展開に果敢に取り組んでおり、そのがんばりは評価すべきものでしょう。投資の神様ウォーレン・バフェット氏も、自社バークシャー・ハサウェイのComcastの持ち株を倍にし、1千万株としています(全体の1パーセント未満)。
対する元祖TiVoも、負けてはいません。一月末までの四半期で、新たに70万人の加入者を獲得し、累積で3百万人を超えたと発表しました(上記、衛星ラジオのXMに、ちょっと足りないくらいです)。新規加入者は、パートナーとなっている衛星テレビDirecTVが45万、自社での獲得が25万です。自ら得た25万人は、Comcastが前四半期に獲得したDVR加入者18万、Time Warner Cableの15万を上回り、その期待感から、発表時、TiVoの株が1割ほど上がりました。
けれども、TiVoに関しては、よからぬ話も続いています。たとえば、経営陣の揉め事があります。一月中旬、創設者のひとりで現CEOのマイク・ラムゼイ氏が近く退陣することを発表した直後、プレジデントのマーティー・ヤドゥコヴィッツ氏が突然辞任を表明しました。同氏は、テレビ業界のベテランで、ハリウッドとの関係も深く、その経験から、ケーブルや衛星テレビ会社とのパートナーシップを重要視していました。業界の憶測では、彼が一年がかりでComcastとの契約に持ち込んだところ、CEOのラムゼイ氏が、TiVoに対する規制が大きいのを懸念し、Comcastとの関係を破談にしたと言われています。
一方、衛星テレビDirecTVとのパートナーシップも、いつまで続くかわかりません。DirecTVの傘下に入ったイギリスのNDS Groupは、TiVoに対抗するDVRソフトを開発しており、今年後半からNDSソフト搭載のDVR機が市場に出回ります。
現在、DVR機の全米での設置台数は、ケーブルや衛星テレビのセットトップボックスを含め、約6百万台と言われます。TiVoブランドはその半分を占めるとはいえ、会社として存在する過去5年間、一度も利益を上げたことはありません。ComcastやTime Warnerのケーブル陣営の追い上げも厳しいし、関係を持たない衛星テレビDish Networkは、地域電話会社のSBCが強力にバックアップしています。他に遅れを取り、ハイビジョン録画可能なTiVoブランドのDVR機は、来年にならないと出ないとも言われます。
そんな厳しいビジネス状況下、対抗勢力の市場拡大を防ぐことができるのか、それとも、まことしやかにささやかれている通り、どこかに買収されてしまうのか、TiVoにとっては今年が勝負所です。
夏来 潤(なつき じゅん)