今年最初のニュース:家電と火星
Vol.54
狂牛病騒ぎやテロの警告と、何とも騒々しい年末となりましたが、ありがたいことに、何事もなく新年がやって来ました。今回は、年明け早々、話題となった出来事などをお話しいたしましょう。
<ハイテク屋と家電>
アメリカには元来、お屠蘇気分などはないに等しく、元旦が過ぎると、さっさと普段の生活に戻ります。1月2日は金曜日だったにもかかわらず、多くの人がオフィスで仕事に励みました。
そして、土日が明けた1月5日の週、ラスヴェガスではコンシューマ・エレクトロニクスショー(CES)、サンフランシスコではアップルコンピュータ主催のマックワールドが開かれ、テクノロジー業界はエンジン全開となります。
CESは、もともと家電の祭典ではありますが、ご存じのように、近年、家電とコンピュータの垣根が低くなったことで、ハイテク企業の参加がとみに目立っています。なにせ、1750億ドル規模の巨大市場ですから。詳しい報告は他に譲るとして、ここでは、有名企業のCEO(最高経営責任者)の談話を借り、これらのショーを簡単にまとめてみたいと思います。
まず、ヒューレット・パッカードのカーリー・フィオリナ氏は、"(CESは)すべてがデジタルコンテンツ革命の一言に尽きる" と力説します。
一昨年末、いち早くメディアセンター・パソコン(マイクロソフトのWindows XP Media Center Edition内蔵)を発表したように、自宅で音楽、写真、映画のデジタルコンテンツを自在に楽しめる環境を築きたいとしています。勿論、そういったコンテンツ配信の中心(hub)には、自社製サーバーが君臨する構図です。
また、音楽ファンに大人気の、アップルのデジタル音楽プレーヤーiPodを、HPブランドで販売することを発表し、自社の社員も含め、まわりのみんなを驚かす得意技も見せています。
そのアップルのスティーブ・ジョブス氏は、名刺サイズのiPod mini(4GBの1インチ・ハードディスク内蔵)を誇らしげに披露し、デジタル音楽での更なるシェア拡大を目指します。
同社の音楽ネット販売サイトiTunes Music Storeは、合法的なオンライン音楽販売の7割というシェアを誇っており、"5パーセントの線を越えるのは、気分がいいねえ" と、自社のパソコンシェアを顧み、本音をちらり(調査会社Gartnerによると、実際は、米国市場で3パーセントのシェア)。
同時に発表された、自演の音楽プロデュースソフト、GarageBandの滑り出しも好調のようです(楽器がひとつしかできなくても、バンド演奏に早変わりという嬉しいソフト)。
相対するマイクロソフトのビル・ゲイツ氏は、"子供の頃にあったらいいなと夢見ていた物は、すべて、今まさに実現されようとしている" と、あらゆるデバイスを自社製ソフトで繋ぐビジョンを強調します。
ゲイツ氏は、ビデオや映画を保存・再生できるポータブル・メディアプレーヤーをお披露目し(Windows Mobile Software for Portable Media Center内蔵)、"あと5年もすれば、音楽だけのプレーヤーがあったことなんて忘れてしまうよ" と、iPodに対抗意識を燃やしています。年末までに、5社が類似製品を発売する予定で、PVP(portable video player)と呼ばれるこの分野の成長が見込まれます。
一方、一番商売っ気を見せていたのは、ゲートウェイのテッド・ウェイト氏かもしれません。"何やかやと言ったって、誰だって安い物が欲しいんだよ" と、あくまでも安売り路線を固持します。
同社は、自社ブランドの薄型プラズマテレビの発売で、他社に先駆けパソコンから家電業界に乗り出しており、デジタルカメラなどの人気商品の助けもあり、家電分野の収入は増加傾向にあります。
商売敵のデルも、MP3プレーヤーを発売し、HPもデジカメに引き続き、自社ブランドのテレビを間もなく売り出します。
こういった家電分野進出のトレンドは、FlextronicsやSolectronといった、製造代行業者(contract manufacturers)の台頭と密接に係っています。こんなものを売りたいと思い付いたら、まず、専門会社にデザインを依頼します。そして、それを製造代行業者に持って行けば、品質の確かな製品が出来上がるわけです。
