アマゾン・ゴー:コンビニはキャッシュレスの時代?
Vol. 224
とくに目新しいわけではありませんが、今月は、キャッシュレスで運営するコンビニのお話をいたしましょう。
<第1話:アマゾン・ゴーって、どんなとこ?>
インターネットといえば、オンラインショッピングを思い浮かべます。今の時代、なんでもオンラインで買えるのに、わざわざお店には行かないでしょう!
が、意外なことに、この業界をリードするアマゾン・ドットコム(Amazon.com)は、逆にオンラインからお店での販売へと、店舗展開に励んでいるのです。
たとえば、街角に「アマゾン・ブックス(Amazon Books)」という本屋さんを開いたり、オーガニックスーパーマーケットで有名なホールフーズ(Whole Foods)を買収して、食品小売業にも乗り出したりと、日に日に物理的な店舗(brick-and-mortar)での存在感を増しています。
そのあり方に腹を立てている友人がいて、「アマゾンは書籍をオンライン販売することで、街角の老舗書店や個人経営の小さな本屋さんをことごとくつぶしておきながら、今になって新しく自分の本屋を展開しようとしている!」と、憎々しげに語っていました。
彼女にとっては、「本屋さん」イコール「街の文化」ともいえる大事な存在で、それが「本のなんたるか?」を理解していなさそうな得体の知れない巨大な存在に取って代わられるのが、ひどく悔しいのでした。
本屋さんやスーパーだけではなく、アマゾンは、コンビニエンスストア展開にもご執心です。
まずその足がかりとなったのは、アメリカで一番有名なコンビニチェーン、セブンイレブン(7-Eleven)に「アマゾン・ロッカー(Amazon Locker)」を置いたことでしょうか。この時点では、店内にスペースを間借りする状態で、アマゾンで注文した物品を自宅ではなく、セブンイレブンのロッカーを指定して受け取るというもの。日中家を空けていて、宅配だと盗まれる心配のある人や、アパート住まいで大きな箱の受け取りに不便する人は、最寄りのセブンイレブンに置かれたロッカーを利用します。
返品にも便利で、近くにFedExやUPSの宅急便取扱店がない人は、最寄りのセブンイレブンを指定すると、ロッカーのディスプレイに指定コードを入れるだけで、物品に合わせたサイズの扉がパカッと開き、返品完了。
と、人々がセブンイレブンの店内でアマゾンの存在に慣れたところで、ご存じのように「アマゾン・ゴー(Amazon Go)」という名で、自分たちのコンビニエンスストアを立ち上げました。本拠地である西海岸ワシントン州シアトルで試験的に稼働したあと、本格的にイリノイ州とカリフォルニア州にも店を広げていっています。海外では、間もなくロンドンにも店舗を開くとか。
カリフォルニア州ではサンフランシスコに3店舗ありますが、ごく最近、名物のケーブルカー路線のカリフォルニア通りにひとつ目の店舗ができたと思ったら、ブランドショップも並ぶポスト通りに2店舗目が出現。先月は、いよいよ街一番のメインストリート、マーケット通りにも第3店舗が登場しました。
先日、ポスト通りの店舗に行ってみましたが、入り口には駅の改札みたいなゲートがあります。入り口のスタッフに「どうやって入るの?」と聞くと、「まずは専用のスマートフォンアプリをダウンロードしてちょうだい」とのこと。アマゾンのアカウントを持つ連れ合いがダウンロードして、ピッとQRコードをかざすと、ゲートが開いて入場可能となります。
わたしみたいな連れがいる場合は、相手を先に入れてあげて、もう一度スマホをピッとして自分が入るそうです(が、連れ合いは無理やり通ったので「ビービー」と警報が鳴ったものの、呆れ顔のスタッフは「いいわよ」と許してくれました)。
中に入って驚いたのは、商品が黒い棚に整然と並んでいること。日本じゃないので「おにぎり」はありませんが、通常コンビニで売っているようなサンドイッチやサラダ、牛乳やジュース類が手前のアクセスしやすい場所に並んでいます。
奥の壁際にも冷蔵棚がずらりと並んでいて、スープや麺類、ちょっとした料理がパッケージにうまく収められて、整然と並んでいます。中身が何かも写真付きで表示してあって、透明の容器でなくとも内容を吟味できるようになっています。簡単な軽食は、店舗スタッフが裏のキッチンで準備できるようになっているとか。ハムやチーズなども揃っていて、オフィスのパーティーにも買い出しができます。
店舗によっては、朝食やランチだけではなく、30分でつくれるディナーをパックして「ミール(食事)キット」として販売しています。サーモングリルやタイ風カレー、鶏の生姜炒めと、さまざまな料理の具材や調味料をキットにしてあって、こちらは、傘下のホールフーズ・マーケットでも売り出し中の新商品です。
