情報社会:あなたも見られているかもしれません
Vol. 31
情報社会:あなたも見られているかもしれません
冬季オリンピックが始まり、毎晩テレビにかじりついています。オリンピックの競技に関しては、思うところがいろいろありますが、今回は、そこから派生した最近の関心事を、ふたつみっつまとめてみようと思います。
【もうひとつのセキュリティー】
前回のオリンピックの記事で、開催地であるソルトレーク・シティーの警備の様子に触れましたが、セキュリティーに気を使うのは、何も会場だけではありません。オリンピックの運営に不可欠な情報網も、陰に隠れた警備に支えられています。
刻々と変わる競技の記録や、選手達の過去の成績などを持つデータベースは、間違った手に落ちると大変な事になります。記録が改ざんされたり、選手の個人データが漏れ、悪用されたりする可能性があります。そのため、ソルトレーク・オリンピックで採用されたのが、サニーベイルに本社のあるソニックウォール社(SonicWALL, Inc.)の、アクセス・セキュリティー製品です。
この会社は、おもに中小企業に向けて、ネットワーク・セキュリティー製品を提供していますが、今回採用されたものは、ルーターのような小さな筐体に、システムを外敵から守るファイアーウォールや認証アプリケーションが仕込まれています。これをインストールすることにより、許可された報道関係者以外のアクセスが、確実にシャットアウトされているようです。
昨年9月のテロ事件以降、特に企業ユーザーの間で、システム上のセキュリティーへの関心が一段と高まっています。たとえば、セキュリティー・ソフトウェアの最大手、シリコンバレーのシマンテック社では、12月末までの四半期に、売上が前年比3割もジャンプアップしたそうです。同じような伸びは、競合会社のネットワーク・アソシエッツ社でも記録されており、今年この分野は、全世界で18パーセント成長し、43億ドル産業になると予測されています(ガートナー社の発表)。
実は、このようにシステム・セキュリティーに気を使わなければいけないのは、個人もまったく同じ事で、最近は、ハッカー達の魔の手が、一般ユーザーにも伸びて来ています。ひとつに、近頃は個人用のコンピュータでも、企業で使われる物と同等のパワーを持つものが増え、ハッカー達にとって、よりおもしろいターゲットになってきたことがあります。
また、DSL(電話のデジタル専用回線)やケーブルTV回線を利用した高速インターネット・アクセスサービスが広がり、繋ぎっぱなしの状態のユーザーが増えてきたこと。加えて、一般ユーザーのセキュリティーに対する意識の低さも災いしています。個人ユーザーであっても、ファイアーウォールや抗ウイルス・ソフトウェアを定期的にインストールする必要がありますが、"私は大丈夫" と、それを怠る人が多いのが現実のようです。
数年前までは、ウイルス製造者達は、ただコンピュータのデータを破壊するだけで満足していました。しかし、最近は、パスワードやクレジット・カード番号などの個人データを盗んだり、忍び入ったパソコンから他のシステムを攻撃したり、Eメイルのアドレス帳を使って、友達のパソコンを感染したりと、良からぬプログラムをウイルスに忍ばせることが流行っています。大企業や有名人だけが狙われる古き良き時代は、もうすっかり過去の話となっているのです。
困った事に、コンピュータユーザーが気をつけなければいけないのは、ハッカー達の攻撃だけではなく、敵は意外にも身近にいるかもしれません。最近、静かに人気を得ているのが、キーボードのキーストロークをつぶさに記録するという意味の、"キーロガー(key logger)" と呼ばれるソフトウェアです。これは、自宅やオフィスのパソコンに仕込まれ、まるで監視カメラがパソコン・モニターを撮影しているかのように、利用者のコンピュータ上の行動を、緻密に記録します。
インターネットでは、教育上好ましからぬサイトが多々存在します。子供達がそういったサイトに訪れないように、フィルター・ソフトウェアが生まれました。ところが、これらは必ずしも確実な方法ではなく、それだったらいっそのこと、子供達の行動を監視しようということになりました。
子供が訪れたサイト、ダウンロードしたアプリケーション、チャットルームやEメイルで打った内容などが、定期的に保存されるのです(極端な話、1秒間隔でも記録できます。平均的な一日8時間の監視で、10MBほどのディスク容量が必要です)。中には、子供が禁止されたサイトを訪れた途端、オフィスにいる親に、警告Eメイルを送るプログラムまであります。
この手のソフトウェアは、子供達だけではなく、配偶者や、会社の従業員に対しても使われています。見られているだけで、禁止された行為が激減するとも言われますが、陰で身上調査の役割を果している場合もあります。
法的には、勿論、パソコンを利用する人の承諾を取り、また、他人の所持するパソコンにはインストールできないという名目になっていますが、利用者に知られないための "ステルス・モード" などもあり、必ずしも規則が守られているわけではないようです。
このステルス・プログラムに対抗するため、利用者がスパイされていることを知らせるソフトウェアまで登場し、この分野は一段とホットになって来ているようです。
昨年夏、FBIが、ニューヨークのマフィアの会計違法行為を立証するため、キーロガーを利用した事件がありましたが(マフィアの方は、これは違法な盗聴行為だとしています)、このようなスパイ行為は、法の執行機関に限られた話ではなくなっています。
【人気コマーシャルはどれ?】
オリンピックの民間スポンサーシップがすっかり常識となってしまった中、ソルトレークでは、全世界から400人もの社員を集結させたマクドナルドなどが、マーケティング戦略にしのぎを削っています。