アナログからデジタルへと移行している今の時代、必ずしも家電会社でなくとも、比較的簡単にテレビなどの家電製品を売ることはできるのです。
しかし、消費者がパソコン屋のテレビやデジカメを買うかは、また別の問題です。ソニー、パナソニック、シャープといったブランド力に対抗しなければならないからです。
ある調査によると、大抵の消費者は、パソコンの周辺機器的な家電、たとえばMP3プレーヤーやデジカメだったら、パソコン屋の製品を買っても良いと思っているらしいです。しかし、事テレビともなると、途端に支持率は17パーセントに減ってしまいます(調査会社InsightExpressのデータ)。
これに対処する方法は、ゲートウェイのウェイト氏が力説するように、やはり値段なのかもしれません。
CESの会期中、インテルのプレジデント、ポール・オテリーニ氏は、デジタルテレビ用のチップ開発を表明し、これによって来年までに製品価格帯は大幅に下がるだろうと予想しています。
もしそうなった時、"デジタル革命" の旗印を掲げるパソコン屋と、ブランド力を誇る従来の家電屋の垣根がなくなってしまうのか、それともやはり家電陣営の勝ちとなるのかは、予想が難しいところです。
ソニー・アメリカのCEO、ハワード・ストリンガー卿は、先日こう語っています。"ブランドは永遠ではない。サムスンや中国の新興勢力が台頭する中、ブランドにとってはタフな世界になっている" と。
<火星探査プロジェクト>
古来、人は、地球人が唯一の宇宙の住人ではないと信じ続けて来ました。1877年、イタリアの天文学者が火星の "水路" を発表して以来、火星フィーバーは収まるところを知りません。今となっては、映画に出てくるような火星人が存在するとは誰も思っていないでしょうが、水や微生物の痕跡を探すのは、現代科学の重要な課題です。
そんな重大な使命を帯び、年初から毎日わくわくするニュースを送って来てくれているのが、ご存じ、火星探査ロボット、スピリットくんです。1月24日(米国西海岸時間)、火星の反対側の赤道地帯に着陸した双子のオポチュニティーとともに、米航空宇宙局(the National Aeronautics and Space Administration, NASA)の火星探査プロジェクトを遂行する、ジェット推進研究所(the Jet Propulsion Laboratory, JPL)で生まれました。
スピリットくんの乗る探査機は、昨年6月10日、フロリダ州ケープ・カナヴェラルから打ち上げられ、7ヶ月の飛行の後、1月3日に火星のグーセフ・クレーターに着陸しました。ここは、太古、湖があったと考えられる場所です。
現時点では、火星に降り立ったスピリットくんの思わぬ不調が報告されているわけですが、ここまでの過程においても、研究者たちの並々ならぬ努力が見られます。ミッションコントロールの置かれるカリフォルニア州パサディナのJPLが、過去数年にわたる探査機開発の中心地となりましたが、テスト・改良には、アメリカ各地に散らばるNASAの研究機関が総動員されています。
たとえば、着陸時に探査機をショックから守った、ぶどうの房のようなエアバッグは、オハイオ州の巨大真空施設で強度テストが行なわれています。最初のトライアルでは、石に見たてた突起物ですぐに破裂してしまいました。前回、1997年に成功した火星探査車、パスファインダーの時と、同じデザインだったにもかかわらず。
一方、着陸2分前の降下時に開いたパラシュートは、シリコンバレーのマウンテンビューにある、NASAのAmes研究所でテストされました。ここには、巨大ドームの中に、13万5千馬力の風力機械があります。前回のパスファインダーに比べると、スピリットはとても大きく(ゴルフカートの大きさ)、重量も180キロほどあります。そのスピリットを支えるパラシュートは、探査機内の小さなキャニスターに入れるため、強度を保つために生地を厚くすると、面積を小さくしなければなりません。そのため、今回は、パラシュートの円周を極力縮め、安定性を補完するため、傘の中心部と側面から空気が漏れるように設計してあります。
