近頃ホットなこの話題:「華氏911」とグーグル
Vol.60
今回は、シリコンバレーのこの界隈で、昨今注目されている話題をふたつ提供いたしましょう。
<「華氏911」>
6月25日、待ちに待ったドキュメンタリー映画『華氏911(Fahrenheit 9/11)』が、全米で一挙に公開されました。いつもは話題の映画とは縁遠い筆者も、独立記念日(7月4日)の週末にさっそく見に行きました。
前日にインターネットでチケットを購入したのですが、金曜日だったにもかかわらず、午後1時の上映は売り切れでした。筆者が行った4時からの上映も、堂々たる満席で、人気の高さを物語っています。
映画はユーモアも交えた軽妙な語り口で、2時間があっという間でした。日頃は冷めたシリコンバレーの観客ではありますが、上映が終わったあとは、珍しく拍手が起こっていました。
内容的には、ブッシュ大統領一族とサウジアラビア王家やビンラディン家との石油や投資をめぐる強固な繋がりや、イラク戦争を含めた同時テロ後のブッシュ政権の政策を克明に描いたものですが、時に緘口令を敷かれているアメリカでは、初めて聞くような内容も多く、ゆえに賛否の反応も強いものとなったわけです。
"アカデミー賞は到底もらえないだろうから、マイケル・モーア監督にノーベル賞をあげろ" というものから、"ドキュメンタリーという意味を曲解したでっち上げだ" というものまで、両極端な意見が聞かれます。しかし、いずれにしても、ブッシュ支持派も不支持派も、アメリカ国民全員が直視すべき作品だと言えます。
映画の良し悪しは、8月中旬に観ていただければわかるので、ここでは、マイケル・モーア監督自身の作品に懸ける思いをご紹介しましょう(公共放送局WNETニューヨーク制作のインタビュー番組 "Charlie Rose" の中で、7月上旬、ホストのチャーリー・ローズ氏に語った内容から抜粋しています)。
まず、この映画を作った根底には、イラク戦争が起きてしまったことに対する監督の強い悔恨があるようです。メディアやプレスは政権に対しもっと厳しい鑑識眼を持つべきだったのに、結果的には、イラクとアルカイダの関係や大量破壊兵器の有無を追及することなく、戦争を許してしまった。監督自身は、昨年のアカデミー受賞式で、ブッシュ大統領を批判する発言を公然とやってのけたわけですが、これでは足りないと痛感していたようです。
しかし、映画を作る以上は、監督としていい作品を世に出したい。そして、二次的に、今年11月の大統領選で、ブッシュ大統領をホワイトハウスから追い出せたら文句はありません("もし、こっちの方が第一目的だったら、自分で大統領選に出馬してるよ" とジョークを交えます)。
けれども、悲しいことに、アメリカ国民の半分は投票に行かない。だから、この映画を観て、今まで投票したことのない忘れ去られた人々が投票に行ってくれたら、そして民主主義のシステムに参加してくれたら、監督冥利に尽きるというものなのです。
映画を作るにあたって、制作会社ミラマックスと親会社ウォルト・ディズニーとの間には、たったふたつの約束事しかなかったようです(それが先の買収の条件だったとか)。制作費3千5百万ドルを超えないこと、そして "NC-17(17歳以下はお断り)" のレッテルを貼られないこと。
ディズニーのCEO、マイケル・アイズナー氏が映画の中身を知ったときは、時すでに遅し。"あの映画は見ないようにって、アイズナーはディック・チェイニー(副大統領)にあわてて電話したみたいだよ" とのこと(そして、ディズニーは配給を拒否しました)。
映画がまゆつば物だという批判があるとの問いには、こう答えます。ブッシュ政権は、戦争の正当性を国民に押し付けるために、理由をでっち上げた。それに比べて、僕は、過去30年に渡ってブッシュ一族と取り巻きに贈られた巨額の金や、同時テロ直後の9月13日にビンラディン一族を国外に逃した形跡があることなどを中心に、事実に基づき自身の意見を述べている。
イラク戦争での映像は、3分の2は自分のクルーが撮ったが、あとは兵士同士が撮ったり、軍隊に付随するフリージャーナリストが撮ったりしたものだ。だから、客観的なものと言える。メジャーネットワークが取り扱ってくれないので、彼らは僕に買ってくれとフィルムを渡してきた。
