2013年: 印象に残ったモノ
Vol. 173
2013年: 印象に残ったモノ
2013年も、もう終わり。歴史の1ページになろうとしています。
日本では、師走は忘年会のシーズンですが、「年忘れ」という言葉は、すでに15世紀(室町時代)には文献に現れているそうですね。
個人的には、何をそんなに「忘れたい」ことがあるのだろう? と思ったりもするのですが、今月号では、忘れたいことも忘れたくないこともひっくるめて、2013年を振り返り二つのお話をいたしましょう。
<かわいそうな、キンドルちゃん>
今年1月号では、第3話「白黒への回帰」と題して、アマゾン(Amazon.com)の電子書籍「キンドル(Kindle)」を自分自身にプレゼントして、ウキウキしているお話をいたしました。
「ペーパーホワイト(Paperwhite 3G)」という白黒モデルで、電子書籍を読むことに特化したデバイスです。
フューシャ色のおべべを着せて、大好きなジョン・グリッシャム氏の最新作「The Racketeer」をダウンロードして、嬉々として読み始めたのはよいものの、いつの間にやら、話の途中で置きっぱなしになっているのでした。カワイイからって、あちこち連れて歩いていたのに・・・。
それで、どうして最後まで読む気にならないのだろう? と不思議に思っていたのですが、どうやら自分は「紙ものの本」が好きらしい、ということに気が付いたのです。
実は、これには科学的な根拠があるそうで、コンピュータやタブレットの画面で本を読むと、紙面で読んだときに比べて、内容をよく記憶しないそうです。
「いや、自分は違う。だって、子供の頃から紙の新聞なんて読んだことないもん!」と主張するデジタルネイティヴ(digital native)の若者だって、実験してみると、紙面で読んだ内容の方をよく覚えているんだとか。
人間の脳は、言葉を読み、それが象徴する意味を考えながら読み進むわけですが、同時に文章を物体(physical objects)として認識しているらしく、本全体は「登るべき山」や「渡るべき川」のように自分が見渡している地形(physical landscape)みたいに判断するんだそうです。
ですから、見開きのページのあの辺に出ていた文章だとか、本の半分辺りでこんな展開があったとか、お話を「本の地形図」に照らし合わせて覚えるらしいのです。
ということは、「本のどの辺りに自分は存在している(where you are in a book)」というのが、人間が内容を理解する上で大事なことであり、それがコンピュータやタブレットのような二次元の世界ではやりにくい、というのが最近の研究でわかってきたということです。
(参考文献: ”Why the Brain Prefers Paper” by Ferris Jabr, Scientific American, November 2013, pp48-53)
この科学記事を読んで「なるほど!」と膝をたたいたわけですが、自身を考えてみると、どこを旅していても、自分が地球儀や地図のどの辺を歩いているのだろうと、常に気になるタチなんです。ですから、本の中でも自分の位置が気になってしまって、余計に「紙ものの本」が好きになるのかな? と仮説を立ててみたのでした。
それに、あの本を開いたときのインクのにおいって、たまらないんですよね。
「かぐわい香り」とでも言いましょうか、アメリカのペーパーバックって、日本のものとはまた違ったにおいがするんですよ。
そう、本屋さんだって違ったにおいがするのですが、あれは、インクが違うからでしょうか?
