ツイッターIPO: そろそろ過熱気味の「ソーシャル」
Vol. 172
ツイッターIPO: そろそろ過熱気味の「ソーシャル」
今月は、近頃熱くなり始めているテクノロジー業界のお話をいたしましょう。
<Twitter羽ばたく!>
11月に入り、ダウ平均株価が1万6000ドルを超え、米株式市場は連日にぎわっています。
今年2月には1万4000、5月には1万5000、そして、今月また1万6000のマイルストーンを超えたことで、年初からこれまでダウは23パーセントの伸び。
同様に、ナスダック総合指数は34パーセント、S&P 500は27パーセント増と、経済の回復に比べ、企業の好調さを物語っているようです。
そんな賑々しい株式市場ですが、今月の注目イベントは、マイクロブログサービス Twitter(トゥイッター、本社:サンフランシスコ)の新規株式公開(IPO: initial public offering)だったでしょうか。
140文字以内で「つぶやく」手軽なフォーマットと、人とつながる「ソーシャル」な部分が受けていて、利用者も世界中で2億3千万人を超えています。(以下、日本語表記は同社の和訳「ツイッター」に準じます)
近頃は、放映中の「今」を大事にするテレビ番組だって、どんどんツイッターを採用するようになっていて、たとえば、視聴者参加型アイドル番組『ザ・ヴォイス(The Voice、NBC系列)』では、前日の投票で最下位だった3人の中から、生放送の5分間で「ツイート」の最も多かった人を生き残らせるという、何ともスリル満点の演出を考案しています。
ツイッターは、最近、テレビ番組に関する「おしゃべり(chatter)」を分析する会社をふたつ買っていて、リアルタイムな話題の流れ、つまり「トレンディング(trending)」に力を入れています。
なぜなら、テレビを観ながら手元のスマートフォンやタブレットで会話をするのは当たり前。こんなモバイル画面を「セカンドスクリーン(second screen:テレビ画面に対して、ふたつ目の画面)」と呼ぶようになっていて、目玉の集まるところには、そろそろ企業の広告予算も集まりつつあるからです。
そう、目玉=広告=収入の図式ですね。
ま、どれくらいの「ツイート」が番組に殺到するのかは明らかにされていませんが、ツイッター側も、サーバがパンクしないように、万全を期さなくてはならないのです。
ところで、「ソーシャル」なサービスの株式公開というと、昨年5月にナスダック(NASDAQ)で公開を果たした Facebook(フェイスブック、本社:メンロパーク)が記憶に新しいところですが、あのときは、新規公開の一般論からすると失敗例だったとされています。
まず、公開価格が一株38ドルと高い値付けだった(伸びしろが無かった)ことと、ナスダックのシステムが大量の「売り」「買い」の注文にパンクしたこともあって、公開当日はかろうじて38ドルを保つという意外な結果となったからです。
公開日には、2割ほど上がるのが平均的なテクノロジー株。が、フェイスブックの場合は、公開価格をキープするどころか、その後は下落の一途。
昨年夏に17ドルという最安値を記録したあと、今年8月ようやく公開価格を上回るまでは、「フェイスブック株ってどうなっちゃったの?」と、みなさんの心配と同情を集めておりました。
その教訓を生かして、ツイッターは、ニューヨーク証券取引所(NYSE)で公開することにして、公開価格もわりと低めに設定したのでした。(写真は、NYSEフロアで公開を祝うツイッターCEOディック・コストロ氏;photo by Richard Drew, Associated Press)
なんでも、近頃は、「テクノロジー企業はナスダック」という常識は崩れつつあるそうで、2001年から2010年までは、テクノロジー/インターネット新規公開数でナスダックの3分の1だったNYSEは、2011年以降、ナスダックとほぼ肩を並べるほどになっているとか。(たとえば、プロフェッショナルのためのソーシャルネットワーク LinkedIn(リンクトイン)は、2年前NYSEで公開したことで話題となりました)
そして、ツイッターの公開価格は26ドルと低めに設定したおかけで、公開当日(11月7日)は7割増の約45ドルで取引を終え、会社の時価総額は、一気に250億ドル(約2兆5千億円)。その後も一株40ドル近辺をキープしています。