ふと振り返ると、冷蔵機能のない棚もたくさんあって、スナック菓子やキャンディー類、コーヒー豆や果物も並んでいます。そして、ティッシュや歯磨き粉みたいな、ちょっとした身の回り品もカゴの中に置かれています。
わたしはデンタルフロスを買おうと、カゴから商品を取り出したのですが、「どうやって支払いをするのか?」と疑問を抱きます。
それで、店内でたむろしていたスタッフに尋ねると、「あら、そのまま商品を持って、お店を出て行くだけよ(You just walk out with the merchandise)」と、親切に教えてくれます。なにぶん、サンフランシスコの住民にとっても目新しいスタイルなので、「そんなことも知らないの?」なんて呆れられたりはしないのです。
彼女の言った通り、デンタルフロスを持ってゲートから出ると、すかさず連れ合いのスマホには「はい、デンタルフロスひとパックお買い上げ、6ドルなり」と、アマゾンからお知らせが舞い込みました。お店のキャッチフレーズ「Just walk out shopping(ただ持って出るだけのショッピング)」なんて言われても、なんだか盗んだみたいな気分になっていたので、ちゃんとお知らせが来てひと安心です。
そこで不思議に思ったわたしは、入り口スタッフに聞いてみました。「ねえ、どうやってやってるの? 商品の裏側のバーコードを読んでるの?」と愚問を発すると、「違うわよ、独自のスゴいテクノロジーがあるのよ」と、少々呆れ顔で答えてくれます。
あとで調べてみると、アマゾンには、2015年に出願して昨年受理された特許があって、この仕組み(Electronic Commerce Functionality in Video Overlays)を使って、アマゾン・ゴーを運営しているとか。
ざっくり言うと、ゲートで読み込んだQRコードと店内のビデオ映像から入店した顧客を把握。その人が何を手に取ったのか、また棚に戻したのかを、棚に設置したセンサーや映像のデータから認識・解析して、実際に「お買い上げ」と判断するシステム。
素人としては、一度手に取った商品を戻したときや、たくさん物を抱えて見にくいときにも、きちんと作動するのか? と素朴な疑問を抱くのです。だって、店内にはオレンジ色の自社エコバッグも売られていて、こんな袋にスッと入れられたら、認識しにくそうな感じがするでしょう。
けれども、自社の特許技術を誇るアマゾンは、全米の捜査機関にも顔認識システムを売り込もうとしているくらい。サンフランシスコ市は先手を打って「市警察による顔認識システムの利用を禁ずる」と条例を採択しようとしています。が、それほど自信のあるデータ解析能力ですから、アマゾン・ゴーの「お会計」などは朝飯前なんでしょう。
<サンフランシスコでは・・・>
と、一見スムーズに運んでいるかのような、アマゾンのコンビニ展開。が、アマゾンにとっては、嫌なムードも出てきています。
それは、サンフランシスコ市議会に「現金を利用できない、キャッシュレス(クレジットカードやネット決済)のみの店舗には営業許可を与えなくしよう」という条例案が提出されたこと。こちらは5月7日に可決され、3ヶ月後には施行されます。
アマゾン・ゴーだけではなく、近頃はキャッシュレスのオーガニックレストランやコーヒーショップが街角に登場し、顧客にも便利で、現金を扱わないので犯罪抑止効果もあるシステムだとされています。が、実際は現金を使うしか選択の余地のない住民もいるので、市としては、そういった市民を差別させない対策を講じる必要があったのです。
これに対して、すでにアマゾン・ゴーでは、現金も受け付けるようになっているとのこと。他のカフェやレストランでも、条例に従って現金を使えるように変更すると報道されています。
同様のキャッシュレス規制条例は、ニュージャージー州とフィラデルフィア市(ペンシルヴェニア州)でも採択されていて、シカゴ市(イリノイ州)やニューヨーク市、首都ワシントンD.C.も検討中だとか。「キャッシュレスのみ」の店舗は、一部の消費者を差別する制度であると物議をかもす存在のようです。
というわけで、新しい形のコンビニエンスストア。とくに規制の多いサンフランシスコでは、今後どういう風になっていくのか、目が離せないようです。
<第2話:税金申告は業界ぐるみ>
お次は、ちょっと腹立たしいお話を一席。
3月号では、アメリカの確定申告(tax filing)についてご紹介いたしました。収入の少ないアルバイト学生でない限り、アメリカではサラリーマンだって確定申告の義務があるのだ、と。
