イラク攻撃:ベイエリアの反応
Vol. 44
イラク攻撃:ベイエリアの反応
とうとうアメリカのイラク攻撃が始まってしまいました。今回は、予定を変更し、戦争に対するベイエリアの反応などを書いてみようと思います。
<反戦運動>
3月19日の夜7時過ぎ、気功のクラスからいい気分で戻って来ると、テレビではイラクへの爆撃が30分ほど前から始まっている事を伝えていました。瞑想と戦争、そのあまりの好対照に、頭は一瞬、情報処理を拒絶していました。
ちょうどその頃、冷たい雨が降りしきる中、サンフランシスコやサンノゼでは、イラク侵略に反対する街頭集会やデモンストレーションが、あちらこちらで開かれていました。
国連・安保理での討議が長引く中、全米では6割以上の人が、開戦に同意するようになりました。ひとたび攻撃が始まると、4分の3の人々が大統領を支持するようになりました。
そういった中、ベイエリアは、米国の中で最も反戦人口が集中する場所で、思想的には、アメリカの離れ小島となっています。開戦前、過半数が、戦争反対を唱えていました。1960年代、サンフランシスコやバークレーが激しい学生運動の発信地になっていた歴史を、今も受け継いでいるのです。
今回、反戦運動の原動力となっているのは、ベトナム戦争の頃に集会やデモを経験してきた世代と、若い学生達です。攻撃が始まった翌日には、朝早くから、サンフランシスコの金融・行政地区は反戦デモの人々であふれ返り、街中で混乱が続きました。この日だけで、道路や建物を封鎖した罪で、1400人が逮捕されました。翌日も、一列にずらりと並び、人間の盾となる警察との小競り合いの中、900人が連行されました。
これら逮捕者のほとんどは、活動戦略、市民の法的権利、当局とのやりとり(civil disobedience)について講義を受けている、デモの達人です。インターネット、携帯電話、PDA、ビデオレコーダで武装した彼らは、瞬時に情報交換ができるお陰で、アメーバのように、次から次へと街頭デモを変形させていきます。
イラク攻撃に異を唱えているのは、平和主義者とされる人達だけではありません。自国を守るため、過去に戦った経験のある退役軍人の中にも、今度の戦争は認めるわけにはいかないと訴える人も出ています。そういった反戦集会で、第二次世界大戦に参戦したある男性は、"イラクでは、誰も死んではいけないんだ" と力説していました。
反戦デモは各地に広がり、シカゴ、ロスアンジェルス、ニューヨークなどでも連日行なわれています。12年前の湾岸戦争と比べると、明らかに様相が異なります。あの時は、反戦のシュプレヒコールは、これほど大きくは聞こえて来ませんでした。世界中の人々が反対し、国連の同意も得られないまま踏み切った戦争の波紋は、それを起こした本国でも大きなものとなっています。
<テクノロジーと戦争>
今度の戦争は、戦略テクノロジーの進歩という点で、湾岸戦争と比較になりません。ステルス戦闘機の一種、ノースロップ・グラマンのB2爆撃機は、巡行を微調整できるGPS機能付き爆弾を発射します。もうひとつのステルス、ロッキード・マーティンのF117戦闘機は、夜間や悪天候の操縦を可能にし、"バンカー・バスター(地下壕破壊)"爆弾を正確に撃ち込むため、前方と腹側2箇所に赤外線機銃座が取り付けられています。
遠くに停泊する軍艦から発射されるトマホーク・クルーズミサイルは、地形とGPSによる巡行と、標的のデジタル認識が可能です(今回、攻撃初日にバグダッドに向けられたのが、トマホークとバンカー・バスターです)。
地上部隊はと言うと、砂漠の過酷な環境に耐え得るため、コンピュータ機器類を幾重にも抱え、さしずめ動くハイテク会社のような重装備となっています。今の戦争は、どうやら情報で戦うもののようです。
一方、戦争に関する報道でも、ちょっとした戦いになっています。視聴者がより強い刺激を求める今の報道環境の中で、少しでも早く、核心に迫った映像を伝えようと、各社凌ぎを削っています。特に、CNN、MSNBC、FoxNewsなど、ニュース専門のケーブルテレビ局は、ここぞとばかりに、24時間ほとんど宣伝も流さず、戦争報道をしています(こんな時に流れる宣伝は言うと、バケーション、ベッドのマットレス、財政難のカリフォルニアの州債などを見かけました)。
