Essay エッセイ
2021年05月25日

イチゴのお話

私ごとではありますが、1月中旬、長年住み慣れたアメリカを引き揚げて、日本に戻ってきました。



北カリフォルニアの「シリコンバレー」と呼ばれる地域には26年、通算32年のアメリカ生活でした。



そんなわけで、少しずつ慣れてきた日本の生活の中で、ふと感じたことをつづってみたい、と思い始めた今日この頃。もう、季節も終わりに近づいていますが、果物のイチゴのお話をいたしましょうか。



イチゴといえば、昔は初夏の楽しみだったような気がします。露地栽培が多かったのでしょうか、だいたい、ゴールデンウィークが明けた頃にたくさん店頭に並び始めたような記憶があります。



今は、もうお正月を過ぎると、鮮やかな赤が果物屋さんの店頭を飾っています。近年は、赤だけではなく、白いイチゴも流通していて、紅白のコントラストが目を引きますね。



わたしも、日本に戻るとすぐに、イチゴの甘酸っぱい香りにつられて、せっせと違った品種を試すようになりました。



毎朝、サラダにイチゴを入れるのを楽しみにしているのですが、美味しそうな実を切りながら、ふと思い出したことがありました。それは、アメリカで観たドキュメンタリー番組。




アメリカでイチゴ栽培というと、作業に従事される方々の多くは、メキシコや中南米から来られた季節労働者。中には、大人から子供まで一家で働かれる家族もいらっしゃいますが、問題は、栽培の時に使う農薬。



日本では、イチゴはハウスの中で大事に育てられますが、アメリカでは、手のかかる有機栽培(organic)は主流ではなく、通常栽培(conventional)のイチゴが広く流通しています。つまり、害虫がつきやすいイチゴ栽培には大量の農薬が使われ、これは人体にも悪影響を及ぼすとされています。



まあ、食べる方は、毎日大量にイチゴの実を食べなければ大丈夫なのでしょうが、栽培する側は、体全体で農薬に接することになります。そんなわけで、ドキュメンタリー番組で取材をした一家のお母さんは、なんとなく体の調子も悪くなるし、イチゴ栽培が好きではないと言い切ります。現に、イチゴ農場で働いていた親戚は、重い病気にかかったことがある、とも。



当初、番組が取材をはじめた頃、この「滞在許可を持たない」一家は、アメリカ北部のミネソタ州で働いていて、イチゴ栽培とは縁を切っていました。子供たちも州政府の手厚い援助を受けて、地元の子と一緒に学校に通うことができました。教育を受けられるなんて夢のようだ、と高校に通う長女は嬉しそうに話します。



ところが、何ヵ月かたって再度取材してみると、この一家は以前住んでいたカリフォルニア州に引っ越していて、あんなに嫌がっていたイチゴ栽培に逆戻りしていたのです。番組が「いったいどうして戻ってきたの?」と尋ねてみると、お母さんは、こう言います。



そりゃ、わたしだって、イチゴ栽培が従事者にとって良くないことは知っているし、子供たちが現地の友達と一緒に学校に通うのを楽しみにしていたのは承知しているわ。でも、ダメなの。わたしの姉妹や親戚は、みんなロスアンジェルス近郊にいるの。ひとりポツンと離れて、話す相手もなく、自分だけ寂しくミネソタ州に住むことなんてできないわ、と。



カリフォルニアに戻った長女は、楽しい学校生活も中断し、お母さんを助けるためにイチゴ栽培に精を出します。査証を持たない季節労働者の多いカリフォルニア州では、ミネソタ州のような教育援助を出す余裕はないのです。せっかく有機栽培が盛んなカリフォルニアですので、せめて有機農家で働ければ良いのに・・・。



と、きれいに粒のそろった、かわいらしい日本のイチゴを眺めながら、そんなエピソードを思い出していました。




日本では、イチゴが出始めると、よくハウスの中からテレビ中継しているでしょう。



リポーターが、もぎたてのイチゴを洗いもせずにパクッと口の中に入れているのを見ると、日本のイチゴはなんと清潔な高級品か!と驚いてしまうのです。



残念ながら、アメリカでは、有機栽培でなければ食べない方が良いとされるリストの中で、筆頭に挙げられるのがイチゴやほうれん草。洗っても農薬を落とすことはできないので、有機栽培が良いとされるわけですが、日本のイチゴは、そんなお話とは無縁の存在ですね!



テレビで見かけた「ゆめのか」という品種は、季節を通して、一株から4回収穫できるそうです。ですから、出始めの1月から5月くらいまでは楽しめるということですが、間もなくシーズンを終えるのが、寂しくも感じられます。



慣れ親しんだサンノゼの街からサンフランシスコに引っ越して、ちょうど一年。それから、3度目の引っ越しをへて、ようやく今の住居に落ち着きつつあります。



今年は体験できませんでしたが、来年あたりは、ぜひ「イチゴ狩り」を試してみたいものです!




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