その申告期限である4月15日に向けて、こんな広告を目にしました。『税金申告は正しく。ターボタックス無料版で、国と州にタダで申告を行いましょう』というもの。(W-2というのは、日本の「源泉徴収票」のこと)
こちらは、シリコンバレーに本社のある Intuit(インテューイット)社の宣伝で、自社の税金申告ソフト「TurboTax(ターボタックス)」に無料版のあることを告知しています。
Intuitは、ミズーリ州の H&R Block(エイチ&アールブロック)社とともに税金申告ソフトの両雄ともいえる企業で、同社の「ターボタックス」といえば、申告ソフトの代名詞ともいえる製品。いまや個人の申告者の約9割は、なんらかの申告ソフトを利用してオンライン申告を行なっているとのことで(4月10日USA Today紙)、ターボタックスの利用者も多いのです。
上記の広告にある「無料版」というのは、一定の年収に満たない申告者を対象としたもの。
なんだか企業による立派な行いにも見えますが、これは、決して「人のため」に始めたわけではないのです。税金を取り扱う国税庁(内国歳入庁、通称 IRS)が自前の無料ソフトを開発・推進して、自分たちの顧客が奪われるのを防ぐために、Intuitや H&R Blockなどの税金会計業界が IRS と交渉した結果だとか。
本来は、一般市民に有料の申告サービスを強いるのは酷な話。ですから、ちゃんと申告してもらうためには、国はサービスを無料で提供したいところ。そこで IRSは、16年前から自前の無料ソフトを提供する代わりに、申告ソフト業界に対して対象者へのサービス無料提供を課すようになりました。
が、もしも IRSが定める無料サービス「Free File(フリーファイル)」の存在が広く知られると、企業側は自社製品のオプションやアップグレードの提供と、すべての商機を失ってしまう。だから、IRS の制度を知られる前に、「自分たちが無料サービスを提供しましょう、そしてオプションが必要だったら購入していただきましょう」と、自分たちのサービスサイトへと導いているのです。
なんでも、アメリカの会計士団体は、とてもパワフルな業界団体だそうで、国の議会にも太いパイプを持ち、ロビー活動もさかん。有力連邦議員に向けては年間億単位の献金が行われているとのことで、実際、連邦議会には「IRS が自前の申告ソフトを開発・推進することを禁ずる」との条文を含む法案が提出されています。この法案は、4月9日下院議会で可決され、あとは上院の動きを待つのみとか・・・(4月9日ProPublica “Congress is about to ban the government from offering free online tax filing. Thank TurboTax” by Justin Elliott)。
こんな業界と議会の動きに対して、5月6日ロスアンジェルス市当局が乗り出しました。Intuitと H&R Block 2社を相手取って裁判所に提訴したのです。『本来、全米の申告者の7割が IRSの定める無料サービスを利用できる条件を有するのに、被告2社は IRSの「フリーファイル」という選択があることを自社サイトで告知しなかったばかりか、グーグルなどの検索サイトにもひっかからないように姑息な細工を施した』と。
なんでも、本来は1億人もの申告者が「フリーファイル」を利用する条件(年収66,000ドル以下)を満たしているのに、実際は250万人(2.5%)しか利用者がいない。しかも、当初は500万人いた利用者が半数にまで減っている。内部調査も踏まえた結果、これは、明らかに2社の画策によって「フリーファイル」の存在が意図的に隠された証拠だ、という訴えです。(5月6日ロスアンジェルス・タイムズ紙 “TurboTax and H&R Block are sued for allegedly keeping Americans from filing taxes for free” by Michael Hiltzik)
なにかと複雑な税金申告の実態ですが、実は、前政権のオバマ大統領の時代、確定申告をもっと簡素化しよう! という動きがあったそうです。そもそも IRSは、国民の年収や銀行口座の詳細はすべて把握しているのに、その上、どうして本人に確定申告をさせる必要があるのか? という理由からです。が、いろんなプレッシャーが介在して、あえなく道半ばで頓挫したという経緯があるとか。
昨年、Intuit社の税金申告ソフトの売上額は25億ドル(約2,800億円)、H&R Block社は2億4千万ドル(約270億円)とのこと。これだけの収入があると、企業側も業界団体も政治に圧力をかけたくなるのは、いずこも同じでしょうか・・・。
夏来 潤(なつき じゅん)