住宅事情(パート1):誰か家売ってくれませんか?
Vol. 6
住宅事情(パート1):誰か家売ってくれませんか?
先日、家の売買に関し、変なニュースを耳にしました。サンノゼ(San Jose)市内の閑静な住宅街にある一戸建ての家が、持ち主の提示額そのままで売れた、これはバーゲン価格か、もしくは経済が低迷しつつある悪いサインかもしれない、というものです。売り主は、"もうちょっと高く売れたかもしれないけど、たった2週間で売れたから、少しくらい損しても構わないわ"、とまったく気にしていないようでしたが、どうして提示額で家が売れたことがニュースになるのか、ちょっと不思議な気がしました。
また、サンフランシスコの対岸、バークレーに隣接するエメリービル(Emeryville)という街では、家族4人に最適な広さの家が売りに出され、見に来る人はたくさんいるけれど、3週間も誰も買い値を提示してこない、と報道されていました。これは今までにない珍しい事態で、株式市場の下落や広がりつつあるドットコム会社の従業員解雇を含め、全体的に消費者の経済に対する信頼・自信度が下がっているのではないか、と結んでいました。
確かにここ数ヶ月、消費者の米国経済に対する2000年前半のようなゆるぎなき信望は、かなり薄れてきているようです。そして消費者の心に少しでも翳りがあれば、マイホームのような大きな買い物はしにくい、というのも事実です。
しかし、この辺に住んでいる限り、株式市場に比較して、家の価格は特に下がっているようには見うけられず、住宅購入に纏わるシリコンバレーのゆゆしき事態はまったく改善されていない、というのが正直な感想です。
12月下旬に発表されたカリフォルニア不動産協会(the California Association of Realtors)の統計によると、11月に売られた一戸建て中古物件の平均価格は、また、今までの記録を塗り替え最高値になり、秋以降には価格は下がるという期待を、あっさり裏切った形になりました。
シリコンバレーの中心地、サンタクララ郡(Santa Clara County)では、中間値(the median home price、平均値ではなく、半分の物件はそれ以上、半分はそれ以下で売られた値)は55万ドル(約6千1百万円)でした。
これは、ひと月前の10月に比べ、4パーセントの上昇で、前年同月に比べ、実に31パーセントの増加です。この一戸建ての中間値は、日本に比べるととても低いようですが、全米での中間値が、わずか14万2千ドル(約1千6百万円)ということを考えると、シリコンバレーの数値がいかに高いかがわかります。(注:アメリカの場合、中古物件の価格帯がとても幅広く、不動産統計を取ったり変化を見たりするときには、平均値ではなく中間値を使うことが多いようです。)
ちなみに、カリフォルニア州全体で、中間値の高いトップ10としてリストに加わる常連の街を並べると、上から10都市は、サンフランシスコ・サンノゼを中心とする、いわゆるベイエリア(the Bay Area)に位置します。ベイエリアとは、サンフランシスコとサンノゼを結ぶ半島と、その東の対岸、バークレー、オークランド等、また北の対岸、サウサリート、ティブロン等の諸都市を含みます。
お金持ちで有名なビバリーヒルズ(ロスアンジェルス郊外)は、上位の都市に売買がなかった時だけ、ようやく番付の8、9位に顔を出すというところです。圧倒的な中間値の高さを誇るロスアルトス・ヒルズ(Los Altos Hills)は、シリコンバレー発祥の地パロアルト(Palo Alto)に隣接した小高い丘に広がる一等地ですが、そこでの中間値は、340万ドル(約3億7千万円)だそうです。
話は少し脱線しますが、このロスアルトス・ヒルズは、シリコンバレーで成功した人が住む街として有名な所です。新年第1週に、サンタクララ郡最大級となる豪邸の建築プランが街から許可されたそうで、21世紀を迎えても、その名声が衰える気配もないようです。
この新築プランの主は、チップメーカー、LSIロジック社(LSI Logic Corp.)の創設者で現在もCEOの、ウィルフ・コリガン氏です。彼は、40年近くセミコンダクター分野一筋でやってきた人で、この業界のパイオニア的存在であるフェアチャイルド・カメラ&インストルメント社(Fairchild Camera and Instrument Corp.)の創設にも深く係わった人でもあります。
コリガン夫妻は、30年来のロスアルトス・ヒルズの住人ですが、今回新築する家は、床面 積560坪で、6つのベッドルーム、11のバスルーム、ふたつのワイン・セラー、巨大なワイン・テースティングルーム、ふたつのダイニングルーム、図書室、エレベーター、などなどがあり、メディア・ゲームルームのバーからは、大きな噴水のある130坪の中庭が見渡せるそうです。敷地は3ヘクタールちょっとあり、ワイン用のぶどう畑、果樹園、テニスコート、などができる予定です。ガレージを除く居住面積は450坪ほどあり、これは、平均的なベッドルームふたつの家と比べると、10軒分の広さだそうです。
