Pearls before swine(豚に真珠)
今日の話題は、ずばり、Pearls before swine
Pearls は「真珠」で、swine は「豚」。
ですから、Pearls before swine は、「豚に真珠」という意味です。
もともとは、Cast pearls before swine(豚の前に真珠を投げる)というもの。
豚さんにとっては失礼な言い草ではありますが、「豚の目の前に高価な真珠を投げてあげても、豚にはその価値はわからない」という意味ですね。
こちらは、新約聖書「マタイによる福音書」(the Gospel of Mathew in the New Testament)に出てくる言葉です。
マタイ伝の第7章 第6節には、「聖なるものを犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。恐らく彼らはそれらを足で踏みつけ、向きなおってあなたがたにかみついてくるであろう。」とあります。(1954年邦訳版)
ここで犬や豚というのは、キリスト教に耳を貸さない邪教の人々を指しているのでしょうが、当時、多くの犬は野生のままで人に慣れていなかったし、豚は貪欲にものを食べ、もっとも不潔な動物とされていたので、「卑(いや)しいもの」の代表格として抜擢されたのでしょう。
野生の犬というと、いまだにギリシャの島々に闊歩していて、日中はダラリと昼寝をしているくせに、日暮れ時になると目がランランと輝き、牙をむいて襲いかかってくるのではないかと、恐怖心さえ抱くのです。
ちなみに、マタイ伝の犬と豚の部分(現代英訳)は、こんな風になります。
Do not give what is holy to the dogs, neither throw your pearls before the pigs
ローマ帝政初期にギリシャ語で書かれたマタイ伝には、いろんな英訳のバージョンがありますが、古い英訳では「投げる」に cast を使って、neither cast your pearls before swine となっていたのでしょう。
ですから、いつの間にか、Cast your pearls before swine という部分から格言が生まれたのではないでしょうか。
実は、白状いたしますと、「豚に真珠」というのは、日本語の格言かと思っていたんです。
だって、「猫に小判、豚に真珠」と言うではありませんか。
もちろん、「猫に小判」は日本独自の表現でしょうが、そのあとに強調する意味で、誰かが「豚に真珠」を付け加えたのかもしれませんね。
もともと「豚に真珠」が外国語だったことを教えてくれたのは、ある英語の本でした。
「猫に小判」というのは、「豚に真珠」の日本語版である、と。
“Coins to cats” is the Japanese version of “Pearls before swine”
Coins to cats は、作者独自の英訳で、英語圏で広く知られているわけではありませんが、的確な英訳でしょう。あえて言うならば、小判の金色から Gold coins to cats と表現する手もあるかもしれません。
この本のタイトルは、『Kaibyo(怪猫)』(Zack Davisson, Kiabyo: The Supernatural Cats of Japan, Seattle: Chin Music Press, 2017)
日本には、昔から「化け猫」伝説がいくつもありますが、数々の逸話を交えながら、歴史的視野で説明してくれる力作です。
いえいえ、「化け猫」というのは、「怪猫(かいびょう)」のひとつだそうですよ。
化け猫は「化ける」ので、shapeshifter(シェイプシフター:形を変えるバケモノ)とも言えますが、そのほかにも、年老いて尾っぽが二つに裂けると人を襲うようになる「猫又(ねこまた)」だとか、地獄の使いである「火車(かしゃ)」、火を起こすのが大好きな「五徳猫(ごとくねこ)」と、闇の中にはいろんなバケネコたちが棲んでいるそうな。
ちなみに、「五徳」というのは、炭火の上に鍋やヤカンを置くための鉄製の輪っかのことですが、「五徳猫」というのは、五徳を頭にかぶったバケネコですって!
あんまり馴染みのないバケネコがいたものですが、五徳猫の歴史は古く、室町時代の絵師・土佐光信によって描かれた『百鬼夜行絵図(ひゃっきやこうえず)』に登場するそうですよ。
(こちらの五徳猫の絵は、江戸時代中期に鳥山石燕が描いた『画図百鬼夜行(がずひゃっきやこう)』に出てくるものだそうです:Photo of Gotoku neko from Davisson 2017, p105)
室町時代の『百鬼夜行絵図』には、さまざまな妖怪たちのパレードが描かれていて、妖怪に関する参考書ともなったようです。江戸時代になると、これを模して絵巻や浮世絵が描かれたり、怪猫談が歌舞伎の演目として人気を博したりして、バケネコ伝説が日本じゅうに広まったのでした。
やはり日本人のDNAには、「ネコちゃんと(バケネコに)親しむ」素養がしっかりと書き込まれているのでしょうね。
おっと、「豚に真珠」が、すっかり「バケネコ」のお話になってしまいました!
最後に、日本語と英語で、なんとなく似ている格言をご紹介いたしましょう。
悲しくて泣いているのに、その上に蜂にさされるという、悪いことの上に、さらに悪いことが重なって起きるたとえです。
英語では、こんな言い方があります。
Add insult to injury
ご存じのように、injury は「ケガ」という意味ですが、初めの insult というのは、「〜に侮辱を与える」という動詞であり、「侮辱」という名詞です。
ですから、「ケガにダメージを加える」つまり「悪いことにもっと悪いことが重なって起きる」という意味になります。
なんとなく、ケガに塩を塗り込んでいるようなイメージもわきますが、
実際に rub salt into the wound という表現もあります。
文字通り、傷口(wound)に塩を塗り込む(rub salt)というもので、考えただけで痛そうですよね。
ちなみに、以前も一度ご紹介したことがありますが、窮地に立たされたときには、こんな表現があります。
Between a rock and a hard place(岩と硬い場所の間)
I was caught between a rock and a hard place という風に使います。
日本語では「崖っぷちに立たされる」などと言いますが、英語では、「岩と硬い場所にはさまれて、身動きは取れないし、つぶされるような気がする」と表現することがあるのです。
映画『スターウォーズ』にも、レイア姫やルーク・スカイウォーカーたちがゴミ集積タンクの中でつぶされそうになったシーンがありましたが、まさにそんな感じでしょうか。
というわけで、お話があっちこっちに飛んでしまいましたが、もともとの話題は、「豚に真珠」でしたね。
Pearls before swine
日本語と同じなので、覚えやすいでしょうか。