スーパーボウル50: シリコンバレーが脚光を浴びた日
Vol. 199
スーパーボウル50: シリコンバレーが脚光を浴びた日
アメリカでは、6月まで続く「大統領候補者選び」の季節が始まりました。が、2月のシリコンバレーといえば、一番印象に残るのが、この「お祭り」。
というわけで、今月は、全米最大のスポーツイベント『スーパーボウル』を控える地元の様子をお伝えします。が、その前に、スマートフォンでできる自然保護の小話をどうぞ。
<スマートフォンアプリで自然保護>
フィリピンの首都マニラから南西の方角に、ブスアンガ(Busuanga)という島があるそうな。南国の島らしく、海のきれいなところで、ジュゴン(dugong)でも知られるそうです。(Photo from “IoT to be used to save Sea Cows in the Philippines” by Colm Gorey, Silicon Republic, January 27, 2016)
ところが、近年、ジュゴンの数が減っていて保護が必要になっているのですが、その「保護活動」に現地の漁師さんが参加する、というプロジェクトが進行中。
イギリスのスマートアース・ネットワーク(Smart Earth Network)と現地のC3(Community Centered Conservation)という自然保護団体が開発した「ジュゴン・アプリ」を使い、クラウドプラットフォームは Kii株式会社が提供するというもの。
いったい、どうしてアプリが自然保護に貢献するの? と不思議に感じます。
通常、海に棲むジュゴンの生態系は空から観察するものだそうですが、それだとお金がかかる。だから、海に出る漁師さんたちにスマートフォンを提供して、代わりに観察してもらうのです。
ジュゴンを見かけたら、「ジュゴン・アプリ」のアイコンを押してもらって写真を撮り、場所データと一緒にネットワークに送る、というもの。これで、ジュゴンの生息区域がわかるし、漁師さんの航路や漁場も正確にマッピングできます。(Photo from Smart Earth Network’s Website, “Dugong App a Success!”)
ジュゴンは哺乳類なので、呼吸をするために定期的に水面に出てきますが、そのときにボートのモーターで傷つけられたり、網にかかったりと、人間の活動がジュゴンの存在を脅かすことにもなっています。
もともとジュゴンという名は、フィリピンのタガログ語の由来。ジュゴンは「海のレディー(lady of the sea)」として大事にされてきた生き物なので、現地の方々も喜んで協力してくれるそうです。(Photo from a crowdfunding project report, “Local Fishermen Engaged in Dugong Monitoring”, GlobalGiving UK)
現地の方々に海や陸上の在来種を観察してもらう保護活動は、今は世界中に広がっていて、蓄積したデータベースは科学的な分析に重宝されています。
こういった活動は、市民科学(citizen science)とも呼ばれ、誰もが気軽に使えるスマートフォンアプリの普及とともに急速に広まり、科学の前進にも貢献しているようです。
<スーパーボウルその1: 警察の品評会?>
というわけで、お次は舞台をシリコンバレーに移して、「スーパーボウル」開催にまつわる世間話をどうぞ。
2月7日の日曜日、シリコンバレー・サンタクララ市で開かれた『スーパーボウル50(Super Bowl 50)』。言わずと知れたアメリカンフットボールのチャンピオンを決める全米最大のスポーツイベントです。
毎年、開催地は全米を巡りますが、今年は、サンフランシスコ 49ers(フォーティーナイナーズ)の新しいホームグラウンド、Levi’s(リーヴァイス)スタジアムで開催。しかも、「50回記念」と、めでたいイベント。
もしかしたら、地元での優勝も夢ではない! というファンの期待もむなしく打ち砕かれ、今シーズンの 49ersはメロメロ、プレーオフにすら残れない。
1985年、地元スタンフォード大学スタジアム開催の「スーパーボウルXIX」では、名将ビル・ウォルシュ監督(写真、故人)とQBジョー・モンタナ率いる 49ersが二度目の優勝を果たしたのに・・・。(Photo: Associated Press Archives)
