エネルギー問題:今いったい何が起きているの?
Vol. 9
エネルギー問題:今いったい何が起きているの?
ここひと月ほど、日本でもかなりホットな話題になっているようですが、現在カリフォルニアでは、州全体が電力・ガス不足に悩んでおり、その影響が西部の他の州にも及んでいます。実際、1月中旬から連日エネルギー不足警報が出され、節制が唱えられています。
いよいよどうしようもなくなると、警察、消防署、病院等を除いて、1,2時間の地域移動型停電(rolling blackouts)になります。北カリフォルニアでは、過去2回これを経験しました。1月末の一大イベントであるフットボールのチャンピオンシップ、スーパーボウルに先駆け、"テレビ観戦は、節電のためグループで行ってください"というお達しもありました。また、過去には見たことも聞いたこともない、自家用発電機の宣伝が、一般消費者に向け流されるようになりました。そして、間もなく、営業時間外での大型店舗の電力無駄遣いを、警察が取り締まるようになります。
昨年来、カリフォルニアでは深刻な問題続きで、ガソリン価格高騰から始まり、ようやくそれもひと段落と思ったら、秋以降は全米的な天然ガス不足のおかげで、ガス料金が跳ね上がりました。そして今度は、いつ電気が切れるかも知れない状態で、操業を強いられています。
こういう事態に至るには、それなりに複雑怪奇な要素が重なっているわけですが、カリフォルニアの住人にとっては、"いったいいつの間に、何が起こったの?" と狐につままれたような気がしている状態です。今回は、その複雑な問題の謎解きに、一消費者として挑戦してみようと思います。
まず、日本とは少し情況が異なり、電力とガスは原則的にひとつの会社が各家庭や企業、店舗に供給しています。主な供給会社(utility companies)は、北カリフォルニアのPG&E社(Pacific Gas & Electric Co.)、南カリフォルニアのエディソン社(Southern California Edison)、そしてサンディエゴ周辺のサンディエゴ G&E社(San Diego Gas & Electric Co.)があります。また、パロアルト市、サンタクララ市、ロスアンジェルス市など、市が供給会社の役目を果 している所もあります。
いずれにしても、これらの供給者が、電線やパイプ等のインフラ整備と、実際のエネルギー調達・配給を担当しています。今回のエネルギー問題で倒産の危機を迎え話題となっているのは、PG&E社とエディソン社です。
ガス不足の方は、昨年秋以降、全国的に数倍の価格高騰を経験していますが、カリフォルニアまで来るともっと値段が跳ね上がり、今までの平均価格の二十数倍で調達されていることもあるそうです。消費者もそのおかげで、一年前に比べ2.5倍の料金高騰に悩まされています。そのような中でも、今はなんとか供給が続いている状態で、今回はガス不足の方は脇に置いて、電力問題に焦点を絞ってお話いたします。
事の発端は、カリフォルニア州で1996年に制定され、1998年から施行された規制緩和(deregulation)にあります。それ以前は、州が発電所建設やインフラ整備を計画し、実際の発電、配電は、PG&E社等の供給会社に担当させていました。料金体系を決定するのも、州が行っていました。
規制緩和後、主要供給会社3社は、所有していた発電所のほとんどを、民間発電会社(independent power generators)に売り払い、自分達は彼等からエネルギー配給を受けるという形を取りました。規制緩和の主な目的は、今まで全米でも最も高い部類に入るカリフォルニアのエネルギー料金が、健康的な市場での競合により、平均的なものに下がるだろうというものでした。
規制緩和後3年間、特に大きな問題もなく、現在までこの新制度は維持されてきました。しかし、昨年夏の熱波や、年末の全米を襲った寒波等の異常気象により、カリフォルニアを含め全国的に電力消費量が激増し、蓄えが減ってきてしまいました。電力の4分の1を他の州から調達しているカリフォルニアでは、供給会社各社は、今までより数倍の値段で電力を買うことを強いられ始めました。それも、状況が悪化した年末以降は、連邦政府の助けを借り、州外の発電会社に対し供給命令を出してもらい、ようやく手に入れられる貴重な電力です。