ま、そんなわけで、すっかり忘れられた「かわいそうなキンドルちゃん」ではありました。
が、その代わり、クリスマスを直前にアマゾンプライム(年会費79ドル)に加入したので、配達料が無料になり、なおかつ「アマゾン・インスタントビデオ」で映画や人気番組のストリーミング(ネット配信)が楽しめるようになりました。
ネット接続のテレビだと、きれいな大画面で映像が楽しめます。
きっと来年は、キンドルちゃんに代わって、こちらが重宝されることになるでしょう。
<テスラにびっくり!>
今年も、新しいモノが世に登場し、話題となりました。アップルの第7世代「iPhone 5s」や第5世代「iPad Air」(写真)もそうでした。
iPad Airは、初代iPad(2010年1月故スティーヴ・ジョブス氏がサンフランシスコの壇上で発表)の72倍の速さ(!)だそうで、その進化のスピードにびっくりです。
年初、一部の希望者に1500ドルで売り出された「Google Glass(グーグル・グラス)」も、話題となったひとつでしょうか。
Google Glassは、どこにいてもコンピューティングを身にまとえる「ウェアラブルコンピューティング(wearable computing)」の一例ですが、このアイディア自体は、まったく目新しいものではありません。
テクノロジー業界に長い方はご記憶にあるかとは思いますが、たとえば、わたしの出身企業でもあるIBMも、長年この分野の研究・開発を行っていました。
IBMの場合は、「ウェアラブル・パソコン」と銘打って試作機をつくり、航空機運航にも役立つのではないかと実験をしていた時期がありました。
たとえば、整備士が使う膨大なマニュアルをデータ化して、作業時に目の前のスクリーンで参照できるようにしよう、と意欲的な試みではありました。
試作機は日本IBMがオリンパスと共同開発し、1998年秋に発表したもので、2000年にはIBM本社がイメージアップのテレビコマーシャルにも使っています。
けれども、広く受け入れられなかったところを見ると、「なんだか面倒くさい(cumbersome)」という要素と、「なんだか気持ち悪い(creepy)」という要素がウェアラブルコンピューティングには常につきまとっているのでしょう。
そういえば、先日Google Glassをかけて車を運転していて、警察に捕まったドライバーがいましたが、サンディエゴ市警いわく「車の前方(運転席と助手席)にビデオプレーヤを設置してはいけないルールに違反している」。
そんなわけで、目新しく見えるモノも、業界古来のアイディアだったりするのですが、「これは、ほんとに新しい!」とビックリしたものがありました。
それは、電気自動車(EV)メーカー、テスラモーターズ(Tesla Motors、本社:シリコンバレー・パロアルト)の「モデルS」をショールームで観察したとき(写真は、サンノゼ市のショッピングモール・サンタナロウにあるテスラショールーム)。
モデルSは、前年にスポーツカー「ロードスター(Roadster)」を発売したテスラが、2009年9月に発表した高級セダン。
昨年6月に地元工場で生産開始となりましたが、なにせ、リチウムイオンバッテリーに限りがある。自社バッテリー工場建設の構想はあるものの、とにかく生産台数が少ない。だから、お膝元のシリコンバレーで広く見かけるようになったのは、今年に入ってからでした。
我が家の周りでも、モデルSがチラホラと現れ、近所のオーガニック(有機栽培)スーパーマーケットやゴルフ場のクラブハウスでも見かけるようになりました。
それで、ショールームでびっくりしたのは、とにかく車のつくりが単純に見えること。
こちらが、車体をはがしてシャーシ(骨組み)だけにしたものですが、たったこれだけで車が動きます。
そう、「エンジン」もこの中にエレガントに収まっているんです! だから、「エンジンルーム」の代わりに、車の前にも後ろにも、でっかいトランクがあるんです。
こちらが、後ろから見たシャーシ。右側に見えているのがインバータ(Inverter)、左側に見えているのが電気自動車を動かすモーターです。
車体の下全体は、平べったいリチウムイオンバッテリー(Lithium-ion cells)になっていて、バッテリーの直流(DC)電流をインバータで交流(AC)に変換します。
交流に変換された電流は、三相誘導電動機(three-phase AC induction motor)と呼ばれるモーターに流れ、電磁力で回転軸をまわして機動力が生まれます。
モーターとインバータの間にはギア(gear)が収められていて、これで車輪を動かすわけですが、なんと、モデルSにはギアが一個しかないそうです!
