消費者待望の日:番号ポータビリティーの実現
Vol.52
アメリカでは、先月に引き続き、今月も話題沸騰の出来事がありました。まずは、そのお話から始めましょう。その後は、ごく庶民的な話題がふたつ続きます。
<番号ポータビリティー>
近頃、日本でも話題になっていますが、携帯電話の番号ポータビリティー(number portability)が、11月24日に全米の主要100都市で始まりました。これは、今までキャリアから宛がわれていた携帯番号を自分の物として、他のキャリアに持って行くことを指します。
これまで自分の携帯サービスに満足できなくても、番号を変えるのが面倒だったり、ビジネスを失ったりするので、他のサービスに移行できない人がたくさんいました。しかし、ポータビリティー開始後は、番号を変更せずに、自由に他社のサービスを選べるようになります。
1996年、連邦議会は、従来の電話(landline phone)の番号ポータビリティーを決定しました。それを受け、連邦通信委員会(the FCC)は、1999年6月までに、携帯番号のポータビリティーを始めるようにと、キャリア各社に指示していました。ところが、キャリア側は、数億ドルの費用が掛かると反発し、期日はこれまで、3回も延期されていました。そして、11月24日、消費者にとっては、待ちに待った、嬉しい日の到来となったわけです(主要100都市以外の地域では、来年5月24日の施行となります)。
現在、1億5千万と言われるアメリカの携帯加入者数ですが、毎年、約3分の1は、キャリアを変更しています(業界では"churn"と言われ、かき回すことを意味します)。この"churn"率は、これから数ヶ月間、非常に高くなると見られていますが、それに備え、キャリア各社は必死です(現在、アメリカの携帯大手6社は、ヴェライゾン・ワイヤレスとスプリントのCDMA陣営、シンギュラー、AT&TワイヤレスとT-MobileのGSM/GPRS陣営、そして、独自路線のネクステルと、テクノロジーが分かれているので、他のテクノロジーを採用する会社に移行する際は、携帯端末を購入しなおすという障壁はあります)。
たとえば、業界最大手のヴェライゾン・ワイヤレスは、番号ポータビリティーが始まるひと月ほど前から、長期の顧客に向けハガキを送っています。"あなたは大切なお客様なので、新しい端末に買い換えることなく、もっとお得なプランに変更できますよ" というお誘いです。業界2番手のシンギュラーは、400人規模の "顧客保持センター" を開き、ユーザーに対応する体制作りをしています。2社に追いつきたいスプリントやT-Mobileは、夜間割引を夜7時からに早めたり、ウィークエンド割引を金曜日にも適用したりしています。
いずれの場合も、現在の顧客に対し、いかに満足のいくサービスを提供し、彼らを保持するかがミッションとなっています。各社とも、顧客を失いたくないのは、収入面で当然のことですが、新規ユーザーの契約には、一人当たり200ドル以上の経費が掛かり、痛い出費となるのが恨めしいわけです。
筆者などは、そういった隠された動機を十分に承知しつつ、キャリアに電話し、より安く、よりたくさん話せるプランに変更させてもらいました。今後一年以内に、キャリアとの契約を打ち切れば、270ドルの罰金となりますが、もともと今のキャリアから変更する気はないので、得した気分でした。広いアメリカです。筆者にとっては、通話可能なサービス範囲が一番重要なのです(連れ合いの利用するキャリアなどは、携帯を購入した代理店自体が、サービス範囲から外れていたそうです)。
一方、番号ポータビリティーのシステムでは、今使っている携帯番号だけではなく、自宅の電話番号も、携帯の番号として移行できます(ひとつの番号を自宅と携帯に両用はできません)。そのため、今後、電話は携帯ひとつに絞ってしまう人が増え、地域電話会社のベビーベル達は、苦戦するとも言われています(現時点では、アメリカ人の約2パーセントが、"ケータイ一本"となっているそうです)。
ただ、ADSLブロードバンドサービスに加入している人は、自宅の電話をキャンセルするわけにはいかないので、"通話、特に遠距離通話は携帯で、高速インターネットアクセスは従来の電話で" という住み分けができるのかもしれません。
しかし、状況は更に複雑化し、インターネット上で通話ができるテクノロジー、VoIP(Voice over Internet Protocol)のサービスも、一般家庭に徐々に広がりつつあります。この新サービスの台頭に対し、ベビーベルからは "VoIPプロバイダーを電話会社として取り締まれ!" という嘆願がFCCに出され、検討中となっています。また、携帯キャリア側にしても、インターネットを利用できるホットスポットの広がりで、VoIP勢力が力を得るのが不気味なわけです。
今回の番号ポータビリティーを契機として、携帯電話会社、従来の電話会社、そして、VoIPプロバイダーは、熾烈な三つ巴の戦いを繰り広げることになりそうです。