しかし、規制緩和には落とし穴があり、ガス料金とは異なり、消費者に払ってもらう電力料には、キロワット当たりの請求額が2002年まで凍結されています。これでは購入に掛かったコストすら消費者から回収できない、という状態に供給会社は陥ってしまいました。
新年に入り、1割ほどの料金アップが州から許可されましたが、それも焼け石に水です。彼等の赤字は日に日に増え、株価は下がり、会社の財務評価が下がった中では、低金利での資金調達ができなくなり、電力購入自体も危ぶまれてきました。また、会社の業績を疑問視し、取引を断ってくるガス会社や電力会社も次々と出てきました。こういう状態では、限られた発電会社に頼るしかなく、購入価格もおのずから跳ね上がり、赤字がまた増えるという悪循環です。
そこで、見かねた州政府は、カリフォルニア州民を停電の危機から救うため、自ら供給会社に成り代わり、税金10億ドルを資金とし、電力調達に乗り出しました。現時点では、一日に4千5百万ドル(約50億円)をスポット市場(spot market)で費やしています。しかし、これは一時しのぎの措置でしかありえないし、連邦政府の供給命令も既に5回の延長を受け、これ以上の助けは調達元である西部の他の州との摩擦を招くとして、頼りにすることはできません。
そこで、州としての財務評価が高い優位性を利用し、100億ドルの公債を発行し、供給会社では交渉できない低い価格設定で、長期的な供給契約を電力会社と結ぶことが、州議会で緊急決定されました。全米の総生産の8分の1を生み出すカリフォルニアと長期的な契約が結べたなら、発電会社としても、収入の安定や会社の評価アップ、また株価上昇にもつながり、決して悪い話ではありません。
現時点では、州政府が複数の電力会社と契約交渉をしている段階です。また、何度も危ぶまれている停電も、なんとか回避しています。
今回の電力問題を簡潔に述べると、以上のようなことになりますが、実は、カリフォルニア州には電力不足を引き起こすような潜在的な要素がたくさんあり、これをひとつひとつ解決していかなければ、問題への決定的な対処にはなりません。これらの要因は、おもに、基本的な需要と供給に関するものと、経済構造的なものに分かれるように思われます。
まず、需要と供給の問題として、カリフォルニア州の電力自給率の低さがあります。官営、民営発電に拘わらず、自給率が75%から100%に増えれば、他の州から顰蹙を買いながら、しかも高値で調達する必要がなくなります。
過去10年で、州人口は4百万人増え、その増加率は加速していますが、それに対し新しく建てられた発電所はありません。しかも、3分の2の発電所は、建てられて30年以上経過し、たえずどこかの発電所が補修工事で操業縮小か一時停止している状況です。これはおもに、州内の厳しい大気汚染規制や自然保護条例、住民の反対運動のため、発電所建設が許可されなかったということに起因しています。また、需要予測の甘さもありました。
しかし現在、州は23の発電所建設・改造プランを検討しており、そのうち建設中の6箇所が、近々4百万人分の電力を新たに供給することが予定されています。
また、州外からの電力供給や州内での配電に必要な基幹送電線にも、許容量の問題があり、最も電力を必要とするベイエリア等の人口・商業密集地帯に、タイムリーに送電できない危険性があります。実際、昨年夏に10万人のPG&E社の顧客を襲った停電は、近郊のフリーモントにある高圧線のオーバーヒートが原因でした。
全米的に、送電線の問題は軽視されている傾向にあり、必要な数の増設は行なわれていないようですが、中でもカリフォルニアでは、莫大な建設費用、環境への配慮、周辺住民や事業主の強い反対により、整備が特に立ち遅れています。
これに対し州議会では、民間の供給会社に成り代わり、州自体が高圧送電線の整備をやっていくべきだという案が出されています。