そんなわけで、あまり気乗りのしない地元開催ですが、テレビでは連日スーパーボウルの話題を紹介しているし、サンフランシスコにもファンイベント会場が出来上がっていくにつれ、お祭り気分を味わってみたくもなるのです。
街に繰り出すと、こんな垂れ幕が飾られるのですが、「あれ? 何か変だぞ」と違和感を覚えます。
そう、例年使われるローマ数字ではなく、アラビア数字が使われるのですが、どうして伝統に沿って『L』ではなく『50』の表記なのかと言うと、「L」だと空間が大きすぎて間伸びした感じだし、バランスが悪くロンバルディ杯とも合わないから。
来年は、伝統を踏襲して『LI(51)』に戻るそうですが、49ersは、再び2022年のスーパーボウル開催地として名乗りを上げる、との噂もあります。なぜって、そのときは『LVI(56)』となって、Levi’s スタジアムとの語呂合わせがいいから。
まあ、オリンピックもローマ数字を使うので、ローマ数字には歴史の重みを感じるわけですが、スーパーボウル第一回目(1967年)と二回目(1968年)は、それぞれ『1』『2』と表記していたところ、あとになってNFL(フットボール協会)が『I』『II』と変更し体裁を整えたとか。
というわけで、サンフランシスコのマーケット通りをフェリービルに向かって歩いて行くと、海沿いの道路は通行止めでファンイベント会場(入場無料)に変身しています。試合前日には、アリシア・キーズの無料コンサート(!)というお楽しみも控えます。
が、この「スーパーボウル・シティー」に入るときには、セキュリティゲートで荷物検査と金属探知機をくぐらなくてはなりません。
ゲートでは、勇ましく機関銃を持った警察官が目を光らせるのですが、いっぺんに何人も「お縄」にできるようにと、腰には簡易手錠のビニール紐を下げています。
この方は、サンフランシスコ市警のSWATチーム(特殊狙撃部隊)だと思いますが、マーケット通りやイベント会場では、犬を連れた二人組の警官も。こちらのワンちゃんは、爆弾を嗅ぎ分ける探知犬(bomb-sniffing dog)で、捜査犬チーム(K-9 または canine unit)に所属。
が、警官は、陸軍の戦闘服のような見慣れない制服を着ていて、腕章を見ると「ロスアンジェルス郡」と書いてありました。はるばる、南カリフォルニアの警察からもワンちゃんチームが出張して来てるんですねぇ(地元の爆弾探知犬では数が足りないのかも・・・)。
路上には、身軽なオフロードバイクの白バイ隊や、爆弾処理班(Bomb squad)のトラックも待機していて、このときばかりは、サンフランシスコは世界で一番安全な街でした。
ファンに向けたイベント会場のあるサンフランシスコがこうなのですから、実際に開催地となる Levi’s スタジアム周辺は、もう厳戒態勢。
一週間前から周辺道路が閉鎖されたばかりではなく、スタジアムに物資を運ぶトラックはすべて(トラック用のでっかい)X線検査を通るという念の入れよう。
普段は、のんびりとしたサンノゼの我が家の上空にも、パタパタと見慣れない(地元警察ではない)ヘリコプターが飛び交うのですが、スタジアムの周辺住民は、道路閉鎖なんかよりも、このヘリコプターに閉口したそうです。
「もう、(軍の)ブラックホークがバタバタと頻繁に飛び回って、うるさくってしょうがないよ」と。
その昔、「喜びの谷(the Valley of Heart’s Delight)」と呼ばれ、20年ほど前までは畑や果樹園が残ったサンタクララ。
この平和な街を手助けしようと、軍警察(Military Police)も派遣されたようですが、庶民としては、そこまでやる必要はあるの? と、大いに疑問に思うのでした(なにせ、地元警官、連邦捜査員、憲兵、民間警備員も合わせると、数千人が出動!)。
が、実際に「スタジアムに爆弾を仕掛けたぞ」という脅迫メールもあったんだとか。FBIの(どこに置かれたか秘密の)司令センターが調べてみると、出処は、遠くヨーロッパ。愉快犯の仕業だと断定されています。
<スーパーボウルその2: ジェット機と民泊>
今回のスーパーボウルは、地元チーム 49ers配分のチケットが抽選で外れて残念でしたが、もっと気の毒だったのが、マサチューセッツ州出身のお隣さん。
試合には、ベテランQBペイトン・マニング(写真、18番)率いる AFCチャンピオンのデンヴァー・ブロンコスと、新星キャム・ニュートン率いる NFCチャンピオンのキャロライナ・パンサーズが出場。