ブッシュ大統領については、"頭が空洞(he has a vacancy problem upstairs)" で、取り巻きにとって "便利なバカ(useful idiot)" だと監督は言い切ります。現政権のメンバーの半分は、ブッシュ1世(父親の元ブッシュ大統領)から譲り受けたもので、その言いなりになっていることを指しています。
映画の一場面を引き合いに出し、"だってアメリカが攻撃されてるってシークレットサービスが耳打ちしてるのに、何をしていいんだかさっぱりわからなかったじゃないか" と指摘します(ちなみに、ブッシュ大統領のエール大学での通算成績は "C" で、一番良かったのは歴史、悪かったのは天文学です。科学には特に弱いようです)。
とは言うものの、監督自身は、ブッシュ大統領に対抗する民主党支持者とも違うようで、"僕は独立派(Independent)だよ" と強調します。何でも、1992年はクリントン前大統領に投票したけれど、1996年と2000年は緑の党のラルフ・ネイダー氏に入れたそうです(2000年の選挙で、アル・ゴア前副大統領の足を引っ張り、結果的にブッシュ大統領を誕生させた候補者。今年は緑の党の推薦を得られなかったので、無所属で出馬表明をしています)。
さすがに今回の大統領選では、監督もブッシュ降ろしに一致団結するようですが。
監督は、映画の中でイラク戦争の理不尽さを切実に訴えていますが、その中に、ある兵士の家族が出てきます。兵士は、"お願いだから、あのバカ(that fool)を再選しないでくれ" と手紙に書いてきました。家族がこれを受け取った1週間後に、乗っていた戦闘ヘリコプターが墜落し、彼は戦死しました。そうして、終わりのない遺族の苦悩が、またひとつ生まれています。
アメリカ史上初めて、正副両大統領が同一産業(石油業界)の出身となっています。ここに何かあると見るのは、マイケル・モーア監督だけではないことは確かなのです。
<映画は正しいの?>
それでは、ここでちょっと、筆者なりに映画の論点を吟味してみましょう。勿論、事の真偽を判断できないことも多々ありますが、一般に公開されている情報だけでもかなりのことが見えてきます。
まず、米国のイラク攻撃の根拠となった、サダム・フセインとアルカイダの密接な関係、そしてイラクの大量破壊兵器保持や原子爆弾の製造計画続行についてですが、既にご存知の通り、米国の正式な調査でも、これらの証拠は認められていません。
共和党5人、民主党4人で構成される米上院諜報委員会(the Senate Intelligence Committee)は、7月9日に公表した報告書でこれらの関連性を否定しています。それと同時に、CIAが信頼できない情報源に頼り過ぎたために間違った情報を政府に与えたと、CIAに罪を擦り付ける結論を出しています(対照的に、7月22日に発表された911委員会の報告書では、連邦議会に落ち度があったと結論付けています)。
これに前後して、今年3月に上院議員たちの前で、チェイニー副大統領の主張と矛盾する証言をしていたジョージ・テネットCIA長官は、7月11日を最後に、7年間務めた職を追われました。"何をしたとかしないとか弁明はしないけれど、誰かが諜報を曲解していると判断した時は、私は必ずそれを指摘した事実だけは信じてほしい" と先に証言していました。長官の辞職は、表向きは "一身上の都合" ですが、それが "辞めさせられた" の婉曲語であることは周知の事実です。
テネット前長官は、今年2月にも "たとえビンラディンと彼のネットワークが壊滅したとしても、他のイスラム教過激派グループが米国内外の攻撃を続けるだろう" と厳しく警告していました。イスラム社会の専門家の多くも、米国のイラク侵略が事を悪化させてしまったと同種の見解を採っていますが、これは、大統領選挙を控える政権にとっては不利な発言だったわけです(ちなみに、新たなCIA長官は、11月の選挙後まで任命されない可能性もあります)。