湾岸戦争で、一気にニュース局としての信用を得たCNNは、クリスチアン・アマンポーアやウルフ・ブリッツァーなどの看板リポーターにイラクの入国許可が得られず、急遽、別のリポーターを戦線に派遣しました。しかし、彼も、"報道が詳し過ぎる" とイラク情報省から追われ、今はフリーのジャーナリスト達が代用を務めています。他社もフリーのリポーターをフル活用して、軍隊の密着取材を伝えて来ます。腹部に銃弾を受けたイラク捕虜の手術の様子も、ビデオ電話で流されます。
このような絶え間ない情報の流れを支えるため、今、衛星経由の通信能力が貴重なものとなっています。国防省は、戦争を始める数ヶ月前から、インテルサット、ユーテルサットなどの民間衛星会社と契約し、通信量の強化を図っています。地上部隊、軍艦、戦闘機、空中を飛ぶ爆弾への指示に、衛星通信は不可欠なのです。
同様に、報道機関にとっても、映像をリアルタイムに本国に届けるため、衛星は必修条件となっています。軍隊と報道陣の間では、通信能力のちょっとした取り合いが生じていて、財政難に悩む小さな衛星会社などは、息を吹き返しているようです。
<市民の生活>
アメリカがイラク攻撃を開始したことで、アメリカ本土に対するテロ攻撃の可能性も高まってきました。今のところ、具体的な兆候はないようですが、ダムや発電所、空港、主要な橋に対する警備は、すかさず強化されています。フリーウェイにも、地元警察やハイウェイパトロールのパトカーが数マイル置きに配置され、市民の目にも、警戒体制の強化は如実に写ります。ローカルニュース番組でイラクのお天気が伝えられるのも、世相を反映しているわけですが、超現実的な感じがします。
これに対し、市民の間では、日常通りの生活を続けようといった努力が見られます。戦争が始まって最初の週末は、気晴らしにと、いつもより映画館やカフェが賑わったようです。また、3月は、マーチ・マッドネスと呼ばれ、大学バスケットボールのチャンピオンが決まる時期でもあります。このイベントを楽しみにしている人は、戦争報道そっちのけで、CBSやESPNのゲーム放映を毎日観戦しているようです(CBSは、この大学バスケット放映のため、戦争に関する報道は、ほとんど放棄しています)。
一方、戦争勃発のせいで、イラク系・イスラム系アメリカ人に対し、市民の不満が向けられる可能性も出てきています。実際、攻撃開始直後、あるイラク系の女性に対し、"自国に帰れ" といった、脅しの罵声が浴びせられたようです。
アメリカには、第二次世界大戦中の1942年、日系アメリカ人(アメリカ市民権を持つ人も含め)12万人を、強制収容所に入れたという暗い過去があります。この過ちを二度と繰り返さないように、市民権運動の組織などは、ホットラインを設け、準備体制を作っています。
<戦争の犠牲>
今度のイラク攻撃は、イラクの人々を、悪人サダム・フセインから救い出すということが名目となっています。"Operation Iraqi Freedom(イラク解放作戦)"と、何ともアメリカらしい、傲慢な名前が付けられています。
500万人が住むバグダッドや、南部のバスラ地域で、どれほどの民間の死傷者が出たのかはわかっていませんが、攻撃最初の2日間だけで、米国海兵隊(the U.S. Marine Corps)の6名が命を落としました。4人はヘリコプター墜落で、2人は地上の爆撃での死亡です。攻撃開始直後の記者会見で、ホワイトハウスの報道官は、犠牲が出るのは仕方のない事だ、と言い放っていました。
ヘリコプター事故で息子を亡くした、ボルティモアのウォーターズビー氏は、集まる報道陣に息子の写真を見せながら、こう訴えました。"ブッシュ大統領に、この写真をよく見て欲しい。これが私のひとり息子だ。たったひとりの息子なんだ。"
同じ事故で亡くなったオービン少佐の母親は、NBCのニュースキャスター、トム・ブロウコウとの電話インタビューで、こう答えました。息子は、国を守るという自分のミッション(使命)に、誇りを持っていた。お母さんの知らない悪いことが、イラク地域にはいっぱいあるんだ、とも言っていた。でも、テレビを見ている人達に、ひとつだけ言わせて欲しい。今のテクノロジーのお陰で、戦争の様子がこれほど手に取るように報道されるのは素晴らしい。けれども、兵士の母親、父親、奥さん達にとって、これを見なければいけないのは、殺されるのに等しいのです、と。
後記:シリコンバレーでは、今回の戦争で、期せずしてビジネスが拡大する兆候を見せる会社もあります。こういったテクノロジー企業は、軍需産業とは直接関係しないものではありますが、ここでの記述は控えさせていただきました。
夏来 潤(なつき じゅん)