が、「絶対に AFCタイトルを取る!」とお隣さん一族が信じていたのが、マサチューセッツ州の強豪ニューイングランド・ペイトリオッツ。一昨年のスーパーボウル覇者でもあります。
なんでも、もしもペイトリオッツが AFCを制したら、首都ワシントンD.C. に住む甥っ子がプライベートジェット機を操縦し、途中テキサス州ダラスに住む次男をピックアップして、観戦に来る予定だったとか。
お隣さんは、3年前に旦那さまを亡くした未亡人で、息子二人は遠くに住むので、なかなか孫とも会えない寂しい日々。ですから、ペイトリオッツが AFCチャンピオンシップでブロンコスに破れたことが、うらめしくもあるのです。
そう、プライベートジェットは、スーパーボウルに向かう「粋な」道行きのようですが、だんだんと開催日が迫って来ると、ベイエリアの空港は、どこも満杯。
連邦航空局は、1,200機のプライベートジェットが飛来すると予想し、周辺の滑走路を配分する緻密な予定表を作成。
試合二日前にサンノゼ国際空港の近くを通ると、プライベートジェットの区域は、翼が触れ合うほどの混みようです。普段は、一日に90機のプライベート機発着が、倍の180機のペース。
そして、サンフランシスコ空港は150機分、オークランド空港は500機分のプライベート駐機場を確保したとか。
でっかい国際空港だけではなく、小さな地域空港も、リバモア市営空港のように滑走路を増設したり、ヘイワード空港のように試合日をはさんで6日間は24時間営業だったりと、近郊16の空港は、どこもフル稼働。
もちろん、スタジアムの上空は「飛行禁止区域」になっていて、民間機もドローンも進入禁止。
が、「禁止ゾーン」に入ってきた民間小型機4機が、空軍の戦闘機に追われて、近隣空港に強制着陸。うち一機は、370キロも離れた街に追い払われたとか(そこからどうやって戻って来たんでしょう?)
一方、「100万人が集うぞ!」との予想に喜んだのが、民泊サービスの利用者。
ホテルは満杯になるだろうから、自宅を旅行者に開放しようと、Airbnb(エアビーアンドビー)などのプラットフォームでは、掲載物件が急増。Airbnbだけで、「スーパーボウル宿泊」物件は1万件!
サンノゼの我が家から見える邸宅は、現在「売り」に出ているのですが、この家が「一泊1万ドル(約110万円)でAirbnbに出ている!」と、近所の噂になりました。近くには「一泊50万円」で自宅を貸し出す人もいましたが、誰も借りてくれないので取り下げたとか。
結局のところ、スーパーボウルの試合とイベントには110万人が集ったわりに、ベイエリア外部からやって来た訪問者は、およそ15万人。Airbnbの1万件の物件のうち、6割には借り手が付かなかったようです。
スーパーボウルの名物でもある「ハーフタイムショー」では、イギリスのコールドプレイに加えて、ビヨンセさんとブルーノ・マーズさんが熱演しましたが、この出演のためにビヨンセ夫妻が宿泊したのが、シリコンバレー・ロスアルトスにある50億円の邸宅。
一泊100万円だったそうですが、彼女にとっては値段よりも「ゆっくり休めること」が重要だったのでしょう。(Phto by Jose Carlos Fajardo, San Jose Mercury News, February 9, 2016)
一方、ホテルは? と言うと、サンフランシスコのホテルは予約で満杯だけれど、スタジアム近郊では、「まだ空いてるよ」というホテルも多かったとか。
訪問者はベイエリアの地理関係がよくわからないので、「サンフランシスコに泊っておけば便利だろう」と、高をくくったのかもしれません。
でも実際は、サンフランシスコからサンタクララのスタジアムに行こうとすると、幹線道路「フリーウェイ101号線」が混んで大変なんですよねぇ。
というわけで、ようやく嵐が去ったベイエリア。
地元民にとって嬉しかったことと言えば、近頃とみに増えたグラフィティ(スプレー缶の落書き)が、何事もなかったかのようにペンキで塗り直されたこと。
そして、日頃はゴミだらけの「101号線」が、サンフランシスコからサンタクララ間はきれいに掃除されたことでしょうか(写真は「命がけ」でフリーウェイからゴミを拾い上げる掃除隊)。
ま、それも、人の記憶と同じように、長くは保たれないことでしょうが。
夏来 潤(なつき じゅん)