さて、映画の論点に戻りますが、冒頭に出てくる、2000年の大統領選挙でのフロリダ州の結果についてです。事実上、全米の選挙結果をひっくり返したこの州では、537票の僅差でブッシュ氏に軍配があがったわけですが、モーア監督は、そもそもブッシュ氏の弟が州知事だし、いとこが有権者のリスト作成に関わっていたので、信用できるものではないと主張しています。
これに関しては、7月に入り、フロリダ州政府は、2000年の選挙で有権者リストのベースとなった "重罪犯リスト" に間違いがあったことを正式に認めました(マイアミ・ヘラルド紙の追求に屈した模様です)。
フロリダは、ひとたび有罪判決を受けると、刑を全うして釈放されても、自動的に選挙権を復権できない数少ない州のひとつです。そのために、"犯罪者リスト" が存在するわけですが、この民間会社が作成したリストの中に、恩赦を受け、本来は選挙権を持っていた人間がたくさん入っていたというわけです。そして、そのほとんどは、黒人だった、つまり圧倒的に民主党支持だったというわけです。
フロリダは、その地理的要因からユニークな政治分布図を持っていて、州のラテン系住民は、圧倒的に保守的な共和党支持です(キューバとプエルトリコからの移民が多いことに起因)。これは、民主党支持の多いメキシコ系移民とは好対照となっています。一方、黒人は、全米押しなべて民主党支持が多いのです。
2000年の大統領選では、間違って州の "犯罪者リスト" に入っていた人は2千人以上おり、その中に(保守的な)ラテン系はほとんどいませんでした。この過ちは、フロリダの選挙結果を、ひいては大統領選挙そのものを充分に左右していたものと思われます(これに対し、7月15日、共和党が牛耳る下院議会は、今年11月の大統領選挙を国連が監視することを禁止する法案を圧倒的多数で可決しました。審議中、フロリダ選出の民主党議員が、共和党議員たちに向かって、"あなた方が参加したクーデター" だとか "あなた方が選挙を盗んだ" と発言する場面もありましたが、これらは議事録から削除されました)。
また、映画の中には、ブッシュ大統領のテキサス空軍守備隊時代の話が出てきますが、これに関連する話題ではこんなものもあります。彼のアラバマでの軍務期間中、1972年から翌年にかけての空白の3ヶ月が以前から問題となっていましたが、6月下旬、国防総省は、"ブッシュ中尉を含む複数の給与支払い記録が、1996年に国防省会計局によって喪失されていた" ことを発表しました。
何でも、痛んだマイクロフィルムを修復しようとしたところ、間違って壊されてしまったとのこと。"紙面でのコピーは存在しない" と報告書に追記されています。
一方、映画では、誇張されていた論点も無きにしも非ずです。モーア監督は、同時テロ直後の9月13日に、ブッシュ政権が正規の手続きなしにビンラディン一族を国外に逃がしていたと主張していますが、当時、テロ対策の総責任者だったリチャード・クラーク氏は、"FBIに確認した後、私が一族に離陸許可を与えた" としています。
同氏は、政権を離れた後、大統領に批判的な立場を固持していますが、曰く、"私はこの映画に心から賛同するが、現政権はあまりに多くの過ちを犯しているため、政権を攻撃するために事をでっち上げる必要はまったくない" とのこと。
それから、映画には、"2001年1月の大統領就任以来、ブッシュは最初の8ヶ月間の実に42パーセントを休暇としていた" との主張もありますが、CBSラジオのベテラン通信員によると、42パーセントではなく、39パーセントだそうです。
蛇足となりますが、個人的には、この映画でひとつの謎が解けました。"AK-47(カラシュニコフ1947年型の自動攻撃ライフル銃)に取り付けるMP3プレーヤーが、昨年一年間に一万台売れた(Harper’s Index, April 2004)" という謎です。
映画は、ヘビーメタル系の音楽をガンガンかけながら、戦車から砲弾を発射する若い兵士たちを映していますが、どうやら、人殺しの道具と過激な音楽は密接に結びついているようです。
<グーグルはバブル再来の証?>
さて、最後に、まったく違ったお話に切り替えましょう。インターネットのサーチエンジンとして、アメリカで一番人気を誇るグーグル(Google)が、間もなく株式市場ナスダックに公開します。