そう、株式公開のコツは、あんまり欲張り過ぎて、公開価格を高く設定しないこと。もちろん、価格が高ければ、当事者(公開企業と担当の金融機関)の懐にたくさん資金が入ってくるわけではありますが、あんまり高過ぎても、フェイスブックの例のように「ふん、あの設定は高過ぎたのさ!」と反感を買い、その後の株価低迷の引き金にもなりかねません。
ひとたび株価が低迷すると、企業側は相当な努力を強いられることにもなりますので、「ほどほどの値付け」にするのが肝要なのです。
そんなわけで、注目のツイッターの株式公開。業績はいまだ黒字に転じてはいませんので、そのわりには、うまい値付けで公開し、今後の期待感でいい塩梅(あんばい)に株価を保っている、と言えるでしょうか。
なるほど、人の失敗から学んだツイッターさんは、賢いのです。
<来年の注目株 Square>
というわけで、ツイッターの株式公開で、少々過熱気味のテクノロジー業界。
今年はもう「打ち止め」のビッグなテクノロジー新規公開ですが、来年に公開が期待されている中に、Square(スクエア)があります。
2009年にサンフランシスコで設立された会社で、モバイル決済サービスを展開します。アメリカ、カナダに引き続き、今年5月には、三井住友カードとの提携で日本でもサービスを開始しています。
iPhoneやiPad、アンドロイド・スマートフォンをお店の「レジ」に変身させる画期的なサービスで、クレジットカードの読み取り機を置いていない小さな個人商店や露天商でも、顧客のクレジットカードを受け付けられるようになります。
とくにアメリカは「カード社会」ですから、クレジットカードが受け付けられないと、商機を失うことにもなりかねません。ですから、Squareの戦略としても、小さなお店を中心にサービス展開しています。
わたしが最初にSquareを体験したのは、サンフランシスコのユニオン・スクエア。ショッピングエリアの中心広場で開かれた、早春のアートショーでした。
お目当ての版画家ガブリエルさんに久しぶりにお会いし、いざ作品を購入する段となったとき。彼女のスマートフォンには小さな四角い読み取り機(リーダー)がくっついていて、「これがSquareなのよ」と教えてもらったのでした。
噂には聞いていたけれど、なるほど名前「Square」の通り、かわいらしい四角いリーダーです。
カードをリーダーにスライドして読み取りもスムーズに運び、指先で画面にサインして、支払いは完了。購入の位置情報が付いた領収書は、彼女が登録している、わたしのメールアドレスに自動的に送られてくるはず(だったのですが、何かの手違いで受け取れませんでした)。
それにしても、彼女のように屋外アートショーをたくさん掛け持ちするアーティストや、ファーマーズマーケット(農産物の直販イベント)に参加する生産者にとっては、便利なサービスかと思うのです。
Square以前は、ガブリエルさんは手動のカード読み取り機(ガッチャンとスライドして番号を読み取る機械)を持ち歩いていて、すべてがオフライン。
たとえば顧客のカードが利用限度額を超えていても、その場ではわからない。
実際にSquareを使っているユーザからすると、実地でうまくデータ処理できなかったり、カスタマーサポートが迅速でなかったりと、必ずしも評判の芳しくない部分もあるようです。
が、Squareにとっては前進あるのみ。次の作戦としてスターバックスに「Squareウォレット」を導入し、顧客のスマートフォンを利用したカード支払いシステムを展開しています。(注:アメリカでは、日本の「おサイフケータイ」のような便利なサービスは浸透していません)
このような新手のサービスに加えて、Squareがここまで業界の注目を集めているのは、創設者の存在も大きいのでしょう。
Squareの共同設立者ジャック・ドーシー氏は、ウォールストリート・ジャーナル紙『2012年イノベーター賞』、フォーチュン誌『40歳未満トップ40人』にも選ばれる業界の有名人ではありますが、上記ツイッターの共同設立者としても知られる方です。
ツイッターのサービスは、タクシーや救急車などのディスパッチ(運行管理)システムに凝っていたドーシー氏と、今は半ば隠遁生活を送っているノア・グラス氏が発案したとも伝えられます。(加えてエヴァン・ウィリアムズ氏とビズ・ストーン氏が共同設立者ですが、アップルのiTunesサービス拡大に危機感を抱いた4人は、2006年Odeoというポッドキャストサービスからツイッターに転身。写真は、前列左から現CEOコストロ氏、ドーシー氏、ウィリアムズ氏、ストーン氏;photo by Richard Drew, Associated Press)