言うまでもなく、通常、車にはギアが何個かあって、これで順繰りにシフトして加速しますが、モデルSの場合はギアがひとつしかないので、いきなり「トップスピード」まで加速できる原理となります。
アクセルを踏んだだけボンと力が出るということで、だから「モデルSは加速がスゴい!」と言われるのでしょう(85kWhバッテリーモデル「85」で362馬力、時速60マイル(96キロ)加速5.4秒。パフォーマンスモデル「P85」で416馬力、4.2秒)。
まさに、単純さの中にエレガンスがあり、エレガンスは性能にもつながっているように見受けられます。
実際に試運転してみた人によると、「車底のバッテリーが重い感じがして、山道のコーナーでハンドリングが重い」とのことでしたが、まあ、街中を運転している分にはあまり気にはならないのでしょう。
それで、テスラは来春「モデルX」というSUV(スポーツ多目的車)を発売するプランなので、そのデモ車を見たいと思っていたのですが、「先週(10月12日)パロアルトのショールームには展示してたんだけどねぇ」ということで逃してしまいました。
昔のデロリアン(映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で有名になった車)みたいに、鳥の翼状にドアが上に開くデザインで、女性ドライバーも注目している新車種です(「モデルX」の写真は、テスラのウェブサイトより。後日注:モデルXは、2015年春にリリース予定)。
その代わり、担当者いわく「あと4ヶ月もすると、スーパーチャージャー・ステーションで電気をチャージする代わりに、バッテリーごと交換できるようになるんだよ」。
なんでも、車体の下からチャカチャカっとボルトをゆるめて、パカッと新しいバッテリーパックと交換し、90秒で「満タン」「発進」だとか!
モデルSをテスラから借りた人の話では、自宅では乾燥機用220ボルトコンセントでチャージできたそうですが、やっぱり出先での充電は不可欠。
バッテリー交換ができれば、「お買い物のついでに電力チャージ」なんて面倒くさいことをやらなくても済むのです(モデルS「85」の環境保護庁(EPA)査定走行距離は265マイル。写真は、ショールーム近くの駐車場にある顧客専用ステーションでチャージするモデルS。テスラCEOイーロン・マスク氏によるバッテリーパック交換の壇上デモは、同社サイトにビデオ掲載)。
というわけで、噂に聞くのと実際に見てみるのとでは驚きが違うモデルSでしたが、決してテスラの宣伝をしているわけではありませんし、近日中に買い換える計画もありません。
けれども、何かが「革命的である(revolutionary)」と言うならば、モデルSを筆頭に挙げてみたい気がするのです。
電気自動車(EV)といえば、モデルSに加えて「日産リーフ(Leaf)」や「シボレー・ヴォルト(Chevy Volt)」が売れ筋ですが、昨年の4倍売れたとはいえ、まだまだアメリカの車の販売台数の1パーセントだそうです。
高価なモデルSに至っては、3分の1がカリフォルニア州で売られ、8割が男性ドライバーという「ニッチ製品」ではありますが、EVの概念は少しずつ米消費者にも受け入れられているようです。
自動車業界は、生産・販売の社会構造的しがらみや関連企業への社会責任を負う巨大な産業です。
そんな緊密なネットワークに対峙するテスラは、「バッテリーが仕様ほどもたない」とか「車が炎上!」と一件でも事が起きると、とたんに非難の的ともなるのでしょう。
そんな逆風にあっても、「ゼロからの発進」は、ときに革命的なモノを生み出すのではないでしょうか。
補記: モデルSのバッテリーの問題は、今年2月号でご紹介。炎上の問題は、ワシントン州とテネシー州の高速道路走行中に2件起き、米運輸省道路交通安全局(NHTSA)が調査の結果、クリスマスイヴに「安全5つ星」を再度保証しています。
テスラには、来年あたりGM(General Motors)かフォードが買収か? との噂もありますが、個人的には、それは許し難いと思っているのです。だって、2006年6月号第2話でもご紹介しているように、GMには電気自動車「EV1」を殺した経歴があるではありませんか。
というわけで、今年も幕を閉じようとしています。2014年も皆様にとって素晴らしい一年となりますように!
夏来 潤(なつき じゅん)