このロスアルトス・ヒルズがいい例ですが、最近は不動産業界でも、百万ドルの価値が頓に薄れ、昔は珍しかった1ミリオンの家(a 1 million-dollar house)も、今となっては、ざくざく不動産市場に出てきているようです(百万ドル=1 millionは、一般的に"お金持ち"の定義とされ、a millionaireと表現されてきました)。
2000年に全米各地で売られた百万ドル以上の家は、前年に比べ5割も増え、1万6千軒もあったそうです。そのうち、実に7割はカリフォルニア州に、3分の1はベイエリアにあるそうです。
話を普通の人の生活に戻しますが、シリコンバレーでは、一年前に比べ、4パーセントも職が増えたのに、それに引き換え、住宅は1パーセントしか増加していないらしく、これでは需要と供給の関係上、価格が下がる道理はないようです。また、最近では、投資先を株式市場からもっと安定した不動産に切り換える動きもあるようで、状況は悪化の一途を辿っているようです。
サンタクララ郡では物件難が慢性的に続き、ひとたび家が売りに出されると、一戸に対し最低数人が買い値をつけ、競合の末、最終的にはたった4週間ほどで売れてしまいます。お陰で一戸建てが買えない人達は、マンション(a condominium)や集合住宅(a town house)に殺到し、こちらの物件は平均して2週間で、しかも言い値で売れてしまうそうです。提示額はあくまでも目安であり、実際はそれ以下で売買されるという以前の常識はどこへやら、です。
2000年は特に "売り手市場" が著しく、売り主達は、自分の買い値との差額を平均して8万ドル(約880万円)も懐に収めたとか。
このような家の奪い合いは、株式市場が最高値を付け、テクノロジー会社に勤める人達の気持ちが大きく膨らんでいた、昨年上半期が最悪だったと言えます。一戸建ての新築物件が売りに出されるというと、抽選会の数日前から、テントを張って待機する人達も珍しくなく、不幸にして当たらなかった人達のための "待ちリスト" には、前の人の名前を消して、自分の名前をちゃっかり書き込む人まで現れたそうです。
また、中古物件の場合は、売り主の気をいかにして引くかが重要課題になり、それこそ涙ぐましい努力や奇抜な思いつきで、家を手に入れようとする人もいます。まず、売り主の手元に、長い手紙が届くようになります。それには、この家がいかに自分達一家にフィットしていて、もし売ってくれたら、家を大事に扱い、庭の手入れもちゃんとします、と書いてあります。大抵の場合、一家が笑い顔で集っている写 真が同封されていて、たまには、ペットのすまし顔の写真や、幼稚園児の子供が描いた、新しい家に住む幸福な一家のクレヨン画も含まれています。
しかし、20件以上の家から似たような手紙が届いたら、手作りのチョコレートケーキでも添えられていない限り、売り主はまず読む気にもなれません。
そういう売り主には、もっと実用的なものが喜ばれるはずです。たとえば、メキシコ行きのパッケージツアーや航空会社のマイレージ・ポイント。また、ダイヤモンドのブレスレットというのも実際あった話だそうですが、これはなぜか嫌われたそうです。
旅行や宝石に興味がなさそうだったら、ごく現実的に、楽々お引っ越しパッケージというのはどうでしょうか。いたれりつくせりのおまかせコースだったら、軽く数千ドルは超えるはずです。
それでも足りなかったら、シリコンバレーらしく、いっそ株でもあげましょうか、と思いついた人がいるそうです。たとえば、プランAとして、80万ドルを提示します。そしてプランBとして、75万ドルの現金と5万ドルの価値の株を提示します。もし売り主がリスクを負える状況にあり、ギャンブル好きだったら、もしかしたらまんまと食い付いてくるかもしれません。残念ながら、このプランが成功したかどうかは、業務上の秘密だそうです。
しかし、何と言っても、一番効果がある方法は、札束に物を言わせることです。これには、古今東西の差はないようです。
友人に聞いた話ですが、彼女の知り合いの退職した夫婦が、パロアルトに小さめの家を探していて、ベッドルームふたつのちょうどお手ごろな物件を見つけたそうです。場所が良いのと、広さが手ごろなので気に入っていたのですが、値段が百万ドル近く(約1億円)ととても高く、すっぱり諦めたそうです。いったいいくらで落札するのかと気にしていたら、間もなく提示額を百万ドル以上超え、2百万ドル(約2億2千万円)で売られたそうです。
最初この話は、友人の作り話かと思いましたが、サンノゼ・マーキュリー紙にも、実話として堂々と載っていました。実際にこの家を見たわけではありませんが、きっと、2億も払うには惜しい物件だったに違いないです。
今回のシリーズは、多様化するシリコンバレーの住宅事情を、3回に分けお伝えしようというものです。初回は、裕福な人達や、平均以上の家庭が家を購入する場合の話に限りましたが、次回はパート2として、平均的な家庭が、この尋常でない住宅事情にどう対処していけるのかを探ってみたいと思います。
夏来 潤(なつき じゅん)