しかし、Ames研究所で試してみると、傘がうまく開きません。くらげのように丸く開くところが、イカのように縮んでしまいます(イカを指す"squidding"と呼ばれるらしいです)。NASA火星探査30年の歴史で、この現象が起きたのは、初めてのことです。試行錯誤の結果、傘の中心の空気穴を小さくすることで、ようやくデザインが決定しました。
その間、4ヶ月、パラシュート担当者たちは、昼も夜もイカが頭から離れなかったようです。探査機打ち上げは、地球と火星の最接近時を狙って行なわれるため、もしパラシュートが準備できなければ、あと26ヶ月待つことになっていました。
着地して3週目、スピリットは突然の不調を訴えて来たものの、これまで任務を着実にこなして来たのは、半ば奇跡と言えるのかもしれません。歴代、火星探査の目的で各国が打ち上げたもののうち、大部分が失敗しているからです。ロシアは7回挑戦しています。1回だけ、着地して2秒ほど音信があったそうですが、その後信号が途絶えました。昨年のクリスマス、イギリスの探査機、ビーグル2が火星に着陸したはずですが、結局、地球に連絡は届きませんでした。
アメリカも、成績は必ずしも芳しくありません。1976年、双子の衛星兼探査機、ヴァイキング1と2が成功したのを皮切りに、本格的に火星探査が始まったわけですが、1997年のパスファインダーに続き、スピリットは4番目の着陸成功例となっています。その間、1999年に、衛星クライメット・オービターと南極探査車ポーラー・ランダーが打ち上げられましたが、英国式単位(インチ法)とメートル法のずれや、ソフトウェアのミスなどで、次々と失敗してしまいました。その2年後に予定されていたプロジェクトは、準備不十分であるとキャンセルされています。今回のプロジェクトは、まさに満を持してのチャレンジと言えます。
今後、火星の上で、どんな試練が待ち受けているのかわかりませんが、科学者スピリットとオポチュニティーの報告を、地球のみんなが楽しみにしていることだけは変わりありません。予想以上に長寿だったヴァイキング1と2にあやかって、彼らにも長生きしてほしいものです。
追記:探査機開発の事例は、公共放送局WGBHボストン制作のNOVAシリーズ、"Mars Dead or Alive"を参考にさせていただきました。
<造語コンテスト>
今年初め、サンノゼ・マーキュリー紙で、こんなコンテストの発表がありました。現存する単語の一文字を変更し、今の世相を表す新しい単語を作ってくださいというお題です。1700以上の応募があった中から、上位に選ばれたいくつかをご紹介しましょう。
映えある一等賞は、"offshorn"。海外に職を移されたため、首を切られたこと。海外を表す形容詞 "offshore" から来ていますが、今や "offshoring" は、企業の業務移管を指す言葉として、市民権を得ているようです。この動詞化した"offshore"の過去完了形で、業務を移管されてしまったことを表すのが、offshorn。
ごく最近は、一部の州政府まで、福祉サービスのコールセンターなどをインドやメキシコに移管したと聞きます。コスト削減をしたいのは、なにも営利団体に限ったことではありません。
"offshorn" と一位を分かち合ったのは、"egosystem"。スポーツ選手や、有名人、重役たちをぐるりと取巻く、イエス・マンや太鼓持ちのこと。生態系を表すecosystemと、自我を表すegoをかけています。egoにはうぬぼれという意味もあり、つまり、うぬぼれを助長する生態系といったところでしょうか。
三位は、"Crisco"。これは、もともと、フライなんかを作る、料理オイルの名前です。新しい意味は、Cisco(ネットワーク製品のシスコ・システムズ)の株を80ドルで買ってしまったので、(株価下落から)やけどをしてしまった人。
ちなみに、昔からあるCriscoオイルをもじって、サンフランシスコのことをFriscoと言う人がいますが、これを嫌う地元住民は多いので、要注意。
その他、紙面で紹介された中から、いくつかをピックアップしてみましょう。