数年来、いったいいつになったら公開するの?という質問に、"僕たちはプライベート会社のままで行くよ" と答えていましたが、どうやら心変わりがあったようです。今年1月、監査会社の財務診断で "健康" というお墨付きをもらったことで、公開プロセスが一気に進み、早ければ8月、遅くとも初秋までには公開の運びとなりました。
ご存知の通り、以前は、財務的に厳しい状態でも "とりあえず株式市場に公開してしまえ!" といった風潮があり、これがインターネットバブルとそれに続く崩壊に結びついたわけです。また、バブルの波に乗り、財務報告のごまかしなども、業種を超え広範囲に及びました。現在も、企業側を相手取り、バブル崩壊時の大損を訴える投資家の集団訴訟が跡を絶ちません。
これに対し、議会は2002年に法律を通し、企業の財務診断を、証券取引委員会への株式公開登録の必須科目としたのです。
そんな中、企業の株式公開(initial public offering、俗にIPO)は、2000年のバブル崩壊以降は低迷期にあったものの、今年に入り、若干持ち直し傾向を見せています。
今年第1四半期には13、第2四半期には24のベンチャー企業が、米国の株式市場にデビューしています。グーグルをはじめとして、公開登録をしている企業は50近くあり、今年はIPOのペースも加速することが予想されています。
IPOのやり方としては、バブルの頃は、"ロードショー"と呼ばれる方法が一般的でした。名前が示す通りの "映画の独占封切興行" のように、企業のCEO(経営責任者)やCFO(財務責任者)が、全米津々浦々の投資銀行や大手投資家を廻り、自社の魅力や発展性を訴えながら、願わくは彼らの持ち株に加えてもらおうという行脚のツアーです。
そして、実際の公開時には、ロードショーを含む公開プロセス全般をお膳立てした金融機関が、自分たちのお得意様やロードショーで興味を示した投資家に株を分配するという方式を採ります。一般投資家はといえば、市場で取引が始まった瞬間から、非常につり上がった値段で株を買うことになります。
しかし、今回のグーグルの公開では、"オークション" 方式が採られるとも報道されており、そうなると、より幅広い投資家が公開に参加できることになります。この方法だと、公開値のガイダンスはあるものの、原則的に高く値をつけた人に株が分配されることになりますので、"ロードショー"における独占的な要素は少なくなるわけです。
いずれの方式にしても、グーグルが公開すれば、"小金持ち" がシリコンバレーに増えるのは確実です。特に、今回は、従来のIPOと比べ、短期間でより多くの自社株の売却が可能となるようなので、解禁後どっと株を売る社員が出てくるものと見られています。
一説によると、百万ドル以上の利益を手にするグーグラー(グーグル社員)は、200人を超えるとされ、本社のあるマウンテンビューや隣接するパロアルトなどでは、今から邸宅を探すグーグラーたちが観察されています。グーグラーの誕生を心待ちにして、家を売り控えている人もいるそうです。
けれども、これがバブルの再来となるには、まだまだ事例が少な過ぎるし、経済は弱いと言わざるを得ないでしょう。
あれは、2000年3月2日のことでした。懇意にしていた金融アドヴァイザーが電話をかけてきて、"ねえ、ねえ、PalmのIPO株あるんだけど、興味ない?" と言います(言わずと知れた、Palm Pilot でお馴染みのPDAメーカーです)。
公開値の38ドルで分けてくれると言うので、さっそく購入したのですが、取引開始後、一時は165ドルまでつり上がり、その日の終値は95ドルという人気でした。
結局、バブルがはじけるまで持ち続けていたので、購入価格の半値以下で売却してしまったのですが、今となっては、手放さずに持っていた方が良かったかなとも後悔しています(Palm は、昨年10月、Treoシリーズで人気のHandspring 買収が完結した後、ハードウェアの palmOne とソフトウェアの PalmSource に分割され、現在 palmOneは、一株38ドル近辺まで持ち直しています)。
あの頃の大騒ぎはいったい何だったんだろうと振り返るのは、筆者ばかりではないでしょう。
夏来 潤(なつき じゅん)