Essay エッセイ
2022年12月21日

クリスマスのトラディション

<エッセイ その196>

ほんとに月日が経つのは早いもので、2022年も残りわずかとなりました。


毎年、このクリスマスの時期になると、ふと脳裏によみがえる小さなエピソードがあるのです。


それは、何年か前にサンフランシスコのレストランでディナーをした時のこと。


ここは、市内のメインストリート・マーケット通りに面した、人気のあるレストラン。中華料理のお店ですが、入ってすぐに大きなサークル状のバーカウンターのある、にぎやかなレストランです。


ビルの2階のレストランフロアにはエレベーターで上りますが、1階のカウンターには黒服の屈強な男性が待ち受けていて、人気バーのバウンサー(セキュリティ要員)のような雰囲気です。


こちらのお料理は、カッコよく言うとヌーヴェル・シノワ。洋風料理と融合した新しいスタイルのチャイニーズレストラン。


入ってすぐのバーも立ち飲み客が出るくらいの人気ですが、レストランの席もテーブルは小さく、お隣さんとの間合いも小さい、密度の濃い空間です。


おまけに、黒を基調にした店にはいつもリズミカルなヒップな音楽が流れ、ついつい大声で話してしまうような、高揚感があります。聞き耳を立てなくとも、お隣さんの会話が自然と聞き取れるような、楽しげなレストランです。


ここでは、我が家が住んでいたサンノゼ市在住の新婚カップルにお会いしたことがありました。結婚1周年を記念して、この人気レストランでディナーを楽しもうと、サンフランシスコ1泊の小旅行にやって来たそうです。


なんだか偉そうなおじさんを何回か見かけたこともあります。彼はかなりの常連さんなのか、いつもゆったりとしたソファー席に座ります。このコーナーソファーには龍の刺繍のクッションが置かれ、どことなく「特等席」の雰囲気です。


そして、あるクリスマスに近い週末、お隣に女性二人が座っていたことがありました。どうやらこの二人は、間もなく結婚を控えたカップルだったようで、これから新しい生活に向けて、いろんなプランを話されていたようでした。


こちらも聞き耳を立てていたわけではありませんので、断片的にしか話はわかりませんが、中でも印象に残った言葉がありました。


それは、「毎年この時期になったら、こんな風に二人でディナーに出かけることを我が家のクリスマストラディション(Christmas Tradition、クリスマスの伝統行事)にしましょうね」と、シャンペングラスを合わせるメッセージ。


ちょっとオシャレなレストランで、二人でゆっくりとディナーを楽しむ。これからどんな状況になろうと、このクリスマスの時期には、二人っきりの大切な時間を持とうね、と約束し合っていたのでした。


これから新生活が始まる、希望あふれるカップル。お二人のほほえましい会話が、何年もたった今も、心に残るのでした。



言うまでもないことですが、サンフランシスコやカリフォルニア州の都市部は、昔から同性カップルが多いことで知られます。


また、いろいろと法的な困難はありましたが、カリフォルニア州はマサチューセッツ州に次いで全米で2番目に同性婚を合法化した州です。


現在は、先の連邦最高裁判所の決定と今月の連邦議会の法制化(結婚尊重法案)によって、全米で同性婚が認められています。


正式に結婚できるということは、二人で子どもの親権を持てるし、相続人にもなれる。病院でも親族として認められ、パートナーの治療方針に意見を述べることができる。たぶん、異性カップルなら「当たり前」で済ましてしまうような、目に見えない障壁が消え去ってしまうのではないでしょうか。


日本では、同性婚はすぐに少子化問題と結びつけられてしまいますが、アメリカの場合は、子どもを育てている同性カップルも多いです。養子縁組が一般的だという社会背景もありますが、大事なことは、誰でも好きな人と結ばれ、家族をつくる環境を整える意志があるか否か、という社会全体の姿勢にかかっているのでしょう。


もうそろそろ、「わたしには関係がないから知らないわ」では済まされない状況になっているような気もいたします。


クリスマスにオシャレなレストランで食事をする。そんな些細なことだって、幸せの種になる。


あのサンフランシスコのカップルのお二人が、今頃はディナーを楽しみにしていらっしゃればいいなと、海の向こうへと願っているのでした。



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