<銀行あれこれ>
友人の結婚式に出席するため、またまた日本に行って来ました。そこで痛感したのですが、父親譲りで、どことなく浮世離れしたところのある筆者は、日本の銀行に行くのが苦手なのです。
第一、どの銀行がどことどこの合併だったかもわからないし、窓口やATM(現金自動預け払い機)がいつ開いているのかもわかっていないのです。最近は、コンビニも銀行の代行業をやっているようなので、状況は複雑怪奇です(カリフォルニアでは、スーパー内に銀行の支店があったりしますが、近頃、一部のセブンイレブンにATMが置かれたことが話題になりました。コンビニのATM設置には、治安の問題が大きな障害となるようです)。
さて、筆者が日本の銀行に行くとなると、とにもかくにも、まず、フロアにいる案内係に指示を仰ぎます。業務別に窓口が分かれているし、番号札を取るなどの小技が必要だからです(口座の新設時を除いて、アメリカの銀行は、とりたてて窓口が業務内容で分かれていないし、一列にずらりと並ぶので、番号札などはありません。待つ間のソファや雑誌などは、日本独特のサービスです)。
一方、ATMともなると、相談相手がいないので、必ずヘンテコなことをしでかします。たとえば、現金を引き出そうと思い、カードと通帳を入れると、"この通帳は使えません" と表示が出てきます。どうしたのかと、近くにいる警備のおじさんに聞いてみると、"じゃあ、ここで一緒にやってみましょう" と言います。そこで、先に現金だけ下ろして、次に通帳記入をしようとすると、彼は "そのページじゃダメですよ" とアドヴァイスをくれます。どうも、筆者が開いているページが、記入できないところだったようです。(こういう時、"いつもは、お手伝いがやってくれるもので" という嘘は、咄嗟にはなかなか出て来ないものです。)
言い訳するわけではありませんが、通帳というものがないアメリカでは、"通帳記入" なるものもないわけで、ATMでの操作は単純そのものです。現金を引き出すか、現金や小切手を預け入れるしかありません。誰かの口座に振り込むということもありません。その場合は、自分の口座から小切手を書き、郵送するか、オンラインバンキングで小切手を自動郵送してしまうからです。保険料の年払いなどは、クレジットカードでも支払えるので、電話一本で済みます。
また、現金の引き出しは、銀行のATMに限らず、スーパーのキャッシャーでもできます。銀行発行のデビットカード(debit card)で支払うと、"Cash backは必要ですか?" と聞かれるので、"100ドルお願いします" と言えば、手元に100ドル引き落とせることになります(デビットカードとは、クレジットカードと違い、自分の銀行口座に残る範囲内で買い物ができるシステムです。小切手のカード版です)。
ところで、アメリカで通帳が存在しないのは、自分で管理するのが原則だからと思われます。小切手用のチェッキング口座(checking account)も、貯金用のセービング口座(saving account)も、手続きごとに、日付、支払い先、金額や残高を、銀行から渡された記録冊子に書き込み、何に使ったかを明確にしていきます。しかし、それは日々自分で行うもので、銀行からは、月末にひと月分の明細書が送られて来るだけです。これは、あくまでも銀行の把握に間違いがないか、検証する目的にあるのです。
算数の苦手な人が多いアメリカでは、口座の残高計算をすること(balance the checkbook)は大仕事とも言え、それゆえに、Quickenなどの、パソコン上の口座管理ソフトウェアが流行ることになるのです。以前何回かご紹介した税金計算ソフトウェアが流行るのと、同じような理由です。
ごく自然の成り行きで、オンラインバンキングも流行って来るわけです。もともとパソコンを金額計算に使っているのですから。オンラインを利用すると、リアルタイムに口座内容を把握でき、月末まで明細書を待つこともなくなります。物理的に小切手を書いたり、郵送したりする手間が省けるのも、嬉しい得点です。
考えてみれば、口座管理といい、税金申告といい、アメリカでは自己管理することが非常に多いのです。医療保険や生命保険、住宅ローンや借り換え、投資に老後の蓄えなども選択肢が非常に幅広く、どのプログラムを選ぶかで、負担額、給付内容、投資効果やその他の恩恵など、あらゆる要素が変わってきます。どう判断するかで、消費者はまたまた頭を悩ますことになるわけです。
"お仕着せ" や "おまかせパッケージ" というものが存在しないアメリカ社会では、こういったことは、知らないうちに精神的負担ともなっており、心や体の不調に間接的に影響することもあるようです。
アメリカでは、5人にひとりが、生涯一度は精神の不調を経験すると言います。精神科医やカウンセラーが持てはやされる一因も、実はこの自己管理の多さにあるのかもしれません。人間ひとりが我慢できるプレッシャーなんて、限りがあるはずですから。
<コールセンターあれこれ>