人為的な要因だけでなく、自然も今回の問題に悪影響を及ぼしています。カリフォルニア州の消費電力の1割を供給している西海岸北西部、ワシントン州、オレゴン州では、昨年から降雨・降雪量 が平均を大幅に下回り、大部分の電力をまかなう水力発電所がフル稼働できない状態にあります。カリフォルニア州自体も、州内の発電量の3割ほどを水力に頼っており、同じ問題を抱えています。
これら西海岸の州では、他の地域と同じく、昨年来の異常気象で電力消費量が増加しており、このままでは、カリフォルニアだけではなく、西部全体で危機的状況に陥る恐れがあります。
これら需要と供給の不均衡に対し、経済構造的な要素としては、カリフォルニアの不完全な規制緩和があります。全米中で規制緩和が検討され始めた90年代半ばは、過半数の発電所で使用される天然ガスの料金が安く、また起された電力も他の地域に売れるほど蓄積されていました。そういった状況下では、電力料金は競争の原理で下がることすらあれ、まさかコントロール不能なまでに上がるとは考えられていませんでした。
カリフォルニアの規制緩和は、共和党のウィルソン前知事の政権下で決定され、ロードアイランド州に次ぎいち早く実現されたわけですが、同じ時期に規制緩和された、たとえばペンシルベニア州では、カリフォルニアのような問題は起きていません。それは、この州の供給会社は、発電所を保持するか売却するかの決定権をゆだねられ、また、価格安定のため電力会社とも長期契約を結ぶ自由が与えられていたからです。それだけではなく、消費者に課せられる料金も、適切なベース価格が州により設定され、それ以下で競合会社が市場に参入しやすくし、消費者にとっても複数の供給者から相手を選べるというシステムを作り上げたからです。
カリフォルニアの場合は、ベース価格が以前の1割カットと低く設定され、他社が新たに市場に参入する動機をくじくものでした。しかも、消費者保護のためベース価格が凍結されていたり、電力会社との長期契約にも制限が設けられていたりと、供給会社に足枷がはめられていました。
しかし、供給会社自身も、経営のずさんさを責められています。規制緩和開始時は、今までの負債を清算するよう州から160億ドルの援助を受け、市場で健全に競合できるお膳立てをしてもらっていました。ところが、その上にあぐらをかき、長期的な電力需要を見誤り、その結果 高く買った付けは消費者に払ってもらおうと、高を括っていたようです。
最近行なわれた監査では、供給会社は昨年春頃から危機を察知していたにも拘わらず、何も対策を講じなかったと報告されています。また、親会社への理不尽な利益還元、重役達への過大な報酬、従業員のエネルギー料金25%割引などが広く知られるところとなり、消費者の不信感をますますつのらせています。
供給会社ばかりではなく、ガス・電力会社も、消費者や地方自治体から疑惑の目を向けられています。カリフォルニアの事情を盾に取り、価格操作を行い、不当に利益を得ているのではないかというものです。
現に、2月に次々と発表された、カリフォルニアと係わりのあるガス・電力各社の収支は、軒並み大幅な利益アップを示しています。消費電力の3分の1は、主要7社に供給を頼っており、この中には、利益が前年の3倍に膨れ上がった所もあります。価格操作の疑惑の中には、これら電力会社がカリフォルニアに持つ発電所の操業を、補修と偽り不当に止めているのではないかというものがあります。連邦政府の調査会は、操作性はないとはしていますが、消費者の疑いは完全には払拭されていません。
また、発電会社が生産者(generators)兼卸売り業者(wholesalers)として機能し、仲買の立場で価格操作を行なっている疑いもあります。どの会社も一生産者として始まったわけですが、全国的な規制緩和で強い立場を築き上げ、今までのノウハウを使って合法的に価格操作しているようです。他社が安く電力を起せるなら、自社の発電所を止めてまで電力を買いあさり、困っている地域があると見ると、それを高く売りつける。これは、今やこの業界の常識のようです。
カリフォルニアの規制緩和は、わずか3年の後崩壊しつつあるようですが、シリコンバレーを抱えるビジネス界の大物としての立場と、自然保護と住民福祉優先を掲げる二面性に、州としては今後も悩んでいくことになりそうです。
夏来 潤(なつき じゅん)