4年前にSquareを立ち上げたドーシー氏は、ミズーリ州出身の物静かな方で、往年の銀幕のスター・故ジェームズ・ディーンを思い浮かべるような、情熱を内に秘めた面持ち。
ご本人は、「僕は起業家になりたかったわけではない。ブルース・リーになりたかったし、船乗りになって世界を駆け巡りたかった。洋服の仕立て屋やシュールリアリズムのアーティストにもなりたかった」と意外な一面を語っていらっしゃいますが、都市の人の関わりに興味を抱く、根っからのテクノロジーの専門家です。
昨年9月サンフランシスコのイベントでは、どことなく禅問答のような、難しいキーノートスピーチをなさっていますが、
「世界を変える革命(revolution)を起こすのは、ちょっとしたいいアイディアがあれば可能」「コツは、みんなにテクノロジーを感じさせないこと」
と、集まった技術者にエールを送られているようではあります。
(Photo from TechCrunch Disrupt SF 2012 Keynote speech by Jack Dorsey, September 10, 2012)
現在、Squareは従業員数百名、評価額は32億ドル(約3千2百億円)。来年末までに千人規模を目指していますが、来年期待される株式公開時には、どんな風に成長しているでしょうか。
<ふん、でっかくなってやる!>
そんなわけで、ツイッターやフェイスブックの勢いに乗って「ソーシャルメディア」が脚光を浴びるこの頃ですが、「ふん、僕たちだって成功してやる!」とがんばっているのが、Snapchat(スナップチャット)。
なんでも、今はティーンエイジャーの間で「ツイッター離れ」も見られるそうで、このSnapchatに乗り換えるユーザも増えているとか。
Snapchatは、写真や短いビデオに手描きメッセージを添えてやり取りするサービスですが、目にしたら数秒間で消える「スナップ(Snap)」のコンセプトが受けているらしいです。
言い換えれば、「この瞬間」を大切にするサービス。ま、スクリーンショットやイメージキャプチャで保存も可能ですが、何もしなければ瞬時に消えて行く(証拠の残らない)はかなさが魅力。
シリコンバレーの私立スタンフォード大学在学中にエヴァン・スピーゲルさん(写真右、23歳)とボビー・マーフィーさん(同左、25歳)が考案したサービスだそうで、現在はロスアンジェルス西部のヴェニスビーチにオフィスを構え、今年3月と6月に「シリーズA」「シリーズB」ラウンドの投資をベンチャーキャピタル数社から募っています。
いまだ収入のない、設立3年弱の若い会社です。
それで、ビックリするのは、彼らの鉄の意志。なんでも、フェイスブックの「現金30億ドル(約3千億円)で買収したい」との申し出を断り、さらにグーグルの40億ドル(約4千億円)の申し出も断ったとか!!
この裏側には、「自分たちも第二のフェイスブックやツイッターになってやる!」という熱意が隠されているわけです。だって、フェイスブックにも、ヤフーの10億ドルの買収案(2006年)やマイクロソフトのお誘い(2007年の評価額150億ドルで5〜7年かけて買収)と、様々な申し出を断った経歴があるでしょう。
が、このSnapchatの英断に対して、冷ややかなコメントを発するビジネススクールの先生もいらっしゃいました。
「(私立ペンシルヴェニア大学)ウォートンスクールには、たくさんのCEOが学びにやって来るけれど、『チャンスがあるときに、会社を売っておけば良かった』と言う人が後を絶たない。だから、お金をあなどってはいけない。明日になって欲しくなっても、そのときにはもう無いのだから」と。
果たして、ふたりの若者が正しいのか、ビジネススクールの先生が正しいのか、今後の発展が気になるところなのです。
主な参考文献: “What’s Snapchat really worth?” by Jessica Guynn, Los Angeles Times; photo by Genaro Molina from Los Angeles Times Archives
夏来 潤(なつき じゅん)