電話で顧客の応対をするのがコールセンターですが、物が壊れ易かったり、使い方がわかりにくかったりするアメリカでは、常に彼らのサポートが必要となります。また、何でも電話で済ませてしまおうとする国民性もあり、コールセンターは大忙しです。電話でのカスタマーサポートとは、企業に対する消費者の満足度の重要な部分を占めるわけです。
最近、多くのアメリカの企業が、そのコールセンターを海外に移管しているというお話をしました。そういった中、パソコンメーカーのデルは、企業ユーザー向けのコールセンターを、インドからアメリカに戻すと発表しました。企業ユーザーは同社の大切な収入源であり、彼らへのテクニカルサポートは、優先事項です。ところが、最近、"君たちのやっていることは、あまり感心しないね"という意見が聞こえ始め、従来通り、アメリカからのサポートに切り換えたようです。
筆者は、個人的には、どこの誰がサポートしてくれようが構いませんが、どんな人が電話を取るかは、大いに気になります。相手が会社名と自らを名乗り、"How can I help you today?(いかがいたしました?)" と口にしただけで、彼らの性格や意欲、そして、どれだけ親身になってくれるかが、手に取るようにわかります。最近は、消費者からの苦情が多いので、アメリカの会社のコールセンターもずいぶん良くなりましたが、たまに、"しまった!" と、電話をかけなおしたくなる時もあります。
サポート内容はともかくとして、意外なことに、アメリカのコール体制が日本よりも優れている点もあります。たとえば、金融機関などに質問がある場合、本人が電話できなくとも、配偶者が簡単に代理となれることです。本人を知っている者かどうか、チェックする機構が確立しているからです。
一般的なのは、住所、氏名、顧客番号に加え、税金やさまざまな金融手続きに使う社会保障番号(Social Security Number)の最後の4桁(last 4 digits)を言わせることです。銀行の場合は、事前に登録してある母の旧姓(mother’s maiden name)を言わせることも多いです。あるクレジットカード会社からは、母の誕生日を聞かれたことがありますが、これは珍しい方です。
日本の金融機関の場合、こちらが国際電話をかけていても、"本人様にしか、お教えできません" などと、とぼけたことを言います。性別の判断はつくものの、どうやって本人とわかるのかは謎です。"欧米のサイン対日本の判子" の論争を思い起こします。
親身になってくれるサポートスタッフが多いのも、アメリカらしいところです。たとえば、ホテルの予約センターに電話すると、いかにして安いレートを提供してあげるかに必死です。さまざまな割引が適用されるので、企業割引のきく会社に勤めていないかとか、AAA(日本のJAFと同様の、自家用車向けお助けサービス)の会員ではないかとか、次から次に質問します。そして、"あ、そうそう、とてもいいウィークエンド割引があったのよ" と得意満面な語り口になります。
遊園地やテーマパークの入り口でも同様です。以前、フロリダのサファリパークで、"コカコーラの缶は持って来た?" と聞かれたことがありました。コーラの缶で割引になるのですが、正規の値段を払うのは、何かおかしいと思っているふしがあります。
これもアメリカらしいところですが、こちらのコールセンターは、かなりの部分が人工的に機械で処理されるので、ネイティブの英語の話し手でない場合、ちょっとギョッとすることもあります。
普通は、口座番号や選択肢を口で言うか、数字キーで入力するかの選択権が与えられます。ところが、携帯キャリアなど、一部の "先進的な" 会社だと、全部話し言葉で済まそうとします。いきなり、"What would like to do?(何をなさりたいですか)" と聞いてきます。こちらが口ごもっていると、"For example, get the balance or bill payment(たとえば、支払い金額を確認するか、支払いをするなどです)" と助けが入ります。
勿論、内容によっては、即人間のサポートに切り替わるわけですが、大方のケースは、機械と話すだけで済んでしまうわけです。でも、発音が明確でないと、"クレジットカード" が意外と通じにくいという話も聞きます。
こんな楽しいコールセンターもありました。今年は11月27日がサンクスギヴィング(感謝祭)でしたが、この日のご馳走となる、七面鳥の焼き方をアドヴァイスしてくれるホットラインです。
たとえば、連邦農業省の肉・家禽ホットラインでは、この日、朝5時から11時まで、食品衛生の専門家が待機していました。スペイン語しか話せない人も、耳が聞こえない人も利用可能です。鶏や七面鳥を専門に供給するFoster Farmsでは、24時間体制で、12月1日までヘルプラインを提供しています。
勿論、どのホットラインもWebサイトを持ち、こちらでも情報提供しているわけですが、生身の人間のサポートに勝るものはないようです。
夏来 潤(なつき じゅん)