motherbored:夕餉の食卓で繰り広げられる、お父さんと子供たちのテッキーな(おたく風の)会話。 (motherboard、つまり電子基盤と、bored、退屈したという形容詞をかけたものです。もちろん、退屈するのは、mother、お母さんという設定です)
nonosecond:誰かをののしる言葉を口にしてから、"ああ、言うんじゃなかった" と後悔するまでの刹那。 (nanosecond、ナノ秒、つまり10億分の1秒のもじりですが、"no, no" と後悔することとかけています)
protocool:"TCP/IPのプロトコール(protocol)で働いてるんだよ" と言えるカッコよさ。 (プロトコール、つまりインターネットなどの通信手順と、カッコいい(cool)という形容詞をかけたものです)
sellular:電話業界における携帯(cellular phone)の真の意味。 (とにかく、「売り!(sell)」の一言に尽きるのです)
teleprone:辺り構わず、携帯が鳴ると出ようとすること (電話のtelephoneと、好ましくないことをやりたがるproneという形容詞をかけています)。日本やヨーロッパに比べて、まだまだ携帯マナーが浸透していないアメリカでは、迷惑な会話もたくさん見かけます。最近では、カメラ付き携帯とプライバシーの兼ね合いがホットな議論となっています。
ところで、先月号で、筆者選出の流行語大賞を発表しましたが、ボストンにある言語調査機関、American Dialect Societyも同意見だったようです。1月初旬、言語学者などが集まって投票した結果、"メトロセクシュアル" が一番の流行語に選ばれました。
一方、1976年以来、"禁止すべき用語集" を毎年発表してきた、ミシガン州のレイク・スペリア州立大学では、やはり "メトロセクシュアル" がリストのトップに挙げられています。よく耳にする単語は、時間がたつとイライラのもとになるのでしょう。
ワシントン・ポスト紙のベテラン・コラムニストなどは、つい最近この言葉を初めて聞いたと書いていましたが、火星の洞窟にでも住んでいたのでしょうか?
<年末の大掃除>
最後に、私事で恐縮ですが、昨年末、ガレージの大掃除をした時のお話です。日本に比べて、物を置くスペースの多いアメリカでは、知らないうちにどんどん物が溜まって行きます。
大抵の場合、クローゼット(押し入れ)から始まります。"skeleton in the closet(その家の秘密)" などという表現があるくらい、何が出てくるかわからない場所でもあります。"coming out of the closet(自分がゲイであることを明らかにする)" とも言うように、ここは物を隠す空間でもあります。
次に、物を溜め込む場所としては、地下室(basement)や屋根裏部屋(attic)があります。地震の多いカリフォルニアでは、どちらも見かけないので、侵食する先は、ガレージとなります。車を置いても若干の余裕はあるので、ここに作り付けの戸棚をずらりと並べる人も多いです。ちなみに、要りもしないものを後生大事に溜め込む人を、"pack rat"とも言います。
さて、年末の大掃除の結果、いくつか粗大ゴミが出てきました。まったく使ったことのない小型自転車、真夏の太陽で風化した庭用のテーブルと椅子など数点です。残念ながら、筆者の住む付近は、ガレージセールが許されていないので、市が契約する業者に連絡し、翌日にトラックで回収してもらうように手配しました。
夕方、それらの品々を家の前に置くと、間もなくチャイムを鳴らす人がいます。"外に置いてあるのは、捨てる物ですか" と聞きます。そうだと答えると、ちょっとテーブルを見せてねと言います。
翌朝、ふと気が付いてみると、テーブルはちゃんと置いてあるのに、バーベキューグリルとスティール製のベッドフレーム、そして10年前のスキー板がなくなっていました。誰が持って行ったのかはわかりませんが、ちょっと意外な気分です。まわりは、ヨーロッパや日本のプレミアムブランド車に乗るような人たちなのに、と。
"One man’s garbage is another man’s treasure(捨てる神あれば、拾う神あり)" とは、まったく良く言ったものですね。
夏来 潤(なつき じゅん)