でも、宣伝と言えばもっと上手がいて、少し前に開かれたプロフットボールの天王山、スーパーボウルでは、さらに激しい宣伝合戦が繰り広げられました。この祭典は、NFL一のチームを決定するスポーツイベントではありますが、国民の関心は同じくらい、試合中に流れるコマーシャルにも集まります。
試合が行なわれる約3時間は、トイレに立ったり、ビールやスナックを取りに行ったりできないほど、皆テレビにかじりつくとも言われています。翌日には、オフィスでも、どのコマーシャルが一番だったかと議論が白熱します。ゆえに、スーパーボウルを制覇した企業は、世界を制覇した気になります。
一昨年前までは、ドットコム会社の奇抜なコマーシャルが話題の中心となっていましたが、昨年からはそういった会社も激減し、Eトレード、ヤフー、求人サイトのモンスター・ドットコムなどの大御所を除いては、すっかり陰を潜めてしまいました。
代わりに、自動車、アルコール・清涼飲料、電話業界など大手が息を吹き返しています(ちなみに、30秒間のコマーシャル・スポットは、今年2億5千万円の値が付きました。昨年は、好景気の余波のせいか、3億円でした。一方、ソルトレーク・オリンピックでは、これが一気に8千万円弱に下がり、一番の人気ドラマでも、4千5百万円ほどです。1ドル130円換算)。
そういった中、今年一番の人気を誇ったのが、ペプシ・コーラのコマーシャルでした。ティーンの間で絶大な支持を集め、新たにスクリーンデビューも果した、歌手のブリトニー・スピアーズが出演していたからです。1950年代から2000年代の6つのコスチュームで登場する、メドレー形式のもので、90秒間の歌とダンスは一見の価値がありました。
実は、このコマーシャル・ランキングは、別に視聴者の投票で行なわれるわけではなく、今年のデータは、ビデオ録画サービスの会社、ティボー(TiVo Inc.)が発表したものです。
アメリカの場合、テレビを見るにはケーブルTVに加入するのが一般的ですが、このケーブル回線を通して放送された内容をデジタル録画するサービスが、最近家庭に浸透しつつあるのです。
この手のサービスには、最大手のティボーの他に、マイクロソフトのUltimateTVや、ソニックブルー(S3の改名)のReplayTVなどがあります(ケーブルTVに限らず、衛星放送やアンテナ受信にも使えます)。現在、全米で80万人のユーザーがいますが、数年のうちに4千万人を超えるとも言われています(フォレスター・リサーチ社の発表)。
どの会社も、好きな番組を毎回逃さず録画するだけでなく、視聴者が見ている内容を、その場で一時停止したり、巻き戻したり、スローモーションにできることを、うたい文句にしています。各家庭に備え付けられた録画機には、ハードディスクが内蔵され、毎日の放送スケジュールと新たに追加された機能を送ってくるサービス・オフィスとは、電話回線で繋がれています。
今回のスーパーボウルでは、ティボーは、この電話回線を使って、無作為に選んだ1万人の行動パターンを調査しました。その結果、一番巻き戻しの回数が多かったのが、ブリトニー・スピアーズのコマーシャルだったと発表しました。本文であるフットボールの試合などよりも、圧倒的に巻き戻しが多かったようです。
2位は、やはり彼女のペプシのコマーシャルで、30秒間に簡略したバージョンでした。彼女の根強い人気も驚きですが、茶の間での行動パターンを誰かに見られている事にも驚きではあります。
ティボーがこのような調査をしたのは初めての事ですが、"決して最後ではない" と明言しています。
【おまけ:愛すべきユタの噂話】
ソルトレーク・オリンピックのお陰で、何かとユタ州が話題になっています。大抵は、州外の人間が持つ偏見を、ユーモラスに正す報道です。たとえば、奥さんはひとりだけだよとか、ユタ州にも有色人種は住んでいるんだよとか、アルコール飲料は禁止されてはいないよとか、そんな他愛もないものです。
スキーイベントが開かれているおしゃれなリゾート、パーク・シティーは、毎晩パーティー会場となっているようで、そういう意味では、他の州とあまり変わりはないようです。ただ、バーで出されるビールは、アルコール3パーセントと薄められており、コストパフォーマンスを求める人は、ウィスキーやヴォッカに走ります。これでは、何のためにビールを薄めているのか、本末転倒と言えるようです(ただし、ユタ州は海抜が高いため、高山病になり易いし、アルコール摂取に気を付けた方が良いのは事実です)。
また、オリンピック・イベントが始まる直前、論議を呼ぶ出来事がありました。開会式の前日、オリンピック選手村では、各国から集まった選手達に無料でコンドームが配布されました。選手村の売店で使えるコンドーム割引券も一緒に配布されたそうで、これが、地元のモルモン教徒の反感を買うこととなりました。教会は、結婚前の関係を禁じており、オリンピック委員会の行為は、若者に悪しき影響を与えるというものです。
勿論、AIDS感染を防止するために取られた策なのですが、それにしては、場所柄をわきまえた方が良かったのかもしれません。
一方、当のオリンピック選手達はと言うと、一様に "今は21世紀だぜ" と、笑い飛ばしているようではあります。
その他、ユタ州の奇妙なところでは、一人当たりのゼリーの消費量が、国で一番多いというのがあります。アメリカでは、Jell-Oという商標で売られている、赤やら緑やらの、いやにカラフルなプルプルしたデザートです。
実際、みんながこれを食しているのか、何かの儀式に使われているのかは、まったく謎に包まれています。
夏来 潤(なつき じゅん)